第二章53 『シャーベット屋』
アイストースの最近の気疲れの原因。それは縁談であった。
具体的に誰、とは話してくれなかったが、自身の眼の充血や隈を両親から指摘され、望んでいない縁談相手からも指摘されて、満足に眠れない日々を送っているそうだ。
縁談を申し込んできた相手は自分よりも身分が上の家。しかも王族関係者の傘下とくるのだから両親は大喜び。それが巷ではあまりいい噂が流れていない一派の傘下だとしても、あくまでもそれはアイストース個人の意見で終わる。
ただでさえ男の性心だというのに、男にすり寄られる不快感ときたら溜まったもんじゃない。
しかし、そんなことを親に言えない。
大好きだから、愛しているから、絶対に言い出せない。
歪み切った関係の先にあるのはなんなのか、もう見当はついているのに。
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仕立て屋の女主人が語ったのはアイストースの生き地獄。その最前線を飾る悩みであった。
――「そのすべてが、アイストースちゃんに関する私の知ってる情報だよ。せいぜい、役立てな」
――「後の情報は全部、シャーベット屋の元店主が知ってるよ」
今の情報だけで全然アイストースへの理解は進んだが、それ以上があるらしい。
仕立て屋から出たオレはアルテインを連れてシャーベット屋へと足を運ばせる。相変わらずの雑踏の中、仕立て屋の反対方向にあるシャーベット屋へと、足を掬われないように突き進む。
「あれ以上が、なんかあんのかな・・・?」
「少なくとも今のアイストース君の気疲れの原因は分かったけど、それだけってわけじゃない・・・。もっと詳しいことが分かればもうちょっと彼の悩みの本質にたどり着く・・・」
とりあえず今まで聞いた情報をまとめると、アイストースに縁談が持ち掛けられている。そしてその相手があまりいい噂を聞かない相手で、しかも自分は男。嫁に出る気は毛頭ないがそれでも親の意向には逆らえない。それなのに自分の意見ははっきりと明示出来ず、感情はグダグダ。充血した目を両親と婚約相手から咎められてさらに疲労困憊。
――と、言うことだろう。
「(改めて思い返すと親がクソだな)」
しかしここは王国だ。誰が誰と結婚しようが誰も責めないパーティアスとは、社会構造がそもそも違う。それは納得しなければいけない暗黙の了解。
それでもオレはアイストースの両親への嫌悪を募らせる。
それが本当に嫌悪すべきことなのだと。
「子供をなんだと思ってるのか・・・。時代のせいってのもあるだろうし、国のせいってのもあるとは思うけどよぉ・・・」
家を繁栄させるのに必要なことは有力な貴族との縁だ。男爵家ならば結婚するとなるとその上の爵位を持つ家となるだろう。
しかし、アイストースはそれを望んでいない。爵位が高くてもいい噂を聞かない相手と結婚したいとは思わないのが普通だろう。それも、急に「結婚してくれ」とか言ってくる奴は貴族だろうと平民だろうと不審者にしか映らない。
「確かに嫌だろうなぁ・・・」
「多分それだけじゃないと思う」
「おん?」
顎に手を当てて考えるオレにアルテインが声を掛ける。
「この国の結婚可能な年齢は十八歳から、・・・それはまぁいいや。でも、家族になるってことはお互い隠し事は無し! って感じじゃない? そうじゃなくても、隠し事も秘密も共有する! ってのが普通だと思うんだよね」
「―――――。・・・ん? 待て、えっと・・・」
アルテインの言いたいことを掴もうとするが、低スペックなオレの脳みそは、答えを見つけ出せそうで、見つけ出せない。スイカ割りと同じ。謎の違和感だ。
アルテインはオレの制止をものともせずに、続きを話していく。
「だったらさ、アイストース君の身の上を相手は知るべきだと思うんだよ。知って、退くか、それでも傍で支えるか、どっちに転んでも、アイストース君が今みたいに気疲れする事にはならないと思う」
「――――ぁ」
気づいた。分かってしまった。気づかされた。
うっかりとその可能性を頭から消していた事実をかみしめ、今井一度アルテインが出したヒントを飲み込んで真意に理由付けする。
「――理解しようとしなかった・・・? もしくはアイストースの意見をはねのけた? アイストースが言っていない。・・・言いたくない相手・・・。相手はアイストトースとの婚姻関係しか望んでいないってことか・・・?」
まさか、そんなことあるか?
