第一章40 『”外”』
オレは進んだ。
進んで進んで、進んだ。
真っ黒い道の中を。明かり一つなく、先に行ったキチゲイの足音も聞こえない。ただ、オレ自身が発する音を頼りにしているだけだ。
全体が木で舗装されてあるだけに、オレの掌には謎の硬さと湿っぽいぬくもりが伝わってくる。
背負っているサバイバル道具一式が引っかかるのか、時々上から金属がぶつかる音がしていた。
「――――ぃ」
まだかまだかと進んだ先で丁度壁にぶつかった。四つん這い状態で急な壁の出現には、オレも顔面を打ちつける有様である。
脳天をつんざく痛みと、視界を飛ぶ火花に目を白黒させている直後に上から声が降ってきた。
上を見ると、そこにはぽっかりと穴が開いており、先に光が見える。その傍にはあのキチゲイの顔が。
「どうやって行けと、・・・・・・梯子か」
二足歩行の人間に進化したオレは目の前まで降ろされている梯子に気が付いた。縄梯子ではあるものの、そう簡単に千切れることはないと思えるほどに頑丈な作り込みになっていた。
「よっと、・・・狭い道でこれ使うって、結構辛いな・・・」
やっとこさっとこで梯子を上りきり、指先になにやら芝生らしきものが当たる感触を覚える。風が吹き抜けた場所に出た証拠だろう。
顔を上げた先には蒼天が、爽快な風が、野生の世界が。そして――、
―――キチゲイが居た。
「おー、やっとついたか。おせーぞ!こんなもん三十分もありゃ通れるだろー!!」
「疑似洞窟初心者にそんな無理を言うなよ・・・」
梯子が架けられた穴から身を外に出し、オレは服の汚れをはたきながらその大自然を目にする。
無限に、遥か地平線まで一面が緑と山で染め上げられており、少し離れたところでは図鑑で見た事のある草食モンスターが集団でうろついている。
ふと後ろを振り返ると数m先にはオレが思わず絶句する程の電気柵の取りつけられた”壁”が見えた。天まで届いているとも言えるその圧迫感に、再びオレは世界を見た。
気候は快晴で夕焼けが普段よりも色濃く見える。涼し気な風が吹き抜けており本当にここが”外”だと実感させられる。
「(オレはッ、今まさに、”外”に居るのかッ!!?)」
ずっと”外”に行くことができなかったオレが、今まさに”外”で呼吸しているのだ。
冒険者になれない属性?誰が決めた。オレは今”外”に立っているんだぞ。自分の意志で、この世界に降り立ったのだッ!
「――――――ッ」
新しい世界に向かって叫ぶ前に込み上げるものを感じて、思わず下を見る。
「(なんか、目元が、にじんで・・・・・・)」
なんだか変な気分だ。嬉しいはずなのに、違法なはずなのに、どうしても止まらない。
オレがその場で訳もなく感動しているというのに、――いや、感動しているから、か。
――こんな時にでも、
「やっぱり”外”のモンスターはいーぜ。中には『モスマン』っていう人型の蛾みてーな奴が居るんだが、こいつの腰回りの筋肉がよくてよー。一回味見したんだが、やっぱ入れる時の《アッー♂》とか《アッー♂》が最ッ高ーでよ!やっぱ身体大きいから《アッー♂》も大きいんだよなーでも《アッー♂》の量はあんましかなー」
イドはオレとは反対の方角を向きながら、違法移動穴に蓋をしながら呟いていた。
やっぱりイドは真剣な場面では居ない方が良いよな、と思いました。
A A A
イドが閉めた穴を見てみると、よく見ても分からない程に自然の中に完全に擬態していた。多分瞬き一回すればもう分からなくなるだろう。
と、そんなイドの証拠隠滅能力はどうでも良い。
オレは我先にと進むイドを追いかける。
イドは草原の中を歩いていき、追いついたオレに対してとある方向を指さした。
「おー、ルナ。あれを見てみろよー」
「人の感動の場面で下ネタを吐いたノーロマン男子がぁッ!―――って、何でだあれ?」
オレの感動を《アッー♂》ネタで踏みにじったクソイドに激昂するも、無理やり向かされた顔が景色の中に表れる違和感を捉えた。
数十mは離れているだろう距離に居るのは今さっきこの目で見た”ジャッカロープ”の群れだ。大きな鹿のような角を生やした白と紺のまだら模様の兎の事だ。普通の飼育されてる兎と違うのは、かなりの集団で群れることと、その倍近くある大きさと圧倒的な俊敏性だ。
餌場を求めての集団移動らしく、遥か向こうを目指して突き進んでいく。
これならまだ何もない”外”の景色だ。
―――”だけ”なら。
「んだ、ありゃ・・・・?」
オレの視界が見ているのは、そのジャッカロープを見る?一つの”何か”だ。
何か、”透明”になっている巨躯の怪物・・・。
オレがその存在を頭の中にある図鑑の中を探す。探している間に―――。
―――ふっ、と。
背景と何かずれていた”透明”の”何か”が消える。否、消えたのではない。その牙はもう既に動き出していたのだ―――!!
