第二章46 『友人として』
待たされたのは応接間。男爵の家とあってか部屋は調度品が置かれ、絵画が壁に掛けられ、贅沢そうな壁紙やらカーペットが張り巡らされている。
――「それでは少しの間お待ちください」
そう給仕のアンドロイドが言い出ていった数分後、半分慌てた足音とともにドアが開かれる。顔を出したのはまだまだ成長途中の背丈に貴族特有の刺繡が施された服に身を包んだ茶髪の男児であった。急いで着替えたのか襟が立っており、額からは汗がにじんでいる。
「ロード様にそのご友人、お待たせして申し訳ありません。ぼ、いや私はベネズェト家次期当主のスォード=ベネズェトと申します。毎度毎度申しますがロード様、来るときは事前に連絡をしてください・・・!」
肩で息をするスォードは椅子に座り、恨みがましい目でロードを見やる。どうやらロードはアポを取っていないらしい。しかも毎度とくるもんだ。本当に騎士の家系なのか疑ってしまう。
「すまない。でも、できれば性急に君に話したいことがあるんだよ。今回の友人は、そのためさ」
ロードはすっと頭を下げつつ謝罪をする。しかし反省の態度は全然見えない。その証拠「次からは事前連絡をしよう」とか言っていない。こいつ多分次も同じことをするな・・・。
目の前のスォードを少し哀れに思いつつ、オレはとりあえずと名乗ることにする。
「オレはゼクサー=リベリオン。気軽にゼクサーって呼んでくれて構わない」
「ゼクサー、ゼクサー・・・。えッ! その名前聞いたことあります! ―――もしかして、今日は”そのため”なんですか!?」
「うん。流石に”あの人”も限界だろう。ここ最近は特にひどい。隠していても泣きはらした目を毎日見るのは私達としても、”あの人”にとってもよくないし、ゼクサー君だって指摘しないだけで気にしているはずだ」
「おぉん!!? 急にオレが出てきたけど、そもそも話の芯が分からねぇ。結局”あの人”が誰なのかはっきりさせてくれねぇか?」
オレの名前を聞いた瞬間スォードは驚き、ロードに話の意図を確かめる。こちらが置いてけぼりの中、完全にオレが知らない情報をまるでオレが知っていて、なおかつ疑問に思っていることを前提に話が進みかけるのにオレは待ったをかけた。
説明も何もありゃしないのに勝手に話を進めるなと主張すると、スォードは怪訝に首を傾げて尋ねてきた。
「ゼクサーは聞いていないんですか?」
「何も。”あの人”っていう意味深な単語を出されて、付き合ってくれと言われたから来ただけだ。内容は全く知らん。オレと関係あるって風に言われたから来たんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ロード様ぁぁぁぁ???」
「あっ、忘れていた」
「ロード様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
「うわぁ! すまない! 悪かった! だから落ち着くんだ!」
「誰のせいだと思ってるんですかねぇぇぇぇッッ!!!」
憤慨したスォードがロードに掴みかかる。どうやら全部ロードから聞いているもんだと思っていたらしい。完全に情報不足、その上肝心の知らせる担当がアポなしで来る上「あっ、忘れていた」である。これは流石にキレてもいい。
「た、助けてくれゼクサー君」
「自業自得っすよ、先輩」
まだまだ日の落ちない夕方、窓ガラスから差し込む光が橙色を帯びつつある中、頭に嚙みつかれたロードの断末魔が遠く響いた。
A A A
「いててて・・・、全く、スォード君は手加減を知らないのかい? というか普通人の頭に噛みつくかな?」
「アポなしで来た挙句、碌な情報も回さないでご友人を連れてきて、反省の気配がない顔の良い男にキレない方がおかしいです。あと、ロード様は顔がいいというよりは詐欺師みたいな顔してます」
「あれっ!? 辛辣!?」
「自業自得なんだよなぁ・・・」
まさか自分がそんな風に思われていたとは思わなかったようなロードの驚きっぷりに息を吐く。しかしこの驚きを堪能してもらう暇はない。「それはそれとして」と、オレは一旦ロードに問う。
