第一章2 『隠されていた悪意』
二つ以上の属性が発現する場合、属性は同じ時期に同じタイミングで発現するためその日に発現した属性が増えることは無い。
その事実あってか、オレは絶望した。
何も考えられなかった。
A A A
「――――――ぁ」
気づけばオレは自室のベッドに横たわっていた。
制服ははだけていてヨレヨレ、瞬きするたびに目の近くの肌の乾いた涙が決裂するような感覚を覚えた。
時刻はもう夜の九時を下回っていて、外は街灯こそついてるものの人気は全くなかった。
窓から手を放して、オレは腹の唸りを感じた。泣いて泣いて、泣き叫んで、それでも腹が鳴ると言うことにオレは一種の呆れを覚えながらも一階へ降りた。
木製の階段を降りて、オレはいつもの食堂へ向かう。
だがここでオレはふと足を止めた。
食堂のドアが半開きになっていて、中から話し声が聞こえてきたからだ。
「(親父と母さんか・・・・?確かこの時間はまだ仕事中のはず・・・・)」
話している内容はよく分からなかったが、明らかにこの若々しい声は親父と母さんの声だった。
いつもなら夜十一時くらいにならないと帰ってこない親父と、ほとんど帰ってこない母さんが居る。この異常な事態にオレは今日の悲劇と何か関係があるのではないかと、勝手に疑ってしまう。
別に急遽仕事がキャンセルになったとか、体調が悪くなって早退してきたとか色々可能性があるのに、オレは何故か自分の事で戻って来たのではないかと、何処かでそんな他愛ないような因果性を疑っていた。
だが、その根拠のない妄想は現実となってオレに到来した。
「――――んとか?何かの病気とかじゃなくって???」
「ホントよ、本当に私達の子供なのか疑っちゃうんだけど・・・」
そんなことは無いと、たまたまだと、そう自分に言い聞かせて食堂の入り口に迫ると会話の一部分がオレの耳を打った。
「(――――ッ!!?)」
すぐに、反射的にオレは食堂のすぐ近くの壁に背を預けてこっそりと中の様子を窺う。
やけに大きい食堂の中には二人の男女が居た。
がっしりとした体格に金色の紙をした見た目完全にチャラ男の親父、そして長い若白髪をしたほっそりとしたスタイルの母さん。
位置的には親父が母さんによって首輪をつけられている、そんな感じだが今日の今の雰囲気はそんな変態的な立ち位置は何処にもなく、あるのは張りつめた空気と同等の格を持った二人だった。
オレが二人の会話に耳を傾ける。
「―――くら俺達に似てねぇからってそういう言い方はダメだろ・・・」
「でも貴方もそんな事言う割にはハッキリしない口調よね。貴方や私に似てない可愛げのない顔。なんていうか、この世界の平均値っぽい顔よね」
「・・・でも俺らの子だってのには間違いねぇだろ・・・・」
「はぁ、確かにそうだけども。でも実際問題、あの子、私達の要素全く遺伝しなかったわよ?」
「そ、そうだが・・・。確かにアイツの髪の毛って地毛が赤いし・・・」
「それに喋り方がなんかおかしい!」
「なんかちょっと独特だよな。俺を”オレ”って言うし、なんか外国人を相手にしてる気分になる」
「箸も持てないし!ホントに私が産んだ子なのか・・・」
「そして極めつけは・・・・・・」
オレの散々な言われ様にオレは今すぐにでも耳を塞ぎたくなった。でも、その言葉の続きを聞いてからでないと塞いだ耳が声を拾ってしまうそうで。
逃げるべきか、聞かなかった事にすべきか。
でもそんなことをしてしまえば、オレの足は勝手に衝動の方に向かって走り出してしまいそうで。
「属性が遺伝してないッ!!!」
逃げも隠れもしそうな手前、オレは逃げ場を自ら捨ててその言葉を聞いた。
二人の顔は怖くて見れなかった。声音から想像もしたくなかった。
こみあげてくるのは激しい嫌悪感だった。後悔の念だった。
両親への憎しみなんて今は欠片も湧いてこない。あるのは自分自身に向けられた悪意だけだった。
