第一章43 『幻影操作』
――夢だった。
誰かに背負われて、上空を高速滑空している夢だ。
迫り来る風圧が、街の光景が、空を飛ぶ鳥が、青白く輝く水の地平が、赤い液体を噴出す山が、あらゆるものがオレの視界を瞬く間に通り過ぎていく。
オレは天空を舞っていた。
不思議と手足は動かない。何かに巻かれいるようだが、これは夢だ。こういうこともあるものだ。
そしてオレを乗せて高速滑空する人物は顔が良く見えない。背負われているから、見えるのは黒髪の後頭部だけだ。
・・・・変わった夢だな、と。
オレの視界は瞬く間に暗転した。
A A A
オレの朝は学校から始まった。
なんでや・・・と、一人突っ込む気持ちを押さえてゆっくりと欠伸をする。
外は晴天で曇りの兆候は見られない。
周囲にクラスメイトはおらず、教室から見えるベランダの風景としては誰も正門をくぐっていない。っていうか、正門の柵閉まってるし・・・。
おそるおそる時計を見ると、まだ登校時間まで一時間近くもあった。
「状況確認っつっても、そんなに確認することなかったな・・・。と」
ベランダ、時計、他クラスを確認した後、自身の座っていた席へと戻る。
そこでオレは机の中に入っている一枚の白い紙らしきものに気が付いた。
「なんだこりゃ・・・・・」
オレはすかさずその紙を机から取り出し、内文に目を通す。この妙なサラサラ感のある紙と言い、なんとなくは勘付いていたが、どうやら差出人はイドだった。オレの名前の前に『To』を付ける奴はイドくらいしか、オレは知らない。
オレがその紙の文章を読み上げていくと、あることが分かった。
1:学校に連れてきたのはイドだった。
2:サバイバル道具一式は袋に詰めてオレの部屋に飾ってる。
3:アルテインは明日は来る。
4:学校が行事等の関係で昼頃に終わる。
5:だから大会の参加申し込みを書いてこい。
6:学校終わったらサバイバル道具持って”外”に集合。
7:今日は外のモンスター(肉食)を狩ります。
「ちゃっかりとアルテインが来ないことをバラすなよ・・・・」
なんなら今日やることまでしっかりとバラされたまであるが、しかし、だ。
「そうだった、大会の申し込み・・・!!」
完全に記憶から抹消されていた大会の申し込みがイドの文章によってその息を吹き返す。この文章がなかったらオレは今まで通り先生の話を碌に聞かずに帰るところだった。
「っつぅか、肉食モンスターってよ・・・・」
イドの文章を読んでいた時のオレの脳裏によぎったのは、ジャッカロープの数十匹を一瞬にして群れから消し、オレの反射神経と電気属性が展開した平面の集中力を掻い潜った透明のバケモノ”エクスムーアの魔獣”だ。
今でもあの光景が脳の隅を占拠し、声高々に存在を示してくる時がある。
「ありゃぁ、一回相手取ってぶっ倒さねぇとこのトラウマは離れてくれねぇよな・・・」
あれは”灰獅子”とは違った恐ろしさだった。
咆哮でビビらせる”灰獅子”と、その狂気の暗殺術を持った”エクスムーアの魔獣”。
「透明で近づかれたら分からねぇし、何より二、三秒程度でオレの包囲網から抜けてるんだから怖ぇことこの上ねぇ・・・・」
多分やられる感覚とかは無いのだろう。気づけば首と胴体が分離していて、身体はまだ死んだことにすら気づいておらずそのまま血ぃ吹きながらぶっ倒れて、動こうとする・・・。うぉっ、考えただけでも寒気が・・・。
一瞬漫画みたいだなぁ、とも思ったが実際漫画みたいな光景になるかもしれないので正直キツイ。
少なくともオレが”外”で初めて経験した肉食モンスターはトラウマだけ残して消えたからな。肉食のモンスター狩るってだけで、オレの気が引き締まる思いだ。
――――行くのやめよっかな・・・。
なんか想像しただけで怖くなってきたオレは心の中で弱音を吐く。でもオレがさぼろうもんならイドが迎えに来るまであるので、結局行くことになるのだ。
