第一章38 『今後の予定』
「――ってことがあったんだけどよ。オレとしては一体何をアルテインに言ったのかさっぱりで」
「とりあえず独り身男子にそーゆーことを言うってことは覚悟はできてるんだろーな?」
話の途中だというのに飛んできたのは相槌ではなく、どちらかというと嫉妬心があふれ出た言葉の暴力だった。
ひどいものだ。
本当にそう思う。
「自分がモテねぇのを人のせいにすんなよイド。男子の風上にも置けねぇな」
「けっ、言ってろ三下。俺は今のところ世界が俺に間に合ってねーから、変に他男子に肩入れしねーってだけだ。世界が俺に間に合ったらルナとて簡単に口説けるわ」
「へッ!」と吐き捨ててふんぞり返るイドにオレはげんなりと肩を落とす。
オレが今話しているのは一昨日でのアルテインとの会話の内容だ。
あの会話の後は普通にお互いに他愛もない談笑して終わりだったわけだが、それでもオレの心には少なからずアルテインのあの可愛い笑顔が彷徨い続けている。
「あの時はあんなに元気で可愛かったのに、放課後になってあいつのクラス行ったら早退してるって分かったからな。びっくりしたわ」
「んで、今日も休みなんだろー?」
「あぁ、クッ・・・。オレの日々の楽しみが・・・・ッ!!」
アルテインは昼食終わりに「また明日も一緒に食べよう!」って誘って来てくれたのだが、たった一日だけだたっとしてもオレとしては日欧での楽しみな事の内の一つになっている。毎日あんな天使と一緒に昼飯食うとか最早オレは天に召されるのではなかろうか。
正直ほぼ二日会ってないってだけでもうオレの心臓とか脳みそとか色々限界が来ている。アルテインが可愛すぎますね。男なんですけどね。男なんですけどね・・・。
「オレ、ゲイになりそうで怖い・・・」
「アルテインが可愛い話をした後に、ガチホモになるのが怖いとか感情の処理が大変そーだな、お前の頭って」
いつもの隆起した木の根っこ。その上で胡坐を掻きながらイドがどうでも良さそうに声を上げる。だが一息溜息、――欠伸を着いた後、何を思い出したのか目を見開いて嬉しそうにオレに拍手を送る。
「思い出したんだが、早速ルナの存在を大きく世界に流す催しが最近開かれるそーじゃねーか!」
「一体何の話だよ・・・?」
「んえ? お前、先生の話とかちゃんと聞ーてるか? なんか言われてねーの?大きな大会があるから受付んところで参加申し込みしてねみてーな話」
「・・・・・・」
顎に手を当てて学校で先生が言っていたことを思い出そうと必死に記憶を探る。だが残念かな。日常的に先生の話をガン無視しているオレが先生の話を知っている訳が無いのだ。
結果的にオレは空の記憶の棚を開けて無駄な知識を散らかしたのだった。
「ヤベェ、思い出せねぇぞこれ」
「なんてこった。まぁでも明日も言われるだろーから、そんときはちゃんと聞ーとけよ」
「あぁ、・・・・善処する」
「よろしー」
日ごろの態度という恥をしっかりと晒してしまったオレが謝罪の意を述べると、イドが満足そうに手を叩く。だが、イドのことだ。オレを此処に呼び出したのはアルテイン云々とか大会云々とかの話を聞くためじゃないだろう。
イドの目は『一昨日の近況報告』の他に表には見えない目的が二つあると明言されていた。一つは『大会への参加打診』であるとは分かったもの、もう一つの正体は未だに掴めていない。
黒と灰色のオッドアイは分かりやすくて分かりにくい。全部を摑んでいる様に見えるが、実際はまだ全然掴めていないのだ。つまりイドは分かりやすいけども分かりにくい。分かりやすい男子ではあるもの、その言動・考え・存在感の全てを分かることはできない。というか、そもそも人間として認めていいか謎な部分があるので分かる分からないは別問題なのかもしれない。
イドはそんなオレの考えてることが分かっているのか、「クフフ」と微笑を携えたままオレを呼んだ最後の目的を語った。
それは―――。
「ルナ。ちょっと今から”外”に行こーか」
A A A
イドの言葉に反応できずに数秒が流れた。
”外”だと・・・・?
