第一章1 『伝説の親を持つオレの属性は世間一般の”不遇属性”でした。』
「~~であるからして現代社会におけるこの革命は今の産業に大きな影響を与えたのであり~~」
先生がチョークで黒板を叩き、”産業革命”の文字を書き上げて次々と文字を描いている最中、オレは先生の授業なんてものは耳に入っていなかった。取っているノートには授業とは全く縁のないものばかり。
「(やっぱり親父が火、水、風、光の四属性で、母さんが原子と波だしな。生物の授業で”属性遺伝”って習ったしもしかしたらオレも原子と火とか、風と波とかかなぁ・・・。いやもしかしたら六属性をそのまま受け継ぐかもしれないし・・・・)」
ニタニタと我ながら気持ちの悪い顔を形成しながら妄想力を鉛筆を媒介にしてノートに書く。
書いているのはもし発現したらの属性とその使い道だ。
オレの父母の属性から考えて火、水、風、光、原子、波のどれかを受け継ぐことになる。両親が稀に発現する属性を二つ以上持っているってことはオレにだってそのチャンスは十分にあるはずだ。
「(だとしたらオレって運が良ければ六つの属性持ちの最強能力者になれるってことか?すげぇッ!早くオレも発現しないかなぁ・・・)」
オレの両親はどっちも稀にしか発現しないと言われる”複数属性”で、父親は基本四属性の内の全属性を持っていて、母親は原子と波と言う、本来ならば100万人に一人にしか発現しないレア属性を二つも持っているのだ。
そんなバケモノ両親の間に生まれたオレが14歳の誕生日を迎えたのは先週だ。第二次性徴の約一年後に”属性”が発現するため、オレの属性が発現するなら昨日今日明日あたりだろう。なんの属性が出るのか楽しみでならない。
「今の皆が住んでいる街にある街灯や、モンスターが住んでいる境界線に張られた電気柵。電子ライターの蓄電池の中にはかつては”ハズレ属性”とも言われた”電気属性”能力者の発する電気属性の力が入っているんだ」
先生が更に黒板に文字を追加していく。
オレの耳はその先生の言葉の一部分を聞き取った瞬間、ほぼ反射的に無性に恐怖感を覚えた。
”ハズレ属性”という言葉。この属性は今や”最弱属性”と言う蔑称で呼ばれているものだ。その正体は100万人中一人にしか発現されないと言うレアスキルの一つである”電気属性”だ。
この国が産業革命にて”電気属性”能力者の有効で国にとっても重要な使い道が発見されるまでは、”電気属性”は本当に不遇だった。モンスターと戦えるように実用化するのに20、30年近くかかる上、火や水、波や圧とは違い、発現時に出る力は初歩で静電気だ。
「だからもしこの中でまだ”属性”に目覚めていない君らが”電気属性”になっても泣いて悲しむ必要はないぞ。なんせ”電気属性”は出土する確率が低い上、国のほぼ全ての電力を賄う人的資源だからな。国が”特別待遇”として”確実に高給取りとなる未来の保証”をしてくれるぞ」
先生が言うように、この国では他国と違って”電気属性”能力者に対して手厚い保証をしてくれるのだ。体の中に溜められた能力量。その全てを電力として放出・蓄電し、それが周りの電気柵やライトの為に使われる。機械的に電気を作るよりはずっと安定していて、抽出できる量も其処らの運動発電とは比べ物にならない程には大きい。そしてそもそも論、”電気属性”能力者の数が少ないのもあって需要がとんでもなく高くなったのだ。
そのため国は一早く”電気属性”能力者を集めるべく、”学校教育終了時に即大手電力会社への就職推薦枠を与える”、”能力使用手当”や”納税の義務を権利に変換する”などの特権を取り入れているのだ。だからこそ国単位で優遇されるため、”ハズレ属性”ではなくなったのだ。
だがしかし”最弱属性”と言う蔑称がまだ残っている。
最弱属性。その所以はこの世界の生態系、主に”外”に関係する。
「・・・まぁ皆も知っての通りだが、属性能力者として実力を示せば”外”の調査員に派遣されたり、”外”から来るモンスターを相手取る民主国近衛騎士になれる。最も良い例を挙げるなら、そこに居るゼクサー=ルナティックの親であるカグヤ=ルナティック様とイズモ=ルナティック様だな」
ざわざわと周囲の眼が此方に好奇の視線を送ってくる。ちょっ、見るな!オレが落書きしてるってバレるだろ!!
