第一章36 『男の娘はスパイスとお砂糖と、思いにもよらない物で出来ている。』
「んもー! ゼクサー君どういうこと!? クラスに迎えに行ったら居なかったんだけどッ!!」
「それはオレのせいじゃねぇだろ・・・」
「ボッチ飯の癖にクラスに居ないとかッ!!アウトドア派ボッチ飯って何!!?」
「新しい言葉を作るな。なんだよそのゲテモノ臭のする言葉は」
最初に頬を膨らませたアルテインのお叱りからオレとアルテインの昼食タイムは始まった。
「お前が作ったんだろが」と突っ込むとアルテインが可笑しそうに笑う。口に何かを含んだような、それでもって何も隠されていない純粋な吐息にいちいちオレの心臓が反応しそうになる。
―――心臓が跳ね上がるといえば、だ。
「そういや、弁当」
「―――?」
「いや、・・・弁当可愛いなと思って」
オレの視線の先にあるのはアルテインの膝の上に広げられた弁当の包み、そして弁当箱だ。
上品な薄い桃色に紅色のハート型の刺繍や動物の刺繍が入っている包み布。そして犬かクマの顔面をデフォルメ化して形どった弁当箱、――二段重ねだ。しかも、小箱で構成されている。
こころなしか、オヴドール付属小学校の昼食時間によく見かける女子の弁当に凄く似てる気がする。逆に男子はデカい弁当箱二段重ねで「焼肉!コメ!」っていう印象がある(オレ調べ)。
「(顔とか身体とか声とか仕草が完全に女子だからここまで徹底されてると、ズボン履いてる以外で男子だっていう判別が・・・・)」
思わず口に出しかけたが、なんとかそれをこらえる。
だが気分としては完全に女子と二人で屋上でご飯食ってる状態と同義なので、そういう経験の浅いオレの心音がバックンバックンだ。
そんなDT丸出しなオレに対して、アルテインは純粋そのものだった。
「か、可愛い、か・・・・。えへへ・・・」
ほんのりと頬を朱色に染めて片手で頬を掻く。眼には光沢が滲んでおり、目じりが丸くなっている。ちらちらとオレの方に視線を送ってくるのは気のせいだと思いたい。
「(血迷ったらいけない。・・・こんな風でも男子だ。しっかりと《アッー!♂》が付いている男子だ!!落ち着けオレ・・・)」
煩悩が冴えわたる前にオレは自意識に呼び掛ける。こんな野獣の魂は解放されるべきではない。
ドクンドクンと早まる心臓を抑えつけ、なんとか理性を取り戻して深呼吸をしているとアルテインが不思議そうにオレの方を見てきた。
「どうしたアルテイン?」
「・・・それ・・・」
アルテインが不思議そうな顔して指を指したのはオレの左手に鎮座して、異様な塩辛いオーラを放っている総菜パンだった。
「総菜パンだが、・・・?」
「そう・・・。・・・じゃぁ」
と、一旦話を区切ったアルテインが弁当箱の一つを開ける。中身は何かよく分からない黒ずんだ”何か”が収まっており、アルテインは折りたたみフォークでその”何か”を刺してオレの前に突き出す。黒くて、ところどころに亀裂が入っている、とても異様なブツだった。
「(なんだこれ、木たn)」
「ハンバーグあげるから、その総菜パン、・・・くれませんか?」
「!?」
これハンバーグだったのかよッ!?
