第二章41 『本当の名前』
「オレウス・・・・・」
「テメェがいンのは驚きだが、ここの連中はどいつもこいつもたるンでやがる。オレ様は両手が使えねェハンデと、荷物の重さで移動制限のハンデがあるッてのにオレ様に触れることすら出来てねェンだぞ」
「あ、あわわわわ、ひ、人が、人が土の中から・・・・!」
「あン?」
目の前には、台詞からしておそらく買い物帰りだと思われるオレウスが、その姿を見てへたり込んでいる国王が、そして――、
「はぁはぁ、やっと追いついた・・・。って何この状況!? 知らない人と国王とゼクサーと、どゆこと!?」
二丁の拳銃を構えて飛び込んできたアイストースだ。
状況は完全にカオス。特にオレウスの目つきと顔つきとオーラが要らない印象を与えている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オイ、ゼクサー。こいつらお前のダチか?」
「目の前のミルク髪の奴は違うかもだが、後ろの女子はそうだな。アイストース、武器を下ろせ。あの目つきやべぇの、オレの親父だから」
「えッ!? あれでッ!!?」
「オイクソガキ、ゼクサーはさておきテメェは初対面だろォが。次言ッたらテメェ宇宙に打ち上げるからな」
「ひゃ、ひゃいいいいいいいい!!!」
ドスの効いた口調のオレウスの威嚇にアイストースの全身が震え上がる。やはりオレウスの顔面が怖すぎるのだろう。多分夜道に出会ったら卒倒できる。殺人的目つきに至ってはオレの一家言もある。
「なァンか謂れもねェことを考えられてるよォな気がすンなァ・・・」
「き、気のせいでは・・・?」
「そォか・・・」
勘の良いオレウスの殺人的な視線にオレは舌を半分噛みながらはぐらかす。首を鳴らし、追及をしなかったオレウスの言葉にオレが安堵のため息を吐く。
すると、アイストースが後ろからオレの肩をチョコンとつまんで引っ張ってきた。
「なんだよ」
「なんでゼクサーのお父さんがここにいるの?」
「さぁ?」
「「さぁ?」って・・・」
オレの返答にアイストースからの目線が冷たくなるのを感じた。それにばつが悪くなり目を逸らすと、オレウスが代わりにアイストースの疑問に答える。
「仕事だ。――山に潜む賊の殲滅。国家直々の極秘任務だよ。クソッタレが」
「え?」
「アンドロイドの変異個体捜索がキャンセルされて、代わりに賊の殲滅だからなァ。本当ならオレ様は今日は午後からの仕事だッたンだぞ。それが急な仕事変更だ。それで買い物帰りのオレ様に声がかかッた。そンだけだ」
舌打ちをしたオレウスはオレに近づき、買い物袋の片方を持たせる。どうやら重いらしい。中身は野菜や香辛料やらの袋だ。ジャガイモが多いな・・・。
「今日はカレーか?」
「そォだな。野菜カレーだ」
「肉入れないの?」
「オレ様は肉類はあんまりなンだよ。昔食ッた肉が不味くてなァ・・・。正直大豆の方がマシなンだよ」
「そうかぁ・・・」
「ちょっと、そこ二人だけでしみじみした雰囲気出さないで!?」
「あ゛?」
オレとオレウスの晩御飯の話に割って入ったのはアイストースだった。オレウスの不機嫌な声が迎え撃つが、アイストースは一瞬びくつくがすぐに立て直して続ける。
「“私”には何が何やらさっぱりなんだけど!? っていうか、国王は国王でなんでへたり込んでるのよ!?」
「国王だァ?」
国家直々の任務なら国王が知らないはずはないと国王を見るが、あからさまな反応を見せたのはオレウスだった。
オレウスはオレの静止を振り切り、ずかずかとこちらを見て地面にしりもちを着いたままの国王に向かって歩き出す。そして半ば強引に空いた片方の手で国王の額を傾ける。いくらなんでもそれは無礼ではないかとオレが叫びそうになったが、もっと驚くべきレウスは言ってのけた。
――とても困ったような、怒ったような顔つきで。
「こいつ、クソ国王なンかじゃねェよ」
――――と。
A A A
「「うぇッ!?」」
山の中響いたのはオレとアイストースの声だった。
そりゃそうだろう。ずっと国王だと思っていた、アイストースという国民が太鼓判を押した存在が国王ではなかったのだ。
これは驚くべきことであり、では目の前の男は一体誰なのかと。
オレの脳裏には目の前の国王は、国王が前に言っていた怪しい連中の内の一人なのではないかという予想が出てきたが、オレとアイストースの静止を振り切った偽国王の声音は本当の国王らしく、掌も清潔な努力を積んできた証が見えたことからしてその予想は却下だろう。
