第二章51 『繋ぐもの』
音がなかった。
ただ響くのはオレの声だけ。聞かせているのは、ただ一人。
「―――――っつぅ訳だ。オレとしてはただ待つだけってのは嫌だ。なんか行動を起こさねぇとって思っている」
始終しっかりと耳を傾けてくれた男性にオレは意見を求める。可能な限り一人で悩むことはもうやめたオレは、ロードとスォードの口外禁止の約束を破って協力を求めることにした。
友人の秘密。しかしそれを理由に他のことを考えられなくなるくらいに悩んでしまうのならば、オレはその秘密を他者と共有する。それが友情と言わないのならそうなのかもしれないが、かといって放っておくという選択肢はない。
オレはアルテインにアイストースの秘密について話した。
彼の家ではアイストースは女であることを強要されること。アイストース本人の精神は男であること。その問題は彼の両親にあること。しかし問題が問題だから口外は禁止だということ。最近のアイストースはどんどん疲れており、凶行に走り出す可能性があること。オレの知りえるすべてを話した。
そんな長々とした話、話し終わったオレがゆっくりと深呼吸をするほどにつかれる長話、それを最後まで聞き取り、アルテインは口を開く。
「話してくれてありがとう」
「・・・・・・」
「それはそれとして、かなり難しい話だよね」
「あぁ・・・、割と本気で悩んでいる。問題が多すぎるし、そのどれもが難しい」
聞いた話をまとめて問題を積み上げるとたくさんの問題が出てくる。その中で重要なものを上げるとするならば、
1:アイストースの性心理解
2:アイストースの疲れの原因
3アイストースの両親の問題
4:アイストース本人の問題
といったところだろう。
「性心に至ってはオレは全然問題ないけど、オレ以外の人間が受け入れられるかだ。女装男子とは訳が違う。前みたいに周囲になじめるかってところだな」
「アイストースさ、・・・アイストース君の最近の気疲れの原因は分からないよね。正直、彼が男爵家だって言うのもあるから、もしかしたら家督的な問題の延長線とかかな? 民主国と王国じゃ色々違うだろうし、そこもまだ不明ってろころだね・・・」
「下手したら一番の問題はアイストースの両親だ。オレの親然り、アルテインの父親然り、大抵の親には碌なのがねぇ。確信犯だぞ。理解させることが一番難しい奴らの意見を変えるんだ。オレ等がなんか言っても聞いてくれねぇだろうよ」
話せばわかるという馬鹿や、親だって子供のことを愛しているんだとか言う能無しには分からない感情かもだが、この世には子供を害する親は存在する。確実に。自分の都合通りに行かなければ平気で子供を悪人と罵れる親、圧力をかけて国外追放してくる親、もう一人の子供の為に平気でその命を使おうとする親、被害のレベルが違うと言えど、アイストースの両親は確実に毒親と呼べる存在だ。
しかし何も毒親の元に生まれたからと言ってその時点でその子供の人生が奈落だと決定するわけではない。
それが最後の問題だ。
「あいつが自分の性別をはっきりさせて、自分の親に対して対抗する姿勢を見せることが出来れば上記の問題の二つは解決しそうだが・・・」
「でも分かるよ。そう簡単にはいかない」
子供にとって親は至宝。自分を認めてくれる唯一の存在だ。そんな親がどれだけクソでも依存してしまうのは事実。そこからずるずると引きずって、自分の意見も言えない子供に育ってしまう。中途半端な良心が、依存心が、「自分の意見をはっきり言ったら、親は悲しむのではないか。もう二度と自分を見てくれなくなるのではないか」と考えるから、中々言い出すことは出来ない。言い出してもそれ以上の罵声で返ってくるからこそ、子供は毒親との関係を長引かせる。
今回のアイストースも、まさに同じだ。
子供であることを親に利用されている。
過去に親にさんざん利用されて、最終的に裏切ってきた父親を持つアルテインだからこそ、アイストースが自身の意見をきっぱりと決められないことが理解できる。
とすると、だ。
「どうするか、だよな」
