第一章33 『変わった人』
「すまねぇなアルテイン。まさかこんな形で再会するなんて」
「いいや、謝る必要はないよ。ボクはこれでも風紀委員長だから、いつもの任務をこなしたまでだよ」
クソパリピ五人衆を片した後、オレはアルテインに自然と会話をしていた。
驚くことに、「会ったらどうしよう」とか思っていた過去が消えたように、不思議とアルテインと非常に良好な話をしていたのだ。
「ってか、アルテインって風紀委員だったのな?全然知らんかったわ」
「ボクもだよゼクサー君。君は成績を見れば(国語以外)優等生だからいつも早めに登校してるのかと思ったけども、まさか結構中途半端な時間に来るだなんてね。新しい一面だよ」
階段をのぼりながら、オレとアルテインは話に花を咲かせる。
このときに、オレは完全に頭から”今日はアルテインを避ける”という考えが消し飛んでいたのだった。
アルテインは凛とした声音から、いつもの女の子顔負けのすんごい可愛い声に戻っており、オレとの会話に笑顔を振りまく。あ~、癒されるんじゃ~。
「(これが女の子だったら、オレは今頃速攻で告って振られてるんだろうなぁ・・・)」
「・・・・? なんか今とても不本意なことを考えてなかった?」
「いや、そんなことはない。――アルテインがいつもと違うよなぁって思っただけ」
「あぁやっぱりそこを突っ込むのかw」
微笑を手で隠すも、目は笑いを隠しきれていない。むしろ「その言葉、待ってました!」と言わんばかりに嬉しそうな表情を見せる。
「ボクは確かに女の子っぽい感じはあるってことは理解してるんだよ。”一応”男性だけど女子からモテないんだよ。ゼクサー君と違って「男の娘でもいいか」論を掲げる有象無象には絡まれる。それもあってか、ボクは本来のボクを見失ってしまいそうになる。・・・でも、――この腕章」
「?」
「この腕章をつけてる時は、ボクは女の子似の生徒じゃなくて、風紀委員長なんだって思えて、男の子らしい喋り方とか、態度が出来るんだよ。もちろん、女の子っぽいボクも嫌いじゃないけどね」
「えへへ」とはにかんだ笑みを見せるアルテインの話に相槌を打つ。
アルテインは”腕章”というアイテムが必要とはなるが、本来の男の子らしさを外側に出すことができる。外側に出せば、あそこまで凛とした態度となるのだ。
格好いい。
と、そう思うオレが居る。
やはり、オレの持っていない全部を持っている人だ。敵うところがない。尊敬する。
「すげぇな。そうやって自分のこうありたいって願う自分を出せるのか・・・。オレには出来ない芸当だし、考え方だ」
オレが素直に称賛を送ると、アルテインから帰ってきた目は何やら可哀そうなものを見る目そのものだった。
「そんなことないよ」
「そうか?」
「うん。だから、自分を信じてあげて」
一瞬悲しそうな顔を覗かせるも、すぐさま明るい笑顔に切り替わる。そんなアルテインの言葉に、オレは息を呑んだ。
その言葉をどう捉えていいか分からず、頭を悩ませていると不意に隣に居たアルテインが止まる。
「どうした」と言おうとしたが、顔を上げた先にあったのは木製のガラス窓の付いた扉だった。
見て見れば『一年五組』と、アルテインの教室の名札がある。
玄関から一階を上がればそこはオレ達のクラスのあるところだ。すぐにつく距離で上級生みたく長い道のりがあるわけでもない。あっても困るのだが、オレにはこの時間が惜しく感じられたのだ。
「もう着いちゃったか・・・」
残念そうに呟くアルテインに、オレも同じ気持ちになる。「また休み時間にね~」とはならない。今すぐにでもまだまだ話しておきたいことがあるのだ。
例えばそう。
「アルテイン」
「――、なにかな?」
扉に手をかけ、引き戸を開けるアルテインを呼び止める。「ふにゃぁ?」と、間抜けな返事が返って来そうな程緩み切った顔だった。そんなアルテインだったが、オレの雰囲気がただ事ではないことに気づき、頬を引き締める。
そもそも問題、オレはついさっきの時に気づくべきだったのだ。
「オレはさ」
「―――うん?」
「オレさ、昨日の喧嘩で、アルテインに”負けた”はずだぞ。それなのにどうしてオレに話しかけてんだ?負けたから、『関わらない』ってことになったんじゃねぇのか・・・?」
「――――――」
昨日の喧嘩でオレは負けた。
一撃を入れたものの、気絶には至らず、逆にオレの能力量切れや体力の限界が相まってそのまま意識を無くした。
結果としてオレはアルテインに喧嘩で負けたということになる。
それなのに、今日は何故か普通にアルテインもオレもなんでもなかったかのように和気藹々と談笑に華を咲かせているのだ。
