第二章70 『中々進まない』
「はぁ~、状況は分かった。ジォスさんと君たちには迷惑をかけたね。ありがとうと言うべきなのは分かっているんだが、その有り様を見るとかなりひどい目にあったみたいだ」
王城の王室。おそらくは事務室と思われる場所で、現国王ブロシュートはひどい顔色で頭を抱える。
かなり上等なソファに寝かされているウルティガはイドの理解不明な小技によって身体機能を正常にさせられており、酸素の欠乏状態からは脱している。今は単純にイドが脳の分泌物操作で寝かせている模様だ。
王室はかなり煌びやかだが、清潔感の印象が強い。古代遺物を掘り起こしている国だからか、国王個人の事務室であればなおアンドロイドが沢山いるのだろうと考えていたが、そんなことはなかった。調度品が多く飾られていたが、事務室内のほとんどは木製のものばかりだ。しかしそんな清らかな王室とは相いれない人物がいる。
それがオレ達だ。
オレは体中泥とか埃だらけ。アイストースは未だにイドに抱えられているが、激闘を経たその制服は血と泥と吐瀉物で彩られている。後イドは、・・・見てわかる通り存在が汚物だ。
「おーこら何でや。流石にアイストースとかウルティガに対してそんな感情沸かんぞ。流石にぼこぼこドロドロ、気絶している相手に欲情とかオスとしてゴミすぎる。まー、普通の状態だったら瞼に焼き付けてオカズにするが。ブロも割とイケる」
「オイこら不敬」
「あはは・・・マジで勘弁してください」
「えぇ・・・」
普通に考えてイドが死刑になるレベルの不敬罪だというのに、ブロシュートは驚くことに割と本気で顔の前で手を合わせて、半裸の変態の前に「お慈悲を」と許しを乞うていた。
「(マジでブロシュートとイドの関係が分からねぇな)」
思い返してみればブロシュートはイドだけでなくオレウス相手にも下から物を話すような、低姿勢の話し方だった。
「(イドとオレウスは昔ながらの付き合いってのは知ってるけど、まさかブロシュートも同じような関係なのか・・・?)」
何故国王が前科ついてないとおかしい変態相手にぺこぺこしているのか、国の最高権力だと思っているが、まさか王国でも国王よりも偉い立場があると言うのだろうか。
「ブロはこの国の最高権力だぜ? 俺はただのゲイで、オレウスはスラム出身の戦争孤児。誰が上かなんて明白だろーが」
しかし心を読んだイドがオレの予想に首を横に振る。だが、その答えでは満足しないオレに対し、ブロシュートが付け足すように口を開く。
「まぁ、なんというか・・・、オレウスとジォスさんにはまだ僕が国王になる前に色々手伝ってくれたからね。その名残だよ」
「手伝い? イドとオレウスは何を手伝ったんだ?」
「それは、君達は知る必要のないことだ」
「――――ッ!」
透き通るような冷たい声音にオレは思わず息を呑む。いらん足を踏み込んでしまったと冷や汗がこぼれる。心音が高鳴り、全身の毛穴から汗が吹き出した。
無意識にもオレは後ずさる。しかしイドは「落ち着け」と空いている片方の手でオレの肩を抑える。
「相変わらずその平和思考は変わってねーのか。別に否定する気はねーけど、もーちょい寛容でもいーんじゃね?」
「良くないです。僕自身は見て知っている。ジォスさんは知っているでしょう?」
「そーだな」
やれやれと首を振るイドに、ブロシュートは申し訳なさそうに、しかしそれでも意見は変えないという固い意思でオレ達に視線を送る。
「・・・・とりあえず、ウルティガのことは任せてほしい。更生がそう簡単に行かないのは目に見えているが、兄として本気でキレなければいけない。次にどこか情報収集、散歩を名目に変なところに行こうとしたら手刀を入れてでも止めてくれ」
話を戻し、ソファに寝かされたウルティガに首を向けながらブロシュートは言う。
「正義」の力を過信しすぎているウルティガ。それに辟易するような声音で、ブロシュートはオレ達に頼み込む。一国王が何という・・・ということは置いておくが、オレもウルティガの問題行動には頭を悩ませる。
「(一人で勝ってい行動してそれなら、別に何も気にしないんだがこういう風に関わってくるとちょっとなぁ・・・)」
