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『最弱』の汚名は返上する。~不遇だなんて、言わせない~  作者: パタパタさん・改
第一章『アルテイン編』
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第一章17 『灰獅子』

 夏休み20日目にして、オレは人類史に残るのではないかと思えるほどの地獄のトレーニングをしていた。


 いつもの平和な森には連続で爆音が鳴り響いており、降りしきる雨の中オレの立つ地面のすぐそばには幾つもの抉られたような穴が開いていた。


 もう既に数十回はこの動作を繰り返している。


 何も出ない程に枯れ切った喉から生温かい空気が漏れるオレの横で、イドは地面の様子を見て首を振る。


 「んー、まだまだだな」


 「ええぇぇ、これでまだ足りねぇのかよ・・・・」


 「まーな、制御性を磨くならこれくれーじゃ足りねーよな。取り敢えず、地面に当たるよーにはなってる」


 評価としては”地面に着弾している。だが、威力は低い”だった。


 自身の能力を最大限に発揮して得られた結果は努力には似合わなく、改めてこの世の厳しさに心臓が絞られるような気分になった。


 「数十回やってこれか・・・・」


 「正確には103回だ。・・・客観性は良い。だが想像力が足りてねーな。今のはまだまだ歪んだ線だ。しかも時々枝分かれしてんのよ。指向性ではなくて、制御性。そしてそれを為すには99%の想像力と吹っ切れ。残り101%は努力だ」


 「合計で200%じゃねぇか・・・」


 「真実は200%。つまり真実は二つあるんだ」


 人差し指と中指を立てて”Vサイン”を作るイドは得意げにオレに微笑む。またイド独自のよく分からない台詞が生み出された。


 このすべての意味の分からない台詞に意味があるんだから、言い返す言葉も思いつかない。


 オレは疲れ果てた足をその場に折りたたんで、べちゃべちゃの芝生の上に胡坐を掻く。ズボンが濡れるが気にしない。もう既に身体全体が濡れてるんだから。


 「はぁー」と息を吐くオレを置いて、イドは何故か濡れていない身体を振り回しながら慰めにも似たような言葉を口ずさんだ。


 「まーまー、そもそもの話。一日で終わらせる奴じゃねーし?パルクール斧脚攻撃ができるのも五日かかったんだから、それくれーかかるわ」


 「具体的には?」


 「・・・・六日間・・・」


 「なっ・・・・!!」


 驚きすぎて次の言葉が喉奥で渋滞を起こした。


 だが、その大混乱もすぐに落ち着きを取り戻す。


 覚悟は、していた。それくらいかかってしまうのではないか、と。そういう時に秘められた力が、研鑽を積み重ねた経験が覚醒するのではないかと、――そう思ってしまう気持ちもあった。


 それは認めよう。認めたからこそ―――。


 「明々後日、模擬試験なんだけど・・・」


 絶望に染まりかけた言葉が、湿ったオレ自身の耳を打った。


 

 A A A 


 

 「――――――――――――オオオオン」


 荒ぶる咆哮が再度森全体を揺らす。


 瞬間の変化として、森全体から音が無くなった。


 ―――否、全生物が咆哮の主に恐怖して、その場を動かなくなったのだ。


 一言でも音を発してしまえば、動いてしまえば、殺される。


 離れていたとしても、その声は生物の生存本能を揺らすには十分。――だがしかし、


 「行かねぇと、・・・・何が起こってるんだよ・・・」


 何故かオレは、無事でいることができた。


 「(・・・・モンスターに対する耐性みたいなもんなのかね?・・・よく分からんが・・・)」


 生存本能に警鐘を鳴らせるほどの声。――それは分かる。だが、何故か不思議と警鐘はならなかった。


 それどころか、体中から変な感覚が漏れ出していたのだ。


 まるで逆立ちした時の、――血が回るようで、回らない感覚だ。


 オレは今の自分自身に起こっている状況の情報をかき集めながら、同時並行で森の中をパルクールで移動していた。


 枝を摑み、避けきれないところは斧を幹に抉りこませて無駄な動きを最小限にとどめる。木のくぼみを踏みつけて疑似的な空中移動を果たす。

 

