第一章46 『平面の集中力』
世界が斬り裂かれる音を立てて、オレの斧撃が確実に大熊の眉間を捉えた。
が、しかし、突如としてオレの見る大熊の視界、――大熊の瞳に『攻撃の意志』と『オレの左わき腹』が映し出される。
そして脳内に立体映像として大熊の左爪が動き出しているところが表示される。
「なら、こう!」
オレの目的はあくまでも『大熊の両手を潰す』ことだ。
オレが飛び掛かれば大熊も要所を潰されないように腕でガードしてくると思っていたのだが、逆に”当たる前に反撃して仕留める”としたらしい。
「(確かに、オレの方が遅いよな。でも残念っすねぇ)」
オレは身体を宙に浮かせたまま身体を捻って大熊の剛腕を躱しつつ、身体を剛腕を流すように一回転し、斧撃の角度を物理的にずらす。的は大熊の左肩だ。
ヒュンッ、と風が切る。
オレの視界の真ん前に茶色の体毛で覆われた腕の接合部分が見えた。そこに、頭から逸らした斧撃が割り込む形で深々と突き刺さる。感触は思っていた以上に柔らかかった。本当に熊相手かと疑う程に、オレの斧撃は大熊の左肩をやすやすと斬り飛ばs
―――瞬間、オレの身体をかっさらう一撃の予兆を感じ取ったオレはオレを薙ぐ一撃を踏み台にして飛んだ。
目線を下に落とすと同時に、今さっきまでオレの胴体があった場所に大熊の右腕がある。大きく振りかぶり、蚊を叩くように剛腕を振るったのだ。
「(斬り飛ばすには至れなかったが骨は断った! 斧一つを犠牲した成果がしょぼい気もするが、相手の攻撃手段が一つ減ったのと同時に、持続的な痛みで動きが鈍くなるはずだ)」
振り返り、オレを再認識しようとする大熊の顔面を脚のバネが空気ごと弾き飛ばす。
そのまま大熊の背後に降りたったオレは方向を転換し、空になった左手を大熊の心臓部分に思い切り当てた。
触り心地の悪いごちごちした岩のような硬い皮膚に、鼻を突く獣臭の漂う黒茶色の逞しい体毛、正直ちょっと自信が無くなったのは内緒だ。
この技を使うに当たって大事なのは、敵と触れ合うことだ。触れなければその効果は発動しない。ほんの少しの間を取るだけで、この技の意味はなくなる。ゼロ距離、これが大事なのだ。相手と触れ合うことで、初めて分かることがあるのだ。
勿論ほんわかした意味ではなく、どちらかと言えば殺伐とした方での”触り”だ。
悪手であり毒手である。――この技は一撃必殺なのだ。
だからこそ、相手から逃げない。逃げてはならない。逃げたら最後、もう後ろを振り返ろうとは思わないからだ。
「行けるか? いや、行くんだよ!」
壁が分厚いの仕方がない。それは敵さんの人生で培ってきた一種の武器なのだから。この場合、頑張るのはオレでなくてはならない。
オレは頭の中で自身の状況を客観視しながら、”現実のような”想像力を完全解放し、オレは最強の状態へと昇華する。
「(イメージ! 熊の心臓部分とオレの掌が一直線の管で連結しているイメージ!)」
「グゥオオオオッッッ!!!!」
イメージをしてる間にもオレの身体は熊に合わせて動く。
オレが何かをすることに勘付いた大熊は振り返って一撃を繰り出そうとするも、そのことはオレの頭の中でリアルタイムに立体映像として表示されている。
大熊が左足を前に出した瞬間、オレもまた左足を出してグリップを効かせて大熊と共に右回転する。
「(集中! 集中! 集中!)」
オレの脳みそが組み上げるのは人体の構造だ。
大熊は哺乳類であるが故に、人間と身体の構造は大体同じだ。違うところと言えば肝臓に『能力量生成機関』と『能力量貯蓄機関』が歩かないかの違いだが。
だがそれを引き抜き、大熊の身体の大きさに合わせて脳内人体の骨や内臓、筋肉量を調整していく。
そして―――!
「ここ、だ―――――ッッ!!!」
やけくそ気味に叫び、ぴったりと型にはまった刹那を見逃さず岩の肌に左手をより一層強く押し付けた。
ガォウンッッ!!!
