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『最弱』の汚名は返上する。~不遇だなんて、言わせない~  作者: パタパタさん・改
第二章『ニーナ編』
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第二章幕間《核地雷》

 僕がダンケルタンに来て早一日でその悲劇は起こった。


 その原因は、お酒を買えなかったことにある。


 確かに僕は年齢上まだお酒を変える年齢にはない。それは世界各国共通の認識だ。だが、買っても飲むのは僕ではないのだ。


 正確には僕を生みやがった母親だ。


 自分で買ってくればいいものを、なぜかことあるごとに僕に任せるのだ。「かわいい子には旅をさせよ」とはよく聞くが、あれはおそらく「かわいくないから旅をさせて、平穏を享受する」という意味になると思う。


 それはさておき、そんなクソな母親に頼まれた僕は何としてでもお酒を買わなければならなかった。勿論普通の店ではお酒は買えない。事情が事情でも彼らからすれば僕の言うことの真偽は分からないのだ。だから真夜中の居酒屋までわざわざ赴き、事情を説明して慈愛に満ち溢れたおっちゃんから酒を購入した。ここまで割と運がよかった方だと思う。


 問題はここからだった。


 酒を買って、宿で泊まり家に帰る準備をしていた時だった。


 ――「あのー、それってお酒ですよね? あなた大人なんですか?」

 

 ラウンジで宿代を払おうとしていた矢先、修学旅行か何かで来ていた学生に絡まれたのだ。勿論、僕は「未成年だ」と答えたさ。瞬間、あの学生は治安維持団体を呼びやがった。あのクソのせいで僕の購入したお酒は見事奪取されてしまい、ついでに「取り調べ」の名目で捕まる始末だ。


 そんなこんなで現在僕がいるのは治安維持団体の拠点の尋問室だ。


 「で、そろそろ認めたらどうなんだ? お酒は窃盗したものだと」


 「・・・・・・」


 「今言えば楽になるんだぞ! 両親にも連絡がいく。そうしたら両親は悲しむぞ」


 「・・・・・・」


 「自分の名前も言わない上、住所も言わない。ハーフなのはわかるが具体的には分からない。えぇ! 何とか言ったらどうなんだ!!」


 「・・・・・・」


 「はぁぁぁ、あのねぇこっちだって好きでやってるんじゃないんだよ。怒るの疲れるんだよ。叱りつける方も辛いんだよ。未成年がお酒持ってるなんておかしいんだよ。なんか危ないことしてるんじゃないの?」


 「・・・・・・」


 うるさいな、と僕は軽く唇を噛む。窃盗はしないし、両親は悲しまないし、個人情報を言う必要性がないし、怒るの疲れるのなら怒らなければいいだけだし、目の前のおっさんはどうにも人を見る目が全然ないらしい。この部屋に入っての第一声が「俺は十数年勤務しているベテランだからな。嘘なんてすぐに分かるぞ!」なのだから、笑わないでいる僕をほめてもいいのではないだろうか。


 尋問室は鉄格子のはめ込まれたコンクリート製の部屋だ。二人の番人と、僕を問い詰めるクソが一人いるわけだが、どうにも目の前の能無しの声が反響するせいで僕の鼓膜は限界が近くなっている。


「(しかもこいつら、僕が口を開こうとしても「まだ俺がしゃべっている途中だ!」とか遮ってくるし、治安維持団体の職権を軽く超えているんじゃないか?)」


 しかし僕はここに来たのは初めてだし、治安維持団体の職権の範囲がどこまであるのかも分からない。変に口出しするのは仕事の規則通りに動く彼らの権利を侵害することになってしまう。だからこそ沈黙を続けるわけだが、目の前の屑は一向に開いた口を閉じる気配はない。 


 「これだから最近の若者は駄目駄目なんだよねぇ。こっちが少し怒るだけですぐに委縮する。自分が悪いことやってるって自覚あるのに、反省する気がない」


 段々と話の内容が僕から社会の若者批判へと変わっている気がする。いや、まぎれもない事実だ。


 「俺ら世代は親を泣かせることなんてしなかったってのに。最近の若者は、せっかくこの世に生を受けたってのに簡単にその人生をどぶに捨てやがる。どれいっちょ薬物やってみるか、万引きやってみるかって精神が、愛してくれた親を悲しませるんだ。全く、お前も同じだ。いっちょ飲酒してみるかって精神が、親を泣かせるんだ」


