第一章19 『復習』
瞬間的に動いたオレの脚。
最初はなんとなく単純にその雄姿を称えるのと、その技の研磨の仕方を聞いてみることくらいしか頭になかったのに、だ。
急に灰獅子が回復して襲ってきたのは完全に盲点だった。でもって目が完全にアルテインに行っていたのを見た瞬間、何故か「灰獅子を何とかしないと!」と言う思いが強くなった。
何故か?知らんがな。でも”恋”とかそういう類の下心じゃないのは確かだ。
少なくとも、目が完全に死にかけてる人を放っておくことなんて、出来なかった。
だからこそ――、
夏休み全てを費やした研鑽の産物。それを灰獅子の殺意の体現に思い切り、ぶつけたのだ。
A A A
「グゥッオオオオッッ!!?」
無我夢中だったオレの耳を灰獅子の絶叫がぶっ叩き、目が覚めたオレが音源の灰獅子を見る。しっかりと斧を逆手に持って警戒態勢だ。
身体に棘でも生えたのかと思う程に、オレの神経は研ぎ澄まされていた。灰獅子が次にどんなアクションを起こすのか。一挙一足を見逃さないようにオレの中で心の警戒網がレッドゾーンに入る。
「――ぁ」
その声を発したのはオレだったか、それとも後ろで驚愕の表情でオレを見ているアルテインだったか。それよりもその驚きを含んだ小さな声の先―――。それをオレは見て軽く目を見開いた。
灰獅子の頑丈そうな左手の爪。その全てが根元から折られていたのだ。
角ばった金属脛が遠心力と筋力で鋭利な刃物へと刹那の変貌を見せたのだ。
灰獅子はそのまま呻くように、更にその傷を癒していく。だが部位によって回復速度が違うらしく、爪に至っては微弱ながらも爪先が伸びていた。
「(全回復する前に此処で叩き潰す必要があるな。生半可ではなく、デカい一撃で・・・)」
「あの!」
一瞬、あの”大技”を使うべきか悩んだが、その結果が出るよりも早くオレの思考に声を割り込ませる人物がいた。
振り返ると、そこには完全に身体が麻痺しているようで動けない状態のアルテインが、その眼を開いて、弱々しくもはっきりとした口調で声を発していた。
白銀の髪が乱れており、額には尋常ではない脂汗が。ぼやっとだが皮膚から血がにじんでいた。アルテインが全てを出し切り、それでもなおオレに声を届けた理由は如何程か。
「どうしたんだ?」
「にげて」
「それは無理」
短く、それも明瞭に伝えるアルテインの意志をオレは却下した。
オレの反応が意外だったか、目を丸くするアルテインに少しばかり苦笑。
だがそれがアルテインの何かに触れたようで、喉を振るわせて途切れ途切れに言う。
「君は、勘違いをしている・・・。確かに”伝説の、勇者の息子”なのは、間違いない。でも、君は、両親の属性は引き継いでない。それなのに、”残念属性”なのに、何で君は、此処に居るの?・・・・皆の、一方的な感情を、押しのけて、あんなに、言われて、此処に来たのは何で?・・・・・絶対無理だよ。電気属性は、戦えない。君は、一番、知ってるはずだよ。己惚れたのか、精神的に参ったのか、それとも、そのうえで、立ち上がったのか。判断は出来ないけれど、君は灰獅子に、は、敵わない」
「だから、逃げろと?」
「ボクは、大丈夫だよ。・・・体質上、まだ全然いける、から・・・」
答えになっていない。だが、無理をしてるのは明らかで、アルテインはその限界を迎えた足に何とか力を入れて立ち上がろうとする。だが、一向に足腰が動く気配は見られない。
それどころかオレを無意識的に下に見ているご様子だ。
腹が立つ。助けてやろうとは最初から思ってなかったけど、こうまでして自身を犠牲に誰かを守ろうとするその姿勢にはなんか腹が立つ。
まるで、自分自身に理想像を押し付けてるみたいで。
「君は、すぐ、逃げて。ここは、ボクが、抑える。今さっきの、不意打ちの、芸当は、すごいけど、次は通用、しない。・・・・・・君は、英雄では、ないから、さ。早く、にげt」
「ふっざけんなよ」
「!?」
反射的にことばが飛び出た。驚いて固まるアルテイン。オレはその疲労に降伏させられた顔を覗きむ。
「力入れて脚が立たなくって、息も絶え絶えで、肩も震えてる。今にも死にそうで、「生きたい!」って気持ちが瞳から抜けてねぇ。それに、死ぬのが怖いと思ってる奴の言葉を誰が聞き届けてなるかよ!どっちが英雄気取りだ!」
「 」
「英雄気取りだの、己惚れてるだの言ってくれるが、オレはもうそんなクソみてぇな器には入らねぇ!入るつもりもねぇッ!あんなクソ両親共の入った器に入るなんざこっちからお断りだ!」
「は、―――?」
「――だから、オレはオレの道で、この”不遇”とか言われたオレと属性で!世界に革命を起こすんだ!」
脂汗出て疲れ切ってんのに、何故か男臭くなくって、ふわふわする良い匂いがオレの鼻をくすぐる。そんなどうでも良い事を思いながら、英雄気取りの弱虫男子に怒声を上げる。
「『最弱』も『残念』も、『不遇』も、全ッ部言わせねぇッ!!『戦えない』とか『期待外れ』だとか『裏切り者』だとか、全部ひっくり返す!!」
