第二章62 『選定の剣』
ウルティガ=ダンケルタン。
それは国王たる兄から「国王」の名を借り受けた正義に憑りつかれた亡者。
そして拉致事件の被害者だ。
「今もまだ生きてるのは、普通の影武者と違って容姿声帯全部そっくりってのがある。しばらくはそれでやり通せるが、クロテントのとこに連れていかれたらすぐにバレる。これはなんとも避けて―事態だ」
「だから連れていかれる前にぶっ倒す、と。いいね。シンプルだ」
説明するイドからは落ち着いていて、しかし「男に乱暴とは許すまじ」という鬼気が発せられていた。
オレとしてはウルティガが危ない道に行った回数は前回聞いた話と合わせてこれで三回、どうにも残念でもないしむしろ当然という気さえしている。傍から見れば「国王」がお忍びで情報収取していると見える。それだけで集まる情報は信ぴょう性が高くなる。しかし同時にそれ相応の危険性がある。そしてウルティガはその危険性を理解していない。
つまるところ強い。しかし、弱い。といったところか。
「(全く反論できる要素ねぇな・・・)」
かといってこのまま捕まって無視とはならない。
残念ながら、知ってしまったし、縁もできてしまった。
助けない選択肢がなくなった。
「やるなら、早い方が良い。説教して、今度こそ危険なことしないように分からせるのも、早い方が良い」
「おー! じゃー、早速野郎どもを遺跡と一緒に掘ってやるかー! 分け前は半分だ。仕留めた男の半分は俺に寄越せよ!!」
「なんの話だ!?」
なんだか目的が食い違っているとなと思ったが、イドに指摘したところでという話なのでそこは割愛。
「早速座標飛ばすぜ。少し酔うかもだが、気―つけろよー」
「了解」
「あ、ちょっt」
早速制圧しようとベンチから腰を離し、いざ戦闘へ―――。
しかし声が遮る。
紛れもない、アイストースの声だ。
「そうだったそうだった。アイストース、すまねぇけどちょっと待っててくれ。すぐに鎮圧して戻るから」
「え、あ、はい。――いや違う! そうじゃなくて、何!? これ“私”がおかしいの!?」
すっかり意識の外だったと頭を下げるが、本人は別のことで怒っている模様。一瞬納得しかけて首を振った束の間、すぐさま突っ込みを入れに来た。
「なんでゼクサーはそんなに整然としているの!? この人今さっきからよくわかんないのに! 軽いノリでウルティガ様が攫われた話するし、虚空から武器出してるし、座標飛ばすとかよくわかんないこと言ってるし! 現実離れしてるのに、それにひょいひょい付いていくゼクサーの感性はどうなってるの!? これって“私”がおかしいの!? 違う! ゼクサーがおかしい!!」
「おぉ・・・、真面な価値観だ・・・」
ビシッと指先を鼻先にたたきつけられ、オレが思わず感嘆の声を上げる。
思い返してみればオレの周囲の人間は悉く人間をやめてるか、啓蒙が高いか、はたまた狂人しかいなかった。いや、天使と顔面殺人鬼も居たな・・・。
頭の中に思い浮かべたのはアルテインを筆頭にオレウス、同級生、元同級生、元親の顔だ。全員が自分勝手に、自己中に身を任せて生きている。そこに常識性なんてものはなく、傍から見ていて変だとしか思わない。
それに比べてアイストースは清純であった。
確かに内面こそ、今まで出会ってきた彼彼女と相当以上の苦悩を感じるが、それ以外の面では彼の反応こそ普通だ。普通なのだ。
「そう考えると、オレ結構毒されてるなぁ・・・」
「今さら定期」
「半分はお前のせいだぞ」
他人事とばかりに笑うイドを一瞥し、オレはアイストースに向き直る。
「なんでオレがここまでイドの奇行になんともないような顔をしているか、だったな?」
「うん」
そこをちゃんとしないといけない! と、視線を送ってくるアイストースにオレは頭を掻き、少し考えて答える。
「分かんねぇな」
「―――――」
「きっと、オレもまだ分かってねぇんだよ。そこは」
「・・・・・」
「慣れ、・・・かなぁ? いやでもまだ慣れてねぇこともあるし、一概にこれ! ってのはねぇしな・・・。だから総合して、まだオレにもよく分からねぇんだよ」
そもそも慣れない。毒親もナルシスト男子もクソフェミ女もイドの奇行も、アルテインの可愛さもオレウスの時折見せる優しさも、一度経験してそれで次来た時には新しい感覚を覚える。これはこれだとは決められない。
耐性、というのもアレだろう。
