第一章34 『DQN思考』
『一年二組』。
―――オレが自身のクラスに着き、机を見るとそこには知らない奴の体操服袋が入っていました。
「――――」
脳みその活動が瞬間的に停止したが、すぐさま持ち直し、今の状況を解析するように脳に命じる。
一瞬フラッシュバックしたのはついさっきのパリピ共の会話だ。
確か緑頭の男が、
――「だっしょー!!机椅子隠しても財布盗っても無反応だし??今日は机の中に他女子の体操服入れといたけどwwwかかるかなぁ??」
と言っていた。
「(さて、帰るか・・・)」
オレはまだ席に着いていない。というか触ってすらいないため、必然的にオレが此処を去れば犯人の矛先から逃れることが可能となる。
チラッと目を横に流すとにやけ面を噛ます今さっきのパリピ共がクラスの隅で群れを成しているのが視界に入る。アルテインによって一時撤退を余儀なくされたものの、自身のクラスに戻ればその精神性は大変な回復を見せるのだ。
が、しかし、その五人の内の緑頭のみがオレが中々机に座らないことに苛立ちを感じているのか、少し奥歯を噛んで口元を歪ませている。心なしか、膝を指で叩いている。
「(なるほど、そうはいくか)」
周囲の雰囲気、そしてぐるっと辺りを見回してみればオレの席を中心に円を形作るように生徒が横目でオレを見ていることが分かった。
中にはしっかり見ながら、オレが机に着くのを今か今かと待っている奴。
友人と会話をしているフリをしてオレを見ている奴。
全員がエンタメ目的でオレを見ているのだ。
これでオレが道化辺りだったら、そりゃぁ拍手万歳会場満員の一流時の人となれる訳だが、残念ながらオレは道化ではないのでこれは完全にいじめである。
「(こいつぁ突っかかっても意味はない。あいつらはオレと自分を劇場と観客に分けて認識してるからな。劇場の事情を観客に持ち込むなっていう一種の壁だ。だからオレが此処で取る行動によって今後のオレに攻撃する奴が増えるか減るかが決まる)」
先生に言っても意味は無いのが分かっている。
最初に嫌がらせにあった時、先制に報告はしたものの「あぁそう。でもそれは君にも問題があるんじゃないのかな?」と言われ、具体的なことは何一つしてはくれなかった。
だから今度も同じだ。先生も自分で「期待外れ」の烙印を押した生徒の味方になろうとは思わないだろう。
「(ここで机に触りでもしたら、先生が観客と劇場のどっちに味方するかなんて見なくても分かる)」
だからこそ、一旦帰るのだ。
一旦帰り、昼食の時間にもう一回行く。
なぁに簡単なことだ。簡単なことだがなぁ・・・。
「・・・・・・」
オレはどうにも嫌がらせに対して、最善の”ことなかれ”政策を実行している様に思えてならない。
「(確かに、連中と事を構えない方法としてはこれが最善策だというのは分かっている。だが、本当にこれで正解なのだろうか。このまま、適当に呆れる気持ちを抱えながら流していけばいいのか?)」
オレの問いに、オレが悩む。
答えが分からない。
どんな回答をしても、理性と自意識にもう批判を喰らうことになる。
わざわざどうして泥沼に足を突っ込みに行くのか、――と。
そんな時にだった。
「おい、いつまでそこに突っ立っている気だ?」
木製の床の上で顎に手を当てて瞑想するオレに苛立ちにも似た声をぶつける人物が一人。
振り向けば、そこには濃ゆい焦げ茶色に先端が赤みがかった、如何にも「運動してます」みたいな体格をした男が、――デァーティア・ハリー=ソブライアンが居た。
目元は他同様黒塗りで見えないが、声の男らしさと妙に正義感を自負しているこの声音に対して思い当たる人物はこいつしかいないのだ。
「(確かこいつはクラス委員長だったな・・・。何の用だ?絶対オレの味方とか、そんな感じじゃなさそうだが・・・)」
こいつは一種の自己愛的な正義感と事なかれ主義が奇跡の融合を果たした禁断の外来種であり、非常識を常識でコーティングした人間性のせいで妙な人望や期待を持たれている奴だ。単純に言えば、クソだ。
だが問題とすべき点はそこではなく、
「別にオレが突っ立ってようが関係ないだろうが」
「関係ないと?ぬかせ。このクラスの雰囲気が悪いのはお前が原因だろが」
「オレが突っ立ってんのと、クラスの雰囲気は関係ないだろ・・・」