「どれか上記の一つを解決できれば良いんだけど、全く案が思いつかない。もっとアイストース君を知る人物なら、対処方法とか原因とか分かるかもだけど・・・」
「すまねぇな。オレはアイストースの口からあいつの秘密を知ったわけじゃないからな。言ってもいい相手だと認知されなかったんだ」
「別に責めてないよ。”まだ”信用されていないのは仕方のないことだと思うよ」
アルテインの「ゼクサー君は、・・・・違うか」という瞳にオレは居心地が悪くなる。もっと彼のことを知れていればなとは思いつつも、瞳を見れない以上その人の考えていることも理解できない。
背中に少しの汗が垂れ、オレははぁと息を吐く。
「オレ以外にアイストースをよく知る奴、か・・・」
考えたのはアイストースをよく知る人物だ。できるだけ、彼のそばに居るか、彼の身上を知る人物か。
「一番有力なのはあいつの両親だよな・・・。でも親自身が子供の心情問題を理解していない場合があるし、変に勘繰られてアイストースに危害が及ぶのは駄目だ」
「じゃぁスォード君は? 次期当主なら何か知ってるんじゃないかな?」
「いいこと思いついた! って顔してるところ申し訳ねぇが、スォードは気疲れの原因も分かってねぇし、あいつの両親をどうこうできる権利も意見も持ってねぇ。ロードも、同じ理由だ」
「そっかぁ・・・」
ぱっと顔を明るくするアルテインが次のオレの言葉で項垂れる。申し訳なく思うが、仕方がない。家族が分からないものをその友人が知るはずがない。
「(もっと、なにかあったはずだ。アイストースに関係する人物で、アイストースをよく知る人物が・・・)」
思い出せ、オレ。今までの会話の中で、アイストースと関連する事柄があったはずだ。
もっと、何かあったはずだ。彼を知る人物。彼をよく知る関係にある人が・・・。
男爵家、男の性心、女の外面、長男、長女、隈、充血した目、疲れている、ここ最近は特にひどい、騎士精神、家出、商店街に強い思い入れ、銃器使い、武装生徒会、ロードの幼馴染、スォードの兄、・・・・・・ん?
ちょっと待てよ、とオレは顎に手を当てる。一瞬通り過ぎた単語を頭の中で反芻させ、意味を考えて過去の記憶を今一度咀嚼する。
「―――――――ぁ」
ぽっと、息が漏れた。
その言葉をアルテインは見逃さず、オレの方を見る。
「なにか思い出したの?」
「―――あぁ、でも、どうなんだ? いやでも可能性としてはあり得るか?」
今までの過去の記憶。どこからそんな根拠が出てくるのか、それは分からない。だが、可能性があるとすればそこしかないのではないか?
オレは一度息を吸い、その空気でアルテインの期待とオレの期待に応えるべく口を開く。
「――商店街」
「へ」
「確か、商店街だ。そこに行けば何か得られるかもしれない」
アイストース=ベネズェトを知るためのもの。
それが商店街という手であった。
A A A
アイストース=ベネズェトは過去、両親の女に慣れの圧力に耐え切れずに家出をしたことがあるとスォードから聞いたことがある。その先が商店街であったと。
そしてその商店街がよほど大事で、アイストースとの関係が深い理由としては、アイストースの商店街を想う心だ。グルティカが出たとき、真っ先に喧嘩を売りに行ったのは彼の方だ。「これ以上商店街を傷つけさせない」と、強い意志が見て取れた。
だとしたら、もしかしたら商店街の一人や二人はアイストースのことを何か知っているのではないだろうか、と。
「商店街にだってたくさんのお店があるよ。全部の店を回ってもいいけど、時間がかかり過ぎると思う・・・」
「そうだな。でも、多分向かう先は一つか二つだけでいいはずだ」
商店街の中を歩きながら、アルテインはオレの意見に疑問を投げかける。しかし、オレには明確とまではいかないが、どこにアイストースの情報を知る人が居るかが分かる気がするのだ。
例えば、アイストースを特に繋ぐもの。
答えは簡単。
オレの考えが正しければ、
「服の仕立て屋、そして、シャーベット店。これがアイストースをつなぐものだと思う」