「結局”あの人”って誰だよ」
「私としては充血した目をしているという言葉で察してほしかったのだが、まぁいい。―――”あの人”とはスォードの姉であり兄でもある、君がよく知る同級生のアイストースだよ」
「―――そう、か。それで、アイストースがどうかしたのかよ?」
今のところまだ話の内容は見えていない。というかアイストースの目が充血しているという事実の方が驚きだ。人の目が限定的に見えないことによる弊害なのは確かだが、それを非難しても仕方がない。問題はなぜロードが言うように、アイストースが泣きはらしているのか、だ。
いじめか、それとも単純に不眠症だったりするのか。目の病気とかもあり得るだろう。
病気の話やいじめは確かに話す相手を選ぶだろう。それでオレが選出されたのなら、可能な限りアイストースの話を聞こうと思う。
秘めた思いを胸に抱くと、ふとスォードがオレの名を呼んだ。
「問題はここからなんだが、ゼクサーはアイストースをどう思っているんだ?」
「どう思うって、好きか嫌いかってことか? それとも性格的な?」
「いや、・・・・恋愛的な意味合いだ。ゼクサーはアイストースのことが好きなのか? 正直に頼む。ゼクサーの恋心を非難するとかはしないから、教えてほしい」
「んー? 恋愛的な意味だったら対象外かなぁ。確かに可愛いとは思うけど、オレにはアルテインという男の娘がいるわけだし、将来的にも現実的にも、オレは一途なんだよ。・・・・・ん? もしかしてオレがアイストースを好きになってるって誤解されてるのか? それで泣いているとかなのか? すまねぇ! そんな変な視線だったんなら謝るよ」
まさかとは思うが、アイストースはオレのことを友達でいたいと思っているが、オレがアイストースのことが好きだと誤解させて、オレをそういう風な目で見れないと泣いているのだろうか。そんなにオレに惚れられたくないというのか。と、オレは多少なりとも申し訳ない気持ちになる。
しかし頭を下げるオレへの反応は明らかに慌てたものだった。
「そ、そんな複雑怪奇な青春みたいな問題じゃないです! というか、アイストースはよくあなたのことを話すんです。すごい人だって、格好いいんだって、三時間ぶっ続けであなたのことをほめちぎるんです。嫌われてなんていませんよ! むしろ好かれてます大丈夫です!」
「あれ!? 違うのかッ!?」
「そこまで変な風にこじれているのではと考えられる君の想像力に若干のキモさを覚えたけれども、アイストースは君のことをよく慕っていると思うよ。あくまでも武装生徒会の中での部長視点だけどね」
「あれ!?」
スォードが、ロードがそれぞれオレが思っていたほとんど反対の意見を述べる。どうやらオレの想像は見事に全部外れたようだ。これではオレがただのキモイ奴ではないかと羞恥に頭を抱える。
「でもゼクサーがその答えで少し安心したよ。友達としては好きなんだろう?」
「あぁ、まぁそうだな。まだ日は浅いけどオレはアイストースは友達だと思っているぞ」
ロードの言葉にオレは大きく頷く。まだまだ友達片思いだが、アイストースもオレのことを友達だと思ってくれていればいいなと思う。
その言葉を聞くと、ロードはスォードに首先を向ける。それにスォードはうんと首を縦に振り、
「だったら安心だ。ならちゃんと本題に入れる」
「最初から本題に入ってほしかった・・・」
「今さっきのはゼクサーの意識がどうなのかを確認する必要があったんだ。迷推理を披露させてしまったのは申し訳ないけど、必要なことだった。ゼクサー、――――いや、ゼクサーさん」
「――――」
頭を上げるとスォードがこちらを凛として見据えていた。どこか覚悟を決めたような、そんな視線にオレの頬が無意識に硬くなるのを感じた。
「アイストース・・・・、私の兄弟が今どんな状態なのかを話したいと思う。あの人の友達として、聞いてほしい」
その前置きとともにスォードは語りだす。
まじめで、それでいてどこか胡乱気で、そして誰よりも強い意志で。
アイストースを語る―――――。