まさかの衝撃にオレの心臓が止まりかける。眼なんて飛び出すんじゃないかと言わんばかりに見開いた。
アルテインから差し出されたブツは未確認生命体でもなければ木炭でもなかった。ハンバーグ(本人曰く)らしい・・・。
「(うえ、うええええええええええ!!?えええええええええええええええええ!!!??)」
改めてアルテインの言葉を噛み砕き、咀嚼してその意味を真に理解する。そして絶叫した。
「(まぁ確かに、ハンバーグに・・・見えねぇ。・・・あーでもなんか、この肉っぽい残り香はハンバーグ、・・・・いや、こりゃ木炭だな。木炭らしきものを消し炭にしたような料理だ・・・)」
なんとかハンバーグと木炭の接点を探してみたが見つからなかった。
どっちも有機物とか?・・・そんなところしかねぇな。
散々な言いようだが、オレは最悪の可能性を想定してオレの返答に顔を強張らせるアルテインに疑問を送る。
「これってアルテインが作ったのか・・・?」
「うん! 上手でしょ!家主様に教えて貰った通りに作ったし、家主様も「合格」って言ってたの!」
「(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)」
――悲報。アルテインが作ったハンバーグでした。なんなら家族揃ってメシマズの可能性あり。
心の中で泣きながらオレはこの純粋な笑顔に何も言えなくなった。
流石のオレもこんなにオレがどう反応するかをじっと見てくるアルテインに向かって、「いや無理かな・・・」と慈悲も情けもない言葉をかける勇気も精神性もない。
やはり、オレはまだ半人前だった。
「やっぱりダメかな?自己中心的過ぎるし、ごめn」
「いや、いいが?欲しいならあげるぞ。交換だが」
「えッ!いいの!!? わぁっ、ありがとうゼクサー君!!」
ぱぁッ!!と、誇張なくアルテインの琥珀色の光が眩く輪郭を帯び、表情がほころぶ。天使の羽のようにふわふわの髪が煌めいた。
目からは『嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい・・・』と呪詛みたいな歓喜が周囲に拡散されている。
此処まで来るともう後には引けない。
オレは覚悟を決めて、差し出された木炭の消しずm、・・・ハンバーグを目を瞑り、一息で吸い込むように平らげる。
「(ダメだ!舌に触れさせるな!完全に劇物だ!アルテインは許せてもこの木炭は許せねぇッ!)」
元々そこまで大きなハンバーグでもなかったので歯に触れさせるほどでもなかったが故、オレはその未確認生命体を呑み込む。人生の苦汁を呑んだ気分になるが、それでも舌に触れさせなかったオレを誰か褒めていただきたい。
そのままオレはいつもの調子をなんとか装いながら、左手に鎮座する魔王を渡す。
食いかけだというのに凄い嬉しそうな表情をする。眼なんてもうハイになった人みたいにギラギラさせている。
「いただきます」
獲物を捕まえた捕食者の目をしたかと思えば、急に打って変わって奥ゆかしい純粋な男の娘の顔に戻る。
一言の感謝を告げ、少し水分を含んだ光沢のあるパンの皮の部分を小さな口で―――。
「(――――――ッ!!)」
なんとなく、背徳感的な罪悪感に駆られたのは言うまでもない。ぞわぁッ!と、背中を何かが走り抜ける不快感を感じたオレは何とか新しい総菜パンを引っ張り出すのを建前に、アルテインの生々しい口を視界から外すことに成功した。
「はむっ はむっ」
真横でとんでもなくいやらしい(※全くいやらしくありません)音が湿った屋上に鳴り響く中、オレはその咀嚼音が鳴り終わるまで必死に総菜パンを食すことに全神経を投入する。
そして――、
「――。なんか塩辛い・・・」
「・・・・」
目を横に流すと、食べ終わったアルテインが眉を顰めて妥当な味の感想を伝えてきた。
だがそれで終わることもなく。
「ゼクサー君と一緒だから美味しさも二倍だねっ!」
おぐはぁッッ!!!
雨が降りそうな屋上で咲き誇る満面の華がオレの目の前で鮮やかに咲き誇る。オレの世界のあらゆる煩悩がまとめて聖なる輝きによって撃ち祓われる爽快感が脳裏を突き抜けていった。容赦がない。可愛さに容赦がない。
黒い不純物が根こそぎ裂光に呑まれ、その存在を崩壊させる。
ふん!と、可愛い格好いい拳をきゅっと握って、穢れのない生まれたての笑顔が顕現する。
男子だ。まごうことなき、男子だ。だが、それでもオレは言っておくことがある。
「守りたい、この笑顔」
目を瞑り、浄化されていくような感情がそのまま言葉となって世界に放たれたのだった。