第一章24 『宣友布告』
「おーい、ルナー」
「 」
「聞いてるのかルナ?おーい」
「・・・・・」
「べんとらー、べんとらー!!」
「あふぉあすッッ!!?」
イドの声が聞こえたかと思えば、瞬時に強烈な衝撃がオレの頬を伝って全身を吹き飛ばす一撃と化した。
それがイドによる攻撃だと確信したのは、もんどり打って地面を転がるオレの目端に張り手をしただろうイドの手から煙が出ていたところが映りこんだからだ。あと、単純にイドしかオレをぶてる奴がいない。
視界の光景が地面と空を交互に行き来して、大木に背中を打ち付けて回転は終了したのだが、急な衝撃と視界の移り変わり、何よりイドが”男子”に対して攻撃を仕掛けたのが驚きの感情を席巻していく。
そのせいで真面に呂律が回らないまま、オレはイドに吹き飛ばした経緯を求めることになった。
「みゃんふぇオヒェぶっちょばしゃりぇたんでしゅかにぇ?」
「お前ずっとここに来てから『みょーん』みてーな顔してたからな」
「・・・しゅまねぇ。ちょっと考ひぇ事しちぇた・・・」
「んでもって、悩んでるのが俺じゃねー男子だったから、腹立って張り飛ばした」
「100%お前の事情じゃねぇかッッ!!!」
怒りで呂律が元に戻った。
なんなら考えてることが男子だってバレている始末。なんなんだこの男子。こんなヤベェ人が生きてるってこの世界作った奴バカなの?死ぬの?
馬鹿じゃないし、多分まだ死なないと思うので話を戻そう。
不思議と張り飛ばされた衝撃の震源、もといオレの頬は全く痛くなかった。
オレは張っ飛ばされたところから起き上がり、再びイドの真ん前、丸太に腰かける。
話すのはオレの現在の苦悩だ。
「そうだよ。そのイドが考えてる”他の男子”から手紙が届いたんだよ」
「アルテイン=エルダーデインか」
「――ッ!・・・そうだよ。アルテインから手紙届いたんだけど、真意がよく分からん」
オレはそう言って、懐から一通の手紙を取り出した。
一回開封してるわけだが、未だに手紙の独特の臭いが残っている。紙の香りだ。
書いてる内容は至って普通。
”明日、東区のレフトオゥバース区のディスポの森に放課後来てください”
だ。
たった一文しか書かれてないから、アルテインの言いたいことがよく分からない。ノコノコ行って刺されでもしたら洒落にならんからな。そこまでオレがアルテインに恨まれることしたことはないが。
だがやはりは女子ではなく、男子の誘いだ。それも顔合わせたら会釈する程度。そんな関係の人が急に二人で会おうだなんて言って来たら変に思うのは普通だ。
・・・やはり疑って当然ではなかろうか。
オレの差し出したアルテインからの手紙を食い入るように、――舐め回すように見るイドがアルテインの真意を空気に書き出した。
「翻訳するとこーだな。”ボクは前より強くなった。だから君の助けは今後二度と要らない。あの時は助けられた。それは感謝してるし、灰獅子を倒した君を尊敬はする。でも今後のボクの為にも、その証明の為にもレフトオゥバース区でちょっと戦おう”だな」
「だったら最初っからそう言えばいいだろぉがあああッッ!!!」
何でこんな分かりにくい文章書くんだよ。後なんで会ったこともねぇのに、イドはアルテインの声を出せるんだよ!?オレ以外がおかし過ぎるんだよ!!
