第二章66 『悪意の向き』
戦火の勢いは鉄の音と共に戦場を蹂躙する。
竜の頭を模した砲台から放たれる熱量の塊りがオレの横頬をすり抜けて目の前の障害物に直撃し、跡形もなく爆発四散させる。
「(たくどういう原理してんだよ。前兆無しにぽんぽん撃ちやがって、硬いし一撃が致命傷だしで近づくに近づけねぇ!)」
鉄の竜、もとい無人武装騎竜は一直線にオレだけを狙って、その力をもってしてすべてを薙ぎ払う。オレ以外が目に入っていないとでも言うべきか。ただ一直線にオレだけを狙って火力が後を追ってくるのだ。
「(この感じだと昔の古代兵器も大したことないとか? いや、アンドロイドだの属性粒子を集めて発電だの細かいことしてる文明だったんなら、この兵器も一筋縄じゃねぇはずだ!)」
一種の信頼というか、確信というか。少なくともただ硬くて強いってだけじゃないとオレは考えてる。
この思考が無駄で終わることを考えながらオレは遺跡発掘現場内を駆け抜ける。
鉄の竜はその体躯でありながらも鉤爪が地面を抉るたびに少しの振動が走るオレの身体を揺らす。
大幹がズレてその場にこけそうになるが、それは振動を『平面の集中力』によって感知し、一番大きい波が来る瞬間を見計らって空中に飛ぶことで何とか衝撃を和らげる。
「もう少しで目的地だ。オレを狙うってんなら、少しは考える頭を持っておくところだなぁ!」
ひっかけて、返り討ち。逆転勝利を想像に描き、己を鼓舞する。
「よっ、はっ、ふっ、と!」
オレはそのまま発掘現場に残されているクレーン、仕組み、丸太の束、それらすべてを使って無人武装騎竜から距離を取る。
しかし、だ。
一瞬だけ無人武装騎竜の視界からオレが姿を消す。その直後としてオレの後ろにあった丸太の束が炎を発して塵となりその余波がオレの背中をたたきつけた。
熱量を宿した余波は熱波となり、その一瞬でもオレの背中を焼く。
「――――がッ!!」
オレの居た発掘現場一帯が吹き飛び、オレもまた吹き飛ばされ土壁に全身を強打する。熱波によって焦げたような皮膚の匂いが鼻をくすぐり、さらにその上からその灼熱を覆い隠すほどの鈍痛が全身を蝕む。
―――『平面の集中力』は万能ではない。
物事の事象がそのまま頭に再現される。その地上に存在するあらゆる万象の動きがそのまま頭の中で再現される技。しかし裏腹に分かるだけでそれを回避する力はオレ個人の実力に依存する点が問題である。
オレの実力が伴わなければ振るわれる力もこうして受け流すこともままならない。
「くそったれが・・・」
自らの力が未だ発展途上であることに血の混ざった唾を吐き捨て、忌々しく呟く。
背中が猛烈に痛いが、『平面の集中力』の影響で脳がずっと鎮静効果のある脳内物質を大量分泌しているため、そこまでの影響は出ない。
少なくとも、痛みで我を忘れるようなことは。
「倒れたままじゃいられねぇ!」
赤色の煙が立ち上る中で赤い眼光がきらめく。それを見た瞬間にオレは自身の身体を跳ね起こし、その煙から放たれる火球を寸でのところで回避する。
「まだ、罠にもかけてねぇのに寝てられるかよ・・・!」
吠え、踵を返し、遺跡に至る道のりであろう坂を猛然と走る。その後ろをゆらゆらと煙から這い出てきた無人武装騎竜が、加速し追いかける。
それを頭の中で確認しながら坂を上り切って―――、
「障害物がないから厳しいが、ここは『平面の集中力』を信じる!」
そう言って覚悟を決めて再びオレは走り出す。
意識を向けるのは地面だ。
地面の違和感を感知し、その少しでもあるところ周辺には脚を踏み入れないように。
時を同じくして無人武装騎竜が坂を上り切ると、なんの迷いもなくオレに向かってその屈強な両手足を動かして走りこむ。
それが、その鉤爪がじめんを踏み抉り、