デァーティア・ハリー=ソブライアン。こいつの異常なところは”人の意見を聞かない”ところにある。これはこいつがクラス委員長をする前からあった個性だったのだが、当時はなりを潜めていた。だがクラス委員長の権限を委託された瞬間に本性が爆発し、このクラスの秩序を崩壊させた重役の一人として世に放たれてしまったのだ。
オレのクラスは先生が居る時と居ない時で大きく態度が違う。
それは何処のクラスも同じなのかもしれないが、普通に違法薬物ちゅっぱちゅっぱしてる奴なんてウチのクラスにしか居ないと思われる。
「(後普通に不要物持ってきたりとかしてるし・・・)」
パリピ共の所は机の角に親父の開発した遊びの”とらんぷ”が固めた状態で鎮座していた。
そんな無法地帯の権化みたいなウチのクラス産のクラス委員長。
勿論これが真面な脳を持っているはずもなく、
「お前が黙っていればこのクラスの雰囲気は悪くならずに済んだんだぞッ!?」
「あ゛?」
理不尽過ぎる言い分にブチギレする委員長にオレは眉を顰めて聞き返す。一瞬、とりあえず何事もなかったかのように流しておくかとも思ったわけだが、決心が変わった。
オレも鬼ではないし、事なかれ主義思想の持ち主ではない。
だからちょっとした嫌がらせくらいなら、オレも広い心で何事もなかったように見逃すし、般若の形相で容疑者と家族と友人を再起不能にまで追い詰めることもしない。
だが、それが当たり前であるかのように言われば、理不尽と不合理にはオレでもって返す道理が出てくるのだ。
だからこそオレは、委員長と、このクラスと対立する関係を明確に作る。
そのためにはまず必要なことがある。
委員長をはじめとするクラスのカーストに高い存在にオレを『異分子』であることを認識させて、攻撃性を全面的に出してもらうのだ。
オレが思うにこいつ等は一部を除いて頭がパッパラパーな部分がある。そこを利用して、手を出すなりなんなり実力行使に出てくれれば、後はオレが正当防衛の肩書の元(精神錯乱の嘘)で過剰防衛すれば簡単に野郎共を打ち払うことができるのだ。
オレはイドとの悪口大会の過去を思い出し、””キチの思考回路””を記憶の棚から引っ張り出す。
「(この思考回路をするのは超不本意なんだけどなぁ・・・、相手が相手なので仕方ないけど)」
このキチの思考回路はイドとの悪口合戦によって生まれたものだが、イド相手にはキチの思考も及ばぬ論理を展開することが分かり、お蔵入りになっていた能力だがここで役立つとは思わなんだ。それを使う分このクラスは治安が悪い事への裏返しになるわけだが。
「オイお前、お前が変な行動するせいでさっきからユニックスさんの機嫌が悪いんだぞ。どうしてくれるんだ!!」
委員長が半分怒り、半分焦りで叫ぶが、「さっき」っが「殺気」に聞こえるあたり、オレが来るまで結構スゴイ空気になっていたのだろう。
だが、そうやって責任を他人に放り投げる態度にオレは”良心の慈悲無し”と判断し、すぐさま”キチの思考回路”をオレの思考回路にペーストする。
「オレは知らねぇよ。勝手に機嫌が悪くなっただけなんだぜ?オレが配慮する必要性ないじゃんw」
「なぁッ!!―――これはクラスで対処すべき問題なんだ。今こそみんなが力を合わせt」
「一人の為に力を合わせるとか論外で草。自分の感情も周りに手伝ってもらわないと抑制できねぇとか発達障害ですかね?親、産む奴間違えたんじゃね?やーい劣等遺伝子・乙ッ!!」
「――――んがぁッッ!!?」
委員長が目に見えて顔面が赤く染まり始める。見て見れば金髪パリピも今にも人をブチ〇しそうな顔の歪みでオレを脅してきた。
なのでついでに、
「そうやって分かりやすく顔を歪めるってことは、思い当たる節があるってことでしょ?いやぁ、思考が貧しい、精神性貧民層は人間関係が自分の想い通りに行くと思っているみたいだ!無駄に化粧張りのせいで面の皮が厚くなったんじゃねぇですかねぇッ!?」
「な、このっ、クソがぁ・・・・!!」
「おちつきーや!今手ぇ出したら悪いのはこっちになっちまうて」
金髪女がオレに掴みかかりそうになるのを、二流半ばのイケメン(?)茶髪ヘッドが必死に止める。こいつは常識があるようだが、学年を問わずに暴力事件やカツアゲを行う首謀者だったのを思い出す。証拠が出ないからこそ今の今まで放逐されている訳だが・・・。
