第一章29 『きもち』
少年漫画の習わしとして、互いに相反する思想を持つ少年たちは夕日をバックに河川敷で拳を交えることによって、絆を深めて親友になるんだそうだ。
現実は多分そう上手くいくようなもんじゃないだろうし、そもそも場所と日付が限定的過ぎて胡散臭く感じる。
でも、拳を交えて意見をぶつけるってのは割と確信を突いてるのではないかと思う。
意見がすれ違えばぶつかるのは必然で、そこに「お互いに譲歩し合おう」という和解的な目的意識は存在しない。あるのは只々、相手の意見をねじ伏せて自身の意見を押し通す実力至上主義的な現実だ。
ずっと論理の喧嘩しかしてこなかったわけだが、ある意味、どう人を怒らせて自滅に追い込むかってより、拳に言葉を乗せてハートに打ち込む!ってのが喧嘩のあるべき姿なのかもしれない。
だからこそ、オレは拳を握りしめてお前の目を見る。
嘘は、つかない。お前の本音を正面から受け止めるために、オレは建前を捨てる。
押しつけがましいって、そう思ってもらっても構わねぇ。
でも、お前が隠すからオレも隠すだなんて、そんな同じ穴の貉理論を取るつもりはねぇ。そんな事してたらオレもお前も誰にも本音を漏らさずに死んでいく。
だから、オレは勝手に本音をさらけ出して、お前を待つことにする。
曝け出すことが全部いいだなんて、そんな関係気持ち悪いし、何よりそれで成り立つ友情なんて要らねぇし、強制したくもされたくもない。
だからオレが一方的に曝け出して、お前が曝け出すことを待つことにする。
オレは待っている。そして、それでも来なかったら、こっちから行く。関わる。
死ぬとか、死なねぇとか、つまるだの、つまらねぇだの、多分オレにとってはどうでも良かった。
本音はもっと別の所にあったんだ。
オレはもうとっくの前に気づいていて、それでも気づかなくって、イドに”建前”をもらった事でやっと動けて、それでもって、”本音”を見つけた。
本当の本当に、お前に関わりたい理由が。
それを伝えられるのはこの瞬間だけなのだ。このときを逃せば、次はない。血反吐を吐こうが、頭蓋を削られようが、それでもオレは―――。
A A A
最初に地面を蹴ったのはアルテインだった。
満身創痍なのに、それでもオレの干渉が嫌なのか、拳に入る熱は勢いを増していた。
だが目は―――、
「違うよなぁ・・・」
「ッ!!?」
オレが少しだけ後ろに下がることによって、アルテインの拳が空を切る。
「話せない理由がある。そうだな、分かるぜ。オレもかなり曝け出してるつもりだけど、それでも心にはわだかまりがあるもんだ。・・・だけどよ」
オレはこけおどし程度の威力にしかならない拳を握り締め、オレを見るふりして少しずれたところを見るアルテインと視線を合わせる。
「お前は本音を握ったし、先制攻撃すらも仕掛けた。だとしたら、そこにあるのは本音だったんじゃなかったのか?」
「―――っ」
オレのすがるような声音にアルテインが一瞬目を逸らした。
だがすぐに見つめ直してきて、
「そんな根拠何て、どこにも!」
「お前は嘘を付けねぇッ!!」
「ッ!!?」
「お前は正義感が強くって格好いい男子だ!悪人になろうとしても、成りきれねぇ可愛い一面もある男子だ!」
「――ッ!?」
まさかの場違いな称賛に、アルテインの顔が驚きに染まる。
その隙に付け込んでオレはアルテインに飛び掛かる。
「灰獅子が出た時、オレは咄嗟の事で身体が動かなかった!でも、お前は違った!俺よりも早く、灰獅子から生徒を逃がしたじゃねぇかッ!!」
「でm」
「結果的に見れば、確かにオレが灰獅子を倒したってことになるが、お前が居たから!お前が居てくれたから!お前があの時走り出してくれていたから! オレは、灰獅子をぶっ倒すことができたんだ!」
腹の底から湧き出る激情が拳を形どり、オレの拳がそれと重なる。
「お前のお膳立てのおかげで、オレは灰獅子を倒せたし、オレはここに居ることができている!だから今度はオレがお膳立てする番だ!!」