何かの悲鳴と、何かが大きく揺れる音と、そして聞いたことも無いような駆動音が”外”の世界に存在を強く轟かせる。
衝撃は音だけではあるものの、その轟音だけでもその他肉食モンスターの神経をむき出しにさせる程だったようで、オレの脳内の立体映像から他のモンスターの気配が完全に消失していた。
それよりも、だ。
「ッ―――――!」
直後、急にオレの掌から獣臭とは比べ物にならない”重さ”を感じ、地面を蹴りあげて大熊から距離を取った。
草原の上を滑らせながら右手の斧を握りしめ、こちらを振り向くだろう大熊の目を見ようとする。次の攻撃を先読みして、神経から伝達される身体の動きを見ながら―――、
だがしかし、
「―――――」
大熊は無言のまま、空を見上げた状態でそのまま背中から地面へと大音を上げて沈み込んだ。見れば胸部が内側から裂けており、白目を剥いていた。
「―――、かった、のか・・・?」
勝利を確信するのに少しばかり時間がかかった。
大熊は正直ヤバかった。正直オレの神経が状況把握能力を完全に出し切れていなかったら絶対にイドのお世話になっていた自信がある。
だからこそ怖かった。というか、認めることに難があった。
でもすぐに、オレの中にあった疑念は取り払われることになる。
それはイドの歓声だ。
「はー!!素晴らしーぞオイ!!聞ーてねーよこんな展開!は――!!やべー!まさか自分で『平面の集中力』をものにしただけでなく、更には『電気ショック』とは!俺に世界が間に合ってねーっつってもここまで来ると感動もんだわチキショーッ!!見ててドキドキしたぜ!!」
拍手喝采涙腺崩壊顔面ぐちゃぐちゃのイドがとても自然な勢いで抱き着こうとするのが見えたオレは、両腕を広げる筋肉男のハグを最低限の動きで躱しながら、直前の台詞に疑問符を浮かべる。
大熊討伐の次は更なる疑問だ。全く、この世界とイドは飽きさせてくれない。
「オレが『平面の集中力』をものしてたって、どゆことよ?」
「本当なら電気属性が発動するはずの『平面の集中力』をルナが自己習得して発動したってことだよ。まー、本来の『平面の集中力』とは違って範囲も狭いし、かなり微弱な電波だからな。大振りの行動なら分かるけど、微細な行動とかは分からねーって感じだ」
顔面を地面に突っ伏しながらイドがオレの疑問を解消する。
そんなさらっと明かされるオレの大一番の内の一つだったわけだが、なるほどそうか。
オレは知らず知らずの内に『平面の集中力』を行使していたという事か・・・。
「(今さっきの神経が逆立つ感覚がそうなのか・・・。前兆らしきものは観測出来たけど、うーん、いつもと違う感覚過ぎて分からねぇ・・・)」
オレのいつもの平面の集中力は、神経を逆立たせる感覚ではなく神経そのものが世界とマッチしたような感覚で成り立っていたからこそ、今さっきの『平面の集中力』には違和感があるのだ。一日で実践まで持ち込んだんだからそりゃ慣れてなくって当然と言えば当然なんだがなぁ・・・。
もうちょっと本来の平面の集中力並みに扱えてたらなと思うとやりきれない感はある。
「まー、俺としてはルナが『電気ショック』の芸当まで覚えたってところだよな。生態電気の電流を一か所にまとめ上げて、心臓事骨と皮を爆散させるとかサイコ過ぎて好き」
残念がるオレを慰めるように、起き上がったイドがオレの肩を軽く小突く。
「サイコ過ぎてって・・・。別にそんな引くレベルの技じゃねぇだろ・・・」
「いやいやご謙遜をw。大熊の体内の生態電気を心臓部分に集めて『雷撃』放つとかもうやってることがヤバすぎるw。傍から大熊の死骸見た奴は大抵「どーゆー死に方してんだッ!?」って思うだろーよ」
「・・・・・」
「別に熊さんの心臓は他の生物と変わらねーから、別に『雷撃』を撃つ必要はねーんだぞ?普通に電気で打撃与えて心肺停止を促した方が強ーよ」
イドは「それに」と付け加えて呟く。
「今さっきの轟音で周囲のモンスターとか動物が警戒し始めた。『雷撃』の光が見えたかは個体に寄るけど、あの轟音のせいでモンスターの縄張りが一触即発の空気になったぞ。気を付けろよ。目立つ攻撃に目立つ変死体は冒険者の他、モンスターの疑惑も誘うからな」
オレがバツが悪い顔で渋く納得する。サイコかどうかは置いておいてだが。
確かに”新技”を試してみたい一心で、変な倒し方をしたのは間違いない。倒せりゃいい方だが、こういう変死体を第三者が見かけると身構えてしまうのもまた事実だ。
「まー、今回討伐した大熊さんは皮を加工してルナの防具にして、残りを俺が喰って剥製にするんで何も問題はねーぞ。次からは目立つ変死体を作らないよーに」
「へい・・・」
項垂れ頷くと、イドは「おー」とだけ頷き、倒れた大熊の死体を軽々と担ぎ上げる。数百㎏はあるだろうその巨体を持ち上げるイドが我ながら恐ろしく感じる。
イドはというと、そんなバカでかい死体を担ぎ上げながら「血の匂いを風に乗せる前に帰るぞ」と言って我先にと、安全圏の山へと歩きだしてしまう始末。
野性的なスタイルに筋肉ムキムキのイケメンキャラ。脈絡のない話をするわ、オレの発するネタの全てを下い方向に繋げてくるわ、筋力バケモノの別世界では既婚者とか言う、正直ただの頭のバグったキチガイだとは思えない・・・。
「(まるでギャグマンガの主人公・・・)」
背中で語る系の人だとは思いたくないが、なんかそう仮定すると色々納得できてしまうよな・・・。
「(そもそもの話、別のぎゃふ漫画の世界線から来ましたとかぶっちゃけよく分からんからな。これに関しては保留で良いか・・・)」
考えたところでイドの正体なんて分かるわけがない。分かった時はその時こそ世界の終わりだ。
オレはこの時は考えることをやめた。