第一章31 『格好悪く、それでもって、格好良く。』
イドの説明を聞き、オレはどこか安心した、というか納得した。
「(そうか、通りで”制御性”磨かれてたもんな。音波砲とかまさにそれだったし・・・)」
オレの解釈で言えば、制御性を磨いた属性攻撃の方が威力があると思われる。
理由としては泥遊びとかに例えたら、だ。
円柱に土を固めるときは手とかで泥を固める。これが”指向性の付与”という訳だが、これは簡単に崩れやすい上、実際完成形を見るとどうにも円柱とは言えなくなる。
だが土管とか、元々形あるものの中に泥を入れて敷き詰めて取り出せば、どうだろうか?
答えは明白。綺麗で頑丈な円柱が出来る訳だ。
オレの見たアルテインの音波砲はまさにこれだと思う。
「つまり制御性をあれだけ磨いているからこそ、アルテインの属性にも”もう一人のアルテイン”が作られたってことか・・・」
改めて考えると凄い事だ。アルテインはイドの助けなしでその領域まで飛んで行ったのだから。
それも、指向性もしっかりと使い分けているなんて・・・。
「なんだろな。なんか自分より良く出来てるパマパマを見ている気分だ・・・」
「草」
オレが尊敬とも嫉妬とも取れる感情に浸っていると、何故かイドが一言漏らして口を押さえた。
「いやいや、どっちかつーとアルテインはパマパマだが、ルナの場合はあれじゃん。兄弟的な立ち位置じゃね?ブラコン兄貴分。ふー!いーっすねぇッ!純愛兄弟愛BLすわぁ――ッ!!」
「キマシタワー!」と歓喜の声に燃えるイドに、疑問が解消したオレは新たな疑問をぶつけることにする。多分突っ込んだら負けだ。イドの台詞に突っ込むとどんどん話が逸れるのだから。
オレは「ぶふぅッ!!」と鼻血を吹き出すイドの目の前で、布団を引き寄せて問う。
「後さ、オレの身体、今どうなってんの?」
「どー、とは?」
「右手は単純に力が入りにくいんだが、身体は何というか、怪我っぽい怪我はないんだよな。なんか気が無茶苦茶重いんだよな。これって何が原因?日々の疲れとか?」
オレが重い身体を起こして、右手首をプラプラさせる。オレの感覚で言えば、これはあれだ。骨折が治った時に動かそうとすると痛むやつに近い。
イドはと言うと、「あー、それかー」と、いつもの調子で詳細を語ろうとする。おそらくそんなに命に係わる云々みたいな事ではないのだろう。むしろこころなしか嬉しそうに見える。
「簡単に言えばな、能力量が尽きたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
能力量と言えば、属性を顕現させるためのエネルギー源とかだったはずだが、オレに関して言えば能力量を使うことはほとんどない。っていうか、完全に皆無だ。
「能力量が尽きるとどうなるかっていると、まー早い話、身体からエネルギーが無くなるのとほとんど同義なのよな。だから寝るなりして休むと、脳下垂体が『属性力分泌ホルモン』を出して、それに肝臓が刺激されて能力量がまた出るようになる。そうすりゃ回復するから寝てりゃー治る」
「え、いや、そう言う事じゃなくっt」
「能力量って基本的にはブドウ糖とかアミノ酸類、ビタミンとかから合成されて作られるから、甘いもん、野菜とか食ったりとかすれば早く回復するし、なんなら”超回復”して、使える能力量の限界数値が高まるな」
「いや聞けよぉッッ!!」
ややズレた回答をするイドにオレの叫び声が炸裂する。
驚くイドを目の前に、オレは怒号を上げたまま自身の身体について聞く。
「だからぁ!なんで!”制御性”しか使わないオレが、能力量の残量切れになるんだよオカシイだろ!」
「あー、そっち?なら早く言えよ」
「人の話聞かずに話進めたお前が言う台詞ではないッ!!」
オレの憤慨に、イドが「まーまー」と他人事のように宥める。
そして、ある程度落ち着きを取り戻したオレにイドが言う。
「”制御性”は使う際に微量の能力量が使用される訳だが、これはまー分かる通り、数万回使用しねーと能力量切れなんかにはならねー。んで、ルナの今回の場合だと、・・・・無理矢理身体を動かそーとしただろー?虹の衝撃浴びて、立とーとしたじゃねーか。あんときに、無意識的に”電気属性”が筋肉に電気走らせて動けるよーにしてたんだよ」
「・・・・」
「まー確かに、静電気程度なら出せる能力量が存在してたんだから、筋肉を動かす程度じゃあんまり削れねーよな。・・・でもよー、ルナ。お前これホントに覚えてねーの・・・?」
「んだよ急にしんみりとしやがって。良いから早く教えてくれ。一体オレは何に能力量使ったんだ?」
オレがイドの目を見て聴くと、思わずイドがのけぞり、唇を曲げて嫌そうな顔をしてみせた。
「正直、これに関しては気が進まねーな・・・」
「なんでだよ」
「いやだってお前、こんなもん戦闘中に言うとかロマンティストの極みじゃねーかよ。あれだぞ?これ奥さんから結婚数周年記念のプロポーズの言葉をもう一度言うくらいの恥ずかしさだぞ?何、ホントに覚えてねーの???」
「覚えてねぇんだから仕方ねぇだろ」
イドの慌てっぷりからして、オレはどうやらとんでもないことをしたようだ。
だがしかし、オレは残念ながらそれを覚えていない。意図的に電気属性を使った記憶なんて無いんだから。
ん?・・・意図的に電気属性・・・?・・・・電気を意図的に使う?
