第二章48 『所詮は他人』
語られたアイストースの半人生。それは両親の歪んだ家族観によって生まれた一種の狂気であった。男であるべきという信念と、両親の願い通り女でなければいけない信念とで板挟みとなり、夜な夜な泣いて目を充血させている。オレが見ることが出来なかったアイストースの目の秘密であった。
「だからぼくは兄様のためにも早く次期当主となる器を身に着けて、両親の束縛から兄様を解放したいんだ」
そして弟のスォードはというと、その兄を強く慕っているようで早く家督を引き継ぎ、両親の呪縛からアイストースを引き剝がそうと日々研鑽を積んでいるということだった。割に合わない身長差で剣を振っていたのはそういうことだろう。
そう思うと、十一歳でありながら家の事情を理解しているスォードの頑張りっぷりには流石のオレも「ほぅ」と息を漏らす。
「頑張り屋さんだなぁ。・・・いい子だ・・・」
「あ、え、・・・えと、あ、ありがとうございます・・・」
顔を赤くして反応がしどろもどろになるスォードにオレも思わずほ頬が緩む。ロードもうんうんと後方彼氏面みたいな顔で頷いていた。これがショタへの理解という奴だろう。もう可愛いとしか言いようがない。うん、すごく、可愛いです・・・。
しかしアルテインの天然の可愛さには遠く及ばないのでショタコンには目覚めない。可愛さの向きが違うのだろうが、アルテインは天使なのでナンバーワンだ。何も問題はない。
「・・・それで、アイストースのこと、どう思った?」
改めてアルテインの可愛さを脳みそに叩き込んでいると、ロードがこちらに首を向けて問いかけてきた。改めてオレの意思を問おうと、オレが果たしてアイストースの友達足りえるかを問いかける痛い視線に、オレはまっすぐとスォードの霧に塗れた目を見る。オレの答えは変わらない。
「やっぱ親ってクソだわ」
「・・・・」
「親は子供をなんだと思ってるんだ? 自分の都合通りに動いてくれるだけの可愛い生命体かなんかと思ってるのか? ――付き合わされた子供が可哀そうじゃねぇか」
「・・・・・・」
「別に、なんも思うことはねぇよ。性別がはっきりしないから友達やめるとかオレはクソかよ。そんな真似しねぇし、アルテインもそれに似てるしオレも人様のこと批判出来ねぇからな。これからも友達としてやっていくつもりだぞ」
考えてみればアルテインはちゃんとした生まれ方をしていない上に、下手を打てば人間ではない可能性すらあり得る男の娘だ。オレも最近は『悪意の翼』で”悪意”を武器にしている。それに加えてオレもアルテインも一種の毒親育ちだ。ほかの毒親の家庭を見て「そんなことで心折れるとか甘え」や「まるで親が悪いとか性根が腐っている。絶交だ」とは言えない。
彼もまた、オレやアルテインと同じ辛い環境を生きる人間なのだ。
だとしたら、オレはアイストースの心を少しでもりかいできるかもしれない。
オレの言葉を聞き、少しの沈黙が応接間を漂う。これでどういう答えが返ってこようと、オレがアイストースの友人をやめるなんてことはない。
「(さて、なんて言われることやら・・・)」
そう考えていた時だった。
「・・・・・合格だ」
ゆっくりとスォードの口が開かれ、言葉が出てくる。恍惚としたようなうっとりとしたようなショタの微笑みに思わずこちらの頬も赤くなってしまう。
スォードは続けて、
「やっぱり兄様の目は正しかったみたいだ・・・! ロード様、ご意見ご協力ありがとうございます」
「あぁ、別に構わないよ。私はアイストースの味方だ。彼に近寄る人の査定くらいお手の物さ」
隣で腕を組むロードが何とでもないように誇らしげにうんうんと頷く。何が何やら、この二人のテンションにはついていけないがなんかいい方向に話が転がったことだけは分かった。
「とりあえず、オレはアイストースの友達ってことでいいんだよな?」
「そりゃ勿論だよ。こうして兄様の精神を理解してくれる人間はそういない。兄様は綺麗だけど、なんというか寡黙であまり喋らないし、近づく男にはガンを飛ばすし女子相手には騎士の精神で近寄ろうともしないからそこの交友関係も薄い。・・・・ゼクサーが初めてらしいんだ。自分から話しかけに行った男子って言うのは」
スォードがしみじみと、まるで息子に初めて友達ができたことを喜ぶ親のように感慨深く頷く。長年そういう窮屈な生き方のせいだったのもあり、幼馴染と兄弟以外に対して奥手だったアイストースが初めて興味を持った相手がオレだった。スォードやロードにとってはオレでなくてもよかっただろうが、彼らにとってのアイストースの”初めて”がどれほど重要なものなのか想像に難くない。
「・・・・随分と変わり者だな、アイストースは」
「公爵家の後継ぎに逆らい、グルティカ相手に戦ったり、死を不謹慎と言いながらも死者を悼む気持ちがある。そんな変わり者の君だからこそだと、私は思うんだよね」
