第二章40 『突然の(義理)父』
イネール山。
そう呼ばれる山には複数の住宅街が存在しており、そこまで大きい山ではないが広い山ではある。
住宅街へと至る道は舗装されているが、商店街に侵入した黒づくめの組織はその真反対、――獣道から山へと侵入したらしい。
住宅街があろうと山は山だ。どれほどの危険があるのかなんて想像に難くないというのに、
「本当に三人で来るべきところじゃねぇだろ・・・」
「大丈夫さ。情報を手に入れたのは昨日。さすがに一日ずっとこの山に潜伏してる可能性は低いでしょ」
「キャンプ跡でも見当たられば御の字ですね」
オレの経験論からくる不安に対して二人はやけに元気に答える。よくよく思い返せばオレも一人で山の中に入ったがしかし、あれはオレが『悪意の翼』を扱うための試練だったのだ。これはさすがに危ないのではなかろうか。
山の中には霊と野獣、そしておまけ感覚で危ない組織が混ざっているときた。これはもはやオレ達は鴨がねぎ背負ってやってくる、という奴だろう。自身を嗅ぎまわる奴がまともな戦力を持たないで敵陣に突っ込んできたのなら、それはもはや「やってください」と言っているようなものだ。獣や霊からしても、「獲物」認識なのは間違いないだろう。
「(確かにキャンプ跡とか見つかれば最高だが、それは本当に組織がいなかった場合だな)」
なんというか、目の前で先陣切って歩く国王が国王らしくない。空き地で冒険心を抱くガキ大将みたいと言った方がいいだろう。むしろそういう表現の方がしっくりくる。
「敵がいたらどうするんだよ」
「”僕”は国王だし、敵も敵で簡単に殺す真似はしないだろうさ。運が良ければ投降してくる可能性もあるだろうね」
保険、というよりは「万一の手段」として疑問を投げかけたが、返ってきたのはなんとも立場に寄りかかかった発言だった。本当にこいつ国王なのかよ、と気にするのはやめよう。なんにせよ、自身の命にかける価値が低すぎはしないだろうか。「戦う」って選択肢がなかったぞ!?
「襲ってきたらどうすんだ?」
「逃げるとも」
「おい即答」
オレが突っ込むと、国王はなんてこともないような顔で言ってのける。
「”僕”は集団戦は不向きでね。あちらが一人だけだったら何とかなるが、二人以上いたら逃げる。この場合、女学生もいるし戦闘となると女性を狙われ、防戦一方となる可能性が高い。あ、戦闘だとしても傭兵相手だったら”僕”も逃げるよ。戦い慣れしてない人だったらいける」
「お、おう・・・・」
なんというか、やはり国王には不向きではなかろうかこの男。タイマンは大丈夫でも集団戦は無理。さらには傭兵相手も無理。それでよく敵陣に突っ込もうとするなと思う。
「(それでも女性がいるから逃げるって選択肢は割とまともな思考してるよな・・・実力があるかは別として)」
正直、実力が身につけば化けるタイプだ。こうして気軽な存在として身近にいるというのはかかわりやすい証拠だが、国王としての力はまだまだ伴っていない。というか、冷静な判断ができる人間性だったらそもそも三人だけでここには来ない。
「(つまり国王、割とこういう面では無能なのか・・・)」
一応オレ達が山に入る際に『平面の集中力』を使用して、山全域の情報を収集した時山にそういった怪しい奴らの気配はなかったが、国王は常時こんな感じなのだろう。多分数回は敵に捕まってる経験があるはずだ。それとも豪運によって、敵がいないところに行っているかのどちらかだ。
「それにしても、怪しい人どころかキャンプ跡もないよね・・・。情報が間違ってるんじゃないの?」
「そんなっ! ・・・でも確かにその線はあるかな・・・。情報ではでかい馬車も連れていたとあったし、近くにそれらしき跡はない・・・」
アイストースのがっかりする声に国王も唸る。逆にそんな跡ない方がいい。あったらあったらで困るだろうに。
なんというか、ダンケルタンの人間は平和を望んでいる割には血の気が荒いというか、不穏を欲するというか、在り方が矛盾を起こしているように感じてしまう。
山の中にしっかり入り、道でもないような道を進みながらオレはそんなことを思う。
獣も霊も、ましてやそんな怪しい連中の気配なんて微塵も出てこないというのに・・・・、
「――――!?」
雑草にまみれた山の中、『平面の集中力』が奇妙な違和感を捉えた。
「あれ? ―――いや、そんなはずは・・・!」
「どうしたのゼクサー?」
「腹の調子でも悪くなったか、ゼクサーよ」
「いや、、おかしい。だって今さっきまでなんともなかったはずで・・・」
自身の『平面の集中力』を疑うが、なんの異常でもなくただその情報だけが淡々とこちらに送られてくる。その異様さにアイストースと国王の言葉もオレの耳には入らなかった。
ただ告げるのは理性の警報だ。
「離れよう、二人とも。ここは危ない」
「うん? どうしたんだい?」
「何? 何か変なものでも見た?」
「あぁ、やべぇのが見えた。これは急ぎ足だ。それも一人二人じゃない。ざっと十人ちょっとだ。それが急ぎ足でこっちに向かってきている!」
「「!?」」
オレが観測したのは誰もいなかったはずの山の中、そこに突然人が現れたことだ。
――まるで虚空から現れるように、ぬるぅっと。
それがすさまじい勢いでこちらに向かってきているのだ。
しかし国王は何というか、良くも悪くも楽観的なのか、その場を動こうともしない。
