第二章幕間《慣れないハッピーセット》
「お前、アレルギーはあンのか?」
「ないよ」
「オイおッさん、この期間限定マジックマッシュルーム風味リンゴスムージー二つ。サイズはエムで」
「あいよ」
テキパキと屋台のおじさんが機械を動かし、なんとも言えない色をしたスムージーがエムサイズの容器に入れられていく。
「お客さん、出来たよー」
「おォ、ほれ勘定だ」
「丁度千二百クランですねー、毎度!」
「アルテイン、あッちで適当に場所作るぞ」
「ありがとう、え、・・・・え?」
オレウスさんが現代的な財布を開いて現金と硬貨を取り出してトレーに置く。屋台のおじさんの声を後にオレウスさんはスムージー二つつをボクに渡してずかずかと歩き出す。先にあるのは観光地の休憩所だ。
「ここでいィか」
首を鳴らしながらオレウスさんはどっかりと椅子にもたれかかる。ボクも続いてオレウスさんの前の席に座る。
「・・・飲まねェのか?」
「あ、い、頂きます」
剣呑な雰囲気に圧倒され、ボクはオレウスさんをちらちらと見ながら恐る恐るストローに口を付ける。オレウスさんはストローと蓋を引っぺがして直で飲んでいた。
「・・・・くそ不味ィなこれ。キノコとリンゴの狂騒曲だ。明らかに毒物の味がする。よくこンなモン売ろォと思ッたな。人類の思考は全く分からン」
「なんでそんなものを買おうと・・・。普通に美味しいと思うけど・・・」
「マジかよ、舌大丈夫か? オレ様が言うのもなンだが、本当にお前人間じゃねェンだな」
「・・・・」
「別にお前が何であろォとオレ様もゼクサーも変わらねェよ。クソイドは多分喜ぶ。「男に属性が増えた~!」ッてな」
ありありと情景が思い浮かび、意識せずに吹き出す。ジォス君は男好き。何も今に始まったことではないはずなのにその狂気さは常に新鮮さがある。それに比べてオレウスさんは欲望爆散のジォス君と比べてとても大人びている印象があった。
「・・・・」
「オレ様が大人びていると、そォ思ッただろ」
「―――!」
驚きでストローですすっていたものが飛び出しそうになった。心を読まれたかのように、オレウスさんの言葉はついさっきまでボクが思っていたことをなぞっていた。
目を見開いてオレウスさんを凝視すると、オレウスさんはどこかばつが悪そうに視線を逸らす。
「すまねェ、別に不快感を与えてェ訳じゃねェよ。単純に長生きしてッと人の顔からなンとなく考えてることが分かるンだよ」
「長生きって、まだオレウスさんは十八歳辺りでは?」
ボクには想像もつかないような裏社会を生きてきた彼は人との距離感を上手く保っており、その成長過程で人の表情から思考が読み取れてもおかしくはないと思った。しかし、そういう意味での精神的年齢のようなイントネーションではなかった。
「外見年齢はそォだな」
オレウスさんはふっと笑みを浮かべる。
「これは別に信じても信じなくても良ィが、オレ様は数多の世界で数百、数千年を生きてきた」
視線を落とし、手元のカップを回す。まるで何でもないかのような、ありふれた悩み事のような話し方で爆弾発言をしてきたのだ。
「」
一瞬思考が止まった。素っ頓狂な話で驚いているのではない。ボクの知覚から本当の話をしていることは一瞬で分かる。本当の話をしていると分かるからこそ、驚いているのだ。
「数百・・・? 数千・・・? 数多の世界・・・?」
「ひとまず異世界転移の話は置いとけ。オレ様もそこの理屈はよく分かッてねェンだ。だがまァ、それらで過ごした時間を合わせるとオレ様はざっと一万歳を超える」
「いちま・・・!」
そこまで人の寿命は持つのかと、改めてオレウスさんを見る。人間にしか見えないが、それ以外の人種であったりするのだろうか。
「始まりはオレ様が裏社会の帝王となり、クソ神共を根絶やしにしてた時だッた。神々と旧支配者の軍団と戦ッてた時に時空間の歪とか概念の衝突で起こった事象の崩壊だッたかに巻き込まれて別世界に飛ばされたンだ。で、この世界だと色々あッてクソイドに世話になッて今に至る」
「???」
急に知らない単語ばかりを並べられ脳が混乱する。
「気にすンなよ。どォせンなこと気にしても今のお前じゃ辿りつけねェよ」
「・・・・」
「後、オレ様は人間だ。試しにお前の持つ生物属性で身体検査してみろ。ミステリーボックス人間じゃねェンだぜ。驚くことに」
「いいよ・・・。でも一万歳なんだ・・・」
「あァ。面白ェだろ、こンなに人間離れしてンのに結果はこの様。まるでお前ソックリだ」