 岩壁は壁を中心に脚との角度が45度になるように限りなく近い数値で踏みつけて、グリップが滑る前にもう片方の足を出して、文字通りに壁を走る。


 そして更に枝から枝へと飛び移り、


 「―――っと」


 草原に出て、その勢いの付いた体を捻らせて急速に勢いを殺して地面に足を着かせる。


 「一体何が出たってんだよ・・・・・・ッ!!」


 何が起きたのか、それを視界に収めるために目を音源へ向けて、


 ―――衝撃に言葉が出なかった。


 オレの視界に映りこんだのは、一匹の黒の縞模様のある灰色の獣だ。


 体長3m以上あるだろうその巨体には鋭い爪、瞬発力のある後ろ足、そしてまるで一つの生き物のように自律して動く縞々の尻尾。


 「―――白虎、いや、灰獅子か・・・?」


 白虎と黒獅子のハーフ個体だったか。知的で俊敏、力の強い白虎と統率能力と回復力が一般のモンスターと比にならない黒獅子の交配種。

 

 数は少ないが、両方の良いとこどりしたようなモンスターだ。


 そんなモンスターが何故ここに?と言う話になるが分からない。模擬試験は下級モンスター(手負いの狂暴状態)が出てくるのだ。それ故この中級モンスターの上位に君臨する灰獅子がここに居る理由が思いつかない。


 だが、そんな事よりも―――、


 「あ、あっちに行け!」


 「なんだよコイツ、びくともしねぇッ!」


 「なんでこんな奴が・・・!冒険者が配置されてんだろ!?なんで助けに来ねぇんだ!!」


 「あぁクソ!なんでこうなった!!?」


 血の気の多い馬鹿共が、相手の格の違いも分からずに属性の波を連続射撃し、辺りから不協和音が絶えず聞こえていた。


 空気の波が力を纏って縦横無尽に解き放たれる。その波動の力を灰獅子はその剛腕を振りかぶり八つ裂きにする。だが、流石に数が多いのか、全ては捌ききれずに残りを顔面で受けている状態、――そう。


 波属性生徒多数と灰獅子の戦闘だった。


 体格、力関係では灰獅子に一人の生徒では足元にも及ばない。だが今は生徒全員が灰獅子に集中砲火をしているからこそ、互角に持ち込めているのだ。でもすぐに瓦解するのは目に見えている。


 「変に攻撃を入れようとしてもあのパニック状態だと、波に呑まれてぶっ飛ばされるな・・・」


 なんなら灰獅子の流れ爪が当たる可能性すらある。だからと言って放置はもっとよろしくない。


 「(オレが放置したせいで死亡者が出るだなんて、夢に出るわ)」


 今のオレはまだまだ未熟だ。せいぜい晴天の日に超集中して一発デカいの撃ったら体力がなくなる。パルクルール斧斬撃も使えるには使えるが、振るための無駄な動きをするため完全に手中かと言われたら、そうでもない。


 現状、正直冒険者の応援が来る気配は全く持ってない。


 どこかに数人が潜んでるという可能性もあるわけだが、灰獅子を相手にするには生徒には荷が勝ちすぎる。


 「(近くに居ないか。・・・それとも・・・・、いや考えても仕方ない)」


 とりあえず何かのアクションをどちらかが起こした瞬間に割り込むか・・・。だが草原の中を灰獅子相手にこまやかに回避できるかって考えると、あまり現実的じゃねぇか・・・・。


 だとしたらオレがアクションを起こして灰獅子を森の中に誘い込んで攪乱、んでもって大技か?


 自分自身に問いかけ、自身が首を横に振る。


 「(いや、まだ大技は”完璧”じゃない。こけおどしとちょっと威力のある技なだけだ。オレではどうにもならねぇか・・・)」


 自身の無力さを再確認しつつ、嘆いてる暇などないため、今できる最善を尽くすべくオレの脳みそはさらなる熱を帯びるようになる。


 そしてすぐさま、答えを出して、オレはすぐさま行動に移そうと前かがみになり―――。


 だが刹那、


 「やぁああああああああ!!!!!」


 かわいらしい、気合の入った声と共に、目先で生徒と争っていた灰獅子の胴体が大きくぶっ飛んだのだった。


 

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