そうだとしたら両親と婚約者(仮)がクソだということになる。
「可能性は、あると思う」
アルテインの残念そうな声が、その可能性の存在を確定させた。
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一番の問題とするのであれば、なんだろうか。
問題は分かった。しかし、その原因が浮上したことによって事態は更に混沌とする。
しかし足を止めるわけにはいかない。進むしかない。
脚がとまった先は、シャーベット屋であった。
空、白、薄紅を交互に並べた色彩豊かなのれんに『デューク・シャーベット』と店名が綴られていた。
喫茶店形式ではなく、その場で買って食べるという感じ。食べ歩きの申し子というような販売の仕方だ。
オレ達はシャーベットを買っていく客の足がまばらになった辺りでシャーベット屋に近づく。あまり人に聞かれていい会話内容ではない。できれば、客足がないのが理想だが、あいにくオレはこの店の休業日とかを知らない。
「というか、店の人に急にアイストースの話題振るのもアレだしな・・・」
知っているのだろう。しかし急に見知らぬ男子が「アイストースの友人」と言ってアイストースの情報を教えてというのも不信感極まりない。
さて、どうしたものかと思いながら、とりあえずシャーベット買うかと財布を取り出した。
――その時だった。
「いらっしゃーa、ん? あれ? お客さんもしかしてモンスター襲撃事件の時にアイストース君と一緒にモンスターと戦っていた生徒さんじゃないすか?」
「おん? 一気に風向きが変わったぞ?」
とりあえずシャーベットを買い、そこから少しずつ雑談から話を変えていくという気でいたが、まさかシャーベット屋の店員がオレを知っているとは思っていなかった。
「オレ知ってるんですか?」
「知っているとも。なにせ、モンスター襲撃事件当日、モンスターに立ち向かおうとしていたのは君達だけじゃなかったからね!」
「??? どうゆ事?」
確か、オレの記憶が正しければグルティカと戦闘したのはオレとアイストース。最後のとどめはアルテインがやってくれたが、この人の言い方はもっと人数が居たというように聞こえる。
オレが聞き返すと、店員は鼻をこすりながら返答する。
「自分、モンスター襲撃事件は二回目だったんすよ。最初は自分とは距離の離れたところで起こって対処できなかった。そのせいで二人も、まだお若い学生さんが死んでしまったんすよ。自分が不甲斐ないばかりに・・・!」
店員が言っているのはマックスとエルが死んだ、この商店街の仕立て屋近くで起こったモンスター襲撃事件。確かにここからでは幾分か遠いところだ。助けられなかったことに後悔するのは仕方がないかもだが、何も自身を責める言い方はしなくてもいいというのに。
「だからっす。二回目の襲撃事件はもう目と鼻の先っす。だから自分は立ち向かおうとしました。公爵家に生まれたが故の責任感と義務感というべきか・・・。まぁ、元っすけどね。自分はシャーベット屋がやりたかったんで公爵家の実家は捨てました」
さらっと語られる元公爵家の肩書。そこまで重要なものではないが、天性の義務感や正義感があったのだろう。
「自分、公爵家を出てからずっとシャーベットづくりに精を出してきたんで、戦闘力はないに等しいっす。ぎり剣技が使えるくらいで、あとはなんにも。でも立ち向かおうって思ったんす。それで、いざ店から出ようとしたら君たちがモンスターに突撃かましてて、自分すごいおいて行かれた感を感じました!」
「えぇ・・・」
「でもっす! 正直な話、自分が出ていったところで君達を手伝える力はないですし、君達よりも早く飛び込んでも死体が櫃増えるだけっす。それくらい、君達は洗練された動きっした。あん時の自分に手伝えることなんてありませんっした。―――――本当に、自分達の商店街を守ってくれて、ありがとうございました!」
「「!?」」
厨房越しに若い青年に頭を下げられて、オレとアルテインが困惑の声を漏らす。
