第一章20 『前哨戦』
新技。
オレ自身もまさかこんなときに思い浮かぶかね?とは思ったが、曇りなき晴天の中ではこれが最善策であるということが頭をよぎった。というか、もうこれしかない。
「(流石に骨を断ち切るのは無理だよなぁ・・・。となると、もうこれしかないのではなかろうか・・・?)」
今さっき灰獅子の手首を切り飛ばした際に分かったのだが、手首の筋だけでも無茶くそに固かった。多分、骨はもっと固いだろう。
「(それに蹴りの威力はパンチの四倍って聞くけど、一番柔らかい砕けやすい首の骨も断ち切れなかったし・・・)」
声帯を潰すに留まった蹴りだが、加速させれば鋭利にもなる脛を喰らってあの程度なのだから首の破壊も恐らくは無理。
灰獅子も生物なのだから、心臓や脳の重要機関を破壊すれば生命活動が停止するのは当たり前だ。・・・と、思いたい。
「(流石に首を飛ばしても再生しますよって話なら、アルテインが言った通り、オレじゃ勝てねぇ。)」
だが、その論理ならアイツも勝てないだろう。
オレは思考力を絶やさずに次々と来る灰獅子の攻撃を避けながら斧の斬撃を放ち、灰獅子の体に少しずつ傷を与えていく。すぐに回復されるが即座に来る次の攻撃が多少なりとも鈍るのだ。
「グワオオオオオオォォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!」
「っと、あぶねぇ」
ずっと思考中だから、次の攻撃を察知して避けるのにも一苦労だ。一瞬、灰獅子の大爪がオレの頭の真上を突き抜けていった。考えすぎはいけない。早くその“新技“を撃った方がいいのは分かっている。
だが、それでもオレはその新技を放つことが出来ずにいた。
ーー“新技“はかなりの集中を必要とする上、一回撃てば『もう一回』は出来ない。全身全霊の大技なのだ。
成功するだろうかと、そんな躊躇がオレの決心の裾を掴んで離さない。
『流石に灰獅子にその技は自殺行為だ。やめておいた方がいい。プロの冒険者が来るまで耐えてた方がいいよな』
灰獅子の回復しかけの右手が空気を薙ぐ。オレの真横を残像が通り抜けた。
『こんな元気なモンスターが居るんだ。プロの冒険者も今頃気付いてこっちに向かってきてるんじゃないかな?』
飛び込み。避けれるけれども、衝撃に粉砕された土の破片は避けれずに高速でオレの持っていた斧の抜き身を打ち付けた。
『もし失敗すれば君もアルテインもバッドエンド。灰獅子に惨殺されるだろうな』
いちいち動きが大袈裟すぎるが、その巨体から繰り出される攻撃の予測はできても回避までが間に合わない。遂に綻びが生じて、尻尾に全身を打ち付けられて軽く後ろに押された。
オレが追い込められる度に、オレの躊躇がオレの耳に囁きかけてくる。ーーだけど、
『やっぱ無理なんだって。“電気属性とか言う残念属性“を戦えるようにするのはさ』
「うるっせぇえええええええええ、んだよおッッ!!!」
禁句を口にされて、怒号と共に、オレの脳みその何処かが思いっきりストッパーを振り切った。
脳から何かがドパッと溢れだし、心の躊躇いがまるごと決心に塗り替えられた感覚を覚える。
視界が狭まった。というより、一点だけを細やかに視界に映し出し、その上で“新技“を遂行されるために神経の全てが逆立った。
熱い。身体が、熱い。
汗じゃない。外側からの干渉ではなく、身体の血管から熱が、火が、オレと電気を奮い立たせる。
『やれるのか?』
「成功はもう既に手に入れた。だから、お前のそれは杞憂だ」
『・・・・・・・っ』
躊躇いが、弱音が口をへの字に曲げてその姿存在を露散させた。
これでもう、オレはーーー。
「グゥゥゥ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
オレがめげない姿勢に、灰獅子が全身の毛を逆立てて更なる殺意を底上げする雄叫びを上げる。
「お前の狙いは全部後回しだ。もう、騙されてやらねぇよ」
ケッと唾を吐き捨て、オレは持っていた斧を持ち直し、柄を強く握りしめる。唇を結び、神経と精神を統率し、次のモーションを頭の中で組み上げる。
・・・そして、
「グワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」