気づくのが遅かった。
だが、ジャッカロープは気づいていない。
少し強風が吹いただけだと、そういう認識らしい。その足取りに迷いはない。
だがオレは気づいている。イドもだ。
「・・・・・・ッッ!!!」
オレは息を呑んだ。眼だって見開いた。そりゃそうだろう。
百は居たジャッカロープの群れが、その強風の後に残っていたのはわずか二、三十匹だけだったのだから。
オレが無意識に後ずさり、その反動と共に電気属性が平面の集中力を展開する。
薄く、限りなく広く微弱な電波がその平面を伝っていき、ものの数秒、オレは完全に覚醒状態になった。イドが居るにも関わらず、オレの脳内にはセロトニンが出されまくり、オレを中心とする半径百数の情報網が完成した。
そして、そのモンスターはというと―――。
「居ない、か・・・・・」
空気、人、動物、木々、モンスター、あらゆる存在から跳ね返る電波がオレに現状を伝えていき、そこから結論を導き出した。その結果は、反応なしだった。
「一瞬にしていなくなるとか、これが”外”クオリティか・・・」
オレの反射神経を掻い潜って、オレの情報網からいなくなるとかどんなヤベェモンスターだよ。
見た事もない、全貌がつかめない恐怖がオレの身体を芯から侵食したあの感覚が忘れられない。夢に出るレベルだ。
「なんだったんだ、今のは・・・・」
「”エクスムーアの獣”だな。いや、色柄違ったし、別種の血が混ざってる”エクスムーアの魔獣”かなー」
「なんだそれ?」
呑気な声で答えるイドに、オレが目を見開く。知らないモンスターの名前だったからだ。
焦るべき場面なのに、平衡の集中力のせいで常時冷静状態のオレにイドが丁寧な説明をくれる。
「くっそ脚の速い猫型のモンスターだな。秒速三十mで走る。身体が保護色になる仕組みと、風の抵抗に強い身体作りがある。普段は黒なんだが、あいつは白色。多分別の血統も持ってる”魔獣”だろーな。ちなみに前にルナの戦った”灰獅子”も”魔獣”って呼ばれる分類だぜ」
オレの知りたい以上の事を話してくれるイドにオレはただ頷くばかりだった。
A A A
ひたすら歩き、オレはイドの話を熱心に聞いていた。
この草は温かい地方にしか生えないとか、この草はシュウ酸を含んでるからゆでないと食べられないだとか、溜池の水は汚ねーから熱しても飲むなとか色々・・・。
「他にもツチノコは歯がない代わりに舌がねとねとするから《アッー♂》には最適だとか、言ってたと思うんだg」
「人の心を読まないでくれますかねぇッ!?それサバイバルに関係ないでしょ!」
「いや、《アッー♂》行為は独り身サバイバルの時には大事j」
「じゃねぇんだよッ!!」
普段”外”でこいつ何やってんだよ・・・。怖いよ。
「(こいつ実体験のように語りやがって・・・。ん、・・・・実体験・・・)」
なんか気づいてはいけないものに気が付いた気がするのは気のせいだろうか。怖くて聞けんわそんな事。オレはイドをなんだと思ってんだ!?
・・・・変態キチガイ男色だと思ってる・・・・。
最早真理だった。
自分で言っててなんか悲しくなってきたな。
やめよ、こんな話題。
「そーだな、やめとくかこんな話題」
「・・・・・・・・・・・」
オレは何も突っ込まず、イドの話の続きを聞き続ける。
「それでまー大体森の中と、砂漠の中、あと火山帯の中には、あーいう感じの葉っぱに膨らみのある奴があるんだがな。あの中には水分がある。つっても寒天状だから一回熱を通して寒天分解してから絞り出す方式で。葉っぱも割と硬いけど、ナイフで穴開ければ一発だから。あ、そーそー!穴と言えばよー、こないだオレ自身の《アッー♂》開発中に・・・・」
イドの話が面白いのと、割と参考になるのと、突っ込み役をやることになるので休ませてもらえず、へとへとになりながらオレ達は一番近い森にやって来た。