第一章12 『模倣する脚』
「まずは、電気属性強化の前に、斧と脚の運動だ」
「え???」
夏休み一日目、オレが言われた言葉は至ってシンプル単純明快だった。
だからこそ、困惑した。
「朝の準備体操的な事か?」
やっと出たのは、イドの発言が冗談だった時の台詞だ。これが冗談である可能性は低い。でも、”そう”考えると、どんどん分からなくなってくるのだ。
「いや、朝の準備体操の感覚で、斧脚の運動だ」
「聞き間違いじゃねぇ――!!!」
なんなら冗談でもなかった。っていうか、斧脚って何ぞや?である。
オレの考えを先読みしたのか、オレが疑問を呈した瞬間に返答が返って来た。勝手に人の脳ミソを見ないでほしいが・・・。
「斧脚はまんまだ、まんま。超速い斧使いってこと。んで、今のは別にルナの脳ミソ見たわけじゃねーよ。素粒子がそういう風に動いてたから読み取っただけだ」
「突っ込むのは・・・・・やめておこう」
素粒子が何なのかは分からないが、多分原子的な話だろう。原子を見れてる時点でもうイドが人間でないことは明らかだ。突っ込んでも、碌な事にはならないだろう。
オレがおとなしく引き下がるのを尻目に、イドがまたもや虚空から斧を生み出した。そしてついでに、角ばった鉄骨の付いたベルト二個を。
「・・・・・なんそれ」
オレが指さした得体の知れない物体を指さす。
斧は分かるのだが、どうしても、鉄資材に至ってはよく分からない。
左右の端近くに腰用ではないベルトが付けられた謎のアイテム。鋭いところが鉄骨部分の角以外ないところを見ると、恐らくは防御用ではなく攻撃用だ。
そんな物珍しい視線に気が付いたのか、イドがそのアイテムを持って解説を付け加える。
「これはルナの脚の俊敏性と、その脚から繰り出される脛の攻撃を十分に生かす為の防具的武器だ。最初はグリーブにする気だったんだが、それだと、ルナの脚の筋肉の強さを遺憾なく発揮できねーからな。無駄なところ全部抜いて、残ったのがこれだったって話だ」
「それ、足に付けるのか・・・?」
「詳しくは、脛な。蹴りは脛と足なんだが、俺の予想ではルナは蹴る場合は脛の方が威力たけーと思うんだよ」
「理由は、聞いても?」
オレの問いに、イドはオレの足首とその下を指さす。
「ルナの足首と足の筋肉と骨は、可能な限り地面を踏んだ時の負担を分散できるよーに、柔らけー作りになってるんだよ。だから、蹴りを足ですると、多分折れる」
「マジかよ・・・・」
「ちなみに、その筋肉の作りに至っては、ルナの汗の成分から分析した結果だから。覗いてなんかないからね!?」
「十分気持ち悪いわ!!?なんだよ汗から分かるって!?今の科学技術を生物一体で超えるんじゃねぇッ!!」
一瞬、オレの首を伝った脂汗を感じて、背中がゾッとする。
だがそれも束の間。事の元凶であるイドが複雑な空気を刷新した。
「まー、一応つけてみることに変わりはねーよ。ほれ、脚を出しな。ペロペロしたりパクパクしたりしないから」
「パクパクってなんだ!?」
刷新、と言うよりかは、中途半端に気持ち悪いイドが、完全に気持ち悪い奴になって気まずさを濃くしたのだった。
「ペロペロは舌でルナの脚のあんなところやこんなところを、――することだけど、パクパクは上唇と下唇でルナのy」
「おいそこを掘り下げるな変態。着けるならさっさと着けてくれるなり、オレに着けさせるなりしろよ」
「えー、せっかくオレが男のこを足と口だけでいとも簡単に落とせる方法を伝授させよーと思ったのにー?」
そう減らず口を叩きながらも、しっかりとprprもpkpkもせずに、オレの脛に装備を付けていくイドを見て、何故か「こいつ紳士か?」と言うあってはならない感情が生まれた。
そうして丁度良くオレの脚に武器を装着させていくイドに、不信感と安堵を抱きながら――。
「できたぞー」
「!?」
イドの声でオレは意識が跳ね起きた。
ぼうっとしていた意識が叩き起こされ、目の先にはイドが居る。
びっくり仰天するオレにイドは「おいおい」と手を振る。
「そんなに俺の器用さに安堵して意識朦朧とか、俺の事大好きかよ。勘弁してくれ。さークレバーに抱いてやるよ!おいで!」
バッと両手を広げ、上半身を惜しげもなく晒すイドにオレの意識が安定し、皮肉を込めて言い返す。
「あぁ、確かに今猛然と抱かれたい気分だ。久々に人の行動で安堵感を味わうだなんて思ってなんだ」
「だったr」
「――――だが!」
「」
「それはお前じゃねぇよ」
満面の笑みと、溢れんばかりの力でブーメランを返す。
オレの言葉をぶつけられたイドはと言うと予想外、というよりかは、「やっぱりそうか」と言う計画通り的な顔をしながら、さも驚いたかのように大げさに笑った。
「はははははははははははははは!!!!あーすげーなお前、いやすげーよお前。俺の想定外を攻めてきたじゃねーか!!!こりゃ愉快!超快感!!」
