第二章64 『鉄の竜』
渦巻く疾風と駆け抜ける荒々しさ。戦場を蹂躙するのは二人の男。
イドと、オレだ。
イドは相変わらずの概念不明の一撃で傭兵団を張り飛ばし、まるでボーリングのように群がる傭兵団を一網打尽にする。
オレは的確に傭兵団の腰に装着しているベルト機器を斧と脛具による蹴りで破壊し、次々とショートさせていく。
まさに、圧巻であった。
「見えているぞ」
「しまっ、うげげ!?」
片方の剣劇をいなし、斧で受け流し、その刺突攻撃を後ろからの奇襲攻撃を仕掛ける大男の腰部分に誘導する。「あ」という男の間抜けな声と同時に刺突攻撃がベルト機器を貫き、大男を感電させる。
「眠れ」
「ガッ」
もう一人の男はその瞬間を見捨てずにベルト機器に蹴撃をねじ込み、破損、感電し気絶する。
「この一瞬で二タテか・・・。イドはもう二十タテしてそうだよなぁ・・・」
「正確には二十六タテだ。数も数えられねーとはいよいよだな、ルナ」
「人が数学ができないみたいに言うのやめて! オレは数学と暗記科目は得意なんだよ!」
独り言のつもりで言った言葉に十数m先で傭兵団をなぎ払うイドの地獄耳が反応し、いらない答えが返ってくる。
「というか、そこいらのテント見てみたけどウルティガが見つからねぇんだが? やっぱりただのデマ・・・・ではないな」
「なんで俺の顔見てデマの可能性切り捨てた!?」
「男の匂いに敏感なイドが言うことだからな。デマにしては可能性が低い」
広くもないこの遺跡発掘現場には多くのテントが張られていた。昔からあるもの、最近張られたもの、大きいテントから見張り用の小型テントと様々。しかしそのすべてがこれぽっちもウルティガの痕跡を残していなかった。
だが、居るのは確実だ。
イドが言うのだ。これを信じる根拠にしない理由がない。
犬よりも鼻の効く変態が言うのだから、そこに信ぴょう性を見出すのは当然の流れではないか、と。
「見当たらねぇとなると、もう移動されたか、もしくは探す場所をミスってるか・・・」
しかし『平面の集中力』にウルティガの姿は見当たらない。地上にウルティガの気配はない。
まさか『平面の集中力』の網に掛からない防護テントがあるのかともう一度地上のテントをくまなく感知するが、何かに妨害されているような点は見当たらない。
「困った・・・。どうすれば・・・」
「俺的にアドバイスするんなら、観点の違いか。それにしても、ルナ。来るぞ」
「あえ?」
顎に手を当てて思考するオレにイドの注意が刺さる。耳に入り込んだ敵襲の警告。しかし周囲に敵は居ない。粗方、傭兵団のヘイトがイドに向いているのもあってオレの周囲に敵は居ない。一体どこから―――、と身体の警戒を高めていた最中に。
ドゴン、ガゴ・・・・!!!
ここは遺跡の発掘現場。土に埋もれ、その行動の全てを土に返した古代の文明の跡地。地に眠る科学の文明の発掘現場。地面から飛び出した遺跡の汚れ具合からその様相の一端が見て取れる。
それが今、音を立てて地面から姿を現したのだ。
何が! と、音源に振り返った直後、少しの違和感がオレの心をくすぐる。その答えが何なのかと確かめる瞬間、オレの視界が火に包まれる。
「ぐぅッ!?」
突然眼前に現れた膨大な熱量。それが衝撃を伴ってオレの全身を打った。
吹き飛ばされ、受け身を取るオレの眼が捉えたものは――――!
「りゅ、竜・・・?」
鉄の外殻に覆われ、その代わりに翼を失った生物ではない兵器。口から吐き出されたる火球は周囲の土に黒い衝撃を走らせ、その鋼鉄の顔面は赤い瞳を見せつける。
鋼鉄の竜。
古代の超科学によって作られた破壊兵器。古代遺物のお出ましだった。
A A A
火球を放り出し、敵味方関係なくその牙を、爪を、火炎を持ってして叩き潰す。一見図体はデカいが鋼鉄に覆われたそれはとても動きづらいように見える。だが、舐めてはならない。
「クッソ! あいつ速ぇッ!!」
攻撃をしても鋼鉄に阻まれ、攻撃一つ一つが致命傷。そして何より恐ろしいことに機敏でもあった。
「イド! 何あれ! 急に地面が開いたと思ったら鉄の竜が出てくるし・・・、『平面の集中力』で見てみたけど、中に人いないよ! 内臓らしいものもないし、変な機構が備わってるだけ! どういうこと!?」
「そりゃー無人武装騎竜だぜ。そーか。これをだしてくるってことは相手も半分本気だな・・・。言わばそれは遺跡の守護者だ。全自動無人で動いて、サーモレンズを通して見た動く奴を排除対象を倒そーとする。まー、危うくなった『悪意の翼』をだしゃー何とかなる」
「おいこら無責任!!!」
吹っ飛ばされ、逃げるオレにイドは完全に他人ごとだ。
傭兵団も逃げ行く最中だ。どうやら竜は味方という認識ではないよう。
「パルクールで逃げてもあいつ無理やり通るせいで全然捲けねぇ・・・」
イドが言う鋼鉄の竜、もとい無人武装騎竜はその図体のデカさと破壊力のせいで遺跡を安全に掘り出すためのクレーンや梯子といった、障害物を悉く粉砕してオレの努力を無に帰してしまう。おかげでオレはどんどん逃げ道を失っていく一方だ。
「(あいつ視点はどうなってんだ!? 人をどういう構造で捉えてんだ? イドはサーモレンズ(?)とか言ってたが、それが分からねぇと丸焦げだ!)」
無人武装騎竜は障害物をどけようという気はさらさらなく、ただ一点。オレを見定めてその猛威を周囲に振るう。
クレーンが倒れ伏し無人武装騎竜に直撃するが、大した様子は見せない。直撃したクレーンの方が先にその鉄骨を折れ曲がらせる。
「(あぁクソ! 全然ダメージ入ってねぇじゃねぇか! もっと考えた攻撃じゃねぇと、ただ何かぶつけるだけじゃ倒せねぇ!)」
飛び、転がり、オレは考える。
「イドにぶつけるか? いや、イドは何とかしてくれるだろうけど、忙しそうだし、このタイプだとイドは助けてくれねぇ! もっと考えろ! どうすりゃいい!?」
『悪意の翼』は最終手段だ。まず間違いなく無人武装騎竜とか言う鉄塊を捻りつぶすことくらい可能だ。しかしその反面、制御に置きづらい。少し気を抜いたら一瞬で悪意に呑み込まれて自我を失う。成功したのはおじいちゃんの山の中での一度切り。次もうまくいくとは限らないし、『悪意の翼』を発動した時の、あの得も言えぬ不快感はオレとしては勘弁していただきたい。
「としたら、どうだ?」
何をすればいい? 『悪意の翼』を使わずに、どうしたら追ってくる鉄塊を潰すことが出来る?
