第二章幕間《言動思考不一致の境地》
「あのさぁ、僕はあくまでも平和主義なんだよね。分かる? まぁ分かったらそもそもの話、こうして僕にぶつからないわけだし。そうして僕が母親の機嫌を損ねることになるのは明白になったわけでさ、君らは謝罪の言葉も口にしない。それは僕という存在を、一人の人間として見え居ないということになるよねぇ? 僕は冷静なんだよ。流石にこの間は自我を失うほど僕をキレさせた輩が居たからそこの根元まとめて消し飛ばしたわけだけれども、今は違う。僕は学習できる人間だと信じているし、なによりそうそうキレてたら頭の欠陥が持たない。けれどもまぁ、追いかけて謝罪を求めたらいきなり剣を突き立てるとか、つまりはそういうことだと思うんだけども、そこのところ、何か弁明でもあるかな?」
暗い路地で僕は正論を並べて目の前の愚図に語りかける。
名酒を失った僕は、母親の機嫌を取るためにも代わりとなる酒のつまみを買った。かなり高い値段で僕がお小遣いに持ってきた金のほとんどがそれに当てられた。勿論、ガラス瓶に入っているような品物ではなく、小さい箱に入った高級品だ。
なんでも、モンスターの内臓を乾燥させたものらしく、この国ではお祝いの席で出るような希少性と元のモンスターからは想像もできない程の栄養価と珍味を誇ると聞いた。
入手経路も中々難しく、店頭で買えるものではなく取り寄せる為にギルドを仲介に使ったほどだ。
大事に、大事に僕はそれを手にもっていざ帰ろうとしようとした直後だった。
近道に路地を使ったその瞬間、曲がり角から来た集団の先頭にぶつかり僕は尻もちをつかされた挙句、落とした小箱を踏みつけられる始末。その集団はそんな僕を無視して歩いて行った。そんな集団に謝罪を求めようと追いかけた矢先、その集団の一人に剣を突き付けられたのだ。
「お陰でおつまみもお陀仏だ。集団の一部は取り逃がすし、謝罪もおいて行かれなかった。僕がキレないのが不思議なくらいなのに、君はまだ口を開かない。どれほど僕を舐め腐るとこうなるのか。まさか両手足を消された痛みで声が出ませんとか腑抜けたこと言うつもりじゃないだろうね? 人ってのは間違えたときは相手に謝ることが出来る生物だと思うんだよ。ましてや逆切れして襲い掛かるなんて文明捨ててるレベルじゃない。野蛮人さ。もしかしたら野蛮人の方がマシかもしれないというのに・・・。全く呆れてものが言えないとはまさにこのことだと思うんだ」
剣を突き付けた奴もお偉いさんらしき人物を取り囲む武装兵も、その全員に頭を無理やり下げさせて、お偉いさんに媚び売ってたごみ屑一人を引きずり出して手足をもいで逃げ道を失くした。
そのお偉いさんらしきデブはその隙を突いて、デブとは思えない機敏さで逃げたわけだが、それでも目の前のおっさんは口を開こうとしない。
高級そうな龍の柄のついた和服が血に汚れ、周囲には吐き出された吐瀉物が散らばっている。
喉に詰まりそうなものは全部吐き出させたつもりだったが、こいつは未だにピクピクと目を動かしてこちらを見ている。
そのあからさまに殺人鬼を見るような眼に、僕は冤罪でも被せられたような怒りが湧く。
「あのさぁ、そのまるで僕を殺人鬼のように見る目は何なのかなぁ? 明らかに僕を馬鹿にしているよねぇ。馬鹿にしていなくても、僕が不快に感じたんだ。分かるか? 君は何も答えないくせに一丁前に人に不快感を与えているんだ。これがどういうことか分かるか? あからさまな人権侵害だ。目は口よりもものを言う。ならその目は罰せられるに値する目だ。君の五感全部を失くしたって足りない。利子を含めても二千倍じゃ全然足りない!! もっと暗澹とした罰が必要になるよねぇ!」
ごっ! と、僕は仰向けになる小太りのおっさんの腹を思い切り踏みつける。「ごえ!」とおっさんが悲鳴を漏らす。あぁ、やっぱり喋れるじゃないか。死なれると夢見が悪い。
