第二章57 『味方』
「――結局、あの後落ち着くまで泣かせて、それで妻の腕の中で寝ちゃったっすよ。自分はなんにも出来ませんでした・・・」
話を終えた店主の表情は垂れた髪でよく見えないが、思い出した悲壮感は当時の凄惨さを物語っている。どれほどの悪意を貰えば、そんな状況に陥ってしまうのか。泣き出してしまうほど記憶の奥深くまで根付いた極厚のトラウマとはいったいどんなものなのか。
突発的に与えられた極大の悪意ではなく、幼少期の頃から恒久的に供給されてきた悪意。違いはあれど、積もりに積もった量は同じである。オレでさえ亡命レベルだというのに、アイストースは幼少期からそれだ。歩んできた人生経験はあちらの方が断然上だろう。
そう思うと気になるのは、その時のアイストースはその後どうなったか、である。
「・・・それで、アイストースはどうなったんだ?」
「帰ったっす。一日経って妻が起きたら添い寝してたはずのアイストース君は置手紙を残して帰っていったっす。――迷惑かけてすいませんでしたって一文だけ添えて」
「・・・」
「みんな、ある程度察してたっす。アイストース君は心が男の子だけど女の子を強要されて嫌な思いをしてるって。元貴族だからなんとなくっすけど後継ぎ問題とかそういう面倒なのに絡まれてるんだなぁって、当たりをつけることは出来たっす」
元公爵家のシャーベット屋の店長。彼の場合はシャーベット屋のやりたさに家を捨ててまで修行に励んだ。きっと色々な苦難があったはずだろう。しかしそこまでして何かを捨てる覚悟はしたという点においては、アイストースの対比ともいえる。
瞬間的な沈黙の後、ずっと言いたかったことがあるのか、アルテインは口を開く。
「商店街の皆さんは、・・・その・・・味方にはなってあげられなかったんですか?」
「――――!」
一瞬何を言ってるのか分からなかったが、そういう話ではない。ここでいう”味方”とは話を聞く存在ではなく、どちらかというと彼の両親とことを構える人のことを言う。家族的認識は出来なかったのだろうかと、そう言っている。
しかしこれは答えが予測できてしまった。残念なことに。
アルテインの問いはまっすぐで素晴らしい。正義感に満ち溢れており、救われない人を救おうとしているその身の在り方はオレでさえも少し憧れるところがある。
でも、だ。
「自分らが何かをしたところでって話っすよ。ことを構えるには相手との戦力差が違い過ぎるっす。相手は男爵家。自分らはしがない商店街の店主店員。数こそこっちが有利っすけど、声の力と圧の力と身分の力はあっちが上。どれだけ人を集めても装甲車には勝てないのと同じことっす」
「でも・・・!」
「気持ちは分かるっす。やらない善よりやる偽善は、責任を全うできる可能性があるから言える言葉であって、責任が全うできない以上声を大にして”味方”とは言えないっす。可能性は低くても、”味方”を宣言したらこっちの家族が攻撃対象にされかねない。そこまでの覚悟はないっす」
「・・・・」
歴然としている力の差。何もそれは武力の差というパワー!的な意味ではなく、どちらかというと経済や名声的な力の差だ。一般人が「戦争だ!」というのと王族が「戦争だ!」というのでは差があるように、それは一種の枷である。
そしてこの店主は昔は力があったであろう公爵家の人間。庶民と貴族の力の差を、庶民よりもずっと理解している人だ。その人がそれが無理だというのなら、確かにその答えに否はない。
店主は口ごもるアルテインに顔を向けて少し頭を下げる。
「酷な返答で申し訳ないっす。でも勘違いしないでほしいっす。決して自分達が立場とか大事な人を危険にさらしたくないから味方しないってだけで、それ以外では彼の味方っすよ」
「どゆこと?」
弁明とも意味不明な発言とも取れる発言にオレが首をもたげると、
「確かに自分らは彼の味方は出来ないっす。でもそれはあくまでも事を構えるという意味では。情報的な意味では彼の味方っすよ。彼を助けようとする人に彼の情報を与えるのは悪いことだとは思わないっす。それが、過去に商店街を守ろうと奮闘してくれた生徒さんだから、なおさら」
「・・・!」
「直接的な手助けにならないのは確かっす。でもどこかで足がかりになってくれると信じてるっす」
味方。それはアイストースの助けになると信じた人を信じて情報を託す人。
それがシャーベット屋の店主の意見であった。
「いいのか? 多分こうして顔合わせて話すのってこれが初めてだろ。そんな奴信じていいのか?」
「いいも何も、信頼に値したからっすよ。初対面っすけど・・・。それでもっすよ! 自分らが無力だってのもあるっす。だからその無力さの帳尻はどこかであわせておかないとって気持ちで君らを選んだって言われても文句は言えないっす。でも、本当に、嘘偽りなく、信頼を置ける相手であることに間違いはないっす」
きっぱりとそう言い切る店主にオレとアルテインは瞳を丸くする。
どうしてそこまでしっかりと信頼できるなんて言えるのか。
一層驚いてしまう店主であるが、店主は胸を張ってオレ達を見据える。
「アイストース君のことなら大抵知ってるっす。だからどんなことにも答えるっすよ。あまり下に走る質問は受け取らないし、知らないから答えられないっすけど、君達と同じで、自分も彼を助けたいと思うこの気持ちに嘘はないっすから」
最近作者、原因不明の頭痛を患ってます。
悪化するか改善するかで、もしかしたらどこかで前置きなく休載するかもしれませんが、それまでは頑張って投稿しますので是非ともご理解ください。
2000文字程度が現在の脳のスペックの限界なので、改善次第4000文字に戻ります。