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『最弱』の汚名は返上する。~不遇だなんて、言わせない~  作者: パタパタさん・改
第一章『アルテイン編』
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第一章41 『サワガニ』

 森の中の一角、割と森林がなく、周囲には過去のキャンプ跡があった場所にオレ達は今日寝る場所を決めた。


 イド曰く、ここは周囲にモンスターが嫌がる花粉を撒き散らかす木が沢山生えているんだそうで、普通の動物は入ってくるが、それでもかなり安全な場所なのだと。


 麓を見下ろせば分かるが、なんとなくだが、夕焼けの光に当てられて空気中にある粉が反射して光を発しているのが分かった。かなり微粒なものなのが見えるが、あれがそうなのだろうか。


 その花粉を撒き散らかす木々は森の入り口に生えているようで、この近くには花粉もそんな木々も見当たらない。


 オレがサバイバル道具の袋の中に入っていたマントを広げて元々あった臭いを消していると、不意にオレを呼ぶ声が聞こえた。


 「おーい、ルナ来―――い!!」


 この聞くだけでいろんな汗が出てしまう声の主はおそらくイドだ。いや100%イドだ。オレに冷や汗と脂汗を掻かせる奴なんてイドくらいしかオレは知らない。


 マントが飛ばないようにと重しとしてサバイバル道具の入った袋を置き、オレはイドの元へと向かう。


 木々をかき分け、岩壁を上る。途中に普通の茶色い野兎に出会ったが、普通に可愛かったしあんなエクスムーアの魔獣も居なかったのでしっかりと撫でまわしてやった。


 「(手が獣臭ぇ・・・)」


 ジャッカロープはどんな感じかは分からないが、普通の兎はなんかとても草原の臭いがした。すっげぇ野生を生き抜いてきた感のある臭いだったな・・・。


 正直臭いのだが、それを言うのは”外”の厳しさに対して申し訳ないような気がした。ちょっとやそっとの修羅場を潜り抜けてる程度のオレが”経験”のジャンルで野兎に勝てるわけなどないのだから。


 オレが意外な野兎の臭いに夢を打ち砕かれながらイドの居る場所へと足を踏み入れる。イドの場所は此処からだとそう遠くない。割と近い位置に居る。というか、常時声が聞こえる。オレを呼んでる声だ。


 「おーい!ルナ――――ッ!!まだか―――!!」


 「今向かってる最中ですよ・・・」


 オレなんて慣れない”外”の風景に、のんびりは出来ない修羅場と隣り合わせの空間でへとへとだというのに、イドの声はどんどん元気を増している様に思える。一段一段と張り上げる声量が大きくなっているのが聞いてて分かった。


 オレは軽く溜息を吐いて、急ぎ足で坂を走る。地面は落ち葉のせいで滑るが、木々の幹を足場にパルクールをしながら、地面が隆起した木の根で出来た足場まで駆け上がっていく。


 「だー!まだかよー!!俺もー立ちション終わったんだがーッ!?」


 「ばッ・・・・、汚ねぇなオイッ!」


 坂の上から聞こえてくる爆撃発言に一瞬オレの精神が呆気に取られた。


 だが次のイドの発言で、――――。


 「よーし!今から野フンするぞー!ルナが来るのが早いか、俺が森の肥やしを作るのが早いか、いざ尋常に勝負だッッッッ!!!」


 「やめろ馬鹿野郎おおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 オレの身体の筋肉が、脚のバネが空気を蹴飛ばして坂を一気に駆け上がる。圧倒的な速度と共に、今までのオレでは信じられない速さで視界の光景が切り替わっていく。


 「(流石になんか野糞だけは!普通の事かもしれんが!オレにとってはいやな感覚が!イドだからな!)」


 そしてオレは坂を上り詰め、イドに到着したということを伝えようと口を開きかけて―――。


 「――――――!!」



 

 

 ――オレは一瞬、天界の地へと足を踏み入れてしまったかと思った。



 

 夕焼けで空は紅く染まり、その聖域には暖かい風が吹いている夏の夕方。


 空の息吹が巻き起こるたびに大量の金色の羽が空高く舞い上がる。その様子はさながら新しい生命の誕生と祝福を表しているようで――。


  

 「ま、全部ススキの近縁種の植物なんだけどな」


 「オイゴルァ変態キチゲイ。折角の感動に現実のパンチを入れるんじゃねぇ!」

 