現実の非情さにオレはまるで沼に沈むようにゆっくりとその場に膝を着く。
視界が揺れてぼんやりとなり、膝に水滴が滴ったのを感じた。目元に手を当てる前に、口に入った水滴がしょっぱかったのに気づいた。
さんざん泣いたのに、まだ涙は枯れ切ってすらいなかったようだ。
オレが涙してる間、どんどん両親の話し合いに加速度と鋭利さが織り交ざって来た。
「私が原子と波で、貴方は火、風、水、光でしょ?どれも受け継がなかったって今日聞いたのよ!」
「・・・まぁ?ほら落ち着けよカグヤ。属性だってあの子の個性だ。俺らがどうこう言ったって変わりゃしない。受け入れたらどうなんだ?」
「親の期待を受け継いで遺伝するのが子の役目でしょ!?あの子は親不孝者よ!社会的に言えば犯罪者!なのにどうして貴方はそう私の意見を遠回しに否定するの!?」
「お、落ち着けって・・・、犯罪者呼ばわりは流石n」
「ふざけないでよッ!!あの子は私達の属性を引き継いで六属性を束ね、高い能力量と操作性を持って、人柄が良くて髪色が黒色で、それでいて”オレ”とか変な一人称を使わない女の子で生まれるべきだったのよッ!!それがどうして”ああ”なのよッ!!」
「カグヤ・・・」
「大体貴方も貴方よ!私は男の子を産んだ時、女の子産んで男の方は養子縁組に入れてはした金貰った方がマシだってあんなに言ったのに、貴方は聞き入れてくれなかったじゃないの!!貴方は『犯罪者を一緒に育てよう』って言ったのよッ!!」
「言ってないよッ!?」
「私の意向を汲んで赤子は生まれてくるべきでしょ?それが最初の親孝行なのに、あの子は全部違ったのよ!?親の言う事、理想を体現できない子供は社会にとって害悪。生まれた時から親に反抗するなんて”犯罪者”よッ!!貴方はそんな犯罪者を『この子はせっかく生まれてきたんだから一緒に育てようよ』って言ったのよ!それ即ち『犯罪者を一緒に育てようよ』と言ってるのも同じなのよ!!」
母さんの声音が無意識にも悪意を織り交ぜて解き放たれる。一切の障害がないせいで、一言一言がオレの頭に突き刺さった。
オレが頭を抱えたところで意味は無い。声が意志を持ったかのようにオレの耳に潜り込んでくるのだから。
「でもよカグヤ。お前が『この子は生まれるべきなのよ!産みたい!』って言ったじゃねぇか」
親父の声がやけにか細く聞こえる。
直後にその何倍もの罵声で塗りつぶされるが・・・。
「あの子が自分が女の子だって言い張ってたから産んだの!生まれたいってことは私の意向に沿った子供ですって言い張ってるようなものなのよッ!!それなのにいざ産んでみれば男!属性が六属性だったらまだ家族として入れて上げても良かったかもだけど、電気属性!私は!?私の意向は!?我慢して産んで14まで黙って育ててあげたのにこれっぽっちも私に似てないってあるの!?」
次々とばら撒かれる母さんの本音にオレの心はもうほとんど息をしていなかった。唯一、今の今でもまだオレの味方だと思える人は親父だけ。
でももう―――、
「カグヤ、落ち着いてくれよ・・・。そんなに怒らないでくれよ・・・」
「貴方は!――貴方は私と犯罪者、どっちの味方なのッ!!?」
「それはカグヤだよ!―――でもそれを引き合いに出すのは・・・」
「じゃぁ犯罪者と一緒に暮らす?」
「それはノゥッ!!絶対ノゥッ!!カグヤと離婚するくらいなら――――あ」
「くらいなら?」
「・・・・考えさせてくれ・・・」
何かを感じ取ったのか、親父の声が途切れた。
親父はそう言い残すと同時に、食堂から椅子を引きずる音が聞こえた。足音が此方へ近づいてくる。そんな音と共に―――。
「(――――ッ!!)」
オレは思わず立ち上がり、そのまま音を立てずに二階へ駆けあがった。
見つかるのが怖かったのだ。
盗み聞きしてしまった罪悪感と、両親には会いたくないと言う拒絶感が同時に押し寄せてオレは押しつぶされそうになっていた。
―――オレは泣いた。声も出せないで。
―――泣き続けた。