第二章68 『回収』
気づけばオレは大穴の空いた地面に立っていた。
ずるりと何かが抜けていく感覚と同時に、”悪意の翼”がたちまち身体から出ていき、それと同時に不快感から身体が脱した感覚を覚えた。
「結局、なんだったんだ・・・?」
残った謎は目の前に空いた大穴だ。光と爆音が炸裂したそれは、目に残る形で現実だと示す。
特別何かをしたわけでもなく、ただ、身体の赴くままに”悪意”を動かしただけに過ぎない。
しかし、突発的とはいえ”悪意の翼”を発動した結果がこれだ。この大穴にはそれだけ”悪意”を引き寄せる”何か”があったのだろう。
「謎が多すぎる・・・。そもそも”悪意”自体属性の力とはほぼ無関係の、別の力みたいなもんだs」
「それは今考えても答えは出ねーぜ」
肩に手を置かれ、振り返ると頬を突かれた。「うごっ」と変な声が漏れ、人差し指が頬にめり込んでいると知覚する。
「なんだよ、お・・・」
オレながら少し世界の真理に近づこうとしている最中を邪魔された怒りに、むすっと顔を膨らませて再び振り向くとイドの姿があった。
―――知らん男を脇に抱えた変態の姿で。
「・・・・誰それ」
オレの視界に映る男はおそらく傭兵だ。しかし今さっきまで戦ってた傭兵とは違ってこの男は灰色のフードと鳥のようなマスクをつけている。傭兵というよりは暗殺者といった方が耳心地がよさそうな風体だ。
イドはなんてことない顔でそれを脇に挟んでいるわけだが、果たしてそれの正体や如何に。
「あー、こいつはルナが殺しかけた傭兵だよ」
「は!? 殺しかけた!?」
驚いた。なんて言葉じゃ表現しきれない混乱がオレの脳を支配する。
「(殺しかけたって、オレはそもそもそういうことするタイプじゃねぇし、何より今さっき戦ってきた奴にこんなハイカラ不審者いなかったぞ・・・?)」
全力で過去の記憶から目の前の変な格好した傭兵を絞り出す。しかし搾りかすも出ない。そもそもその記憶すらも存在していないのだ。
「いやいや、殺しかけたっつっても、本当に殺しかけたのはルナじゃなくてルナの”悪意の翼”だからそもそも違うって話で」
「は?」
イドの無駄口で更にオレの頭が混乱する。一体どういうことなのかと。
しかしイドはそれ以上説明はいらんだろと、話の話題を切り替えてきた。
「とりまウルティガを救助しねーとな。酸素欠乏して気絶してやがる」
「え、おい。ちゃんと説明しろって、あ、こら!」
その場に傭兵の男を落とし、踊るような足取りでオレの”悪意の翼”で開けた大穴の中へと飛び込んでいった。乱雑に放り出された傭兵は気を失ってるようだが、その身体には血が滲んでいる。かなり痛々しい見た目をしているが、まだ息はあるようだ。
「まぁイドが持ってきたってことは多少乱雑に扱えるように処置は施してるか・・・」
イドの守備範囲は男子全般だ。なんなら種族の隔たりも超越しているが、年齢を気にしない強者でもある。その名誉ある変態が持ってきた男子なのだ。息があるのは当たり前だと、そう考えるのが自然だ。
「たでーまー!」
ほぼ虫の息の傭兵を見ながらそんな感想を思い浮かべていると、背後から無音の着地と共にイドの声が元気よく響く。うるさい。
「そのままセルフ土葬されたら良かったのに、おかえり」
「俺みてーな劇物は土の浄化作用どころか、逆に汚染地域にしちまうぜ。たでーま」
割と本気でそうなればいいのにと思ったが、イドはそれを軽口として捉えて冗談の返事をする。
「それよりか、二人とも気絶とは根性がねー」
イドの呆れるような声にオレは振り返る。誰か連れてきたのかと振り向けば、そこには筋肉質な二の腕に抱えられたウルティガとアイストースの姿があった。
「あれ!? いつの間に!? ってかウルティガどこいたんだ!?」