爪ではなく、爪だけではなく、殺意と破壊が獅子の形を織り成して、目の前の邪魔者を消し飛ばそうとその体躯を前進に投じさせる。
踏み込み、全部の筋肉を使ったような運動エネルギーの爆発。地面が緑の皮膚を抉らせて周囲に粉塵を巻き散らかす。
それを確認した頃にはもう既にオレの意識の外にその攻撃はオレ目掛けて飛来していた。
「(人の動体視力を超えた猪突猛進。まばたきの数倍速い攻撃でオレの回避行動を封じに来たか・・・)」
まぁそれも、
「“目は“口ほどに物を言うんだがな」
オレの胴体に飛びかかるのは目に見えていた。文字通り、“目“が物語っていたのだから。
オレは灰獅子が踏み込みを入れた瞬間に、オレの脚のバネを解き放ちその場で高く跳躍するとコンマ差でオレのいた場所に灰獅子が顔面から飛び込んできた。
「他人の胴体見すぎっすよ。何秒後に飛び込むとかもバレバレ。サングラスとかつけといたらまだよかったかも知れねぇな」
人とは違い、何故かモンスターの目は黒塗りになっておらずさっぱりと見える。だからこそ、目が自身の頭の中を赤裸々に語るのだ。
地面に突っ込み、無惨にも顎を打ち付けた痛みに灰獅子が悶える。見てみれば上顎と下顎がグロく抉れていた。
「失礼しますね」
オレはそんな灰獅子の頭上に降り立ち、すぐさま左手で灰獅子の頭部に触れる。
大事なのは客観的に自分を見て、自分を他人に仕立てて自身を扱うこと。
そして、想像力。思春期のお痛わしいくらいの想像力が全てを現実と錯覚させる。
最後に吹っ切れること。自身の可能性を、0%の確率を信じて迷いなく行動に移す。
この全てが揃って、初めて属性は世界を変えるのだ。
そして、ーーーーー。
A A A
数秒が経ち、変化が訪れた。
バチンッ!!と、電流が走ったような鋭い音を立てて、オレの身体が弾き飛ばされた。
「(失敗か・・・・ッ!?)」
不意の衝撃に受け身がとれずに地面に打ち付けられたオレはすぐさま灰獅子から距離を取る。
だが、それはまさに杞憂と言うもの。
変化があったのは灰獅子の方だった。
「ーーーーーーーッ!!!!????」
激情と混乱と焦りと全く別の衝動が灰獅子を襲ったのだ。
目の色から急速に殺意が消え失せていき、代わりに嫌悪感と焦燥感が涌き出る感情を瞳の奥に宿す。
言葉にならない叫び声をあげて、回復し生え変わった新しい凶器の鍵爪。一撃一撃が“死“を想起させるほどのそれをーー、
灰獅子自身の首に突き立てたのだ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
まるで身体の中に自身とは違う“何か“が入り込んだかのように、自分自身の身体が別の何かによって自分でなくなるように、それを恐れ、嫌がり、無理やり自分の中から出そうとする。
そう、麻薬中毒のような恐怖感を刺激する幻覚症状を見ているような。
「ーーーーーー!!!!」
血が吹き出し、叫ぶ声すらも血の塊が喉を塞ぎ、声の混じった生命液を吐き出す始末。
それを灰獅子の目端に映るが、それでもなおまだやめようとはしない。
掻いて突き立てて抉って研いで吐き出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して・・・・、
「 」
遂にその異物、赤い液体にまみれた白い円柱っぽい物体が取り出された瞬間だった。
まるで壊れかけの橋の支柱がなくなったかのように、灰獅子の首が無音でズレて体液まみれの大地に顔が沈み、その生命線が今度こそ絶たれた。
顔に遅れて胴体もまたその身体も地に伏した。
「え、これってk」
勝ったの・・・?と、半信半疑の情景に目を白黒させていると、今さっきのオレの戦闘の全てを見ていたアルテインが呆然とした表情で、オレの発した台詞を遮る。
「うそ。・・・・・・・ホントに、勝ったの・・・?」
「・・・・」
改めて目の前で起こったことを頭の中で噛み砕き、オレの“新技“と食い違いがなかったか思い出して、
「まさかの、一発成功かよ・・・」
模擬試験中、オレの中で編み出された“新技“がぶっつけ本番で成功したことにそれ以上の言葉が見つからない。嬉しい気持ちが喉奥から這い上がって来るのに。
「アルテイン」
オレは気付けばアルテイン方に振り返っていて、
「言っただろ。“電気属性“は戦えるんだって」
ぐっと親指を立てて、オレは新たなる世界の新常識を誇示した。