「」
「”電気属性”は、戦える!それを宿すオレは”冒険者にも”なれる!―――だから」
指を突きつけて最後の言葉を口にしようとした瞬間だった。
―――ザリッ、と。
何か音がした方を振り返ると、そこには粗方体力を回復した灰獅子が、その眼を更に狂力に赤く染まらせて、攻撃の機会を窺っていた。
「―――ッ」
完全回復をした灰獅子に言葉を失い、息を呑むアルテイン。
そんな表情に、オレは指の向きと言葉を変える。”波”で倒せない相手を”電気”で倒すんだ。
まずはその最初の足掛かりとして、
オレはまっすぐに灰獅子、その眼前に指を突き出し、アルテインに聞こえるくらいに大声で、この世界の古ぼけた常識に大いなる治療薬をぶち込む。
「―――前哨戦だ。灰獅子。まずアイツをぶっ倒す!!」
「―――なぁッ!?」
「見とけよ、アルテイン。電気属性が、世界の見慣れた風景を一新するところをなぁッ!!」
座り込んで動けないアルテインの制止も振り切り、オレの脳みそが更なる回転と熱を生み出す。
「グゥゥゥ、ォォォォオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
オレの全てを支配する感覚と共に、瞬時に走り出し、灰獅子もまた怒りと狂気に空気が張り裂けんとする怒号を解き放つ。
生存本能が揺らぐが、何故か直後にオレの中で熱量として消化された。
何の負荷もなく、オレは斧を握り占める。
―――灰獅子戦、開始。
A A A
過剰なほどに身体のあちこちがスムーズに動く上、頭の中で描いた想像がまんま行動にペーストされると言う、完全状態。
まずは此方のペースに合わさせるべく、その狂気に理性を失わさせるために、オレは飛んでくる灰獅子に合わせて右足を大きく下げることで横に倒れるように体重移動。
本来なら爪の餌食になっていたが、その下に潜ることによって回避。更に左の斧を真上に渾身の力で振り上げる。
「ゴッグゥッ!!?」
真上は丁度刀剣の爪の位置だ。振り上げて何か硬質的なものに当たったのを感じて、そのまま斧を持った腕を一回転させる。勢いで右に転がり、灰獅子の射程からズレる。
体制を立て直した直後に見えたのは灰獅子の左。またもや根元を切り飛ばしたようで、オレの周囲には黒く鈍く輝く断面の綺麗な爪があった。
上手く着地したものの、肝心の鉤爪が無くなったためか、機動性が落ちたように感じた。だが、まだ油断ならない。
「ゴォォォ―――――、グブゥッ!!?」
走り出し、そして今度は右の斧を灰獅子が此方に振り向いた瞬間に”目”に叩き込んだ。
視界が急に一色に染まり、動転する灰獅子頭にオレは斧を持ったままの右手を添える。
何をするかって?元あるセロトニンを分泌するための電気信号を限りなく抑えて、その抑えた分を興奮物質を分泌するための電気信号に加算したのだ。
これによって――――、
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」
目から狂気、いや、破壊の衝動が際限なく溢れ出る完全暴走状態の灰獅子の完成だ。
これで完全に行動が単一化される。その分”一撃=死”となるが。
「ま、あんま変わらねぇよな。当たったら、痛いし」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
煙を上げて目玉が回復する灰獅子が狂声を発し、飛び掛かってくる。だが、
オレはこれを見ずにバックステップ。
瞬間、オレの居た地面を剛腕が抉りこませる。そして左手が伸びてくるが両手の斧を勢いよく交差させて手首事狩り飛ばす。
「ガa」
「もう一発どうぞ」
その勢いに任せて今度は右脚を、短距離走の爆発力を応用した蹴りとして灰獅子の喉元に斬り込ませた。
しかし、体重移動の方法で放つ蹴りの威力は、パルクール蹴り程ではなかったらしく、灰獅子の喉を潰すだけにとどまった。爪のように、筋肉が集中して無い部位は体重移動の斬撃でもイケるが、首や手首は筋肉が入ってるからか、あまりダメージは出ないと見た。
「(勢いよくやれば斬り飛ばせるが、体重移動じゃ上手く行かねぇか。森だったらやりやすいんだがなぁ・・・)」
ここから森までは走ればすぐだが、いくら灰獅子がオレしか眼中になくとも、アルテインを置いておくわけにはいかねぇよな・・・。
まだ模擬試験中だ。別のモンスターがアルテインを見つける可能性がある。
その可能性があるせいで真面に移動は出来ない。
かと言って大技は”今は”無理だ。集中する時間が足りないし、なにより環境があまり良くない。
灰獅子が縦横無尽に両腕を振り回し、飛び掛かるのを綺麗にサクサク避けながら次の一手を考える。
完全に絶命させるにはどうすべきか・・・・。
考えながら避けて、そしてそしてそして――――――、
「―――あ、思いついた」
確信していた勝利が、此処で新しい勝利方法を生み出したのだ。