「分かんねぇことばっかだ。それでも、その奇行が目の前で起きているという事実は変わらねぇ。平然としているように見えるかもだが、実は内心かなり混乱してる節がある」
「考えるな。感じろってやつだ。現に概念の式を組み替えてルナの武器を取り出しているのを見てるルナの心境は悟りの境地だぞ。アァ、ソッカァ・・・って心の端から漏れている」
「えぇ・・・・」
オレの答え。それに関するイドの反応を見たアイストースは困惑の声を漏らす。数歩分引かれた気がするが、気のせいだと思う。
「ま、少しずつ理解していけばいいさ。理解を諦めるのは毒親とイドの思考回路だけで十分。災害になんで災害が起きるのか聞いても答えが出ないのとおんなじ。考えない。はい、これが答えだ」
「ぼ、暴論・・・」
「簡単に答えられねぇ質問をするなってことだよ。ま、質問には答えられなくとも、答えを共有することは出来そうだが」
オレは顎をしゃくってイドを見る。オレの意思をくみ取ったイドがまたもや虚空から何かを取り出す。
―――剣だ。しかも、変わった模様が付けられた、装飾剣と真剣の中間。
「ほれ、受け取れアイストースちゃん」
「え、あっ、あぶなっ!」
ぽいっと投げられた剣が弧を描いてアイストースの足元に突き刺さる。乱雑なものの渡し方にアイストースが叫ぶがイドは知らん顔。
「剣って、しかも何もない空気から・・・、触っても大丈夫よね?」
「あー! 核融合した時に出た熱と放射線は全部まとめてブラックホールに投げ込んでおいたからな! もしものことがねー限り被曝したりはしねーよ。安心しろって」
「それを聞いた瞬間に安心できなくなったんですがッ!?」
恐る恐ると触りそうになり、手を引っ込めるアイストース。しかし危険性はなく、オレが引っこ抜き「大丈夫だ」と言って手渡す。一回人が触ったのなら安心なのか、アイストースはそれを手に取り、柄を握り、剣身を見渡す。
「鋼鉄だと思うんだけど・・・硬い・・・なのに軽くて、しかもこの付け根にあるこの紋章は・・・光る・・・?」
「セラミック合金に属性変換術式と旋風刃術式を織り込んだ片手剣だ。術式は異世界の魔力兵装術式をこの世界に当てはめるように式を変換させてる。セラミック合金の刃には“不変”の概念擬きを混ぜ込んであるから、どんな高温に晒されよーが、硬いものを打ち付けよーが、剣の形は変化しねー。でも術式を発動させるには属性相性とか能力量消費とかあるからそこは見誤らねーこった。擬きと言えど概念と別世界の力を扱う。それ相応の精神じゃねーと、力は応えてくれねーぜ」
「・・・・話聞いてる限りだと聖剣とか魔剣の類に近いよな」
イズモ発祥の漫画という文化。ファンタジーという名の異世界の文化。その中に聖剣や魔剣の存在がある。この世界にそんな伝説的な神秘の塊りなんてものはないが、使用者を選ぶ伝説の聖剣・魔剣は正に今アイストースの持つ剣の性質と似ている気さえする。
「もしかして、その剣喋ったりは・・・」
「しねーよ。どこぞの勇者の剣じゃねーんだから、青い精霊も出てこねーよ」
元ネタの分からないイドの例えはさておき残念ながらその剣は話さないらしい。
「(まぁ、流石におしゃべり機能付いてたら持ちたくねぇよな・・・)」
オレの横目の先ではアイストースがイドの説明に困惑していた。まぁ無理もない。オレも最初の話はよく分からなかった。ただ、軽くて丈夫で不思議な力を使う剣だということくらい。
「この剣で、どうしろと・・・」
「ウルティガ攫った連中の元に殴りこんで、連中共々ねじ伏せる!」
「え
イドの即答にアイストースが振り向く。何か言おうとしたアイストースの言葉が一瞬にして切り替わる後継に吞み込まれた。
同時にイドを中心にオレの視界から映る世界が色あせる。白く塗りつぶされ、そしてまた新しい光景が目の前に現れる。
それがイドの座標飛ばしだとすぐぬ脳が理解し、瞬間にオレ達が顕現した場所を見渡す。
見渡して―――、
「「あ」」
視線が、克ち合った。
身なりからしておそらくイドが言っていた傭兵だ。筋肉があり、急所と関節部分を鎧で覆い、大剣を担いでいるハゲ頭。
つるりと光る、ハゲ頭――――。
「だ、誰だおまごびゃッ!?」
先に動くハゲ。しかしその口がイドの蹴りで強引に塞がれ、倒れ伏す。
それに合わせてその場の雰囲気が一気に過熱される。
「敵襲―――ッ!!」
誰かが叫び、どこからともなくぞろぞろと傭兵集団が顔を出す。各々が武器を持って、その矛先をこちらに向けている。
つまるところ、ここは―――!
「敵陣のど真ん中じゃねぇか!!」