第一章幕間《アルテインの嘆き》
ゼクサーがジォスの台詞に目を見開いていた丁度同時刻。
パーティアス民主国の東南区の屋敷、――エルダーデイン家では華も恥じらい引きこもるレベルの美少女、否、男子が食堂で顔を俯かせていた。
エルダーデイン家はまだパーティアス民主国が強国ではなかった時代に、ルナティック家等の名家と共に”外”の世界を探検・調査・粉砕してきた超有名貴族である。
その跡取りとして生を受けたのが現在オヴドール学園に通う男の娘、アルテイン=エルダーデインだ。
「・・・・」
重苦しい空気と剣呑な雰囲気に、いつもは明るいアルテインも口を噤んで下を向かざるを得ない。
その原因と言ってはなんだが、少なくともこの空気を支配しているのはアルテインの真ん前。――一家の大黒柱の為に作られた調度品を盛りに盛った椅子に、どっかりと腰を下ろしている若白髪の目立つ、かなりの腕を持つ者だと一見して分かる体躯の男だ。
ドメヴァー=エルダーデイン。アルテインの実父であり、現エルダーデイン家の頭目の名だ。
今日は別に何かの大事な日とかではない。少なくとも平日だし、アルテインの誕生日はまだ先だし、受験日なんてもっと先だ。
それなのに不思議とアルテインは異常なほどに身体を縮こませて呼吸するのにも気を張っている状態だ。何か悪いことをしたのだろうか?まさか、アルテインに悪いことをするだけの悪人脳はない。
じゃぁ何故こんなにも、家族としての親密さが異常に欠落した距離感を二人は持っているのだろうか。
少なくとも、家族はお互いに息の一つ二つに全神経を注ぎ込むほどに敵対するような間柄でもないはずだ。
それなのに、この二人と来たら―――、
「なるほど・・・」
「―――ッ」
不意にドメヴァーが口を開いた。それに肩をびくつかせるアルテイン。
ドメヴァーは何かの資料を読んでいたようで、重たく渋い理解の声を示した。
「柵を破って侵入してきた灰獅子と遭遇。多くの生徒を逃がしながら単独で灰獅子を撃破、か・・・」
「・・・・・・・」
「嘘はないな。うむ、混乱する生徒を逃がし、それでもって灰獅子を倒してこの討伐記録。・・・・何人生徒が居た?」
心臓を強くつかむような、重い鈍器のような声音にアルテインが息を呑んで答える。
「・・・・・・・十人以上、居ました」
「それを踏まえて、この記録か。・・・まぁ、妥当だな。少し遅いが許容範囲だ」
何が許容範囲なのだろうか。人が十人以上も巻き込まれ、それでもって逃がしながら灰獅子と相対する。灰獅子は決して弱くはない。そんな相手を倒すのに時間なんて関係ないはずだ。確かに、素早く倒すことは大事だ。だが、親子なら普通自身の子がそんな手柄持ってきたら真っ先にやることは褒めることだ。
それなのに、何故かこのエルダーデイン家の現状、”なんかやらかして折檻されている子”という言葉が一番似合う。
ドメヴァーが作り出している雰囲気なのだが、実の父親がさも当然かのように話を続ける。
「どうやら灰獅子は”外”から侵入してきたのではなく、内側で流通していた闇市場から逃避したものだと推測されているらしい。よって戦績に影響なし。模擬試験も”合格ライン”を余裕で満たしている。悪くない出来だ」
「わざわざご指摘の言葉として喉をお使いいただき、感謝と自責の念に堪えません」
資料を食卓の上に置き、見事なほど褒める様子がないドメヴァー。ここまで我が子を褒めないのも何かあるとしか思えない。
アルテインが養子であるかのような、本当の家族に成り切れない他人達。アルテインはどう思っているのかは定かではないが、隣に”死より重いもの”を感じながら粛々と世辞を述べる。
家族愛が一体どこで成り立ってるのかも分からない彼らに絶えぬ違和感を感じてしまう。
しかしそんな疑問もすぐに別の違和感にすり替えられてしまうのだが・・・。
ふと、ドメヴァーが懐から新しい資料を出した。
見たところ、模擬試験とは関係の無いものらしく、タイトルには”日常結果”と銘打たれている。
ドメヴァーはこの資料の方が本命らしく、模擬試験の結果などどうでもいいかのようにアルテインに「後で捨てなさい」と命じた。
「はい、お父様」
アルテインの顔は俯かれたまま表情が見えない。だがその無機質な声だけが食堂にはよく響いた。
そんな少年の心など雑に扱うドメヴァーはそんな資料をめくり、一枚一枚を丁寧に、一言一句を逃さずにその眼に叩きつける。
書いてあるものはなんなのか。”日常結果”と言うくらいなのだ。誰かさんの日常を監視しているのだろう。
「・・・・自動回復に問題なし。吸引量、回復量共々昨日より予想以上に上がっている。能力量も昨日の増量の約1.5倍。期待以上の成果だ。他の属性の発現もまだまだ芽程だが、このまま成長を遂げれば、遂げればワシは・・・・」
ワシは・・・、と、何やら危ない企みみたいなことを言うドメヴァー。台詞がなんか生贄とか欲してそうで怖い。進化先は神の伴侶だろうか、血の獣だろうか、はたまた古竜だったりするのだろうか。
だがまぁ、少なくともヤバいこと考えてるのはよく分かる。
アルテインはと言うと、生きる権利がドメヴァーの支配下にあるのかと言わんばかりに何も言わない。
実の父が実の子の目の前で危ない事言ってると言うのに、何故かそれを指摘したり疑問視したりはしない。
文字通り、”子は親の傀儡”状態だ。
そうして、ある程度の所まで読み終えた辺りで、ドメヴァーは口を開き、その重々しい声音でアルテインに次の行動を促した。
「失せろ」
「はい」
果たしてその言葉に納得しても良かったのだろうか。
ゼッタイに普通の一般的な家族なら言わない台詞が飛び出てきた。そして問題なのはそれを発するドメヴァーだけではない。
スッと席を立ち、ドメヴァーに一礼して食堂を出ていくアルテインもだ。
その顔からするに、全然普通の顔だ。苦しそうでも、悔しそうでもない、普通の顔。真顔だ。
だがそれだけで異常なしと判断するのは現代社会の悪いところだ。本当は、その腹底にはもっと闇深いものがあるかもしれないのに。
何か上部っ面だけの問題ではないことは確かだ。
そして、追い出されてしまったアルテインが向かう先は――、
A A A
静かな夜道。
門限と言う概念が完全に消失したエルダーデイン家から一人出てきたアルテイン。
一人、ただ寂しく、ただ辛く、己の為に偽ってしまった過去の自分の戒めとして、代償にも後悔にもならない気持ちで呟いた。
ただ一言。
―――「ごめんなさい」、と。