「とりあえず大会の申し込みは済ませておくか・・・」
オレの溜息と共に正門の扉が開く音が聞こえた。
A A A
イドの言った通りに、授業は四時間で終わった。
そしてイドが言っていた大会というものが分かった。
――『属性能力者競争大会』と呼ばれる、オヴドール学園が開く学年を問わずに行われる最高の属性能力者を決める大会だと。
オレは今日の四時間目の授業内容を思い出す。
四時間目は体育で、走り幅跳びと反復横跳び、対人体術をやったのだが、そこで先生がこの大会についてこんなことを言っていた。
――「大会は確か、身体の部位に赤ペンキの入った袋が貼られて、それを全部破壊された方が負けだ。それ以外の所に武器を当てると故意でなくても反則負けとなる。大会で武器使う奴ぁ気を付けろよ」
――と。
まったく体術には関係の無い話だったが、オレとしてはかなり有益な情報だったのは間違いない。
何も知らずに斧で相手の頭蓋を勝ち割ったら負けになっていた。おかしい。敵は倒しているというのに勝負に負けるなんて・・・。
突っ込みたい気持ちは山々だが、分かったことはその袋を叩き切れば良いという事だ。なるほど。
簡単だがしかし難しい。奥の深い大会だ。
こんなのに出るのかと、少しげんなりする気持ちもあるが、オレとしては手早く大会参加の申し込みをして”外”に行くことが何よりも重要視される。大会の変なルールに気分を落としている暇などないのである。
「そうと決まったらさっさと行くか・・・」
オレは今日の分の荷物をバッグの中に入れて、脚を総合事務受付に向かわせた。
今日は不思議といつものいじめグループからの干渉も、クラス委員長の戯言もなかった。あ、クラス委員長休んでたな。背中を強打したらしい。なにか危ない事でもしたんだろうか・・・。
オレはそう思いながらクラスを出て階段を降り続け、一階の玄関近くにある総合事務へと進んで行った。
周囲の目線が突き刺さるが気にしない。眼が見えない目線なんて気持ち悪い以外の何者でもないが、相手側の目が見えないんだから誰が何を目に映しているのかなんて分からんもんである。簡単に言えば、幽霊みたいなものだ。あってないようなもの。つまり、オレに振られる視線は無いという事だ。
最早屁理屈に近い論理で軽蔑の網を突破する。今のオレに敵はない。
だがオレを敵として見る輩もまぁいる訳だ。
例えばそう。
「ゼクサー君だっけ? ちょっと”あっち”行かないかい?」
人事部で大会への参加申し込み用紙を書いて提出して、「さぁ”外”行くか」と意気込んだ矢先、扉の前で待ち伏せしていた茶髪男子である。
名前は、なんだっただろうか・・・。だめだ思い出せない。
そもそもオレこいつに名前聞いたことねぇな・・・。
なんだったか、あの金髪女の側用人のイメージしかない男がオレに何の用だと言うのか。眼が黒塗りなせいで考えてることが分からない。軽快な敵のノリにはこちらが警戒せねばならない。
「なんの用だ? オレは急いでるんだ。用事はあの世で言ってくれ」
少なくとも、この場で用事が言えないということは、それなりにヤバい事なのだろう。例えばリンチのお誘いとか。
オレができることと言えば相手を挑発することくらいだ。
だがやはりはあまり良い噂を聞かない男子だ。挑発には慣れているようで、「冗談下手だなぁw」と煽り返してくるまである。
厄介な相手に絡まれた。こうなると最終手段はリンチ返しだが、あいにくオレは対モンスター戦闘の仕方は学んでても、対人戦闘までは学んでいない。ただ単純な拳の殴り合いなら分があるが、多分こいつの勧誘を受けた先に待っているのは武器持ちの多人数だろう。
だとしたら圧倒的にこっちの分が悪い。
だったらどうするか。簡単だ。逃げればいい。
だが―――、
「逃がしはしないよ」
その一言に確かなる違和感が生じ、オレはふと後ろを見やる。
ほんの1mちょっとの間。その先には筋肉溢れる二年生が壁に背を向けて立っている。