「人に言えない性癖してる騎士の家系の人にそれ言われても嬉しくないでしょ」
オレのつぶやきにロードが反応し、スォードが突っ込みを入れる。どうやらベネズェト家に行く道中で聞いたロードの性癖は幻聴ではなかったようだ。全く嬉しくない報せである。
というか、だ。
「こういう話するって、アイストース本人は知ってるのか?」
「「いや、してない」」
「おいこら個人情報漏洩だぞお前ら」
こういうセンシティブな話をするのだからアイストース本人にもそのことは耳に入っているのだろうと、何気ない確認を取ってみたらまさかの無許可だった。しかも綺麗に二人そろっての発言である。この家大丈夫だろうか・・・。
オレの冷静な突っ込みにスォードは頬を掻き、ロードは頭を掻く。
「単純に時間がなかったんだ。アイストースが一人になる時間が。学年も違うし会う機会が武装生徒会しかなくってね」
「最近は兄様と両親が一緒にいることが多く、ぼく自身も領地運営の方針決め等で忙しくって、・・・急に今日ですからね・・・全くロード様ときたら・・・」
「ごめんごめん、家にアイストースがいない日とゼクサー君が空いている日が丁度今日重なったからね。まぁまぁ、ここは次期男爵家の当主らしく広い心で見逃してくれないかな?」
「ぼくの器の広さは無限じゃないんですけどねぇッッッ!!!??」
ロードのあまりにも軽いノリにスォードの額に血管が浮かび上がる。まだ十一歳だというのにこんなに大声を張り上げるほどに成長させて、ロードが悪影響を運んでくるのかと思うと少し哀れにも思えてくる。
それはそうと、オレはロードの言葉に引っ掛かりを覚えた。
「家にアイストースがいないって? 今日は確か用事で帰るって・・・」
思い出したのは武装生徒会に行く前にアイストースと交えた会話だ。
今日は行かない、と。用事があって帰るのだと。
その疑問はロードがすぐに解消した。
「それは今日、アイストースがメンタルクリニックに行く日だからだよ」
「メンタルクリニック・・・・?」
オレが顔を上げると、目が霧で覆われているロードが軽く指を鳴らす。
「アイストースの両親の命令で、月に一度アイストースは本当に心も女になれるように折り合いをつけるべくメンタルクリニックに行かされている。今日はその日なんだ」
「・・・・・」
「兄様は本当は男でありたいって思ってる。それは先生も理解してくれてるから女であるように強要することはない。だからメンタルクリニックでも男であることを非難されているわけじゃない。だから、大丈夫・・・」
「その言い方だと、大丈夫に聞こえねぇんだが?」
スォードの台詞がしりすぼみになっていくのを聞きながら、オレは半分怒りを込めた口調で確認する。
「・・・・最近は兄様は特にひどいんだ。両親からの圧が強くなっているっていうか、なんというか、・・・兄様を責め立てるようになったというか・・・、もっと女らしくするように、みたいな。なぜか知らないけど鬼気迫っている感じなんだ。だから兄様がそれで隈をつけちゃって」
「・・・・・・・・・・・やっぱ親ってクソだな」
ぼそぼそと口から出た言葉は、アイストースの精神が限界に近付いているというものだった。
気づけばオレは無意識の内に拳を握り、膝を震わせていた。声を随分と低くなっている。アイストースへの憎しみが、オレ自身の両親への憎しみと重なり、より黒く深く、おどろおどろしい嫌悪へと変貌する。
「・・・・残念ながら、今私達にできることはないんだ。両親に説教しても逆にアイストースが女ではないことをバラしてしまうだけ。その場で反省してもアイストースだけになったら猛烈な攻撃がアイストースに浴びせられる。アイストースが助けを求めてきた時にしか、私達は動けないんだ」
「それは、・・・そうだけどもよぉ・・・」
「ゼクサー、兄様の友達であることには感謝する。だから、出来るだけ兄様のそばに居てやってくれないだろうか。どんなことでも話せるような間柄に」
ロードが、スォードが怒りに震えるオレの手をさすり、やりきれない恨みに同調する。同調したうえで、「それでもまだだ」と抑える。
「―――クソッタレが」
息を吐き、力を抜いてソファに座りなおす。
反吐が出るが、彼らの言う通りだった。
「(所詮は第三者だしなぁ。他人っつぅ肩書上、オレじゃぁ一時的にしかどうにもできねぇ。永遠じゃねぇから、再燃する)」
家族間の問題と言えど、その域の外にある人間の意見は所詮は他人の意見、友人という肩書ではそれに対処できるには至らないだろう。
一時的に家族を説得しても、こういう問題は野菜の好き嫌いと違って根深く、地表の芽を刈り取っても根本が少しでも残っていればまた問題は生えてくる。
「(・・・じゃぁ、本人が言えるような環境じゃねぇといけないもんな)」
今のオレにできること。
それは問題の根元が出てくるような友人関係を築くことではないだろうか。