慌てて落書きしている箇所だけを腕で隠し、困った顔を先生に向ける。ウチの親の名前を上げるのは勝手だけど、そういうのは時と場所を考えてくれねぇかなぁ。落書き中に先生に指名されるレベルの危険度だぞ今の。
オレの視線を受け取ったのか受け取らなかったのか、先生は無視して話を続ける。
「イズモ様もソフィア様もどちらもかなり特殊な”複数属性”所有者で能力量も一般の能力者の比にならない程多い。確かに英雄となる前から騎士以上の実力を誇っていたが、それでもやはりたゆまぬ努力はしていた。それが現状に繋がっていると言っても過言ではない」
先生がこんなに褒めちぎるのには理由がある。
ウチの親はその元から備わっている圧倒的な能力量と才能で、モンスターの脅威や他国の喧嘩売りによって小さくなっていた弱小国だったオレらの国を大国にまで育て上げたのだ。
「(元々ここら辺って魔竜とか終末の獣が住んでたってところだからなぁ。そんなところを人が住めるようにするって、やっぱすげぇよなウチの親。・・・・オレもそんな栄光とか欲しいよなぁ)」
最も、欲しいのはその栄光。その下にある感謝とかだけれども。
「皆は知っての通り、電気属性は今こそその重要性を見出されて近衛騎士の後ろ盾、後衛職として有名だ。しかし、イズモ様やカグヤ様のような前衛職には着けていない。勿論中には例外もあるが活躍してるのは全員40、50代だ」
先生が淡々と説明しているが、言っての通りで、”電気属性”のみ国を守る前衛職には着けていない。その理由は単純明快、戦闘向きに強化するまでの操作が果てしなく困難だからだ。
”属性”の能力を強化するには最低でもこの条件、『触る』『一定時間以上見続ける』『指向性を与える』が必要だ。
火であれば種火を出し続けて、見続けることが出来る。
風も空気を見ればいいし、其処らに漂っている。
原子はそれこそ世界全体だし、光だって同じだ。
だけど電気だけは違う。
電気は触れることはできる。でも一定時間以上見ることは出来ない。
電気属性の初歩は静電気だ。特殊な機械を用いずに一般人が静電気を見続けることなど出来ない。
だから能力を強化させる上での条件がそもそも満たされないのだ。
――いつまでたっても進化することのない属性。
「(―――それが、電気属性が”最弱属性”と言われている理由)」
実際鍛え上げた人の”電気属性”ってのは凄いらしいけれど、オレとしては無しだな。親がどっちも”電気属性”持ってないからそもそも”電気属性”遺伝しないし、何より実践までに20、30年もかかるようなものを受け継ぎたくない。
オレは隠していた腕を取り、再び鉛筆を持って妄想を筆先で紙になぞる。
書くのはやっぱり原子属性特有の莫大な力、そして波属性特有の空気振動に指向性を持たせた超音波だ。どっちも母さんが得意とする属性の使い方だ。
だが、オレは別方面に考えて原子融合による新しい物質の開発や、波を使った建物内の内部構造把握をする。真似はあんまり好きじゃない。いつでもオリジナリティを求めるのがオレだ。
親父は爆炎と超高圧ウォーターカッター、風による浮遊や台風の召喚。破壊光線をする。
だがオレは火と水を組み合わせて水蒸気爆発を起こしたり、光で目くらまししたり、かまいたちで風に刃を持たせる。
新しいやり方ってのはそこら辺に転がっているものだ。
今は親父や母さんが「すげぇすげぇ」と祭り上げられちゃいるが、”新しさ”ってのはそんな偉人をひっくり返すことが出来る。正に新しい時代って奴だ。オレはずっとそれになりたいと思ってきた。