「そォいや、あのクソ国王には離れた歳だが身長も身体つきも顔も声もよく似ている親戚がいたらしいなァ? お前、まさかそれか?」
「・・・・・・・・・な」
「あ゛? 確か先代国王の妻の妹との隠し子だッたらしいが、それでもここまで似ることァあるンだなァ・・・。あのクソ国王と違ッてお前は私情と任務をごちゃまぜにするところがあるみてェだが、あのクソ国王と同じで変に口が立つみてェじゃねェか? オイ」
「義兄様をクソ呼ばわりするなぁッッ!!!」
突如として偽国王が立ち上がり、挑発的な物言いをするオレウスに食って掛かる。その怒り様にオレとアイストースがまたもや同時に驚くも、オレウスは眉一つ動かさず、面倒くさそうな顔つきで息を吐く。
「うッせェなァ。叫ばなくても分かるッての」
「撤回しろ! “僕”はいくらでも蔑んでも構わないが、義兄様を侮辱するのは許さない!」
「蔑むの蔑まねェも、お前もお前の義兄も揃いも揃って常識が欠けてンだよ。それをどうこう言うのはオレ様の正当な権利だろォが、クソ兄弟共が」
「まるで義兄様を知ったような口ぶりを・・・っ! 君はいったい何者なんだ!」
「オレ様が名乗る前に、お前がちゃんとした名前を言え。「国王」なンて肩書でははぐらかすクソみてェな真似、お前の兄貴はしなかッたぞ」
「―――ッ!!」
偽国王がはっと息を吸い、周囲に首を回す。
そこには何が映っているのか。少なくともオレは目の前の人間が誰なのかが分からないという顔をしているだろう。アイストースは、・・・おそらく同じだ。
思い返してみれば、偽国王は自分の名前を名乗らなかった。あれは他の人に聞かれたくなかったのだとばかり思っていたし、言わずもがな顔を見れば名乗らずとも誰なのかが分かってくれるからだろう。
「他人の理解に頼るだけッてのは人の信頼を得る上で大切なことだろォがよ」
「・・・・そうだな」
オレウスの言葉に偽国王も思うところがあったのか、重々しく口を開いた。
「先ほどの傲慢な態度、ご無礼申し上げた。“僕”はブロシュート=ダンケルタン国王陛下の親戚に当たる人で、国王陛下の分身で情報収集をしている者。――ウルティガ=ダンケルタンと申します」
立ち上がり、すっと頭を下げて自身の名を明かす所作はまさに貴族のそれだった。確かに、国王と勘違いしても仕方ない見てくれをしている。
だが、このまま終わらせてしまうのはよくないとオレもまた、クソイズモに教えられたパーティアス式の所作で自らの名を名乗る。
「オレの名はゼクサー=リベリオンだ。これでお互い、名前を知らなかった同士だし、諍いは無しに仲良くしようぜ」
「あっ、“私”はアイストース=ベネズェトです。男爵家の、跡取りです。よろしくお願いします!」
「なンだお前ら名乗ッてなかッたのかよ」
オレ達がそれぞれ名乗り終えると、オレウスがため息を吐いてオレ達を見る。そんな空気の中、ウルティガがオレウスに問う。
「じゃぁあなたの名前も聞いておかないt」
「あ゛? オレ様は通りがかりの仕事人だぞ。名乗る必要はねェだろォが!」
「ひぇっ!!」
「オレウス=ドラグノート。苗字違うけどオレの父さんだよ」
「えッ!? こんな世紀に類を見ない悪人面でお父さんなの!? 眼からして絶対数千人は人k」
「そッから先言ッたらテメェもその数千人の内に加わることになンぞオイ」
「ひょえぁッッ!?」
ゴッ!!と鈍い音がした。
見ればウルティガの足元に底の見えない穴が煙を立てて開いていた。そして開かれる口から飛び出た絶殺(テメェ次は絶対ぶっ殺すの意)の警告。これには偽国王と言え、固まっていた。そして変な声も漏れていた。
ふと隣を見ると、あまりの殺気の強さに当てられて血の引いた顔をしているアイストースの姿があった。
「あわわわわわわわわわわ・・・・・」
「大丈夫だアイストース。オレウスは刺激されない限り怒らないから。急に「人の味が恋しいなァ」とか言い出して通行人食べたりしないから安心して」
「オイ、そのまるでオレ様が化け物じゃねェみてェな物言いは何なンだ?」
オレウスの射るような視線にオレは肩をすくませて受け流す。そしてそのままオレは中々動かない場面の転換に再び口を開いた。
「まぁ、こうしてオレウスが賊を殲滅してくれたことだし、ひとまずウルティガの言っていた怪しい奴らの件については解決ってことでいいんじゃないかな?」