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ!!!
今までの経験と、今の現状。その全てを動員して物事に当たれ!
取れる選択肢を絞り込め! ここで今頑張れるのはオレだけなんだ!
「(――――――。―――――)」
深淵のように、泥のように考えが沈み込み、ついに何もないと諦観の念すら出ようとして、
「―――――ぁ」
落雷が、雷撃の一撃がオレの思考を一新した。
「いけるか、これ」
「いや、やれるはずだ」
自分に問いかけ、即答する。
オレは自然に笑みを作り、イドの方を見る。イドは相変わらず、混乱に乗じてイドに襲い掛かる傭兵をなぎ倒しながら、横目でオレを見る。その口元が心なしか笑っているように見えた。
「さぁ、―――行こう」
確信したオレは、即座に行動を転換。鉄塊の竜を粉砕するためにその脚をより一層動かした。
A A A
「まさか、あの瞬間を見計らって中に入られるとは思わなんだ」
声が響く。“私”が入ってきたことがバレているのだろう。しかし“私”も予想外だった。
「まさか“私”も立っていたところが開いて落ちるとは思っていなかったし、それがまさか“国王”が捕まっているところに続いているとは思っていなかった」
“私”が傭兵団相手に為せることは非常に少なかった。
目の前に迫る傭兵の顔面に催涙弾を命中させてその場から撤退、それを繰り返しているうちに急に地面が開き、竜のようなものが現れ、入れ違いのように落ちてしまった。途中で壁に掛かった梯子を掴み、なんとか落下死は免れたものの開いた地面は閉まってしまい、下に降りるしかなくなった。
正直ここまで見ると完全に“私”の立ち位置は足手まといだ。
しかし下に降りて出口を探している内にウルティガ様が捕まっている部屋にたどり着いてしまったのだ。
そしてその偽国王が捕まっている鳥籠の前に佇む一人の男性と相対する事態になった。
「出入り口でもなければ避難口でもなく、まさかこの地下テントにつながった遺跡、その兵器出撃ターミナルから来るとは、流石の俺も考えていなかった。いやぁ、あっぱれだ。これは不意を突かれたな」
灰フードの男が笑う。両手剣が抜かれていない当たり、こちらを敵として認識していないと言えるが、少なくとも“私”が舐められているということの裏返しでもある。
灰フードの男は気持ちの悪いマスクに手を当てて「しかし・・・」と唸る。
「最初は騎士団だと思っていた。そう思えるほどに今さっきから傭兵団側の声がどんどん無くなっていく。防壁武装機器をつけた腕利きの傭兵共の音がどんどん消えている。ここまで一方的に動ける連中と言えば王国騎士団だろう。だが、今ここの現れたお前は見た目からしてどこかの学生だ。じゃぁ、今地上で戦っている奴らは何者だ?」
「同級生と、・・・・変態?」
「・・・・・・・・嘘はないようだな。マジかよ・・・」
正直に答えると、灰フードの男は小さく呻く。
「何者だ? ただの学生が、ここまで一方的に傭兵団を薙ぎ払えるというのか? あの傭兵団の中には世界大戦を生き抜いた奴だっていたのだぞ? あり得ない・・・。いったい何者だ、その学生は・・・」
「それは“私”にも・・・」
分からないと首を振ると、その男は軽く息を吐く。
そして両手剣の柄に手を掛ける。
「予定変更だ」
「何を――――!」
そのままするりと鞘から剣を引き抜く。赤と黒が絡みつく蛇の模様が描かれた一振りの両手剣。その構え方からしてただ者ではないのは確かだ。
「地上の奴ら、俺の予想が正しければ騎士団よりも強く、そして厄介だ。このままここに居れば下手を打てばやられる可能性がある。そして、お前はその仲間だ」
「―――――」
「おとなしく武器を捨てて国王と同じ鳥籠の中に入れば、生かしておくのも悪くない。地上の奴は俺が全員斬る。お前はまだ若いのだから、この幸運を捨てないで生きろ」
「―――――」
「お前は弱い。物理的にも、精神的にも。弱い奴を殺すのは俺の剣が鈍る元だ。地上の奴らは中途半端に力がある。だからここで俺が直々に出向き不安の芽は摘ませてもらう。あの鉄の竜では物足りない気がするしな・・・。さぁ、――武器を捨て、投降しろ」