第二章58 『友人と信頼と』
シャーベット屋の家の中、オレを含めた男三人の声が響く。
しかし何かを話し合うような声ではなく、むしろ話の形式は質疑応答のそれに近い。
いくつかの質問、それに対する応答、だんまり、少しあやふやな言葉が続き、やっと忙しい質問は一旦止まる。
オレは椅子の背にもたれかかって伸びをする。
「(ある程度、ほしい情報は手に入れた・・・って感じか)」
一旦話を整理しよう。
アイストースの最近の疲れの原因は縁談によるもの。それもほぼほぼ婚約確定らしい縁談の相手はドームット家の長男であるオベロン=ドームットであること。これだけでも彼の人格を知る限りアイストースが可哀そうなことこの上ないが、問題なのはオベロンがクロテント一派の信仰者であることだ。クロテント一派がモンスター襲撃事件に関与している可能性があることはある程度国民が認知している訳だが、アイストースの両親は明確でない限りゴシップは信じない人であり、それがアイストースの重荷になっていること。
次にアイストースは剣を使うのが得意なことだ。未だに騎士精神を引きずっているためか、両親が家にいない時はバレエの練習をサボり日々弟相手に剣を鍛えている。しかし、バッグに銃器が入っているのは両親に剣をやっていることを隠すため。なぜ銃器なのかは主に父親の「銃片手に飛び回る女性は格好いい」という趣味に影響されたからである。
アイストースがああまでして商店街を守ろうとするのは、過去に家出したアイストースを事情も知らない商店街の人々が助けてくれたからである。
そしてアイストース自身、自分の性別そのものにはかなり否定的らしく、女になろうとしていること。両親から必要とされなくなること、それが最大の枷となって彼の男性を排除しようとしているのだ。しかしどうにも幼少期に埋められた男性は中々脱してくれないようで、そのままずるずると引きずっているらしい。
――アイストースは、オレを友人として見ているが、全幅の信頼を置くことは出来ない。
だから言わない。言えない。バレるのが恐ろしいから。自身の身の上を知ったら、その面倒くささに離れてしまうかもしれないから。どれほど毎日が複雑だったか、それが一瞬でも忘れられるのなら、その人には話せない。話したくない。だからと言って偽りは嫌だ。それでも信頼はおけない。裏切られるかもしれないから。それが恐ろしいから、楽しいと、生きているのだと、嘘をつく。嘘をついて、それでも信頼したいから。
アイストースはオレを友人だと思っている。でも裏切られるかもしれないとの不安から、身の上話は絶対にしない。
結局のところ、信頼がなかったからである。
それがオレにアイストースが本当のことを言わなかった理由。
大事なのは、それを責めてはいけない事。
「(・・・と、言ったところか)」
たかだか出会ってまだ一か月程。オレは絶対にアイストースを裏切らないと、そう思っているがそんな気持ちを相手は知りもしない。裏切りたくないし、出来るだけ心理的に離れたくないと、そう思っているがそれはアイストースには分からない。口で言っても信じることは出来ない。表面だけは信じることが出来ても、きっと納得は出来ない。
普通の育ちをしてきた人間と普通でない育ち方をしてきた人間では感覚が違う。オレは生まれこそアレだったが、生きている最中は割と普通だ。友人は暗黙の了解でお互い友人だと思っているが、アイストースは普通の生まれだとしても普通の育ちではない。「絶対にこの人は裏切らないだろう」「信頼してもいいだろう」と思った相手にしか、自身を語らない。
信頼が出来ない。それをオレが責める権利はない。
「自分の気持ちを本当だって、証明できない。そこは焦っちゃだめだよな・・・。こればかりはゆっくりだよな・・・」
たとえ表面的に友人と言っていても、腹の内はそれなのか定かではない。腹の内まで手を組みあえる仲になるのは、そんなに簡単な話ではない。だからこそ、彼がオレを本当に信頼してくれるのにはもっと時間が要る。
そんなオレの考えからくる、自身へ向けた言葉。それを聞いたシャーベット屋の店主は顎に手をやってオレを見る。
「君は割と理性的っすね。あぁ、何も馬鹿にしているわけではなく、むしろ気持ちを免罪符に相手の本当を求める人とは違うという意味っすよ。一言でいえば、賢い子ってことっす」
「・・・まるでそんな経験があるみたいだな」
オレのジト目に店主は「人にも色々あるっす」と人差し指を唇に立てる。
なんというか、経験者は語るを体現したような言葉に、過去そういう人を見分ける力が付いたのだろうと勝手な予測を立てておく。
それはそれとして、
「あと一つ、質問ですが良いですか?」
「一つと言わずにいくつでもどうぞ」
「では聞きますが、アイストース君に好きな人は居るのですか?」
率直にとんでもない質問をするアルテイン。
本人はいたって真面目で、いつもの天使のような声音ではなく風紀委員としての彼の声音だ。質問会が始まってずっとこれだが、流石にこの質問を恥ずかしげもなく言うのには勇気がいる。
そしてその答えはというと、だ。
「いや、居ないっす。友人と、家族と、そう呼べる意味合いでの好きな人はいるとは思うっすけど、同異性の恋愛的感情を抱く相手はいないっす」
「・・・そう、ですか」
落胆するアルテインに、オレは声を掛ける。
「今さっきの質問って、どういうこと?」
「・・・もし、好きな人が居たら、その人がアイストース君の心の支えになれるかもしれないと、・・・この場合、好意を向けられている側がアイストース君への理解を示さないといけないですが・・・」
難しい話だと、アルテインはそこでその案を却下する。いたとしても困るし、居なくても困る。
しかしそういう案もあるのだとオレは感心する。
「でもまぁ、難しいことに変わりはないんだよなぁ」
未だ見えない解決策に、オレはそっと息を吐いたのだった。