おかしい。
オレがぶっ倒れた後、何があったのか分からないが、オレの記憶ではアルテインに負けたところで話が終わっている。急にオレに関わる気になったとか、アルテインに限ってあり得ない。
「(だとしたらどういう風の吹き回しなんだ・・・?)」
説明を求むオレの視線を受けて、アルテインが若干頬を染めながら視線を逸らす。
琥珀色の光が、ただでさえ小さく見落としそうな微光だというのに、ゆらゆらと揺れるせいで『動揺』と『焦り』と『気恥ずかしさ』しか目から分からない。
だが流石にオレがぶつけ続ける視線に耐えきれなくなったのか、ゆっくりとぷっくりした桃色の唇を動かした。
「そ、そこから・・・? ゼクサー君は自分がボクに何を言ったか覚えてないの???」
「何を言ったか・・・? アルテインが頬染めるような事言った覚えがねぇんだが?」
「・・・・・・・・・」
オレの反応に今度は心底呆れたような顔面をするアルテイン。眼には「男ってそう言う事ありますよねっ!」みたいな反応がある。
・・・どうやらオレはどっかのタイミングでヤベェ事を言ったようだ。
「(それが決定打になったとか、どんな安い青春ラブコメだよ。言葉一つで落とされるタマの人じゃねぇだろアルテインは。ってか、アルテインは男だぞ)」
そうなのだ、アルテインは男だ。つまり男がちょっと興奮しちゃう言葉をオレはどっかで言ったのだ。ヤベェ、全然思い出せねぇぞこれ・・・。
「うぇえええぇ」と、頭を悩ませコンコンと側頭部を指先で叩くオレにアルテインが一回目を伏せて溜息を落とす。
そしてオレに向き直ると、
「じゃぁ、そこから話しますか・・・。ゼクサー君、今日の昼ご飯屋上で一緒に食べない?」
「??? 何で???」
肝心の言葉が思い出せないオレに失望したのかと思ったが違ったようで、何故か真剣みと言うか、赤子に言い聞かせるような顔でアルテインが昼飯に誘ってきた。
「だって、ゼクサー君。どうせ昼ご飯一緒に食べてくれる人いないでしょ?」
「事実ですけれども!事実ですけれども! もうちょっと言葉をオブラートに包んでくれない!?」
「ゼクサー君はボッチ飯」
「オブラートが薄すぎるのか!なるほどチクショウ!!」
咄嗟にオレが疑問符で聞くが、すぐさまアルテインに潰された。情けなさすぎる・・・。
事実なので捻じ曲げようにも、誰も幸せにはならないのでここは素直に頷くことにした。
「わーったよ。オレも男だ。ここで誘いを断るわけにもいかねぇしな」
「ボクも”一応”男なんだけど・・・」
アルテインが不満そうな顔を向けるが、怒っているアルテインも可愛いと来たもんだ。ヤベェな、これは気を張ってねぇと惚れる。
そんなぷっくりと頬を膨らませるアルテインも、流石に周囲の環境が学校というのも有り、すぐさま表情を引き締める。
うん、・・・風紀委員長の顔だ。
しかしながら真面な友人が居なかったのだろうか。妙に頬がほんのりと紅く、そしてちょっと目じりが丸くなっている。昼飯一緒に食う約束しただけでこんな嬉しがるかね、人っていうのは。
「じゃぁ、お昼屋上ね!絶対来てよ!絶対!!来なかったらこっちから行くからッ!!」
「やめろクラスの男女から奇異の目で見られるから。オレが。お前こそ来いよ。来なかったら思い出してくれるまで屋上でボッチ飯しとくから」
「そこは”お前を、迎えに来てやる!”でしょう!!」
「へーへー、迎えに行ってやるよ。来なかったらな」
「テキトーだッッ!!!」
オレの適当な返事には願するアルテイン。喜怒哀楽が一度に楽しめる人だな・・・。感情の回し方が少々特殊な気がする。
「(なんか、普段は感情をあんまり表に出さねぇって感じか? まぁ、風紀委員長って立場だし、変にはっちゃけんのは学校の風紀が云々とか言う理由で出さねぇってなら納得できるな)」
なるほど普段から鋳型に嵌めた人間性を出しているから、友人に対してははっちゃける。抑え込んでた感情が出るという事か・・・。
そんなことを思っていたら、扉の隙間からこっちの様子を窺うアルテインの視線とぶつかった。
「ちゃんと来てね」
「あぁ」
それだけ言うと、アルテインは扉をゆっくりと閉めてベランダ側の席へと駆けていった。
「(やっぱりなんか女子っぽいよな)」
ガラス窓から見えるアルテインの走り方を見ながら、オレはふとそんなことを思ってしまった。
―――まさか、な。
一瞬とんでもないことを想定したが、生物学上そんな未確認生命体が居る訳がないと思い直す。
「(でもやっぱり、なんか隠してる感はあるよなぁ・・・)」
どこに原因があるのかは定かではないが、何にせよ。
「誘われたからには、行くしかねぇよな」