「(だから今の内に”新しいやり方”ってのを書き出しておかないとな。誰もやったことの無いような”属性の組み合わせ”とかよ・・・・)」
オレは再び鉛筆を持ち、筆先に妄想を体現させるための指向性を付与する。
そしてその妄想の半分を出したところで―――、
スパコーンッ!と軽快な音が鳴り、オレの視界が理解不能の衝撃で明滅した。
「うぉ・・・・ぐぅお・・・・!いっつぅ~~~」
一体何が起きたのかと、一番痛みの濃度の濃いおでこを人差し指でなぞる。
白い粉末が付いていた。・・・こりゃチョークだ。
そしてそのチョークを持っていたのはと言うと、
「ほぅ、黒板なんて無視でノートにお熱かゼクサー。・・・・イズモ様に似たなぁ?」
「」
「あやつはカグヤ様の絵ばかり描いていたが・・・、鉛筆の動きからして文字だな。官能小説でも書いているのか?国語テスト43点のゼクサーが書く官能など官能ではないな」
―――先生だ。
ウチの先生は”風属性”の能力者で、別名『微風軌道』と呼ばれているチョーク投げの名手だ。能力量は低いものの指向性の付与、つまり細かな動きの補強をするのは一級品で、どんな人混みの中でどんな位置に居ようと的確にチョークを当ててくるのだ。
「官能はさておき、ゼクサーも属性の発現は今日明日だろう?浮かれる気持ちは分かるが現を抜かし過ぎないようにな」
「・・・・ハイ」
いつもならチョークが散弾銃の如く飛んでくるのだが、今日は妙にしんみりとしている。
これはもしかしなくても・・・・・。
「先生、ついに年季が入って丸くなったのk」
「丸くなっとらんわッ!!」
次の瞬間、『微風軌道』によって調整を施されたチョーク達が一斉に此方に躍り出てきた。
A A A
「け~~ぺっぺ!顔面チョークまみれだ・・・」
六限の授業だと言うのもあり、オレの顔は見事なまでの現代アートのオブジェになっていた。多分其処らに居る魚の方がまだハンサムに見えるだろう。
洗面所で顔面を洗い散らかして鏡を見る。電気による明かりでより輝いて映るオレの顔は水に濡れてびしょびしょだった。
「取れては・・・・いるな。・・・・大丈夫だ」
洗面台一つにつき一つかけられてあるタオルで顔を拭き、髪型を整えたオレはトイレを出た。
これから帰る、・・・のではなくとある場所に寄って行く。
校舎の一階にある理科室、またの名を『属性検査室』と呼ばれるところにだ。
”属性”の発現ってのは一人では観測できない。極稀に自然と属性発現したと言う事例も存在はするが、基本的には専用の道具を使って発現させるのが一般例だ。
「すいません。2年3組のゼクサー=ルナティックです。”属性”の発現をしに来ました」
「あぁ~、予約入ってるねゼクサー君。さぁさぁ入ってきなさいな」
「失礼します」
ドアをノックすると中からいつものオジサンの声が聞こえたので、オレは理科室の中に入る。
昨日も此処に来たことはあるが、相変わらず放課後になるとゴテゴテした精密機器が裏から表に引っ張り出されてくるのか、理科室の一面はどこぞの秘密基地みたいな状態だった。
オレがその精密機器の間を潜り抜けてると、奥の方からメガネをかけた白衣のオジサンがてを振って来た。
「お~いゼクサー君、コッチだよ~~!!」
「あ、はい」
声の発生元に行くと、机にそれぞれ石を並べていたオジサンが居た。
「やぁやぁ来たねゼクサー君。機能説明した通り、順番に石を持ってくれ。政府から支給されたものだから落とさないように。落としても頑丈だから壊れないと思うけど一応ね」
