第二章63 『奥底』
問題の発生。
それはオレが戦闘開始とばかりに斧を持った直後の話。
「あれ!? これ大丈夫か!? 殺れちゃうんじゃねぇのこれ!?」
「大丈夫大丈夫。あいつらはクロテント一派のお抱え傭兵団。古代の超科学武装を装備してるから並大抵の攻撃は受けても大丈夫」
「なんそれ?」
問題の発生、それはすなわち殺しの危険性だ。
あちらは傭兵。邪魔者を排除するの仕事だろうし、『平面の集中力』を駆使して攻撃予測をすると確実にこちらの息の根を止める動きをしてくる。きっと殺人に慣れた奴らだ。しかしこちらは一般通行学生だ。殺しの道具は持っているが、殺しの覚悟はできていない。場違いにも程があるが、今はやらねばいけない時。
うっかり殺ってしまうと夢見が悪いとオレが未だ根付く良心で、次々に傭兵団を気絶させて涎を滴らせる変態に問いかける。
その反応がついさっきのやり取りだ。
超科学の武装? と首をひねるとイドは手短の傭兵団を吹き飛ばし、内一人の腰部分をまさぐり始めた。「Oh!・・・fo・・・」と苦鳴のような喘ぎ声がたるんだ腹のおっさんから発せられ、オレとアイストースの顔を曇らせる。いったい、ナニしてんですかね・・・。
これには周囲の傭兵団もオレ達も固まってしまう。
おっさんは「あぁ、ダメぇ・・・」と顔に朱を入れて、身体を言葉にしがたい動きでびくつかせる。イドはイドで「この脂肪邪魔すぎなんだよなー」と何事もないような顔で両腕両手をおっさんの腰に回していじる。まじでナニしてんですかねぇ!?
オレが心の中で突っ込み、そのまま数秒。イドが「あ、これだ!」と言って腹回りからカチカチと音を鳴らす。そしてその音がカチャリという音に変わった瞬間であった。
「あああああああああああああああああああ!! 脳がバグりりゅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」
おっさんが野太い声を発し、今一度身体を震わせる。そのまま舌を出して倒れこみついにピクリとも動かなくなった。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
マジでナニしたんだよ。と、えげつない発想が飛び交う脳みそを落ち着かせ、イドをまるでショウジョウバエでも見るような眼で見ると、イドの手元に見慣れない、中々にごつい見た目のベルトがあった。
「なんそれ?」
「これは一種の武装。空気中の属性粒子を吸い取って、本人の防御力に当てる機器だ。これがあると多少の攻撃を喰らっても平気だが、連続攻撃や防御を突破する攻撃を喰らうとショートして本人が動けなくなるデメリット付きだ。後なんだその、まるでショウジョウバエでも見るような眼は!!」
「残当・・・」
げんなりと肩を落とす。しかし、突破口は見えたと言ったところか。
殺人はしたくない。し菓子敵は倒さなければいけない。イドのような曲芸も使えない。しかしそのすべての問題の解決が相手の装備する武装にあったとは。
「(『平面の集中力』なら、武装そのものへの的確な攻撃を加えることも可能か・・・。それなら、やれることがある・・・)」
「あー、ルナ。もしもやべー時あったら迷わず『悪意の翼』出してくれ。相手によっては今のルナじゃ苦戦するだろーし」
「分かった。――――さて、行こうか」
イドの警告を耳に止め、オレは両手の斧を抜き取り、脛具を前に突き出す。
「ここは障害物が多い。・・・・さて、君らにオレが捉えられるかな?」
挑発的な物言い。それに乗っかってこちらに突っ込んでくる傭兵数人。それを、その動きを、その向きを、風を、障害物を、―――その全てを完全に理解したオレは宙に舞い、戦場を駆け抜ける。
駆け抜ける――――!!