「想定外て・・・。お前の掌の上だぜ、オレ」
「さて盛り上がってきたところで、早速ルナの目標といこーかー!!」
「話を聞けぇええええぇぇぇええええええええ!!!!!」
最近分かった事。
イドは時々話の内容が飛ぶ。
A A A
「んじゃ、まずルナにやってもらう事は”パルクール”だ」
「パルクール・・・・?」
「走る・跳ぶ・登るといった移動に重点を置く動作を通じて、心身を鍛える運動方法だ」
「移動方法に重点を置くって、どういうことだ?戦うんじゃないのか?」
「そーだな。相手はモンスターだ。戦うってのは一つの生きるための手段だが、同時に逃げることも一つの手段であることに変わりはねー」
イドの口から至極真っ当な言葉が出ることに驚きだが、話は始まったばかりだ。
「戦う手段は、沢山あるな。属性、斧、脚。学校でも体術とか、基礎的なことは学ぶだろー。・・・・でも、逃げる術は学んでねー、そーだろ?」
「―――そうだな」
実際、オヴドール学園でも他の学校でも、授業で”逃げる術”を学ぶことはない。
モンスターが出たら、どうやって追い払うか、対抗するかは習った。
でも――。
「だろーな。逃げるなんて、格好悪ーからなー。多分、モンスター相手に逃げるなんてみっとねーとか考えてるんだろ学校側は。――冒険者は冒険者らしく、最後まで戦って死ね!これが学校の言ってることだ」
サラッと学校教育に宣戦布告するようなことを言うイドに軽く戦慄するも、残念ながら学校側を擁護する言葉は見当たらなかった。
「相手が、とても強いモンスターだったら、―――例えばジェヴォーダンの獣とか、リバイアサン、とか、サラマンダーとか。どれも一個師団では手が出ねーモンスターだ。これとルナがたまたま出会ったらどーする?」
「――逃げる、べきでしょう?」
オレの脚なら、おそらく逃げ切ることは可能だ。保障なんかどこにもないが、少なくとも無駄死にはしたくない。
だがイドは―――、
「サラマンダーは火山地帯だし、リバイアサンは海に居る。確かに陸のお前なら全力疾走で逃げ切れる。――だが、ジェヴォーダンの獣は無理だ」
「・・・・」
「アイツは200m走だったら平気で4秒くらいで走破する。全力疾走のお前でも、逃げ切れねー。捕まって、喰われて、死ぬ。文字通りバイバイだ」
「じゃぁ、どうすれば・・・」
「だからこそのパルクールだ」
話の流れを操り、自然とその話につなげるイドにオレは息を呑む。
「ジェヴォーダンの獣は速くて、デケー。機敏だが、森の中で獲物を追いかけるのはあまり得意じゃねーんだ。・・・それも、相手がピョンピョンと木と木を踏み越えていくような機動性のたけ―奴とか特にな」
「・・・・」
「パルクールは機能性、体力、バランス、空間認識力、敏捷性、コーディネーション能力、正確さ、コントロール、創造的視点を鍛えることが出来る。勿論、これらの技術は全部、模擬試験でも使える!」
「!!!!!!!?????」
イドがグッと親指を突き出し、オレの考えてることを先読みしていきた。
オレの驚いた顔がそんなに見たかったのか、満足そうにうんうんと頷くイドを見ながら、オレはイドに尋ねる。
「どうすれば、そのパルクールとやらは手に入るんだ?」
「やる気だな?」
「あぁ・・・・一応な」
「おーけーだ。―――なら、始めよう」
ぐっぐっ、とその場で運動をし始めるイド。オレも真似して同じく、一緒になって運動する。
―――瞬間、
「?」
体全体に違和感を感じて―――。
「さて、この森の中を動くぜ!ついてこい!!」
「え―――――はぁッ!?」
即座に踵を返し、オレが来た道を走る。気づけば、オレもまた走り出していた。
勝手に動き出す足と、勝手に合わせる呼吸にオレの脳は置いてけぼりだ。
「(何が起きて・・・・ぶわッ!!?)」
先を行くイドがフェンスを登り越え、直後にオレもまたフェンスを同じように登り越える。
そしてまた走り出し、木々の間をすり抜けながら減速と急加速を繰り返し、直後に頭を下に下げる。
その瞬間、イドの避けたところからハチの巣が飛び出してきた。
「―――!!」
幸運にもイドと同じ行動を取るようになってしまったオレもまた頭を下げて激突を回避。
「(何だってんだ!?―――げ、目の前壁じゃねぇか!!)」
次に見えたのはイドの目の前が絶壁だと言う事だ。
ぶつかる―――ッ!!?と、そう思った刹那。
「よっと」
「(―――はぁッ!!?)」
イドが壁に足を着けて、壁から45度くらいの角度で走りUターンをしたのだ。
そして当然次はオレで。
「(うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)」
脳内で悲鳴を上げるも、呼吸はそのままで走る速度が一段上がる。
そのまま乗り上がるように壁の上を見て、
オレの天地がひっくり返りかけた。