第一章37 『”ことば”』
あまりにも眩し過ぎて、現世で穢れを多く受けてしまったオレはアルテインの天照らす笑顔によって半分精神が蒸発しかけていた。
だがしかし、肝心の話を聞いていないことを思い出し、なんとか現世に魂を獲り留めることができた。あっぶねぇ、一瞬大きな川の向こうから曾祖父と曾祖母が手ぇ振ってたのが見えた・・・。
割と洒落にならなかった状況が一変し、煩悩が弾け飛び、スッキリした頭がオレの思考を加速させる。
オレは総菜パンを袋に戻し、アルテインの方に向き直った。目の前ではこくりと首を傾けたアルテインが不思議そうな顔でオレを見つめていた。
「? どうしたのゼクサー君?」
「アルテイン、さっきの話だけどさ」
「話・・・」
「オレがアルテインに関わるって話。なんでオレ負けたのに、アルテインとこんな仲良く一緒に昼飯食ってるんだろうなって、改めて思ってさ」
「・・・・」
瞬間、アルテインの視線が右へスライドし食事の手を止める。眼は見えないが、頬はほんのりと薄く赤みがかっていた。
ふと、アルテインが赤みがかった頬を髪の隙間から覗かせつつ口を開いた。つやつやの桃色が言葉を紡ぎ出す。
「・・・・・・・・どうしても、言わなきゃダメ、かな・・・?」
「オレとしては今後ともアルテインと関わり続けていきたいからな。理由不明のままだと少し不安でな・・・」
含みのある言い方でアルテインの様子を見ると、アルテインは耳の先まで紅に染め上げており若干瞳が潤んでいる。混沌とした宝玉の目が揺れ動く度に俺の心臓もまた揺れ始めていた。
「(本当にオレは一体、何を言ったんだ・・・?)」
ここまで女の子の反応をされると困るのはオレの方だ。記憶がない分、アルテインがここまで赤面する―――男の子がここまで赤面する言葉を、男子のオレが言った事に衝撃を隠せないし、いち早い疑念の解決を望んでしまう。
アルテインはオレのまっすぐな視線と空を交互に見ながら、――やがてぼそっと、ぷっくりた唇が揺れ動いてその奥から文字に落とし込んだ吐息が現実世界に表れる。
「か、・・・・・・たよ・・・・」
「?」
オレが首をかしげると、アルテインは目を瞑って一段と大きな震え声で、言った。
「か、完敗、だったよ。・・・・ゼクサー君の一人勝ちだよ。ボクは、君に、負けたんだ・・・」
「―――ッ!?」
A A A
息が詰まった。
だってそうだろう? 負けたのはこのオレだ。アルテインがこっちを見ている状態でオレは意識を失った。どう考えたって、負けだ。
それがアルテインが完敗?
どうしたらそういう思考になるんだと。
オレの疑問が募り、更なる不可解が積み重なる。―――だが、
「ゼクサー君は、ボクに関わるって、そう言ってた」
「―――――――」
「でもボクは君を撥ね退けた。あの時使える力を全部使って追い返そうって、そう決めて。・・・はじめは本当に、早く降参してほしかった。ボクも同じ境遇の人に向かって属性攻撃したくなかったし。でも、・・・」
「・・・・でも?」
「ゼクサー君は灰獅子の時以上の強さだった。環境も身体も属性も全部使ってて、その時点でボクとは大違いだったんだっ・・・」
「・・・・・」
まるで自分の無力さを痛感したかのような、まだ見ぬ強者が居た事ゆえの自責の念がアルテインの瞳に宿っていた。
「ボクは属性だけだ・・・・。ずっと属性だけを磨いてきたんだ。・・・でも、ゼクサー君は違う。ボクにないもの全部を持ってるんだ。だからボクも全力で迎え撃ったさ。諦めてくれないゼクサー君に持ってる力全部ぶつけた。・・・・でも」
「 」
ぷっつりと、糸が切れたようにアルテインは言葉を一端終わらせる。
「ボクの”複数属性”の一撃必殺の大技。――『虹鯨』をたった斧の一撃だけで切り伏せられた」
視線が彼の手元にある弁当へと注がれる。
ふわふわする髪の毛が視界をアルテインだけの世界にしているせいで詳しい感情までは分からない。だが、これが悲しい気持ちだというには痛いくらいに分かる。
「ボクはね、本当はゼクサー君を関わらせたくなかった」
「でも、ボクにはないものがあって、持っていないものを全部持ってて、それでも関りたいって言ってくるゼクサー君が、ボクには分からなかった」
「ボクはずっと質の悪い嘘か、『みんな仲良く』を掲げる暑苦しい人なのかと思ってたよ。後者は可能性希薄だったけども・・・」
ふっと乾いた笑いが軽く揺れた銀色の髪の隙間からはみ出た。
自嘲。だが、そこから出てくる笑いはある種の過去の黒歴史を思い返して笑い飛ばすようにも聞こえて―――。
