第二章67 『騎士の剣』
豪風が吹き荒れ、地下テントが大きく揺らぐ。
あらゆる衝撃という衝撃が土壁を叩き、疾風が粉塵の中で鳴り響く。
風の髪にでも魅入られたかのような剣技。その一撃を放った余波だ。
そして―――、
「あばらもボキボキ、血反吐ドロドロ、それなのにどうしてまだ立っていられて、それでいて剣を振るえるのか・・・・がほっ」
咄嗟の一撃に反応して剣を抜き、その刀身で暴風の斬撃をいなした灰フードの男が小さく呻く。憎らし気にこぼした言葉は最後、いなしきれなかった衝撃によって一拍遅れて血と共に吐き出された。
思わず痛みと共にひざを着くと目の前に人影が現れた。
土煙から顔を出したのは一人の騎士、アイストース=ベネズェトだ。
囚われのお姫様、しかし今はその面影はどこにもなくむしろ騎士の風格が漂っているのが分かる。
――騎士アイストース=ベネズェト。
その覚悟は突発的なものでもありながら、その佇まい、気品は一級の王国の騎士を想起させる。制服は血と泥と吐瀉物で汚れているが、その手に握られている剣はこの世の産物とは思えない力強さを、その雰囲気だけで醸し出している。
不変の概念がねじ込まれたカーボン合金の刀身、その内部には能力量を変換し風塵の力を生み出す術式が組み込まれている。ジォスお手製の魔剣である。
それが今、騎士として降臨したアイストースの掌に、その力を剣を媒介に遺憾なく発揮している。
「――貴公」
「ふん!」
「甘い」
アイストースが口を開いた直後に灰フードの男が盾にしていた剣を振り上げる。しかしそれを読んでいたアイストースが一歩早く剣を振り抜いた。
無音。
研ぎ澄まされた一撃は、一撃というよりも一閃。曲線の軌道で曲線が光を帯びたような、まるで流れ星のような澄んだ光線が振りかぶった剣を捉え、その刀身を一直線に駆け抜ける。
剣を一振り、それだけで灰フードの男が持っていた剣、その刀身を斜めに斬り飛ばした。
一拍遅れて烈風が吹き、灰フードの男は今度こそ真面な受け身も取れずに地下テント内の地面を転がる。
それを為したのは、術式によって能力量が風の力へと変貌し、纏わりついた剣である。
がばがばでありながらも大まかなところでは合っている概念の力、そして本来ならば異世界の術法である変換術式をこの世界に適応できるように改造された変換術式。
使う人を選ぶ剣とジォスは言ったが、アイストースは偶然にもその力の最大限を引き出せる力の持ち主であった。
そもそもジォスの作成とは関係なく、天の理や異世界の力というものはひどく強大で、扱い方、扱う人を違えればその効果を十全に発揮しない。だからと言って扱う人のキャパシティがその別次元の力以上であった場合、制限以上の力を供給され、武器の方が暴発してしまう可能性すらある。
大事なのは半々である事。
弱くもなく、強くもない。
相性抜群の人が手にして、初めてその力が満遍なく発現するのだ。
その点において重要視されるのはアイストースの適応属性だ。いくら能力量を風の力に変換すると言っても、人体の構造上、能力量は無属性ではなく、その個人個人が持つ属性に少なからず左右される。違う属性であればまず間違いなくその剣を”持っている物”として認識され、上下関係を無意識の内に決めてしまう。これでは術式によって能力量を変換してもそよ風程度の力しか宿らない。だが、アイストースの属性は風である。これによって、能力量の傾向が変換術式と同じとなることで剣そのものがアイストースの身体の一部として認識され、力を存分に発揮することになる。
これが今の騎士アイストース=ベネズェトという一人の騎士剣の力だ。
「―――貴公、傭兵に身を落とし、誉れを忘れながらも騎士の技を使い、その精神を語る等騎士への侮辱、万死に値する」
「ごふっ、・・・・くそ。・・・・女学生だから気を抜いていたらこれか・・・!」
首筋に剣を当てられた灰フードの男が呻く。
「・・・最後に言い残したことは?」
「騎士道の慈悲か。・・・そうだな、近い内に王国で大災害が起こる。王国の失態、恥、憎しみ、それら全ての清算をして、一区切りをつけるための大災害さ。俺はそのために傭兵家業に身を落とした。例えここで俺が死んでも、計画に支障は出ない。あくまでも狙いは”国王の暗殺”ではなく”王国の暗殺”だからな。だから」
