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『最弱』の汚名は返上する。~不遇だなんて、言わせない~  作者: パタパタさん・改
第二章『ニーナ編』
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第二章56 『あいすとーす=べねずぇとの家出』・〈下)

 「むっきゅむっきゅむっきゅむっきゅ・・・」


 と、アイストースは自身の手におさまったシャーベットを咀嚼する。


 夜ご飯を抜かれたからか、悲しかったからか、幼い彼には原因の判別はつかないだろう。しかしそのシャーベットは冷たいながらも彼の身体を温めた。


 涙が引っ込んだ。スプーンを熱心に動かしていると、泣く気も失せてしまった。


 「美味いっすか?」


 シャーベット屋の店主の問いに、アイストースはこくりこくりと頷く。言葉が出るよりも先にスプーンに掬われたシャーベットが口に突っ込まれるのが早い。


 その様子を見て、シャーベット屋の店主はうんうんと満足げに彼の頭を撫でる。


 「ならよかった」


 頭を撫でられること。それが初体験であったためか、アイストースは大きく肩を跳ねさせる。驚きすぎて飲み込んだシャーベットが出てきそうになったが、何とか抑え込む。そしてバッとシャーベット屋の店主の方に振り向く。


 自身の頭を片手で触りながら、何もされていないことを確認して―――。


 「ここかしらそのずぶぬれの子って言うのは!? 遅れちゃってごめんなさいねぇ!」


 突然の大声に今度こそ、アイストースが驚いた猫のように全身を跳ねさせる。アイストースの落ち着きに和んでいた近所の住民までも、この大声には対応できない。


 全員が全員、その声を上げる女の方へと視線を向ける。


 「な、なによ。誰が来たか分かるでしょ? 服を持ってきたけど、その女の子って言うのは―――」


 まるで冷めるような視線に、その女は少し引き気味になる。が、すぐに自身が持ってきた服を着せる子供を探す。そして、まるでトラウマでも掘り起こされたか、全身をガタガタと震えさせてシャーベットを隠す姿勢を見せる一人の少女を視界にとらえた。


 「あらぁ! どうしたのこんなに震えてッ!! 旦那さんまた何か変なことしたんでしょ!」


 真冬に冷や水をぶっかけられた犬のように震えるアイストースに近づき、その近くにおり、日常的に変な言動をするシャーベット屋の店主を睨みつける。こんないたいけな少女を怖がらせるとはどんなことをしたのかと。


 「え!? 自分っすか? オレそんな変なことしてないっすよ!」


 「黙らっしゃい! 言い訳は聞きたくないよ! なんでちゃんと出来ないんだい!? アリシァさん、いったいこの没落貴族は何をしたんだい!?」


 「没落貴族じゃないんですが!?」と、シャーベット屋の店主が言い返すが、女はまるで聞いておらず、店主の妻であるアリシァに事の元凶を聞く。いったいこのアホ旦那は何をしたのかと。


 しかし、だ。


 「いえ、シャーロットさんが大声を張り上げたせいで震えてます。ちゃんとその子に謝ってください」


 「————」


 アリシァは正義の味方であった。


 バッサリと切り捨てるアリシァに、仕立て屋の女主人、もといシャーロットは口をへの字に曲げる。


 そのまま二言はなく、シャーロットは震えている女の子に声を掛ける。


 「ごめんなさい。おばちゃんが悪かったわ。急に大声出してごめんなさい。・・・・・・・・・・・・・聞こえているかしら?」


 誠心誠意の謝罪。子供相手だからと言って適当に済ませてはならない。子供の見本となる大人がちゃんと謝れないでどうするのか。


 シャーロットが頭を下げて、数十秒。許しらしい許しの言葉が聞こえる気配もなく、おそるおそる顔を上げると、小刻みに震えるアイストースの姿がある。ほんのそれだけである。それだけで―――、


 瞬間、アリシァ、店主、シャーロット、その他アイストースの顔を見た近所の住人が戦慄に駆られる。


 眼が。


 眼が、震えていた。


 まるで恐ろしいものにであったかのような、目の前で親しい友人が惨殺されるような、可愛らしい鳥が蛇に丸のみにされている場面に出くわしたような、


 そんな眼だ。


 そしてとぎれとぎれではあるが、口も動いている。


 「・・・・め・・・さ・・・・い」


 カタカタと小刻みに動く唇は顔色同様に青白く染まっており、幽霊を想起させるほどに血の気が引いている。瞳孔は開き、隠していたつもりのシャーベットを取りだす。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい許してください許してください許してください許してください次はちゃんと女の子しますだからぶたないで痛いことしないでくださいちゃんと騎士道精神は捨てますからご飯を抜かないでください次はもっと上手くやりますだから怒らないでくださいお願いしますもう二度と逆らいませんから騎士道なんて馬鹿なこともやめますだからお願いします見捨てないでください捨てないでください追い出さないでください冷たいご飯でもいいです古いご飯でもいいです自分の部屋もいらないですベッドもいらないです褒めなくていいです抱きしめなくていいですだからお願いします生きさせてください勝手に人から貰ったものを食べてごめんなさい次からは空腹も我慢します冷たいのも我慢します辛くても死にそうでも我慢します痛くありませんだからごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 怒涛の謝り倒し。


 それは一種の怒号であり、慟哭であり、彼を彼女にするための呪いであった。


 ――唾棄すべき、忌むべき呪い。


 大声が決起として現れたそれは商店街に集まった全員がその問題の原因を察せるほどに存在感を放っていた。


 その瞬間だけは、彼らの存在は、心安らぐ存在は、彼の今には入れなかった。

 

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