オレの想像が正しければ、この国を囲うようにして存在する高い分厚い電気柵付きの壁を抜けた先にあるモンスターの住みかと他国を繋ぐ道があるという、あの”外”だと思う。
だが、一般的に”外”への外出は政府の調査員か、もしくは冒険者でないと不可能。変に”外”にぬけだそうもんなら普通に法律に抵触するのである。なんなら”外”には対象の道の生物やモンスターが存在しているのだ。
つまり法律的にも単純な生命的にも、どっちにとってもヤバいという事である。イドはそんなとこにオレを連れて行こうとしているのだろうか。
ある程度”外”についておさらいしたオレは、なんとかオレとイドの間に流れる時の残留を掻い潜り言葉を投げつける。
「・・・・何言ってんだ、お前?」
打倒の反応だ。
普通はそういう反応になる。オレも普通の人間なので『え!?”外”行くの!?わーい、行こう行こう!』とはならない。子供でも”外”に無断で出てはいけないことくらい知っている。学生のオレはなおさらだ。
「何で”外”に行くんだよ・・・・。普通に犯罪だぞ?」
「何でわざわざ俺が世界の決めた法律に従わなきゃならんのだ? 犯罪? 今までの鍛錬で此処に連れてきたモンスターなんて全員”外”から取ってきてるんだぜ?今更だろ」
「―――あッ! ・・・・そうだった・・・・」
イドのあっけらかんとした答えにオレの記憶が強く、その存在を主張する。
そうだった。確か、モンスターを殺すに当たっての向き合い方講座で、”外”から死にかけのモンスターを連れてきて敬意を払って命を頂くということや、弱肉強食だから変な情は要らないだとかを言われたのだ。
そうか、そうだった。もう既にイドは”外”に行っていたのだ。
「そもそもの話、俺自身この世界で生まれた存在じゃねーからな。世界の法則性とか全部俺には通じねーよ。おんなじ理屈で、”外”に行っても後ろめたさなんてねーし、それが普通の権利だからな」
オレの知ってる権利と少し認識が違うようだが、それはもういいとして、だ。
オレの知りたい問題はそこではない。
「なんでわざわざ”外”に行くんだよ。”外”に何があるって言うんだ?」
「ちょっとサバイバル術をな」
「は?」
オレの問いにイドが少し声を弾ませながら答える。何やら嫌な予感がするが、それはいつもの事なので良いとして、オレはイドの目を見て真意を探る。
大抵の人間は考えてることが目に出ていると考える。だが、イドは何かのフィルターでも張っているのかときたま見えないことがある。今がまさにそうだ。
イドはオレの見てくる視線に苦笑しながら、
「いやお前。冒険者になったら”外”での活動がメインになるんだぞ? それで食べられる草とか生き物とかモンスターとかの生態とか生息地とかをまんべんなく学んでねーと、いざって時に困るぞ」
「あー、確かに? いやでも大丈夫なんじゃね? 最近はモンスターでもあまり寄り付かないテントとかお香とか売ってるし、なんなら普通に非常食も売っている」
「いや馬鹿かお前。何も知らず肉食狂暴にモンスターの群れの中にテント張ろーもんなら、『突撃!お前が晩ご飯』されるのはお前だぞ?今の時代のテントなんて想定で作られてる物体だ。日本のキャンピングカーなら全然大丈夫だけども所詮は布で作られたもんだ。職人が現場におらずに『こんなんだろーな』で作ってるからな。正直、テントに人生全部預けるのはナンセンスだぜ?」
「そ、そうか・・・」
「だからいち早く現場に行って予習することだな。草に通常動物にモンスター、飲める水とか生物濃縮の極みとか色々。今の内にやっておかないと今後に影響するからな」
イドが胸を張っていう姿には何か一種にお信頼を覚えてしまう。
というか、
「それって今じゃないといけないのか?」
オレは思ったのは別に時間をかけたっていいのではないかという事だ。生態系とかの学習は一周間くらいで出来るものではない。結構な時間がかかるはずだ。だとしたら、それは今すぐすべきなのかということに焦点が置かれる。
だがイドはオレを納得させるための、十分な材料を持っていたのだ。
「まぁ、”外”での活動はざっと二週間弱。そこである程度、基本ができればいーかもな。別にルナは普通の人間だし記憶力とか応用能力とかは全然一般人レベルだからな。あまり高い期待は抱いてねーよ」
イドはそのまま人差し指を目の前に突き立てて「それよりか」と、付け加える。
「ルナは大会の為に強化しておかなきゃならねー事があるからな。それで二ヶ月くらい使う。そのあとすぐに”外”に行く機会に恵まれるからな。そこで役立てる為にも”外”での生活はできておくべきだと思うのよな」
「なるほど・・・」
大会参加はもはや決定事項。そのために鍛錬する期間は二ヶ月程度。その後直後に”外”に行くというのなら今から”外”へ行ってサバイバル術を学ぶのは普通のことなのだろう。
オレが顎に手を当てて頷くと、イドは「だろー!」と笑みを見せる。
目的は決まった。手段も得ることができた。
だとしたら後は、
「――実行するだけってか」
オレの決心にイドが出囃子を叩く。
「まぁ、先に色々準備する事があるんだけどなー」