「(そう言えば、いくら”制御性”だからっつっても、制御する属性の力によって使う能力量も大きくなるって聞いたな・・・・。――ん?まさか・・・・あれか!?)」
制御性には微量な能力量を使うことを要される訳だが、生態電気を操作する際には能力量全体の0.01%程度を補強だったりに使うと聞いた。だが、制御する対象が大きければ大きいほど補強するための能力量も比例して大きくなると、イドから習った。
だとすれば、そんな能力量が削れる大技を放ったことがあるかと言えば、――あるんだな。これが。
「・・・雷撃か・・・」
虹の一撃に対抗するために作成した雷撃は、本来の雷撃よりも比にならない膨大な集中力や制御性を要した。
だからこそ、その分補強のための能力量が上がった。
――そう考えれば、オレの今の状態も納得できる。
オレは自分で納得したために、「うへぁ」と嫌そうな顔をするイドに頭を下げる。
「すまね。分かったわ」
「んぇ?・・・・あー、そーいう?・・・まーいーか。うんうん、ルナがそれで納得ってんならそれでいーと思うぞ」
なんだか投げやりな態度だったものの、オレはあまり気づかずに首を縦に振る。
だるくなった身体を再びもとに戻そうと腕を、――右手を着いた瞬間、ずしっと来る痛さに「うぐぅ」と変な息が漏れ、慌てて身体の体勢を戻す。
「いってぇ・・・」
ミシミシと痛む右手を押さえていると、イドが馬鹿にしたような眼で此方を見てきた。
「んだよ・・・」
「いやお前バカかよ。俺が頑張って脱臼した個所を繋ぎ合わせてヒビは言ったところも溶接してやったのに、なんでわざわざ患部を使おーとするんだよ。馬鹿か、馬鹿なのか?それともドマゾなのか?」
「ひでぇ言われようだが、そうか、イドが治してくれたのk・・・・ん?オレの右手、なんでそんな重症だったんだよオカシイだろ」
「おかしーのはお前だルナ」
論点のズレた回答がイドの口から放たれ、オレは口を噤む。
イドは軽く溜息を吐き、オレの右手を手に取り、持ち上げる。
「結構前に言ったはずなんだが、ルナのパンチは速いだけのこけおどしスマッシュだぞ。そんなもんで無理に相手のガード貫通させて、それどころか相手の脳天吹っ飛ばしブリット噛ましてんだから、役者不足な拳が壊れるのは当たり前だろーが」
「えええぇぇぇ・・・」
なにそれ何やってんのオレ。馬鹿じゃねぇの?いやマジで。
完全に壊れる前提でパンチ振るったとしか思えねぇ行動の列挙に、オレは自身の過去に引く。
「うわマジかよ。オレなんでそんな馬鹿なことしたんだ???当のオレでも分からねぇ・・・」
「んなこたーねーよ」
「ッ!?」
頭を抱え唸るオレにイドは、何故かオレの肩を叩く。
否定どころか、そんな馬鹿な行動に称賛の声を浴びせるイドに訳も分からないオレは頭に『?』を浮かべる事しか出来ない。
イドはそんなオレの目を見て言う。
「ある意味、それが決定打になったんだよ」
「・・・・」
「ルナがあそこで引かない態度を取って、無理にでも押し通したからこそ、得るものがあったし、何より今まで動かなかったものが動いた。自分の身すら削って絞り出したその覚悟は、称賛に値するし、俺も見てて「ウホ!イイ男」ってなった」
「・・・」
「カッコ悪いけど、それがまたカッケーんだよ。ルナ、覚えてなくとも、あの状況下であそこまで人の心を揺らしたのは尊敬に値するぜ」
お前の心揺らしてどうすんだ!?って話だが、そこまで恥ずかし格好いいことをしてたと言われてしまうとオレも思う事がある。
「そうかぁ?・・・確かに、なんかそんな格好いいことしたかもしれねぇなぁ・・・」
「してたなー」
照れ隠しが下手すぎるオレに合わせるように、イドがうんうんと頷き返す。
でもまぁ、それでも心の中にあるわだかまりは早々簡単に解けてはくれない。
「(なんにせよ、負けた事に変わりはねぇんだ。これくらいの称賛は、許してほしいもんだ)」
オレが物寂し気にそんなことを思ってると、不意にイドが立ち上がりずんずんと部屋の端まで歩いていき、――窓を開ける。
「何してんの?」
「ん?帰るんだが?」
「ここ四階だぞ」
「明後日またいつもの場所、放課後にな。そこで集合」
「脈絡が・・・」
完全に崩壊してる、と。オレが肩を脱力させると、イドが窓の端に足をかけて飛び立とうとして、
――帰り際に。
「ルナァ――ッ!!」
「ッ!?んだよ急に、叫ぶな聞こえるよなんだよ!!」
「明日学校来いよ―――ッ!!」
「―――ッ!!?」
急な叫び声に気が動転してるオレに、イドは構わず外に、空に向かって全力で叫ぶ。
「俺が言うよりもずっと、お前に言いて―ことがある奴に、言ってもらえ――!!」
「」
「青春核分裂しろ―――ッッ!!!」
「」
角度の問題でイドの顔が今どのようになっているのかが分からない。
それでも、
「明日学校行けよ、ルナァ―――ッ!!」
「」
ひとしきり叫び散らかした後、イドは窓から帰る直前にこちらを振り返って一言置いて、空へと消えた。
―――「お前が、幸せにしてあげろよ!!」、と。