 せっかくしみじみと心に深く感動を感じているという場面で、もう少しで野糞に走っていた半ケツのイドがオレの心に横やりを入れる形で現実を突きつけてきた。


 オレはそんなロマンの欠片もない煩悩男に目を細めると、出していたケツをしまうイドが首を鳴らす。


 「あぶなかったなルナ。もー少し遅かったらここに天まで届く”スカイスクレイパーオブプープ”が出来上がるところだったぜ?」


 「あぁ、危うく世界にイドの痴態を曝け出してしまうところだったわ・・・」


 なんだか今更な気がしなくもないが、これ以上にイドの恥を世界に広める訳には行かないのだ。この世界の平和の為にも。


 「そもそも俺らの物語が始まってる時点で割と平和じゃーねーからな。構わねーだろ?」


 「オレが構うんだよ。・・・それよりも・・・」


 一旦突っ込み、そしてそのまま話を切り替える。オレが触れたのはオレの目の高さまで育ち、黄金の穂をつけている”ススキの近縁種”だ。


 それにハッと気が付いたイドが相槌を打って説明しだす。


 「あーそーそー!それ、”アブラススキ”つってな。ススキの仲間なんだが、火種にもなるんだぜ。こーゆー感じの、ふわふわしてる奴は大抵丸めたら火種になるからな。今回の焚火の火種はこれを使おーと思うんだよ」


 と、イドはそう言いながら手短に生えているアブラススキをガバッと取る。


 「それで」と更に付け加え、筋骨隆々の上半身。その男らしい太い親指を自身の後ろに向けて、微笑を携えたまま提案をしてきた。


 「あっちの方、渓流と、溜池があるんだが、サワガニとザリガニ取ろーぜ?」


 

 A A A


 

 なんというか、オレとしては複雑な心境だった。


 オレは服の袖とズボンの裾をまくって渓流でサワガニ獲りをしている訳だが、オレとしてはどうしても蘇る思い出がある。


 昔、他国に父親の単身赴任で転校する事になった友人と、いつものメンバーで川に遊びに行った時だったか。


 マテリアのクソが「痛みと傷は男子の勲章だ」とか意味分からん事言いながら、ひときわデカいサワガニを持ってきて後ろから耳たぶ挟んできた事があるのだ。


 「(あいつとミルティアは止めてくれたけど、最終的に五針縫う大けがだったからな・・・)」


 「男たるもの、カニに挟まれたくらいで泣くとは情けない」とか言っていたが、ミルティアがオレの耳から出る血を見てギャン泣き。あいつはブチ切れてマテリアに殴りかかるわで事が収拾されたけど、マテリアは反省して無かったな・・・。


 そんなこんなでオレはサワガニに対してはあまりいい思い出がない訳だ。


 で、そんなオレがサワガニ獲りだ。


 トラウマの根源はマテリアなのだが、その一因としてサワガニが挙げられる。


 オレは極力背中を確保する感じでサワガニを取り、イドが原子から作り上げた鉄バケツの中に入れていく。


 「(絶対にハサミは触らない!ハサミを上にあげた瞬間にバケツにインだ!引き上げる水圧でハサミが下がった状態ですぐさまバケツ!)」


 頭の中で繰り返し叫びながら、無の境地でサワガニを取り続ける。


 絶対に!絶対に、挟まれてはならないという覚悟を持ってッ!!


 オレはひたすらに指を動かしていく。


 そんなこんなで数分が経過した辺りだった。


 「ルナー、そろそろ戻るぞ。もー夜の七時だし」


 辺りが暗くなってきた辺りで、イドが声を掛けてきた。見て見れば、イドはイドで片手のバケツの中に赤茶色に染まった甲殻類がわちゃわちゃしている。


 全部ザリガニのようだ。


 「こんなに捕まるもんなんだな?」


 「指からイノシン酸だしたらザリガニがほいほい寄ってくるからな。割と掴むよりも挟んでくれる方がマシだぜ」


 「・・・・・・」


 オレは渓流から脱し、裸足の状態で靴とバケツを持つ。自身の成果と言えばバケツの四分の一程度だった。


 渓流の中立っていたのも相まって腰と脚が痛かった。


 「普段こういう事しねぇからな・・・」


 「確かに、大体モンスターとか動物の肉だし、川とか海とかのものって喰わねぇイメージあるよな」


 オレの小言にイドが見当違いな声を返してきた。


 「それにしても疲れたわ・・・・」


 「んじゃー、さっさと帰って夜ごはんの準備するぞ」


 「あぁ」


 腰をさするオレに対して、イドはオレからバケツを奪うと一目散に雑木林の中を突っ走って行った。


 オレはバケツを取られた事に気が付くまで十数秒かかり、―――。


 

 「あいつ、・・・・・」


 

 ちょっと一瞬惚れそうになったじゃねぇか。惚れんけど。


 

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