第二章幕間《敵か、その敵か》
「オレウスさん、例の件の裏で糸を引いていたのが誰か分かりました!!」
バタバタと煩い足音と共に部屋の入口から、更に五月蠅い声がオレ様を呼ぶ。
「なンだようッせェなァ・・・、ノックをしろノックを」
「あ、すいません。ですがノックをするしない以前に扉がなくってですね・・・」
オレ様の目の前でそう言い訳をする男を一瞥し、その後ろに目を向ければ付け根から根本的に抉られたような部屋の入り口を見る。
「あァ、すまねェすまねェ。そォいや消し飛ばしたンだッたな」
「またですか!? いい加減勘弁してもらえませんかねぇ!」
目を剥いて叫ぶ男の怒りにオレ様は首を鳴らす。別に扉があンのは構わねェ。問題は扉の装飾が重すぎて重すぎて開けるのに一苦労だからだ。正直開けるくらいならいッそのこと吹き飛ばすって選択肢が思い浮かぶッてだけだ。
「それはそォと、その件の奴はクロテント一派でもォ裏は取れてンだろ?」
「壊した本人が他人事なのすごい腹立つんですが、・・・そうです。クロテント一派が裏で手を引いていました。荷馬車に食料と一緒に運び込まれていたみたいで、普段から交通の便がある商店街ではあまり不自然に思われなかったと。ダミー店の中に証拠の荷車の痕跡がありました」
しばらく前に起きた商店街でのモンスター襲撃事件。たまたま商店街にモンスターが出現したとして知られているが、その真後ろではクロテントの野郎の匂いがプンプンする。
だが、それだけじゃねェ。
「まだあンだろ? クロテントの犯行だッてのは随分と前から判明してた。それが拷問で手に入れた自白だけでなく、物的証拠によッて裏付けもできたッてだけだ。・・・まだあンだろ? 勿体ぶンのはチンピラのやる事だ」
「・・・・はい」
一通り人事関係の書類を確認して印を押し、机のよすみに置く。
「正直オレウスさんの考えていることとほとんど同じですよ?」
「言ッてみろ。オレ様は限りある情報で仮説を立ててやッてるだけだ。正解が何かとか分かんねェンだぞ」
「・・・分かりました」
頷き、息を吸ッて吐くそいつを見る。何かドキドキすることでもあるというのか。
ある程度気持ちが安定したらしく、そいつは口を開く。
「―――この前にあったクロテントの三男が学校ごと消し飛ばされたという事件。その犯人像がある程度つかめてきました」
「――ほォ」
「続けろ」と言外に視線を送るとそいつは再三深呼吸をする。
「犯人像は一人の青年。見た目は白の礼服、金髪が目立つ細身の男だそうです。つい先日、その青年にクロテント一派の連中が襲われたとの情報が入り、その近辺一帯に回収班に向かわせたところ、行方不明となっているクロテント一派の心棒者、ルロード=シークンと思われる原子変化の影響を受けた化け物が現場から少し離れた廃屋で発見されました」
先日、クロテント一派の重鎮が青年に襲われるという事件が起きた。重鎮が雇ッていた傭兵が悉く消し潰され、重鎮の秘書でもあるルロード=シークンが重鎮を逃がす囮になッたが最後、重鎮が騎士を連れて同じ場所に戻ッたところ、ルロード=シークンの両手足しか残されていなかったという、まァまァ悲惨な事件だ。
「その犯人が青年とはなァ・・・」
事件現場一帯を消し飛ばせるほどの威力を発揮する属性と言えば、原子属性が有名だ。細かな指向性を要する代わりに制御に成功すれば莫大な力を発揮することが出来る。これの長所は少ない能力量でも指向性さえ身に着ければ膨大な力を操れることだ。しかし裏を返せば指向性の操作がかなり難しいことでもある。実戦に持ち込むならまだしも特定の範囲内のみを綺麗に更地にするほどの実力ならざッと見積もっても、
「せェぜェ三十代前半と思ッてたが、青年か・・・・」
「どうにも並々ならぬ原子属性の使い手らしく、クロテント一派の中でも要注意人物として注視されているとのことです。属性の才覚は数百年に一人の逸材とも考えられていますが、どうにもこの国の人ではないと思われます」
「ソースは?」
「その青年を見たという人から聞いた立ち振る舞い、言動、太陽信仰の歴史を知らないというところから導き出しました。国民なら学校で必ず太陽信仰のことに関しては習っているはずですし、その容姿からして学校にも行けない程の・・・ということもないと当たりを付けました」
「・・・・・」
顎に手を当ててオレ様は思考を巡らせる。