状況の情報がひっきりなしにオレの目玉に飛び掛かってくる。圧倒的な情報量にオレが立ち眩みを起こしかけるが、イドが「わりーわりー」と第三の腕を腹から生やして自らの頭を掻く。
「急に連れて来たらビビるよな。ここは全員地下テントに戻して一人ずつゆっくりと連れてくるってのが定石だよな。完全に理解したわ」
「全く理解してねぇじゃねぇか! それになんだその間違った生え方した第三の手は!!」
「まーまー、落ち着けよ。手くらい生えるだろ。日本には千手観音とか言う奴が居るんだから仏じゃなくても百くらい出せるやろ」
「それで「そうだな」ってなるか! 後二ホンとかセンジュカンノンとか意味わかんねぇ単語をどんどん出すな! 話を戻せ!!」
眼を剥いて叫ぶと、イドは「そーだった」と反応。気づけば腹から出ていた手は消えていた。
「簡単に言やー、丁度この大穴の下に地下テントがあるんだよ。今は支えにしてた柱とか岩盤が崩れて見る影もねーが」
そして視線を右で抱えるウルティガに向ける。顔色が見るからに悪いウルティガは、それでも呼吸はちゃんとしているようで命の心配はないように思える。
「その地下テントに居た、ってか捕まってたんだがな。だがそこはアイストースが何とかしてくれたみてーだ」
「―――あぁ」
左に抱えられている見たことのある茶髪はアイストースだ。その制服は見る影もなく無残に汚れており、破けた隙間からは生々しい傷跡が見える。だがその有り様に違和感を覚えたのは何も偶然ではない。
「(あ、そうか。今さっきの鉄の竜が出てきた時の違和感ってこれか)」
思い返したのは鉄の竜が出てきた直後のことだ。
「(あの時地下から鉄の竜が出てきた瞬間に違和感があったが、それがどうも人の形をしていたのはそれがアイストースだったからか)」
そう考えると、何地下からウルティガと一緒に運び出されたのかという謎を解消することが出来る。
「なるほど、地下か。『平面の集中力』で捉えられないも納得だ。それはそれとしてウルティガもアイストースも気絶してるっぽいけど、二人とも怪我の程度が全然違うのなんでだ」
イドに抱えられている二人の怪我の程度は明らかに違う。アイストースは外傷が、ウルティガは内的傷害があるように見える。あとなんかアイストースの方は異臭がする。
「そりゃーお前、ウルティガは地下に長く居すぎたせいで酸素欠乏してて気ー失ってて、アイストースはルナの後ろで転がってる元騎士の傭兵と一戦交えてこーなってる。臭いのはアイストースのゲロだ」
「おうおう突っ込みどころを沢山用意してきた癖して最後の最後でとんでもねぇ暴露するじゃねぇか! ゲロとか言うな! 仮にも花も恥じらう女の子の身体をしている人だぞ!?」
「しっかりと俺の創造した剣使っておいてゲロに反応するとか小学生かよ。一時的と言えど男の騎士になってんだからゲロくれーじゃ揺らがねーって」
「あっはっはっは!」と笑い飛ばすイドに、オレはげんなりと肩を落とす。
どうもアイストースの渡ってきた修羅場と今の空気の温度差がすごすぎる。片頭痛が起きそうになるもそれをため息と共に処理する。
「それで、この後どうする?」
「おん? そりゃー決まってんだろ。傭兵共を掘る」
「いやそういう意味じゃなくて・・・!」
「わーってる。冗談冗談」
けらけらと笑うイドにジト目を向けると、イドも流石に場の雰囲気というものを感じ取ったか咳払いをする。
そして、
「とりま王城行くぞ。そろそろこの正義に憑りつかれた馬鹿男子の目を覚まさせてやらねーと。今日みてーに、俺がオフの日なんて滅多にねーんだから」
テストも終わり夏休みに突入したので、また適度に書いていきます。
バイトとかあるので頻繁には書けませんが、2日・3日に1回投稿を目指していきますので、何卒よろしくお願いします。