拳を振り抜き、猫騙し級の一撃をアルテインの顔面へと叩き込む。鋭い衝撃音が鳴るも、寸でところでアルテインの左腕がオレの拳を阻んでいた。
「なんでそんなにボクを気にするの!?意味が分からない!お膳立てなんてボクは望んでないのに!大した事してないのに、それで恩義とか感じないでよ!ボクは返される恩なんて要らないんだから!」
心からの本音がアルテインの瞳に映しだされ、オレの拳の力が刹那として緩む。
どうしてそこまで人の好意をはねつけるのか、依然として分からいが、少なくともイドの言っていた”別の原因”があるのはもはや自明の理だった。
それが何であるかは、アルテインの瞳からは分からない。
でも、だ。
「・・・オレは、お前を失いたくない」
「――ッ」
「恩義もそうだし、『不遇』扱いされたくなかったってのもあるけど。・・・本音はずっと、すぐそばにあった。それにオレが気づかなかったってだけだ」
「――――」
止められた拳に再び熱が入り、、握りしめられた拳から血が流れる。爪が手の平の皮膚を突き破ったようだが、そんな痛みなんかよりも言わなければならないことがある。
「オレは、人の目が見えない」
「ッ!? 急に何を言いだしt―――」
「属性発現して、景色が変わって、みんなが離れて、こんな自分が嫌になって、泣いて泣いて泣いて、何の因果か知らねぇけど、人の目が黒く塗りつぶされて見えなくなった」
「・・・」
「親の目も黒塗りになって見えなくなって、人と関わることに自信がもてなくなっちまった。口先でなら、何とでも言えるからな」
「 」
「でもお前は、アルテインは違った。見えたんだよ。眼が。紫と白と灰色が入り混じる混沌とした瞳に琥珀色の光ある眼が」
「・・・・・・・・うs」
「こんな時に、オレの人生一大の告白に、つまんねぇ嘘を混ぜる必要があるかッッ!!」
「―――ッ!」
再び力を入れた拳に対して、アルテインは拳を逸らすでも受け流すこともなく、右手で左腕を更に支えた。
「ここで失っちまえば、オレは絶対後悔する!悔やんでも、悔やみきれねぇんだ!!」
「――うッ!」
頭の奥が爆発し、瞳に映る視界が白と黒の世界に、セピア色になっていく。
怒りに血液が湧きたち、意識が飛びそうになる。
だんだんとアルテインの顔がぼやけて見え始める。
それでも拳に込めた熱とハートと、勢いは増していく。
世界から急速に、オレの存在が切り離されていく気がする。だが、その前に――!!
「オレはお前を失わせねぇ!死なせねぇ!お前が何を思って、オレを撥ね退けるかなんて知らねぇッ!でも、オレは、オレはァ―――――――!!!!」
最後の力が、全身の力がオレの右を起点に壁ごと熱を爆発する。
脳内物質で感覚が吹っ飛んだ脚のバネが猛然と世界を蹴り飛ばし、アルテインの壁へと全体重を持ってして飛び込んだ。
オレの叫びと同時に力が入ったことに驚いたのか、アルテインが更に踏ん張ってオレの拳を止めようとする。だが気張るのが遅かったか、それでもオレの力は守りに身体の体勢を入れ替えたアルテインの壁を弾き飛ばし、脳天に拳撃を炸裂させ、そのままぶっ飛ばした。
「――――――――――!!!」
何を叫んだのか見当が付かない程、オレの耳はガンガンと謎の重量音に遮られ、視界もどんどん黒く染まっていく。身体の感覚はもう既にない。
「(身体を、無理くり動かし過ぎたツケが、来たのか・・・)」
身体の中で蠢いていた熱はさっぱりと綺麗になくなっており、代わりに得も言えぬ程の倦怠感が一気にオレの身体を支配する。
「あ、・・・これ、は・・・・」
視界の端にぶっ倒れたアルテインが、顔を此方に向けていた。
視界がかすみ過ぎてどんな目をしてるのかさえも分からなかった。
でも、同時にオレは確信した。
「・・・ぁ、・・・負け・・・・」
意識が世界から切り離され、事実を確認する口がそのまま言葉を途切れさせた。
オレは、アルテインとの喧嘩に負けたのだった。