オレが絶叫するのを尻目にイドは「それだけだと思うな」と付け加える。
それから意味深に唇をしたためて、イドはオレの見せた文章を叩きながら言った。
「見たまんまってのもあるが、このアルテインの本音は全く別の”原因”が元になってるんだ。少なくとも、文章じゃ分かんねーしな。それに、ここまで文章に本意を入れてくる奴は絶対”なにかを隠してる”奴だ」
全く別の”原因”、”何かを隠している”と言う言葉に引っかかりを覚えたが、無理やり飲み下してオレはふとあることに気が付いた。
「(え、これってもしかしなくても、何も知らずに手ぶらで行ってたらオレはあの音波砲にぶっ飛ばされてたってことかッ!?)」
そう思い、ちょっと音波砲に全身を叩きつけられたときの衝撃を想像すると、途端に背筋に冷たいものが走り抜けた。
「あぶなッ!超あぶなッ!!死ぬやんけそれ!!」
「実際オレに相談せずに行ってたら痛い目に遭ってただろーし、せっかくの御縁が切れちまうよなー」
「御縁て、・・・力の証明の為にお互いの命を取り合うめちゃカワ男の娘との御縁なんて、どこの戦闘民族が喜ぶんだよ・・・」
少なくともオレはそっち方面に精通してないんで、御縁はない。作るつもりも毛頭ない。
オレはとりあえず手紙を封筒に入れて懐にしまう。変な火種は作らない主義なので、手紙の事は無視する方針で行こうと、半分”無視してもいいかな?”みたいな疑念に駆られながら、オレは自然とイドに確認を取っていた。
「もうこれ無視でいいかな・・・?」
「ばっか無視なんてとんでもねーッ!!お前わざわざ向こーからデートのお誘いが来てんのに断らねー理由なんてねーだろーがッ!!」
「これが女子だったら行ってたなオレは。ミルティア辺りだったら行く自信があるぞオレ。そもそもこれはデートじゃねぇッ!!」
「女子からの誘いは大抵壺買わせるとかで信用ねーぞ!女子は怖い!むっちゃ恐い!論外!」
「そんなに拒絶するかね!?」
イドがとんでもなく女子に対する拒絶感を顔面に露わにした。女子に対する偏見がとんでもなさそうだが、まぁここはイドの勧めに則ってアルテインの誘いに乗るかね・・・。今まで無駄なことを言わなかったイドだ。その言葉を信頼してアルテインと決着着けるのも一つの試練と言う奴なのだろう。
オレはとりあえずイドの考えに乗ると言う意も込めて頷く。
「分かった、とりあえず行ってみるよ」
オレが渋々承諾するとイドは何を思ったのか、オレの肩を摑んだ。
「な、なんだよ!?」
「行くか!行くのか!!」
「行く!行きます!だから何なんだよ急にッ!?」
思ってたよりイドの力の方が強く、此方がいくら力を入れて抜け出そうとしてもまるで身体が動かない。
何のつもりかとイドを軽く睨むと、「おっと失礼」と言いながら手を離す。だがその眼には真剣さがはっきりと映し出されていた。
「正直、アルテインの所に行くんだったらちょっと”あの技”を強化しなきゃならん。今日と明日使ってな」
「―――――?」
さらっと飛び出したイドの台詞にオレは完全に耳何処状態。だがすぐに自身の耳を取り戻し、その発言を咀嚼して呑み込み、頭の中で反芻する。そしてすぐに反撃の言葉が組み立てられた。
「明日も学校あるんだぞ!?しかも、”あの技”って後二日三日は必要だろ!!」
「それを強化しねーと勝つに勝てねーし、決定打が足りてねーんだ。学校くらい休め。どーせ成績に影響しても、留年ってことにはならねーし、そもそも”冒険者”になるんだったら成績はあんま関係ねーだろ」
「いやそうだけど・・・」
オレが渋ると、イドは前目乗りになってオレに言う。
「いーか?ルナがアルテインに勝たねーと、このままじゃールナの人生がつまんなくなるぞッ!!」
「――――ッ!!?」
「いーか!学校は休め!親なんざ知らねーよ!お前の父も母もお前にゃ大して興味がねーんだ。だから学校休んだところでアイツらは心配はしねー。それに、それに・・・・ッッ!!」
消極的な態度のオレに一喝入れるイドの声が最後の部分でしりすぼみになる。何か苦汁を噛みしめているような不味い顔をする。
そんな思わせぶりな声音に、オレが続きを促す。
「それに・・・?」
「お前が行かなくっても、行って負けても、”あの”アルテインはお前の前から姿を消す。勝たねーと、アルテインは、・・・・・・ルナの―――は、」
「 」
一瞬何を言ってるのか分からなくなったが、衝撃のせいで反応の口を開くことができない。
その上、まだイドは続きの言葉を口にした。
絶対にオレが無視できないと知って、あえてその言葉を、絶対なる真実を言ってきたのだ。あり得ない事実。だけどもイドの目は真実を言う目だ。それに、妄言とか想像の話ではなく、未来の真実を見るかのような、そんな目をしていた。