「はぁ、あのさ。僕は平和主義者なんだよ、生きてきた人生の中で一度も人を殺めたこともなければ暴言暴力もしていない、あらゆる生物、森羅万象に最大限の敬意を払っているんだ。博愛主義とも言うのかな。僕は正にそれだ。どこまでも広い地平線のような器の広さ、丁寧な言葉遣い。これがデフォだ。分かるか能無し。喋ることすら出来なくなったら君はいよいよ蛆の餌だ。何の取柄もない男がこの僕だ。どこにでもいるような魂。それが僕という存在だ。それでも一人の魂を持つ生物であることに変わりはない。それを君は無言という言葉と侮蔑の眼で汚したんだ。誰にも触れられない、聖域のような人間に泥を塗る真似をしたんだ。それがいったいどういうことなのか分かるかな? 分かるよね。今度は生殖器を消し飛ばしてあげるよ。いいかなぁ、良いよねぇ! 僕の器だって無限じゃないんだよ! それを知らずに、それに付け込んで、僕を試すような無礼散々、良いだろう! 君がそう望むのであれば僕は君に激痛を与えながら君の身体を気色の悪い、誰もが忌避するようなゴミムシに変えて自殺もできない身体にしてやるよ! それこそが僕に認められた世界からの贈り物なのだから!」
僕の掌が淡く、灰色の光に輝く。
原子属性の初期、錬金術とも呼ばれる遺伝子変換の人技だ。
本来であれば生物に対して何かの細工をすることは生物属性の特権であるが、僕の場合はよくわからないことに習得させられた。
肌と臓器を腐らせながら、顔面は蛆の巣。半径数十㎞を覆い隠す超激臭。常時粘着性のある溶解性のある汁をたらしながら、人の遺伝子レベルに悪印象を施す声帯に、主食は排泄物、病原菌を生成して大気に放出する器官がある。足は機敏だが知力は駝鳥より低い。あらゆる生物が逃げる不快音波を発して、それでいて人懐っこい。排泄機関はなく、全身は裏返した内臓みたいな容姿にして・・・。
それからそれからと思いつく考えを取り入れて出来るだけ現実味のある生物を頭の中で作り上げる。後はその掌を目の前のおっさんに当てるだけだ。
「誰にも見向きもされないような、一生孤独の化け物に変えて第二の人生でも歩めばいい・・・」
「ま、待って。待ってくれ・・・!!」
「は? 誰に対してもの言ってるわけ? これほどまでに僕という存在をないがしろにしといて、待ってくれで待ってやるとでm」
「待ってください、お願いします。死にたくないです。お願いします、許してください・・・」
顔面から流れ出るすべての液体をもってして、聞く価値もないようなだみ声で許しを乞うてくる。というか僕が悪者扱いされているという感じがして余計不快だ。
「も、もうクロテント一派には近づきません。王国滅亡計画からも足を洗います。計画の内容全部を話します。だからどうか許してください・・・!!」
「君さぁ、今度は人様の善悪を勝手に決めて、・・・滅亡計画?」
先に変えるべきところは口かと思い、手を向ける僕がおっさんの勝手に喋った言葉に引っ掛かりを覚えた。王国滅亡計画、とこの男は言ったのか。
言い方、視線の合わせ方、この生きても生きられない状況で嘘を口にするメリットはないに等しい。
としたら、それは―――。
「母親に、愚痴られるじゃないか・・・!」
名酒も、珍味のおつまみも失い、それでいて国が滅べばどうなる? 簡単だ。答えは母親が理不尽にキレ散らかし、父親が僕に「もっといい子になりなさい」とキレるのだ。
絶対に僕のせいではないのに、キレられる。国が滅べば、その怒りはもっと激しいことになる。「昔呑んだあそこのお酒は美味しかったのに、あんたのせいでもう飲めない!」とか言い出すに決まっている。
―――止めなければ、ならない。
僕は突き出した手を引っ込めて、おっさんに問いかける。
「君の加担していた王国滅亡計画、それの概要と内容、かかわっていた人間、何をするか、知ってるだけ全部語れ。僕の質問にも答えろ。そうすれば手足付け加えて復活させてあげるよ」
「ほっ、本当か・・・!?」
「あぁそうだよ。それとも化け物にでもなりたかったかな?」
「い、いや生きたい! か、語らせてくれ!!」
大慌てでおっさんが口を開く。
しっかり語らせて、粗方の情報を掴んだら復活させてやろうと、僕は思う。
手足もしっかり付けた、化け物に。
「(謝罪されてないわけだし、血が出て汚いし、そもそもこの愚民にかける情なんて高貴な僕が持っているはずがないんだよねぇ・・・)」