第一章14 『模擬試験』
”冒険者・調査員”模擬試験。
うちの国の東の端の山の中。オヴドール学園が東区と言うこともあり、家からの道はそこまで遠くはない。
オレはその会場へと来ていた。
学校の近場と言うことも相まって、必然的に学校の面子と顔を会わせることが多くなってしまうのは仕方ない。他の会場は普通に移動するだけで馬鹿みたいな時間が掛かるのだ。
それに、オレは人の目が見えない状態と言うこともあってか、陰口に元々耐性のあるオレは実質的に無敵と言うことだ。
「(最初はオレも違和感だったけど、面と向かって悪口言われても本気の目が見れないし、見る必要もないからこれはこれで楽だよな)」
オレは人の目を見るのが怖かった。いや、怖い。
口先ではなんとでも言えるけれど、目は嘘をつかない。ジォスはそれこそ例外だったけれど、他は違う。目が本命だから、拒絶されるときに目を見ちゃうとオレはその人を永久に信じれなくなっちまうんだ。
だから口先だけは信じないオレにとって、目が見えないってのは一種のアドバンテージだ。
「(信じれるのはオレ自身だけ。か・・・・そっちの方が幾分か気が楽だ)」
目は口ほどにものを言うという定義を持っているオレにとって、周囲は簡単に言えば“敵“という認識だ。さすれば、オレは自身の力だけにしか頼れない孤高の冒険者って訳だ。全ての運命はオレの経験にかかっている。それに、いざってときに巻き込むのがオレだけだからな。
イドも言っていたのを思い出す。
「(守るべきものってのは、言い換えれば弱点。・・・確かにその通りだろう)」
オレは孤高に憧れているんじゃなくて、単純に周囲を仲間と思っているやつに裏切られるのが怖いのだろう。だから、孤高のふりをしている。
「まぁ、そんなことは後だ。受付済まさねぇと・・・」
会場と一言に言ってもそんな御大層なものではない。
山にはいる前にテントが一つ、それだけだ。
そのテントに向かって脚を運ぶと、先に受付に並んでいたうちの学校の生徒数人がオレを見た。
「あれって、だよねぇ?」
「アイツも参加すんの?嘘でしょ感じ悪」
「わざわざ高みの見物ってか?電気属性はすっこんどけよ」
「国が優遇してくれるからって、呑気に俺達受験生の当て付けか?」
皆がオレを見てヒソヒソと声をたてるが気にはしない。イドと陰口のバリエーションについて学び、なんならオレへの悪口大会でストレスの限界を何度も試され、その度にセロトニンを電気信号操作で分泌して落ち着かせるとか言う、ヤク中一歩手前みたいなことを繰り返したのだ。
その結果、大抵の人権を踏みにじる発言に対する耐性とストレスの最大保管量の増加、セロトニンの分泌に関する電気信号の操作性が上がった。なにこの悲しい能力。
「(自分を他人と見立てて、脳を制御か・・・・。イドの言うことは大体分からんのに、意味がわかるととんでもなく属性の強化に使えるんだよなぁ・・・)」
イドが言うには、発想の転換が必要だと。
自分が自分がと主体的に能力を使おうとするのではなく、あくまでも客観的に自分を見てその人の電気を扱うようにすれば、電気属性はオレに従順になると言う。イドはそういうことを言っていたのを思い出す。
オレの脳内に上半身裸体の筋肉変態男が親指たてて笑っている姿が写し出された。アイツ、人の想像に何片足突っ込んでんだッ!?
オレは我が物顔で模擬試験受付のテントに並んだ。
最初はオレが受験生をからかいに来たと、そう思ったのだろう。だが、オレが列に並んだ瞬間、その空気ががらりと変わるのを感じた。
ひそひそが止み、今度は息苦しく感じる程のオレへの「お門違い」感である。前列から疑問を含んだ視線が突き刺さるのを感じる。眼が見えなくとも、首の動かし方に若干の戸惑いがあるからこそ、分かることだ。
A A A
やがて前列の受付が終わり、今度はオレの番となった。
オレが前に出ると、受付に居座っている茶髪の顎髭を生やしたおっちゃんがオレを見る。―――見た目からして冒険者、それもかなりの戦歴があるのだろう。額には三本の古傷が、その勇猛さを語っていた。
「名前、学校名、何年何組、持ち込み武器、属性を言ってくれ。属性ごとに試験班が違うから」
「ゼクサー=ルナティック。オヴドール学園三年四組。武器は斧と脚の器具。属性は、―――電気属性」
「・・・・・はぁッ!!?」
鎧を着こんだおっちゃんがあからさまに驚きよった。なんだよ、そんなに変か?変だよな。オレ以外の奴みんな手ぶらだし。
周囲の生徒は全員手ぶらだ。中にはそれなりに革の防具を着て、戦闘準備を整えてきた奴がちらほら見えるが武器を腰に下げてる奴は見たところ居ない。
「(戦闘は属性任せ、か・・・。イドが言ってることがまたもや的中したな・・・)」
オレが斧と脚の使い方。――パルクールと斧の斬撃を組み合わせた一撃を完成させたときにふと聞いたのだ。
――たしかに、これでモンスターは倒せるかもだけど、実際属性の方を強化した方が良いのではないか。斧脚よりは属性の方が戦闘に向いているのではないか、と。
それに関する答えはと言うと、
―――全員、戦闘ってほとんど属性が頼りだからよ。安置から遠距離攻撃とかいーよな。楽で。でもずっとそーゆー訳にはいかんのよ。・・・ほら、属性だって一日の内に使える量とか設定されてるだろー?能力量だったか。それが切れたら、どうやって敵を倒すんだって話じゃねーか。
―――だが皆、自分の持ってる属性と能力量を過信しちまうんだ。魅力的だからな。だから、多分模擬試験でもルナ以外全員武器は持ってかねーよ。防具は、まーあるかもだが。
それが現状だった。
全員が全員、あんなに自慢げに、余裕のある態度を取るのは自分自身を過信しすぎているからか。
真偽は定かではないが、確かに大半の奴らは口の歪み方から変な自信があるのだということが分かる気がする。気だけだが、こういう勘は多分当たる。イドにもその勘は大事にしろと言われたからな。
集まっている他の生徒を見ていると、おっちゃんがやけに優しい声でオレに注意を促してきた。
首をもたげておっちゃんを見ると、やけに人を小馬鹿にするような三日月形の口をして、
「あのねぇゼクサー君。君は電気属性なんだろう?見たところ、武装から察するに属性は使わn、・・・使えないんだろう?ここは斧を振り回す場所じゃない。遊具遊びがやりたいなら公園にでも行きたまえよ」
――あぁ!これはあれか、オレを格下認定してる時の声音だな・・・。眼が見れない分真偽を疑うことは出来ないが、多分普通にオレを貶してるんだろう。
だぁがしかし!舐めてもらったら困るぜ。オレは煽り耐性もあるんだからな!