「かかった!」
オレがそう叫んだ瞬間、俺が叫び終わるよりも早く無人武装騎竜の踏んだ地面が爆ぜる。そしてその爆破に連鎖して周囲の“罠”が起動し、次々と破壊力が地面の隆起と共に無人武装騎竜を襲う。
――超地雷。
その使用用途は戦争か、もしくは鉱山発掘のためのものか、細かな用途はいまだ不明であるがしかしその地雷はこの発掘現場を囲うように埋め込まれている。
「イドから聞いた話だからぶっちゃけ流し聞きだったけど、まさかここで役立つとは思わなんだ」
威力は十二分。一個の火力だけで地面に穴を空けるほど。
それが合計百以上。それがここに埋まっている。
そのうちのわずか五個。それが今この場で爆裂し、無人武装騎竜を粉塵と熱量と衝撃が炸裂する。
かなりの威力であったことに間違いはない。現に無人武装騎竜の前足が空高く吹き飛んだのだから。
一撃一撃の地雷はその余波だけで地面を抉るような衝撃を空気に叩きつけ、オレの斧では太刀打ち不可能だと確信できるその鉄の鎧に連鎖する傷を入れ、内側から瓦解させる。
「(『平面の集中力』で見ると無人武装騎竜の全身にはヒビが入っているし、前足も吹き飛んでいる。これだったら簡単に・・・)」
簡単に倒せると、そう踏んだと同時に『平面の集中力』がわずかな違和感を捉えた。
揺れ、歩くことすらままならない点滅する目の鉄の竜が坂を転げ落ちていく。甲高い音を立てて鉄の鎧が剥がれ落ち、内部の核らしき部分が顕わになる。
それだった。
「あ
気づいた。しかしもう遅い。
その核が不自然に明滅している。赤色に。そしてその核と身体をつなぐ管が不自然な色をした液体をその核に流し込んで―――。
自爆。
それが脳裏をよぎる。
威力は定かではない。有効範囲も分からない。しかし、あの核の発する振動はどこか感じたことのある嫌な気配とそっくりで、
「ふざけてんじゃねぇぞクソマシーンがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!!」
急激にして極度の悪意が感情を覆い、反射的に掌が鉄の竜の残骸へと向けられる。
アレをどこかに、やってしまわねば。
爆発させないように、その力を発揮させないように。
反射神経で突き出した掌。この手には頼りたくなかったが、今この瞬間のみはその力を信じてしまった。
爆発的に悪意が膨らみ、オレの中で不快感が喝采し、全身を憎悪に染め上げる。
あふれてあふれて仕方のないそれは、ぎりぎりまで耐えていたオレの心のダムをたやすく打ち砕く。
もう出てしまうと、そう思った悪意の力は思いのほかするりと出た。
悪意。それが突き出した右手から大津波となって現世に顕現する。
黒で塗りつぶされた、炭より暗い力の根源はその力で鉄の竜の残骸を包み込む。そしてそれを空高く打ち上げる。
だがそれだけでは物足りない。
何かが足りない。
これでこのまま打ち上げ花火にすればそれは確かに被害は出ない。
しかしこのままでは足りていない気がする。
思い当たる、というよりはどちらかというと誘われるような、それがどこへと向けられるのか、それがなんとなくだが見える。
「――――」
言葉はいらない。指図もしない。
悪意は、意味ある悪意は意味をつけるところへと向かうべきだと、信じているし、知っている。
今にも爆破するかもしれない残骸を抱えたまま、悪意の大波は打ちあがり、宙で弧を描きながらそれを発掘現場の中心点へと落とす。黒々とした破壊力が地面を抉り、さらにその先へ―――。
止まることも、止めることもなく悪意はただただ奥へ奥へと進んでいく。
それがきっと悪意にとって意味のある行いだから。
そう、オレが信じているから。
次の瞬間、悪意によって爆破が圧縮された熱線が地面から噴き出した。