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『最弱』の汚名は返上する。~不遇だなんて、言わせない~  作者: パタパタさん・改
第一章『アルテイン編』
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第一章42 『ザリガニと恋バナと幕間のお鍋』

 オレがマントを広げた場所に戻った時には、もう既にイドは焚火の準備をしていた。


 「よく見とけよルナ。火打石は、お互いを強くカリッて打ちつけると火花が出るから、これを丸くしたふわふわのアブラススキに入れて、ふーふーするんだ」


 ―――カンッ!


 と、石と石のぶつかる音が暗くなってきた夕焼けに響き渡り、ふわふわしているアブラススキの穂を固めたものに一滴の明るい光を落とす。


 直後に穂の固めたものから一糸の煙が上がり、それを見たイドがすぐさまそのアブラススキに息を吹きかける。


 そしてほんの数秒した瞬間だった。


 ――ブワァッ。


 と、薄茶色の穂のあらゆる隙間から勢いよく火が飛び出たのだ。


 「(ッ!!)」


 オレの驚く間に、イドは丁寧に周囲に石を置いてある軽く掘った土の中にその火種を置いた。


 「んで、それしたら消える前に小さい木の棒とかを入れて燃やす。デカいのはもっと火が立ち上がってからだ。ルナも何回か枝とかススキ入れながら火を焚いてくれ。あんま大きな火にならねーよーにしろよ」


 「分かった・・・」


 オレはイドに手渡された木々やススキを入れながら更に火を焚いていく。こころなしか、出来上がったばかりの陶磁器の匂いが鼻をくすぐった気がした。


 オレが火加減を見ていると、イドがサバイバル道具の入った袋から何かを取り出していた。


 鉄製の、――丸い鍋のようなものだった。


 縦長の円柱のような鉄製の鍋らしきもの。その蓋部分を取り、中をくんかくんかするイドが安心した息を吐いた。


 「さすがは銅製の”はんごー”だ。あの地獄みてーな臭いがしねーや!」


 「はんごー?」


 「飯盒、な。日本とは違って縦長円柱の銅製だが、こりゃ紛れもなく”飯盒”だろーな。ちなみに飯盒ってのは、万能鍋みてーなもんだと思えばいーぞ」


 「鍋・・・」


 「なるほろ、中が銅製、外が鉄製なのか。それなりにちゃんと作られてるじゃねーか」


 飯盒をしげしげと見ながらイドが解説を零す。そんなに良い飯盒なのかとも思うが、正直火の調節で頭がいっぱいだ。


 「(大きくなったと思って木材の投入をやめたら急に小さくなるし、でもって木材入れても火ぃ強くなんないしで、無茶苦茶難しいんだが???)」


 小さくなったり大きくなったり、火も火で忙しい限りだ。


 四苦八苦しながらもなんとか火を一定にしようとして―――。


 「そろそろつけるかー」


 「なんだ」と思う間もなく、イドが更に袋の中から金具を取り出し組み立てて四脚の台を焚火の上へと置く。そしてその上に飯盒を置き、


 「で、そこに今さっき渓流で流れてたまーまー汚ねー天然水を入れましてー、沸騰させます!」


 オレのサワガニを獲ったバケツの水を飯盒に入れた。半半透明の水が飯盒に注がれて行き、すぐにその飯盒の八文目まで水が入れた。サワガニは見えなかったが、ザリガニの方に移動でもさせたのだろう。


 それにしても「まーまー汚ねー天然水」という言葉がジワジワ来るのはオレだけだろうか。


 「(今さっきまでその”まーまー汚ねー天然水”に浸かってたのオレだぞ!?)」


 突っ込みしたい気持ちが山々だが、こいつ相手にそんなことを言っても「じゃー、浸かってたところ俺がペロペロして消毒してやるよ」とか返されるのが目に浮かぶので、オレは此処は身を引く判断に出る。つまり突っ込みはしない。


 オレが続けて火加減の調節に目を配っていると、段々と透明モドキの渓流の水が白い靄を、――蒸気を出し始めた。


 そしてすぐにボコボコと水面下が波に揺れ、本格的に沸騰する。


 「さて、入れるか・・・」


 その様子を見届けたイドがバケツから赤茶色のザリガニをその沸騰したお湯の中に入れていく。ザリガニは不思議とほとんど動かずに、次々とお湯の中に放り込まれて行き、その姿を明るいオレンジに変えていく。それこそまさに、時折パン屋さんで見かけるエビのような・・・・。