A A A
それはもはや圧巻としか言えなかった。
今さっきまで同級生だった、転入生だった友人が今や斧と脛具で縦横無尽に戦場を駆け回り、次々に落下攻撃やら回し蹴りで“私”の二倍の体格があるだろう傭兵を薙ぎ払っていく。それもかなり正確に、相手の腰部分。ジォスさんの言っていたベルトに的確に攻撃を入れて機器そのものを破壊していく。
「きっと電気属性だけじゃない。身体裁きも、状況判断能力も、全部が鍛えられている」
いったいどれほどの努力を重ねたのだろうか。
並大抵の労力で為せられるものではない。それは確かだが、よく考えてみればグルティカ相手でも“私”を助け出して、さらには撃退方法もある程度想定していたあの時を思い返せば、彼はパーティアスの時からそれなりに戦える手段を持っていたと考えるべきだろう。ここで鍛えた、というわけではないだろう。
パーティアスはとりわけ他国よりも電気属性に対する偏見や差別がひどい。それと同時にそれをひっくり返すほどの将来の保障が約束されていることも知られている。そんなところで電気属性だ。優遇される未来が約束される。少なくとも、鍛える理由はないはず。
それなのに―――。
「圧倒的すぎる・・・」
絶対に、健康のための力ではない。健康の為に鍛えて、それで傭兵が倒せるわけがない。それは、確実に“何か”と対戦する為の鍛え方だ。
「ゼクサー=リベリオン。君がいったい何者なのか・・・、分からなくなってきたよ・・・」
ゼクサーは、何かを隠している。いや、嘘をついていると言ったところか。しかしそれを根掘り葉掘り掘り下げるような真似は、“私”にはできない。
「いつかきっと腹を割って話そう・・・」
それで、ゼクサーの秘密もあわよくば教えてもらおう。きっとそれは簡単な話ではないだろう。そもそも、“私”が彼を完全に信用も信頼もしていない時点でそんなことを考えるのが間違っている。
“私”は落ちていた鞘に剣を差して腰につける。そして鞄から大型獣撃退催涙弾の入った拳銃を二丁取り出す。
「きっとまだ“私”はまだ君を信頼できないし、その力のせいで信用もガタ落ちだ。それが“私”のエゴだということも知ってるし、君が今までどういう人生を歩んで、今の君があることを知らないから、君はこういう人だろうと決めることが出来ない・・・」
だから、これからなのだ。
「いつかきっとお互いに腹を割って話そう」
その“きっと”は、もう。
もう、来ないかもしれないが。
「今は、自分の為すべきことを」
A A A
遺跡の発掘現場には地下テントがある。
今はその安全面、衛生面の観点から使われてはいないが、その用途は発掘の拠点だった。というのも、古代の科学技術は昔とある大地震でその大半が地割れに引きずり込まれた。その残りは火山噴火に伴う溶岩や大津波に呑まれ文字通り文明一つが消滅した。しかしそれは地上の話であり、海底や地中には滅びた古代文明の秘宝の欠片が残っている。地上から数百m下に、古代の超科学が眠っている。
そうしてそんな秘宝を手に入れるための現代ダンケルタンの取れる策として生まれたのが地下テントだ。
粗野な支柱に上塗りを繰り返したコンクリートの壁。地下に眠るアトランティスを発掘する地下テントは、それでも地上の数十m下にある。しかし少し天井の火山灰混じりの地盤が揺れれば総崩れとなる。何人もの死者が出て初めて、地下テントは封鎖された。
広さも大きさもある。その代わりに空気が薄いということと、雨や嵐で簡単に生き埋めになるということが最大の難点。
「わざわざここに乗り込むなんて、誰も考えられないだろうなぁ?」
声があった。
その地下テントに居るのは一人の男。灰色のフードに鳥の顔を模した銅のマスクをつけ、全身に変わった装飾をした男だ。
その男は近くにある大きい鳥籠に触れる。
「上が騒がしい。騎士団の連中か・・・。しかしここはバレないだろう。ここには当時使われていた避難口もあるし、入る扉は分厚い上誤った手順を踏まなければ内側から仕掛けた爆弾でドッカーン。その間に人質一人を運び出すのは容易だ。残念だなぁ『国王』。君の騎士はここまで来そうにない・・・」
鳥籠、その中には一人の青年がいる。失神した青年にフードの男は笑いかけ、何も言わない返事を受け取って満足そうに鳥籠を背もたれにする。
「さて、合流の時間が楽しみだ」