色んな感情が渦を巻くが、オレにはその”ことば”が耳から離れない。
それが―――、
「死ぬことになるぞ」
だった。
A A A
思ってたよりも静かなことにオレは、戦前ってこんな感じなのかなぁと呑気に思っていた。
”外”に近い森であるため、住宅は一つもなく、代わりに木々が生い茂っている森。
真夏であるにも関わらず、夕焼けの空は肌寒く、汗に塗れたオレの身体全体を這うように冷やしていた。まるで戦前の衝動を落ち着かせるように、キリッと冷えた空気が全身を伝ってオレの頭の中を限りなく落ち着かせていく。
「(ぞわぞわするな・・・)」
それは戦前の武者震いか、それとも気温の話か。
今でも信じらないことだが、今からここが激戦区になるのかと思うと、あり得ないと思う程に平和な緑がそこら中にある。
「(あんな事言われて、それでもやらねーとはならなかったな、オレ・・・)」
イドに叱咤激励されて死ぬ気で取り組んでみたが、なんとか成功まで漕ぎつけたオレを誰か褒めて欲しいものだ。
「・・・まだちょっとクラクラするな・・・」
反射的に頭を押さえて呻く。
本来なら徹夜なんてしなかったオレが完徹し、挙句の果てには”あの技”の制御性を磨きに磨きまくった。
勿論、一筋縄で成功するはずもなくイドがあれこれと意識の定義づけだとか、電気属性の関係性の位置づけとか色々と手伝ってくれたわけだが。
「気象操作って、やっぱイドには敵わねぇなぁ・・・」
技の習得&今日の為にと、わざわざイドがこの時間帯ずっと曇天にしたのだ。相変わらずの人間卒業には頭が下がるが、感謝は彼に勝ってからだ。
「―――と」
頭の中でセロトニンと、武者震いによるアドレナリンを電気信号操作で意図的に増やし、灰獅子を相手にした時の集中力をもう一度頭の中に顕現させていると、あらゆる情報が入る五感の中の聴覚がある音を聞き取った。
それは静けな森の中では相容れない程に五月蠅い一定のリズム。
――人の足音だ。
振り向いた先には、手提げを持ってこちらに女性のような足取りで近づいて来る存在、アルテインが居た。
一瞬女性と見間違えるが、完全に男性だ。眼からして男だ。
「よぉ。待ったぜ?」
オレがいつもの調子で手を振ると、アルテインは少しだけ目を大きく開いた。
だがすぐに気概を持ち直し、手提げを近くの木の根っこに置いてこちらを見る。
何か言いたそうな口が開く前に先にオレが言葉を紡ぐ。
「手紙、見たぜ」
「・・・そう」
「最初デートの誘いかなんかだと思ったら差出人お前でビビったわwww」
「・・・・それでも、来たんだね」
「あぁ、正直お前とオレって関係薄いからなんだろうなぁと思った、けど」
オレの冗談に呑まれることなく、アルテインはまっすぐにオレを見る。ことばの続きを待っているのだ。
イド曰く、ラフにハートにマジで行くのが勝ちやすいと。マジで意味が分からんが、最初は軽い冗談交じりなことから始めた方が良いと言う解釈だろうと思う。
なのでオレは昔の漫画でありそうな、喧嘩番長みたいな感覚で行くことにした。
「正直、正義感の強いお前のことだ。オレの存在が気に入らねぇとか、力試しだろうが何だろうが、色々あるんだろうな・・・」
「・・・・」
「でも本音は”全く別のところ”にあるんだろう?」
「・・・君は、一体何を言って、何を知って・・・」
わなわなと、オレの目でも”何かを隠している”と言う色味が一気に濃くなる目をするアルテインに、オレは丁度良くその場で準備体操をする。
「さーな。なんも知らねぇし、オレ以外の事はどうでもいい。――でも、」
「・・・・」
「今から長い付き合いのありそうな相手の事は知っとくべきだろ!」
「・・・・・・」
頭の中でイドが言っていた台詞が再生される。
―――「このままじゃールナの人生がつまんなくなるぞッ!!」
―――「ルナの――――は、」「死ぬことになるぞ」
そうならないためにも、オレは――!!
「(まずは、勝つ!それでもって、アルテインと本格的に関わる!)」
そのためには芯の籠った言葉が必要だ!
オレは腰に据えた斧を引き抜き、逆手に持って戦闘態勢を整える。その姿勢に若干の驚きを目に映し出すアルテイン。だが彼もまた両手を叩く構えをする。
「まずはお互いの簡単なことを知らねぇとな。――形はなんであれ、オレの紹介から改めてぇッ!!」
「―――――ッ!?」
「オレはゼクサー=ルナティック!英雄の間に生まれた異端児!この世の革命の申し子!電気属性の使い手ぇッ!!もう二度と、お前にオレを『不遇だ』なんて、言わせねぇッ!!」
火蓋も戦場も、お前の壁も全部まとめてぶった切る!