「え」
カップから手を離し、にやり顔でこちらを見据えるオレウスさんに困惑する。
「オレ様もお前も同じ人間だぜ。片やお前は人間の進化の可能性全てを体現したクローンで、片やオレ様は時空の歪みだの概念の衝突だので一万歳を超えた悪党だ。考えて見りゃイドはもッと意味分かンねェだろ。分身するし時は飛ばすし概念も書き換える。おそらく、ゼクサーも同じだ」
「・・・・」
一区切りし、オレウスさんが空になったカップを両手で潰し始める。
「オレ様達『家族』ッつゥ存在は何も血で繋がッて、全員同じ『人間』である必要はねェ。職業違ェし、血も繋がッてねェし、そもそも定義的に『人間』かどォかも怪しいしッて奴らのハッピーセットだ」
「ハッピーセット・・・」
「あァ、ハッピーセットだ。だからお前の心配は杞憂だ」
「」
思わず息が詰まる。じっとオレウスさんを見ると、オレウスさんは、ほぅっと息を吐いて肩肘をつく。まるで「最初から君の悩みはお見通し」とでも言わんばかりに。
「違和感は最初からだッた。ゼクサーは違ッたが、お前は出会ッた当初からどこか余所余所しい。まるで気を遣われてる様で腹が立つ。「自分はこの家族の一員じゃない」とでも言わンばかりに、だ。最初は慣れねェ環境であるが故の居候気分だと思ッてたが、どうにも違う。そこでクソイドに詳しい話を聞いた。それで、確信した」
「ジォス君に聞いた。・・・もしかしてボクのこと・・・?」
「そォだ。お前はクローンで、それでいてゼクサーの嫁だろ。自分が実は人間じゃねェ。その上、自身の居場所は限られていると来た。ゼクサー好きは本当だが、お前の本当の悩みは「浮いてるんじゃないか」ってことだろ」
思わず目を見開いた。疑問ではなく、断定。絶対にボクの抱える潜在的な悩みが「それ」だと確信した発言だった。
「(オレウスさんがとても推理能力が高いというのはなんとなく分かってたけど、少ない情報からそんなこと導き出せるの!?)」
「自分がこの場には不釣り合いとでも思ッたか。それとも、息を殺して生きることに慣れた過去の経験からか。・・・両方かもな。だがそれは結局のところ、杞憂だ」
「・・・」
「お前が人間じゃねェ? オレ様も人間じゃねェし、クソイドもはたまたあのゼクサーも人間の可能性は低い。居場所がない? あンだろ。オレ様の家やゼクサーの隣とか、空いてる席はいくらでもある。浮いてる? クソイド見てみろ。アレの前で同じセリフが吐けるか? ゼクサーも同じだ。転校初日に爆弾発言かまして浮いたと聞いた。なんならオレ様も組織の中じゃ浮いてる。「仕事してるところ見たことないのに圧が強すぎる」ッてな。だから―――」
「だから、お前はオレ様達の『家族』だ。『家族』以外の何者でもねェ」
「っ」
はっと顔を上げる。オレウスさんはぐしゃぐしゃに潰した空のカップを属性の力で更に圧縮する。
「オレ様も最近知ッたンだよ。情ッつゥやつを。『家族』ッてモンを。ずッと違和感でしかなかッたンだがな・・・。オレ様みてェな悪党が誰かと本心から群れることを選ぶなンてな」
「笑える」と、オレウスさんは鼻を鳴らす。
「――オレ様達は出会いも軌跡も何もかもが違うが、『家族』であることに変わりはねェ。そこんとこ、忘れンなよ」
こちらの考えを全て見通した後、オレウスさんは念押しにボクの顔を見て言う。それは暗に「つまらんことで悩むな」と言っているようで、しかし公言するなとばかりに視線には圧力が籠っていた。
「うん・・・」
霧が晴れるとは違うのだろう。しかし明らかにその答えはボクが恐れていたものでもあり、求めていたものでもあった。それなのにどうにもむず痒い、中々受け入れられない気持ちが湧き上がるのは何故だろうか。
「(オレウスさんも言ってたな。「違和感」だって。もしかしたら、まだこの空気に慣れていないのかも)」
いつもとは違う。いや、いつもがおかしかったのだ。パーティアスとは違う。それのあるなしが違和感の正体なのかもしれない、と。
はっきりとしない頷きだったが、オレウスさんはボクの心情を察してかそれ以上は追及しない。
その代わりに、オレウスさんは小さな微笑みを浮かべて、
「今日はゼクサーもクソイドも帰ッて来ねェ。晩御飯はどこかに食べに行くか」
「え?」
「何呆けた面してンだよ。子供の悩み事聞いて、晩御飯を奢るのも父親としての務めだろォが」
『家族』をするオレウスさんが言った。