常時ニコニコの茶髪男子、どうやらオレが逃げられないように後ろを塞いでいるようだ。うん、碌なことしないなこいつ。
余計リンチのお誘いの線が濃厚になって来た。
まったく、オレはこんな事に時間を使いたくねぇってのに・・・。
しかしオレがどれだけ迷惑がろうと、奴らがこの場から消える気配はない。パルクールで逃げたいところだが、壁はつるつるしてるから無理だし、斧もないので攻撃できない。蹴りもいいかと思ったが、ここは人通りが多すぎる。
・・・あ、オワタ。
『雷撃』の牽制ができるならしたいがここは屋外。残念ながら”電気属性”の出番はなi・・・。
「(――――ん?)」
オレはここで気が付いた。
思い出したのは”あの時”の記憶。紡ぎ出される記憶の欠片に、オレの違和感が可能性をはじき出してきたのだ。
「(いけるか? いや、イケる!)」
「深く考える必要はない。少し校舎裏で話があるってだけさ」
茶髪男子が五月蠅いが、オレの中ではその顔面が醜く歪む姿が映し出される。
必要なのは客観的視点、想像力、そして吹っ切れだ。
オレは一旦、目の前の茶髪男子に頭を軽く下げる。今回の被害者となる人だ。謝罪の心はないが、形だけでも謝っといた方が良いかもしれない。
「・・・? どうしたんだい?謝っても逃がす気はさらさらn」
オレは頭を下げたままバックステップ。そして振り返り、後ろに居る筋肉男の顔面を鷲掴みにした。
「「――――ッ!?」」
急なオレの奇行に目を驚く二人。口がパッカリと開いている。
「(ここが絶好のタイミング――――ッ!!)」
イメージするのは目の前で逃げるゼクサー=ルナティック。それを「殴ってでも捕まえろ!」と叫ぶ茶髪男子の図だ。
ただひたすらに現実的空間を虚空に築き上げ、それを相手の視覚と脳に作用させる。
――視界から伝わる情報。――その電気信号を分解し、オレの想像の構図を元に新しく作り変えてそのまま相手の脳みそに認識させる。脳内物質の分泌に関する電気信号の操作。その応用だ。
「(灰獅子戦で魅せた新技だ!これで何とかなってくれ!!)」
心の中で叫び、脳で作られる情景をそのまま腕を配管に相手の脳に直接映し出して―――!
変化は突如として起こった。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
怒号が玄関に響き渡り、オレの身体が弾き飛ばされる。周囲の生徒や先生はその雄叫びに首が音源に向かう。オレはふっとばされたものの綺麗な着地に成功した。
ガタイの良い二年生は歯を見せて雄たけびを上げ、脚と腕の筋肉を収縮させて即座に筋力のうなりを解放して、―――そのまま目の前にいる茶髪男子に飛び掛かった。
「な、ぁ―――――ごべッ!!?」
茶髪男子は何が起こったのか分かっていない様子でその身をたじろがせる。だが、構えるのが遅かったか、飛び掛かった二年生の背中が地に降り立った直後に見えたのは悲鳴と、額から血を流してぶっ飛ばされた茶髪男子の姿だった。
「止まれやクソガキイイイイイイイイッッ!!!!」
「んあッ!? ま、待て馬鹿! なんで僕を殴る。ふざけんnおげッッ!??」
ぶっ飛ばされたのを”逃げた”と解釈した二年生が更に飛び掛かり、立ち上がった茶髪男子の腹に一撃を入れる。衝撃に茶髪男子の腹がビクンッと震え、そのまま口から吐瀉物が雪崩れ落ちる。一気に床にシミができた。
その光景に流石の我を取り戻した先生やその他生徒が一気に二年生を取り押さえようと動き出す。
場は修羅の世界へと変貌を遂げた。
オレはその茶髪男子のその後を見ることもなく、そのまま玄関に向かって歩き出す。
後ろから怒号と叫び声、何か鈍い音が響くが気にしない。リンチを誘ってくる輩に向ける言葉も目もないからだ。
「さて、さっさと帰って準備するかね・・・」
外に出ると、温かい風と光がオレを出迎えてくれた。