太陽信仰はスラム街出身のオレ様でも知ッているものだ。かつての古代文明が滅んだのは兵器を作り世界を征服しようとしたところ、平和と希望を司る太陽の神の怒りを買いその大部分が太陽に呑み込まれたという話があるほどだ。「太陽のご加護があらんことを」等の言葉は繁栄や幸福、希望がありますようにという意味が込められており、太陽信仰が薄れてきた最近の世でも社交辞令として頻繁に使われる。
「(その意味を知らねェとなると、その青年は外国人か・・・。だとしたら半分鎖国してるよォなこの国に入ッてンのは何故だ?)」
身なりが悪くないということは少なくとも貧困国ではない。だが先進国はこの世には小さい国も合わせれば沢山ある。金髪ッつゥ情報もいまいち特定に使えねェ。
「今までまるでそんな情報はなかったんですが、最近次々とクロテント一派の雇った傭兵集団の居る遺跡跡等が一夜にして消し炭になる事件が立て続けに起こっており、その近くには必ずその青年の目撃情報があるとのことです。まだ公にはなっていませんが、このまま謎の傭兵集団失踪事件が続けば事件が日の下に晒されるのも遠くないでしょう」
「異国の原子属性使い、か。肝になンのはどォして関係のねェこの国の問題に首を突ッ込ンでやがンのかだ。クロテント一派に追いかけられて逃げてンならまだしも、逆にクロテント一派の脅威になッてンのが分からねェ」
「外国の留学生、という可能性やもしや他国の諜報員という可能性を考えてリストを確認しましたが、条件に合致する人物は見当たりませんでしたので、おそらくは不法入国したのかと・・・。それに加えクロテント一派との関係性は未だ不明で、動機もよく分かっていません」
「理屈はどォであれ、プロの傭兵が消されてる。それどころか学校も、・・・オイ、これより以前に建物か人の集団失踪事件とかねェのか?」
分かる情報は限りなく少ない。
しかしこれが起こる原因は必ずあるはずだ。突発的に増えている失踪事件。オレ様の見立てでは原子属性の応用で莫大な熱量を使ッて骨もろとも焼き消したのだと考える。そうするべき理由は必ずどこかにあるのだ。
「(過去に集団の失踪事件があるッてンなら確実に一番近い失踪事件がそいつがそこまでする理由だ)」
これがただの肩がぶつかッた程度の逆恨み的なものだッたら面白ェが、それは考えられる中では信憑性が低ィ。
男はオレ様の言葉に慌てたよォに持ッてきた資料をめくり見る。そしてかなりめくッた先で男の目が開かれる。
「ありました! オレウスさんの考え通りです!」
「で、何があッたンだ?」
「学校が更地になった日の少し前に治安維持団体の庁舎が消されています。中に居た千数百人の治安維持隊員が建物ごと行方不明です。それに、その以前には王国の入り口で警備をしていたはずの騎士全員が消息不明です!」
「騎士団のやつはまだだが、治安維持団体の庁舎一つ無くなンのは普通に事件に関係あるッつゥ判断になッてもおかしくねェだろ」
「すいません。クロテント一派と治安維持団体は特段良い悪い以前に関係性が無いので、別物として考えていました」
頭を下げる男にオレ様は舌打ちを返す。
こいつは頭は中々キレるが、灯台下暗しを体現したような男だ。局所的な発想はオレ様も唸るところがあるが、過去や未来起こることを念頭に入れられない節がある。重大なトラブル解決以外では部下を動かすことと荷馬車を牽く以外では役に立たない。
現に今も完全に関係性のあることを失念していたのを思うと、正直オレ様としてはこいつが下部組織のトップなの配置ミスッたとしかか考えられねェ・・・。
「今からでも構成員からやり直しさせても大丈夫な気がすンだが、どォだ?」
「急に解雇通知!? 勘弁してくださいよ。こんな僕でも選んでくれたのはオレウスさんじゃないですか。「お前みてェな局地突破型の自閉症が欲しかッたところだ」と言ってくれたの、忘れてませんよ!?」
「反論する暇あンなら目を動かせ。その原子属性使いの発見情報とその失踪事件の日時を照らし合わせろ。そのままじゃァマジでお前構成員戻りだぞ?」
「ひょえぁ!!? や、やります! やりますから肉盾特攻は勘弁をぉッ!!」
出過ぎた口をはさむ男を睨みつけると、男の顔から血の気が引く。過去のトラウマでも再発したのだろうか。自閉症も大変だな。
そのまま逃げるように、否、もはやオレ様の部屋から全力で逃げ去ッた。
静かになる部屋。外れた入口から続く廊下からは煩い音が響いている。
「さて、新たなる人物。敵か味方か、もッとも、オレ様の贖罪の邪魔をするッてンならオレ様は容赦しねェぞ、オイ」