「違ったよ。やっぱり、って感じ。――やっぱり、ゼクサー君は本気だったよ」
「!」
「ゼクサー君がボクを選ぶ理由を教えて貰った。『不遇だ』って言わせたくないって。眼がボク以外見えないんだって。―――どうでもいいよ、そんなこと」
「―――ッ」
「ボクは、”そんな誰にでも言えるような事じゃなびかない”。大事なのは、ボクが決心したのは”最後”だったんだ」
アルテインの声音が変わる。泣きそうな、笑っているような、そんな悲しい音じゃない。新天地を得た、神を見た人間を表したかのような声だ。
ゆっくりと下を向いて独白していたアルテインの顔がオレに向き合う形で位置取った。
琥珀色の光が宿る混沌の瞳。清純にして高潔なアルテインの視線がオレに真っ向からぶつかってきた。
そして、おもむろに空いて無防備なオレの右手を摑み、眼前まで引き上げて――。
「”関わりたい”。――そのために気絶するまで拳を振るって声を上げたゼクサー君に、”興味何て持つな”っていう方が無理だよ!」
「―――んな、ぁっ!?」
「――ッ!! ・・・・・・」
刹那の時間が飛び去り、アルテインの言葉が脳みその髄に突き刺さる。脳天に穴でも開くのかと言わんばかりの衝撃の強さに目を白黒させていたら、自身が言った言葉を思い返し急激に顔全面が赤くなるアルテインが見えた。可愛い。
だがしかし、そうなのだ。
何かを”言った”のが突き刺さったのかもしれない。でも決定打は”行動”だったようだ。
意識を失うのは想定外だったし、それでオレは負けたんだと思ってた。だが、真実は、オレ知らない意識までには理解が及ばなかったようだ。
「(確かに意識失ってまで人と関わろうとか考える奴って、そういない、・・・よな?)」
オレはアルテインじゃないのでどうにも言えないが、オレの行動はたしかにアルテインの心を揺さぶったのだ。現実感は全然ないが。
そんなリアルにオレは肩の力を抜けさせる。
だがすぐにまたアルテインの一言で緊張が走るとは思いにもよらずに。
「ま、まぁ、あんな”コト”まで言われたら、ボクとしてはまだ、ボクまだそういう経験ないし、正直ホントに度肝抜かれちゃったよ。・・・・普通あんな”恥ずかしい事”言われたら、大抵の人はゼクサー君に心を許しちゃうに決まってるよ。・・・まさか、ボク以外の子にも”あんな事”言ったりは、してないよね・・・? してない、よね・・・???」
「あれちょっと待って。今完全にオレの記憶にない”言葉”の事言ってます???」
「そ、そうだよ! あ、”あんな事”言われて、気絶までされて、言葉も尽くされて、ボクに出来ないこと全部できる人に、それも、ゼクサー君に、・・・・。ゆ、夢にまでっ、夢にまで出てきたんだよ・・・、どうしてっ、どうしてくれるにょぉっ!?」
呂律まで回りにくくなりはじめ、アルテインの目が迷子になる。半泣きなのに恥ずかしいという感情が全面的に表に出ていた。
知らんがな。という話だが、流石にここまでオレの放った”言葉”が印象的だったのだろう。
やっぱ怒った顔も可愛いな。
と、益体もないことを考えながらアルテインに言葉を投げる。
「オレ、一体アルテインに何を言ったんだよ・・・。マジで覚えてねぇんだけど。教えてくれないですかね?」
ちょっと最後の部分が敬語になっていたのは、オレが言った言葉だというのに肝心のオレが覚えていないこと故の申し訳なさからだ。アルテインをここまで赤面させるとか、オレは本当に何を口走ったと言うんだろうか。
そしてオレがアルテインを見ると、アルテインは少し唇を嚙んだかと思えば――、
「言いたくない」
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・え?
アルテインの言葉にオレの口からは息だけが漏れた。
「い、言いたくない。言えない。ぼ、ボクに言わせないでよ。こ、こんな恥ずかしい事。思い出したくもない。・・・というか、ゼクサー君が思い出してっ!」
「えぇぇ・・・・」
「無理無理!こんな、こんな、もうこんなの告白みたいなものなのに、『プロポーズ内容忘れたからもう一回言ってくれない』って言われるのとほとんど同じなんだよ!むしろそっちのほうが断然マシだよ!」
「そんな素晴らしい事言ったのオレッ!!?」
「もう馬鹿! 知らない! 素晴らしくなんてないんだからっ! は、反省しなさい!それでもって思い出して!」
「無茶苦茶だぁッ!!?」
もはやツンデレとかいう奴になろうとしているアルテインにオレの乾いた叫びが雨雲の屋上に木霊した。