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『最弱』の汚名は返上する。~不遇だなんて、言わせない~  作者: パタパタさん・改
第二章『ニーナ編』
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第二章54 『あいすとーす=べねずぇとの家出』・〈上)

 少女は走っていた。


 ぱしゃぱしゃと水たまりがはじける音と共に、暗闇を駆ける。


 土砂降りの雨。いつか止むこの雨も、少女の気持ちを加速させ、止まることを知らない。


 どこへ行こうとしているのか。それは誰にも分からない。周囲も、この少女でさえも、自身の行く末なんて分からない。


 それでも止まらずにはいられなかった。


 今は走って走って、走って、少しでも地獄の大口から逃れることが重要だったのだ。


 やがてずぶぬれになった世界からは音が消え、カタンカタンと屋根のある場所へと駆け込んだ。


 床はレンガで固められており、ガラスの屋根が雨を防いでいるおかげで少女の足音はよく響いた。


 昼に来るときと夜に来るときでは明らかに世界が違う。まるで孤独。例えるなら孤立。


 この世界に少女を救う手はない。しかし掬う手はあった。


 だからこうして走っている。


 きっと少女の目的はあったのだ。


 それは自分が孤独ではない証。自分という存在にも救いの手はあるのだとそう信じたいから、彼女は走るのだろう。


 ――止まってしまえば、この世界には自分一人しかいないのだと思ってしまいそうになるから。



 アイストース=ベネズェト。八歳の冬の真夜中の大雨の出来事であった。



 A A A



 少女が世界から見放された時から一時間後のことであった。


 「肝試しの連中か? 煩いな。・・・って、おいお嬢ちゃん!? こんなとこで何してんすかッ!?」


 走り続け、それでも濡れた服の重さと一時間の本気の走りに身体の限界が彼女の精神を上回った時であった。すなわち、足に足を取られてすっ転んだ時であった。


 脚に脚を取られ、受け身もろくに取れずにベンチに顔面を打ち付けたのだ。身をもって世界の理不尽さを味わった彼女。あまりの痛さとやるせなさ。止まってしまったことによる寂しさに苛まれ、今にも泣きだしそうな時。


 ベンチに顔面を打ち付けた際に出た痛みの音が闇に塗れた通り道、もとい商店街の大通りに響き、何事かと外へ出てきた男が全部を垂れ流してしまいそうになる少女を見つけた。


 最初こそ、毎夜毎夜夜道の商店街に肝試しに来た連中だと思っていた男だったが、目の前には目端に涙を溜めたずぶぬれの少女が居たのだ。


 これは驚く。


 「ちょっ、どうしたんすか!? あぁ、泣かないで! ちょっ、泣くなら一人じゃダメっすよ。ちょっと堪えていてくださいっす! ――アリシァ、ちょっと来て! 緊急、緊急っす。他のご近所さん起こして集めて! ちょっと色々ありそうな子供いる!」


 なんというか、今にも泣きそうな子供に対して酷な願いであった。しかも初対面とくるのだから、この男の胆力にも驚きだ。


 それはそうと、男の妻と思われる女性が同じくして店の外へと顔を出し、旦那と傍で倒れている少女を発見。すぐさま「泣くのはもうちょっと待って!」と泣くことを耐えさせるアホ旦那を張り飛ばし、タオルを持ってくる。


 「馬鹿じゃないの!? 連絡より先に身体を拭いてあげなきゃ! まだ十歳にもなってないような子供がずぶぬれのままだったら風邪をひいちゃうわよ! あらあら、顔も怪我して・・・、ちょっとウチに来なさいな」


 「アリシァ、自分は何をすれb」


 「すぐにご近所に連絡! 叩き起こして! 仕立て屋のおばちゃんも呼んできて! 十歳前後の女の子が着れる服も持ってきてもらって! とりあえず近所さんは全員! 今すぐ!」


 「はい!」


 鶴の一声ならぬ妻の一声。使う場所こそ違うが、それは仕事を取られておろおろするアホ旦那をすぐさま動かすほどの威力を誇っている。


 少女、アイストースはタオルを頭に被せられ、念入りに服の上から余分な水分と悲しみを吸われる。


 「何かあったのは分かるわ。大丈夫よ。私はあんたの味方だから、悲しくなったらしっかり泣きなさいな」


 タオル越しから抱かれ、男の妻の体温を間近に感じる。


 望んでいたものはきっとこんなものなのだろう。どこにでもあるような温もり。それが彼女の欲していた偶像という理想。温度のある人であった。


 ふと少女は息を漏らす。


 どうせ泣く前に聞いておきたいことがあったのだろう。


 「どうして、・・・どうして私を・・・?」


 その言葉に続きはない。助けてくれるの? というべきか、そうではないかで頭が混乱したのだろう。安心の他にも顔を強打した際の痛みもある。しかし聞かずにはいられなかった。


 男の妻は一瞬だけ呆けたような表情をしたかと思うと、ふっと微笑みを浮かべる。


 「アリシァ=ドゥーベルよ。泣く子が居たら助けちゃうわよ。だって・・・」


 ぎゅっと、力強い抱擁が頭を包み込む。


 そして―――。


 



 「―――私、一児の母ですから」


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