「(それにしても後ろの三人はお飾りかよ。金髪さん止めて上げろよ・・・w)」
と、暴走金髪女を茶髪二流イケメンが止める惨状が繰り広げられる中、委員長が鼻息を荒くしながらオレに歯向かう姿勢を取った。
「そうやってまた空気が悪くなる!ホント、お前さぁどういう神経してる訳?お前が黙って嫌がらせを受けていればこんなことにはならなかったんだ!!どうしてくれるッ!!なぁ、どうしてくれるn」
「はぁ、何?自己中?やめてくんないウザいんだけど。お前らが逆に嫌がらせ受けてくれればいい話だし?そもそも嫌がらせを受けて欲しいんならその分の労働費とか払ってくれないとさ、心の傷もあるだろうから勿論慰謝料とかも貰うけどw何?払ってくれない訳???」
「―――ッッッッ!!」
「オレが嫌がらせ受けて、安寧をお前らが享受すんだからそこに給料が発生しても別に問題無い訳。委員長が代表でオレに文句言ってくるんなら、委員長がオレに給料支払ってよ」
「こ、これはクラスの課題であって、お互いの協力が必要なんだ。だから給料は発生しない。むしろ、クラスの課題に取り組むことができる喜びをかみしめるべきだt」
「押しつけがましいんだがw机椅子隠されて、金をとられる喜びってなんだ?マゾヒストでも喜ばねぇww」
オレはそう言いながら、クラスの後ろ、――委員長の席と椅子を掴み、窓から放り投げた。
オレの奇行にクラスが騒然とする中、オレの奇行の犠牲者となった委員長がオレの胸倉を摑み上げる。憤怒の形相だった。眼は見えないが、ここまで顔がゆでダコ状態なら目を見なくても心情は計れる。
「何を!おまッ!!ふざけんnぐべらッッ!!??」
だがまぁ、そうやって暴力行為に及ぶのであればオレもまた同じ道理で反撃する。
ここが大衆の目がある公共の場であればオレも正気の対応だったんだが、無法地帯だからな。多少過剰防衛でも、オレが牽制をしていれば何も問題はない。
という訳で、バネの脚の蹴り喰らった委員長は文字通り吹っ飛び、壁に叩きつけられた。叩きつけたられた壁は軋み、その傍で倒れた委員長は白目を剥いて失神している。
「ね?机隠されたら激昂するでしょ?おんなじ。分かる? 自分は良くて他人はダメって神経だからそうなるんだ。君に胸倉を摑まれたのがまだ痛むし、後でこのことは学校にクレームとして入れておこうと思うんだよね? まぁ今なら謝罪と慰謝料で許してあげるけど、どうなの? 無視?あぁ、蹴られ足りないってことか。返事ないもんね。いっくよ――ッ!!」
人が軽々と飛ばされる姿を目撃したクラスの無能共が揃って思考を止まらせている。まさかオレが反撃に出るとは思っても居なかったのだろう。ゆとりある思考回路って怖いな、と思う。
オレはキチの思考回路を保ちながらも周りを観察し、いつでも平常に戻ろうとする準備をする。
そして、オレが片足を振り上げ、意気揚々に顔面と首を離れさせるほどのケリを放つ直前だった。
―――カタッ、と。
オレの耳が教室の扉を摑む音を捉えた。
「(時刻からして、先生かッ!)」
横目で時計の時刻を見やり、すぐさま委員長から離れたオレは先生が扉に入ってくる瞬間を見計らい廊下に出る。
「そろそろ朝礼始めんぞ―!席に着けぇー!・・・って、うえええええええええッ!!!???」
先生の絶叫がクラス中に響き渡った直後、朝礼を知らせる鐘が鳴る。ここでオレはUターンを繰り出して、教室のドアを勢いよく開ける。
「だぁ―――ッ!あぶねぇ、ギリギリセェ―――ッフ!!」
それと同時に、オレは思考回路を元に戻し、慌てた様子を見せながら教室に転がり込む。完全に他人事にする構えだ。
そしてオレもまたぶっ倒れている委員長を見る。
何故か奴は白目を剥いて、口と手足がぴくぴくしている状態だった。
「(どうしたなんか修羅場ったのかオイッ!!?)」
そう思ったオレは若干引きながら自身の席へ向かい――。
机の中から”誰かの体操服袋”を取り出して叫んだ。
「って、何でオレの机に知らねぇやつの、なんだこれ?臭いな・・・。体操服じゃねぇかッ!!誰だよオレの机を臭くしたクソはよォッ!!」
その言葉に振り返る混沌の空気の生徒達。
そしてついさっき入ってきた先生はというと―――、
「????????????????????」
完全に眼が迷子だった。