 「綺麗だな・・・・」


 「まだ食えねーぞ」


 イドの言葉に無意識に伸びていたオレのてが止まった。おっと、危うくつまみ食いをするところだったぜ・・・。


 「流石に行儀悪いよな・・・」


 「あーいや、そーゆーんじゃなくて」


 「?」


 シュンと項垂れるオレに対して、イドは掌を横に振る。


 「ザリガニとかサワガニってのは寄生虫爆弾でな。色が変わったからって喰っていい理由にはならねー。しっかり強火で十分以上は煮詰めねーと、喰ったら地獄を見ることになるぞ」


 イドの説明にオレは「あぁ・・・」と理解する。


 オレも寄生虫の怖さはよく知っている。確か鯨の胃の中には大量の寄生虫が居て、人の腹を食い破るんだとかで食べないようにと理科生物で教えて貰った記憶がある。


 「(確かに、海の生物でもいるんだから、川の生物でもいるよなぁ・・・)」


 寄生虫の死亡ラインがどこまでなのかが全く分からないからとりあえず加熱するという方法は、案外大雑把に見えてすごい的を射ているもんだなぁと。


 オレの感慨深く感じている隙にイドは更にサワガニを投入していた。


 やはりこれも十分か加熱しなければならないのか、イドからの食事許可は下りないものの、ザリガニから出た味噌色の出汁にゆでられながらサワガニの色が鮮やかに変わっていくのが分かった。


 「・・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・」


 男子が二人、否、変態と人間が一人ずつの空間に沈黙が訪れた。


 ぐつ煮しながら時々木の枝で全体をかき回し、焦げ付かないようにするイドと、火加減の調節で木材の出し入れをするオレだ。


 「・・・・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・・」


 お互い無言のまま、何を話そうかと迷う。


 十分の加熱時間だ。このまま何も話さないのは流石に地獄だ。


 「(流石にザリガニ汁の良い香りだけじゃ、この場の雰囲気は温められねぇ・・・)」


 夏だからこその暑さ、そして飯盒の中から香るザリガニと湯気の熱さ。それでもお互い何も話そうとしない。


 「(オレも何かを話そうとは思うんだが、如何せんネタがねぇ・・・・)」


 このまま地獄の十分間沈黙の夏か・・・・と、オレが目を細めていると、ふとイドがしびれを切らしたようにオレに聞いてきた。


 「ぶっちゃけ、今一番好きな子って誰よ?」


 「――――――」

 

 一瞬の空白が生じるが、せっかくの沈黙の中の糸口なのだ。オレは少し考えるそぶりを見せた後、イドから顔を伏せながら答えた。


 「男子だったら、アルテインか。・・・女子だったら、ミルティアかなぁ・・・?」


 「アルテインは分かるわ。男子だし。でもミルティアって奴は分からん。どーゆー奴なんだ?ってか、どこが好きなんだ?」


 「うーん、むずいなぁ。ってか、そのミルティアって女子とは最近疎遠なんだよなぁ。オレが”あれ”だと発覚してから」


 「あーそりゃ面倒臭ーな。なんだ?マテリアくれーのウザさか?」


 「いや! そういう感じの人ではないよ。それは確実。・・・まぁ、ちょっとその場の雰囲気とか、人に流されやすいってのはあるかな・・・」


 オレの頭の中で描かれるのは緑の長髪と青色の目をした双子の姉だ。オレへの当たりが強いシスコン妹とは違って、姉の方はなぜかオレだけに限って親近感が他男子と比べて明らかに高いのだ。


 そんな彼女だが、オレがマテリアのせいで”電気属性”暴露の公開処刑を喰らったときに、オレを「嘘つき」と罵った人物でもある。


 周囲に流されやすい、共感性が高いってのは合ってると思うけども。あの時に見せた目はホントにオレを「嘘つき」認定してた。


 「好きかと言われると、確かにタイプなんだよ。シスコン妹と違って姉そこまで自我を強く持つことないから、清楚って感じで・・・・。でも、あの一件からもうよく分かんなくなってきたしで、ホントにオレ、ミルティアの事好きなのかなぁ・・・」


 完全に夕日が沈む空を見上げて、オレは深く息を吐く。だが、イドはそんなオレに対して、飯盒の中身を混ぜながら―――、


 「あの時に見た”目”が、”完全なお前への悪意”だって読み取れなかったんだから、ルナはまだミルティアの事好きなんじゃねーのか? 今でも”それ”が確信できないから、ルナの心はまだ揺れ動いてんだろー。そーじゃなきゃー、お前のその発言に説明が付けられねーよ」