最近よく感じる悪意出しやがって・・・。オレにも言い返す口はある。
オレはその舐め腐った台詞を零してしっしっと手を払うおっちゃんの顔を見る。眼があるところが見えないが、その分目線を逸らす必要もなければ睨みを効かせた視線にうっかり謝る必要も無い訳だ。ならば屁理屈を論理的に組み上げて煽り返し放題という訳だ。
「なんで使えないって断定ができるわけ?見たところおっちゃんは長年冒険者やってるように見えるけどさ、そうやって偏見で思考停止って、自分が聞いて呆れないわけ?人を見る目がないとか言われない?そうやって”電気属性”は国の電力にしかならないって考えで固まってさぁ、人としてどうなの?そうやってどれほどの偏見と侮辱で大勢の人の努力を馬鹿にしたのか、全く想像がつかないよ。まだ安月給で来た日雇いアルバイトのオッサンって言われた方が納得がいくよねこれ」
思っていた以上につらつらと言葉が出てきた。
割とオレも自分自身の悪口に対して思うことがあったということなのだろうか。
冒険者のおっちゃんはと言うと、「ふん」と鼻を鳴らして、怒ってない余裕を演じた。口角がプルプルと震えているのは多分ちょっと逆鱗に触れたのだろう。
「最弱属性にハズレ人生。口が回るだけの青二才がこの世の何を知っていると?見ればわかる。お前はれっきとした不遇人間だということがな!そうやってご両親の期待を裏切って、今度は事実を述べたワシらに逆恨みか?恥ずかしいな小僧。生まれ直して出直してきな」
多分その眼節穴だと思うんで、一回目ん玉ガラス球に変えてきてもらった方が良いですよ。その方が人がキラキラして見えますし。
だがまぁ、両親ワードを口にした辺り、多分覚悟は決まってるんでしょうね。オレが模擬試験で好成績を叩きだして仰天するという”覚悟”がなぁッ!!”ざまぁ”を物理エネルギーに変換してお前の脳髄まで届けてやるぁ!
オレは心の中で勝手におっちゃんが宣戦布告をしてきたということにして、話を括ることにする。
「まぁそんな世間知らずな青二才だからこそ、こういう模擬試験での成功を足掛けに社会を知っていくってことで良いじゃないですか。冒険者のおっちゃんだって昔はそうだったでしょ?」
「・・・いっちょ前に不遇人間が偉そうに”成功経験”なんて模擬試験にとって縁起の悪いことを言うな。まぁ、怪我したいって言うんなら、勝手に参加でもしな。ワシは上に『勝手に乱入してきた生徒が居る』って報告させてもらうからな。・・・・モンスター相手に属性無しで勝負なんてこの世を舐めてるんだ。腕の一本二本もがれてしまえ」
「そうか、なら勝手に参加させてもらうとしよう。まぁ、オレよりもおっちゃんの方が長生きできなさそうだけどな。そんな性格だから未だに彼女できねぇんだろ」
基本的に、この国には風習として既婚の男女は薬指に指輪をはめるか、手の甲に印を入れるのがある。このおっちゃんはいい歳してどこにもそんなものは見当たらなかった。
オレの指摘が気に障ったのか、現実の最も気にしていることを言われたのか、みるみるうちに顔が赤黒く染まり、猛然と立ち上がるも―――、
「あんだとこのクソガキィッ!!!」
「副隊長、次の生徒の相手をしてください」
「―――ぐぎぎぎぎぎ、あんの野郎・・・・・ッッ!!伝説の息子だからって調子に乗りおってぇぇぇえええぇぇええぇぇぇ・・・」
隣に居た影の薄い冒険者に手首を抑えられて、そのまま恨み言を零しながら席に着き直した。
そんな光景にオレは微笑を携える。
「くくく、さぁって。見てろよ野郎共。今から夏休みの鍛錬の成果、見せてやるぜ・・・!」
グッと拳を握りしめて、オレは模擬試験を蹂躙する気合を入れたのだった。