「―――」
「だから、せいぜい励め。そして王国と共に焼け落ちろ。女騎士」
灰フードの男は忌々し気に、そして冷静にアイストースに吐き捨てる。
最後まで言葉を聞いたアイストースは息を吐き、マスク越しの男の眼を見て剣を振り上げる。
アイストースに「殺す」ことは出来ない。大義も正義も覚悟もない。
しかし「騎士」となったアイストースは、己が掲げる正義の名の元にその剣を振るう。
そして裁断せんと放った剣線は―――、
天井から入り込んだどす黒い濁流によって遮られた。
「何が・・・!」
反射的にアイストースの脚が唸り、その場から後ろへと下がる。
その眼は上に向き、地下テントを突き破って流れ込んできた黒の滝を視界に映す。それが何であるかは分からない。しかし碌でもないものだというのは確かだ。
「毒? 酸? 化学薬品? どれも違う気がするが、少なくとも触れるとやばそうだ」
目の前で流れ込み、地面に広がる黒い海はその見た目から絶対に触ってはいけないものだと確信する。腐食とも溶解とも汚染ともまた違うそれはやがて意思を持つ生物のように、その流動体がまっすぐとある方向に向かって動き出す。
それは倒れ伏す灰フードの男の方。
「ぐ・・・ぬ・・・」
苦し気に呻く灰フードの男に黒い波が纏わりつく。それがどういうものであるかは分からないが、男がマスクの上から分かるほどの苦悶を顔に刻み、口がパクパクと開閉する。
そして、
「―――あ」
やがて天井から出てきたのは鉄の竜、その残骸だ。
だがアイストースが驚いたのはそこではない。
「――――核?」
その残骸の胸部にあるのだろう核がむき出しになり、赤く点滅しすさまじい熱気を発しているのだ。
それがどういう意味なのか、アイストースはすぐさま理解する。
「ウルティガ様!」
白く発光し始める核を尻目に、アイストースは部屋の壁際にある鳥籠を見る。そこには低酸素によって気絶しているウルティガが横たわっていた。
アイストースは剣を構え、ウルティガの入った鳥籠の前に立つ。
「風をぶつけて、爆発を防ぐしか・・・」
それでも距離があってもひしひしと感じる熱気だ。竜巻をぶつけてもその熱風による火傷は防ぎきれないかもしれない。
「しかし、王族関係者に怪我を負わせることは騎士の恥。ここで身を張りウルティガ様の盾となることの方が栄誉である!」
竜巻をぶつけて、余波は体で受ける。
シンプルだが、それで出る被害は尋常ではないだろう。しかし、それをアイストースは躊躇わない。躊躇う理由を突発的な覚悟で押し切ったからだ。
被弾は覚悟の上。被弾しなければ御の字だが、可能性は低い。
「やってやるさ」
自身の身体をめぐる能力量。その全てを剣に注ぐ。剣もまた今まで以上の暴風をその刀身に宿す。
爆発した瞬間に振り抜くと、そう意気込んで。
しかしアイストースの覚悟は杞憂となった。
それは波の変化だ。
黒い海がその残骸と灰フードの男を一緒くたにし、まるでカーテンのようにアイストースと男の間を隔てる。
――――――ッッンン!!!
「な、―――ぁ」
そして数秒が経ち、黒い波の向こうで大爆発が起こる。光も熱気もその黒いカーテンが遮断する。しかし音と衝撃は地面を伝ってこちらに届く。
グラグラと地面が揺れ、バランスを崩したアイストースが膝をつく。
それだけにとどまらず、衝撃は壁を伝い、音は天井の岩盤を軒並み崩壊させる。
正に天変地異にも等しい決壊模様に、アイストースは立ち上がり、持ちうるすべての剣力を降りかかる天空に向けて発射する。
烈風が天空を薙ぎ、風の推進力によって生み出された暴風が剣舞となって地下テントから空高く打ち上がる。
騎士の剣技。
現在の真骨頂であった。
追記。
作者の学校がテスト習慣に入ったので投稿が疎かになります(事前連絡なしにメール公開で日程開示とかやめてほしいですが)。
暇があれば書いて投稿していきますので、読者の皆様方にはご迷惑をおかけしますがご理解のほどよろしくお願いします。