 「         」


 「つまりはそーゆーことだ」


 見開いたオレの目に自信ある顔で頷き返すイド。


 「じゃぁ、オレの好きな女子はミルティアだな」


 「なるほろー、青春っすねー!」


 オレの言い直しにイドが軽い拍手を送って来た。


 そうこう話をしているオレ達に合わせるかのように、サワガニの香りが追加で鼻を突いたのだった。


 

 A A A 


 

 ジォスとゼクサーが二人そろって恋バナ片手に談笑していたその二時間後、とある少女が屋敷の屋上のテラスで頬杖を突いていた。


 腰までかかった緑色の髪の毛に青色の瞳を持った慎ましい女性は、目の前に居る顔つきと凸部のハリが全く違う瓜二つの女性の目の前で憂し気に息を吐いた。その眼には何かを後悔するような念があり、伏した目が開こうとしない。


 そしてそんな憂鬱そうな女性の目の前で腕を組み、その素晴らしい山二つを抱える形で眉を顰める女性が半ば怒りの感情をにじませながら頬杖を突く女性に向かって話しかける。


 「ねぇ、いつまであんな奴の事で悩み続けるの、姉さん?」


 「やっぱり、あの時は言い過ぎちゃったのかな・・・」


 返って来たのは返事ではなく独り言。自分の過去を客観的に見て欲しいという、懺悔に似た独り言だった。


 眉を顰めた女性は毅然とした態度を崩さないまま呆れた声で、聞こえるように「はぁ」とため息を吐く。


 これが今日だけならまだしも、目の前で憂鬱そうにしている女性のこれは毎日なのだ。それもこれも全部”あの残念属性発現者”の一件があった後からずっとなのだから、女性の妹としては疲れることこの上ない。どうでもいいのだ。


 だが片方にとってはそれはかなり重要な事柄であり、そんな彼に向かって言ってしまった言葉が未だに鋭い棘となって、彼女の喉を引きつらせるのも事実だ。


 「電気属性でも、二十年鍛錬し続ければそれなりに冒険者として活躍できるんだから、それまで待つことだって、・・・・今なら考えられてたのに、あの時の私、ホントどうしちゃったんだろ・・・」


 「だぁかぁらぁッ! 姉さん、アイツは姉さんを裏切ったの!だから姉さんが譲歩して妥協して、謝る必要なんてないのッ!!そんなことで悩む必要なんてないの!!姉さんの恋心を踏みにじった奴なんて忘れて、私と新しい恋を芽吹かせましょうよ!!」


 「でもっ ・・・・・でも、私は・・・・・」


 彼女は悩んでいた。苦悩を抱えていた。それは両手で頭を押さえても解決するような代物ではない苦悩だ。


 謝るべきだろう。妥協すべきなのだろう。何かしらの事故が彼の身に起きたのは事実だ。紛れもない事実。だが、それは彼を責め立てて解決するものではないと、本当は分かっていたのだ。


 それでも、あの時の込み上げた感情はとてもあの時の彼女が制御できるものではなかったのだ。


 だから仕方ない。仕方ないのだ。


 「それでも、やっぱり、・・・・・」


 言い過ぎたと、あの時こそ、自分だけでも彼の味方をすべきだったのではないかと、そう思ってしまう自分が居る。


 堂々と自身の属性明かした彼。そんな彼のように、自分もあの場で嘘でも彼を擁護するべきだったのではないかと、彼の残像が彼女の中を彷徨っているのだ。


 「あの時はゼk」


 「その名前を出さないでよ姉さんッ!!」


 「―――ッ!!」


 名前を言おうとするも、その言葉を断絶させて怒号を響かせる彼女の妹。表情にはこれでもかと”彼”への憎悪で満ちており、その感情はテラスのテーブルを掌で叩くことによって表現された。


 女性の妹は痛む掌を握り、その鈍痛を今この場に居ない彼への憤怒に変える。


 その怒りこそ最もだが、残念ながらその妹にはバイの姉の気持ちは分からないものだ。いつまで経っても離れることのない”奴”の幻影に更に目を鋭くさせる。


 「・・・・・ごめん」


 彼女は謝ることしかできなかった。俯いてただ一言を妹へと告げる。


 そしてまた、彼女は沈黙する。


 沈黙、する――――。


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