「お、おい、いくら何でも人前ではやめてくれよ。後、そういうのはアイストースに言ってくれよ。オレはただの成り行きなんだぜ?」
「それでもっす。あん時、モンスターに立ち向かおうとしたのは自分だけじゃないっす。仕立て屋のおばさんとか、八百屋のおじさん、精肉店の夫婦、喫茶店の老夫婦。沢山の人がモンスターと戦う君達を見てました。みんな、同じ意見っすよ。でも戦闘に参加はできない。だから、商店街代表として感謝を。感謝を――――」
「あ、や! 大丈夫だって! オレだってアイストース助けてモンスターの顔面踏みつけるくらいしかしてねぇし・・・!」
「ゼクサー君、顔真っ赤!」
きっと図星だったのだろう。触らなくても分かるほど顔が熱い。
照れている。照れているのだ。オレは、照れている。気持ちが熱暴走を起こしていろんな感情がごっちゃになる感覚が、冷静になろうとするオレの頭の中でごった返す。
「ど、どういたしまして・・・」
こういう時、なんて言えばいいのか分からない。なんて言えば、相手にこの気持ちが伝わるのだろうか。何が正解なのか分からない。
絞り出すような、かといって嬉しくないわけではない、どうにも曖昧な返事がオレの喉から紡がれる。
返事を聞いた店員とアルテインは「ふふっ」と笑う。きっとそれが悪意のない類のものだとオレは確信している。
「やっぱり若者って感じっすね。思春期だし、あまり褒められるのは得意じゃないとか? 良いっすねぇ。もう三十のおっちゃんになるとそういう気持ちを忘れてしまいそうになる」
「え゛ッ!? 三十ぅぅぅぅッ!!?」
しみじみと言い出した年齢暴露にオレが恥ずかしさを忘れて驚く。
どう見ても目の前の店員はバイトといった方が差し支えないレベルの若さだ。金色に染めた髪の毛に青い瞳。肌は瑞々しく潤っている。どう見てもせいぜい老いて見えても二十台前半。若くしたら十代後半くらいだ。
「嘘ぉ・・・」
「はっはっは! 確かによく新人若者バイトの人だと見間違われるが、これでも娘を持つ一児の父でこの店の店主だぜ。妻は居酒屋で働いてるからここにはいないが! しかし、君にまで若いと思われるのは良い気分っすねぇ。こりゃ年齢を言ったのはまずったかなぁ?」
「どうっすか? 若いっすか?」と聞いてくる店主にオレは驚きが止まらない。
横目でアルテインを見ると、同じく驚いていた。
・・・オレに。
「なんだよその目」
「え、えっと・・・。ゼクサー君は知っているものだと思ってたから・・・」
「えぇぇぇ・・・・。どうしてわかるんだよ。見た目完全に若手じゃんこの人」
「え? そりゃ見たら分かるよ」
「・・・・・」
アルテイン。いよいよイドみたいな方向に進化を遂げてきた。
というか、閑話休題。
ちょっと相手の話にノリ過ぎて本来の目的を忘れそうになった。
今一度冷静になったオレは思考をアイストースの方に向ける。
「なぁ、店主。今回ここに来たのは何も褒められる為でもシャーベットを買うためでもない。―――アイストースのことについて教えてほしいんだ」
「――――――」
真剣に相手の眼を見て、オレは店主に問いかける。仕立て屋の女主人は、オレに対して逆に試すような物言いをしてきた。商店街代表ともなれば情報を得るのが一筋縄ではいかないことは明白だ。
他人の個人情報。それを開示するのはかなりの危機が付属する。その証拠に店主の放つ空気が変わった。こちらを計るような眼。営業スマイルがなくなり、その人の本来の顔が現れる。
公爵と、そういうだけあって店主の眼はこちらを天秤にかける意味があった。
どう転んだものか。しかしこの目は背けてはならないと、オレはその眼を見返す。
見返して、
「いいっすよ」
「え?」
「アイストース君の友人なんすよね? だとしたらこう言うのは話した方がいいと思うんすよ。それにその目、友人ってのに嘘はないと思うっす」
軽い語尾。しかしその瞳にはこちらへの信頼が確かにあった。
「いいっすよ。話しましょう。だけどここじゃぁ場所が悪い。店の中に入ってくださいっす。そろそろ休み時間だし、特に問題はないと思うっすよ」