現にアイストースは死にかけたし、オレも鉄の竜に全身吹っ飛ばされた。イドが居てくれたからこうして何とかなっているが、イドが居なかったらどうなっていたことか。
「しっかり教育お願いしますよ」
「頼むぜ? 俺だっていつもこの世界にいるわけじゃねーんだ。ウルティガは色々あるんだろーけど、そこも何とかすんのが兄の仕事だろ?」
「そう、だな・・・。肝に銘じておく」
肩を落とすブロシュート。かなりの頻度でウルティガに悩まされているようだが、オレではなんともならないし、何か言ってもウルティガには聞き入れてもらえないかもしれない。
結果としてオレはブロシュートの言葉を信じることにした。
A A A
「どうだった? アイストースは」
「どーも何も。制服を一から核融合で創り出して、身体の機能を怪我する前に戻して、弟含めたアイストースの父親の記憶と、給仕アンドロイドの記録を改竄して部屋のベッドに寝かせてきただけだぞ」
「最初の「どーも何も」で一瞬安心したオレの気持ち返せ」
日も暮れた夕方、橙色の光に赤みが増した頃だ。
アイストースの家の前でオレはその場に突如として出現したイドに声を掛ける。
アイストースの親はアイストースが女の子であることを強く望む人達であり、剣を持つことを強く嫌う。ましてや遺跡発掘現場で戦ったなんて知れば大目玉を喰らうこと間違いなしだ。その結果が吐瀉物、血、泥に制服を汚され、ぼろぼろの状態とくれば卒倒ものだ。しかも致命的なことに、商店街から遺跡発掘現場まで一方通行だった為、アイストースが親に嘘の言伝をする暇が無かった。そのせいでオレ達がアイストースを運んできた時は、アイストースの家の周りには大量の騎士が行方不明になったアイストースの走査線を敷いていたのだ。
これではアイストースの家に近づけない。なんなら気絶したアイストースを持っていくと間違いなく誘拐の難癖をつけられて騎士団を説得することになっただろう。
だからこそ、イドに任せた。
――「まず軽く事象操作するだろ? これで騎士団の走査線をなかったことにすれば、かなり楽になる。事後処理が」
――「”軽く”が人類の叡智を飛びぬけてんですがそれは・・・」
――「あん? その気になりゃ誰でもできるだろ。とりま行ってくらー」
――「あおい! ちょっ!」
イドがパチンと指を鳴らした瞬間に、目の前のアイストースの家の前から騎士団がまるっと消えた。そしてオレの制止を意にも介さずに瞬間移動、アイストースを置いていろいろして帰ってきた。
「やってることめちゃくちゃすぎるってのに、こういう時だけ役に立つのなんなん?」
「おい俺はずっとカチカチセロリばっか使ってるわけじゃねーんだぞ」
「いきなり何の話!?」
急に野菜の話をし始めるイドにオレは少し混乱する。こういう意味の分からない言い合いも今更だが、その言葉の奥に隠された意味は未だ理解できていない。
「(この場合、隠されてるんじゃなくて単純に言語の壁がある気が・・・)」
それはそうと、オレはその心配と注意をアイストースの家の方へと向ける。
一見して自身の心の性に悩む、ただの女子のように感じるが、その心奥の原因は歪んだ家族愛と自分勝手な家族愛が渦巻いている。
それに彼女が気づくことはあるのだろうか。
「難しいだろうな。問題があり過ぎる」
「そうだよなー。ルナの場合は色々決定的な亀裂必至の事柄が起きすぎているけど、あっちはそーでもねー。毒親を毒親として認識できてねーからずぶずぶなんだよな」
イドの言うことはもっとも現状を表す言葉として適している。あまりに毒親と過ごす期間が長すぎたせいで、それを異常だと認知できていない。むしろ依存している状態になっている為、外部から引き剥がすことすら難しい。
「一応、俺が事象操作でどーとでも出来るが、こーゆー場合は本人の変化が最も重要視される。俺が外部から手を加えるのは男子に対して不敬だ。助言とかなら出来るが」
「・・・・」
よくわからない理論で、アイストースの自立を尊しとするイドの横顔に、オレは賛成の意を向ける。しかし状況が滞っているのもまた事実だ。
「この問題は、長引きそうだよなぁ・・・」
オレは静かに、そう呟いた。