「はい」
オレはオジサンの言葉通りに実験机に並べられた石を触る。どういう原理かはよく分からないが、能力者の能力量を圧縮して固めたものらしい。触ると自身の”属性”と共鳴反応を起こす、そう聞いている。知らんけれど。
「まずは―――火だな」
親父の一番星たる属性、その属性の有無を確認すべく長い三角柱の形をした赤色とオレンジの燃えているような表面に手を触れる。これで手に熱が伝われば―――、
「反応なしだな」
「今日もか?他のもどうだよ?」
オレは如何やら”火属性”の適正はない、―――いや、今日も属性が発現しなかっただけなのかもしれない・・・・。
「水・・・・・ダメ」
「風も・・・・か・・・・」
「なら光・・・・・もか」
蒼、緑、そして最後に白い石を机に置き溜息を吐くオレにオジサンが珍し気に言う。
「イズモ様の属性全部が無反応・・・・、珍しいもんだね。ソフィア様の方が優性遺伝なのかもね?もしくはまだ”属性”が未発達で今日は発現しなかったとか?」
「その可能性を信じたいな・・・・」
昨日と同じことを言われ、それに同調してしまうオレが居た。不思議なことに、いつもの「だよなぁ~」みたいな軽いノリではなく、やけに未来にビビっているような、そんな声が出たことが耳に残った。
「じゃぁ、母さんの方を・・・」
オレは机に置かれた、見ているだけでも圧倒されそうな力が出ている灰色の石を握る。
だが―――、
「原子属性、・・・でもない・・・・だと・・・ッ!?」
結果は無反応。本来であれば、身体全体に異常なまでの力が入ると言うのに入らなかった。
「じゃ、じゃぁ波はどうなんだッ!?」
今度は透明で透き通った純度を持つ石を持った。
ここまでくればある程度悲劇なんて予想できたものだ合ったが―――、
「は、反応が・・・・ない・・・・・」
「ふぉッ!!?」
オレの口から出た言葉は、オレが無意識の内に考えていた事を言葉にして言語化したものだった。
うっかりと落としかけた石をオジサンが丁度キャッチした。
驚きで眼が見開かれたオジサンは何か言いたそうに此方を見るが、オレの表情を見た途端開いていた口が塞がった。
「まさか、・・・・そんな・・・・」
オレは驚愕に目が見開いていた。
そして震える手で他の属性の石を触る。圧、・・・反応なし。生物、・・・反応なし。
「嘘じゃろ・・・・。こんなはずは・・・・」
「―――――」
”まだ”可能性は残されている。そうは言ってもオレには今日明日で解決するような問題ではなかったのは明らかだった。
あからさま過ぎる、オレの中にある嫌な予感。
オジサンがオレの気持ちを代弁してくれたが、それで気持ちが晴れる訳でもない。
オレは何故か無性に嫌な予感がしていたのだ。
机に残った石は黄色い石。――つまり電気属性の石だ。
「取るべきか、取らないべきか・・・・」
両親の属性どちらも発現しなかった今日だ。もしかしたら明日には発現するんじゃないか。
そんな根拠もない自信がどこかにあった。だからこそ「そんなわけないか」と、オレの掌は自然と黄色の石を触っていた。そう、震える手でもなく、自然と。
どうせ苦痛を味わうなら、後悔するなら、絶望をするなら、結果が変わらないのなら、オレは最後にそれを受ける方の人間だ。だからこそ、オレは石に触れた瞬間後悔した。得も言えぬ不快感が決壊したダムのように濁流として訪れた。
石が、雷を纏ったのだ―――。