「おい! いくら何でも十人を相手にとって勝てねぇだろお前!」
「もしかしたら”僕”を見てビビッて投降する可能性もあり得るだろう? 逃げるのは彼らの反応を見てからでも十分間に合うだろう?」
「あぁもうこの脳無し国王があああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
こちらに向かってくる人間が味方なのか敵なのかは分からない。だが、彼らの息遣いとのどの動きからして尋常ではない理由があるのは確かだ。「そんなはずは!」や「早く!」といった言葉が空気中を飛び交っているのがよくわかる。
少なくとも、オレ達と相対してまともな感性を維持し続けることは出来ないだろう。下手を打てば国王だろうとなかろうと殺される。
絶叫するオレにまともな感性を持っていたアイストースはオレの無礼を感知せず、国王の腕を引っ張る。
「いいから逃げるよ! 死にたくないでしょ!」
「いや、ここで彼らを見逃してしまえばモンスター襲撃事件の真相が遠くなる! 国一帯を取りまとめる権力者としてこれ以上の惨劇は食い止めなければならないんだ! 少しでも多くの情報を手に入れないと、・・・ここで引き下がれはしない!」
アイストースの怒声を受けてもなお、国王は引き下がらず、コートを脱ぎ棄ててアイストースの手から脱する。
「あ、バカ!」
そのまま、国王はミルク色の長髪をたなびかせて山の奥、――こちらに走ってくる連中へと猛然と走っていった。
「どうしよう! 国王が、・・・・・・」
「あの分からずや! 死んじまったら情報も何も持って帰れねぇだろうが! 命が軽すぎるだろ! あぁもう、オレが行く! アイストースは先に山降りてろ!」
「え、でもゼクサーは? 連中、十人はいるんでしょ!? いくらパーティアスの”外”で経験積んだといっても勝てるわけないでしょ!」
そういって、アイストースが手に持った鞄から取り出したのは、グルティカとの対戦時に使った銃器だ。銃弾は大型害獣を退けるための催涙弾で、殺傷能力は全くない。こちらに向かってくる暴徒達は遊びではない。本気だ。それに催涙弾が効くとは到底思えないのに、だ。
それを二丁取り出して一丁をこちらに寄越す。
「あ? まさかお前まで行く気か?」
「当たり前じゃん! ゼクサーは友達だよ!? 友達は見捨てられない!」
「――――ッ!!」
アイストースのまっすぐな言葉がオレを穿つ。握りしめた拳銃には力が入っており、心臓の音も息遣いも、逃げる気配は欠片もない。ここまでの覚悟だ。しかし、オレはそれでもアイストースを連れて行くわけにはいかなかった。
もしかしたら、『最終兵器』を出すことになってしまうからだ。
それは、悪意に満ち満ちた超広範囲超打撃の一撃必殺の嵐。またの名を『悪意の翼』。
「・・・・・それでも、だめだ。アイストースがオレを友達だと思うと同じように、オレもまたお前を友達だと思ってる。友達を、わざわざ危険なところには連れていけない」
「それならなおさら・・・・!」
「すまねぇ」
「!」
オレは渡された拳銃をアイストースの空の掌に握らせ、「いや」と言われる前に姿勢を傾かせ手身近な樹木へと飛ぶ。
「あ―――――
アイストースの声が聞こえる前に、オレは木から木へと飛び移り、地を駆け、枝を伝って遠心力で方向転換し、パルクールで最短距離を駆け抜ける。次第にアイストースの声も聞こえなくなり、逆に目の前を自然の障害物をなんとか避けながら遠方へと進む国王が映り込む。体中を泥や葉っぱで汚した国王はそれでも前へ前へと走っていく。
どうしてそこまで走れるのか、無謀だと分かっていながら敵陣へ特攻をかますのか、オレには皆目見当がつかない。
ミルク色の髪の毛が激しく揺れ、途中で枝木に引っ掛かり、そのまま痛みとともに抜ける。顔をしかめ、唇を噛む国王と慌て走る連中の距離が近くなる。
「(やばいな、もっと早く追いつかないとあいつら克ち合わせることになる・・・!)」
額に汗がにじみ、風を受けて冷たくオレの思考を加速させる。しかし出るのが遅れたか、視界にとらえても彼らに追いつけない。
そして、そのまま数m進めば最悪の邂逅となるところで、
「クソッ、こうなったら『悪意の翼』で国王の前の前から全部を消し炭に―――」
縮まる様子を見せないのに、国王は我先にと目の前の連中に気づかずに突進をかましていく。その様子にしびれを切らしたオレは出来れば出したくなかった最終兵器をだす意識を目覚めさせる。
瞬間、だった。
ドンッッ!!! ―――と。
地面を内部から抉り取るような轟音が山を揺らし、慌てふためきこちらに全速力で向かってきた連中の情報がまとめて『平面の集中力』から消える。温泉が吹き上がるように、地面からの突然の攻撃が彼らを地面丸ごと打ち飛ばしたのだ。
そしてそんな神業をなしたのは、新たに『平面の集中力』がとらえた一つの影。
細い体に両手に袋らしきものを持ったその人物は、どういう原理かその穴から直立に飛んで出てきたかと思えば、思わず腰の抜けた国王の目の前に降り立った。
オレがやっとこさっとこで駆け付けると、その男はぐるりと国王とオレを一瞥し、聞きなれた声音で息を吐く。
「・・・ッたくよォ、ゼクサー。テメェ、変な連中に絡まれすぎだろォが」
白い髪にこの世の闇を濃縮したような赤い目。
――オレウス=ドラグノート、オレのお父さんだった。