 「はぁッ!?」


 おっさんのまるで知ったような口ぶりに僕は激昂して椅子から立ち上がる。


 別に今の若者を語るのは良い。なぜなら僕には関係がないからだ。若者の犯罪心理を語るのも別に良い。なぜなら僕は善人だからだ。


 しかし、まるで僕を生んだ親が善人扱いされることは許せなかった。

 


 あのクソが善人で、僕が悪だと決めつけられることは―――、



 「あのさぁ、何をどうしたらそんな頭の悪い発想が出てくるのかなぁ? この世にはモンスターの襲撃に、殺人、窃盗、病気、いじめ、受験戦争とか災厄がごろごろと転がってるのに、そこに自身の欲を優先して子供を生み落とす親という存在そのものが全員総じて毒だろ。ふざけるなよ。愛してくれたんじゃない。無償の愛が、自分が欲される喜びが、無条件に認められることが、あいつらが欲するからだろ。それをまるで一つの素晴らしいことのように言うっていうのはさ、それを僕に押し付けるってことはさぁ」


 僕は属性の力を振るう。この男は、的確に人の触れてはいけないところに触れたのだ。


 それが職権の範囲だとしても、マニュアルに載っているものだとしても、それは僕にとっては毒そのもの。


 つまり、だ。


 「―――僕の、幸せを追求する権利を、侵害してるってことだよねぇ!!!」


 発言のツケを払わせる。そういうことである。

 


 A A A


 

 どうやら、僕が買ってきたお酒は奪取されたまま飲まれていたようだ。


 目の前には空の酒瓶が、僕が入れていた袋とともに乱雑に机の上に転がっている。近くには今さっき無力化した治安維持団体の男が小刻みに震えている。


 僕は手始めに尋問室の番人と自称ベテランおっさんを消し飛ばした。おっさんの愚行を止めようともしない番人もそのおっさんと同罪であるからだ。


 しかし、治安維持団体の全員が全員そうではないと思った僕は慈悲深く、僕から奪った証拠品を返してもらえたらそれでチャラにする予定だった。


 そうならなかったのは目の前のお漏らしをしている情けない男と、すでに僕の手によって消された、その酒を飲んで騒いでいた男のせいだろう。


 「はぁ・・・」


 「ひっ・・・・!!」


 コップに注がれた透明な酒。もう飲む者はいない。せっかく買った酒がこの有り様だと思うとため息が出てくる。


 「こうなったのも全部あの学生のせいか・・・」


 思い返してみれば今こうしてここまで僕が憤るのはあの学生のせいなのだ。あの学生も僕をここに叩き込んだ張本人であることに変わりはない。あいつが治安維持団体を呼ばなければ僕はここには居なかったし、お酒を無駄にすることにはならなかった。いや、お酒は結局無駄になるのだが、まぁそれはいい。


 僕は一人生かしておいた男に問う。この男は他とは違い、あの学生が呼んだ治安維持団体の一人なのだ。


 「聞くけど、僕を通報した身の程知らずな学生はどこの学校の学生なのかな? 知っているなら名前も教えろ」


 「な、名前は知らない。でもっ、学校は知っている!」


 「学校名は?」


 「あの特徴的な緑のバッジはマグリッド私立学園だ! ここからすぐ近くの大きな学校だ!」


 「・・・それだけ分かれば十分かな」


 僕はそっと息を吐く。学生だとしてもしっかりと責任を取ってもらわなければ、被害者の僕としては割に合わないのだ。


 「・・・・た、助けてくれ」


 その学校とやらへと向かおうとして思い出した。この男もまた僕の買ってきたお酒を飲んだ者だった。しかも厚かましいことに、僕に許しを乞うてきたのだ。


 「はぁ? なんで僕に謝ろうとするかなぁ。何、まさか謝れば許してもらえるとでも思ってたわけ? 僕が未成年で、お酒を持っているってだけで冤罪を吹っかけてきたのはそっちだろう。それをいまさらになって撤回して、謝ろう、許してもらおうなんて虫のいい話があると思ってたわけ? そんなに僕が優しい人間に見えたのか。それってつまり僕の人間性を勝手に決めたってことだよね。それってなんていうか知ってるわけ? 侵害さ、侵害。僕の人権の侵害。自由を縛っておいて、間違っていれば謝るだけなんて人として最低なことだよねぇ!」

 

 考えが、変わった。


 最初は見逃してもいいかもと思った。だけど、めぐりあわせが悪すぎた。お酒は飲まれるわ、許しを乞うてくるわ、そして僕の権利を侵害してくるわ。


 どうにも、許せるような要素が一つもないのだ。


 「こんなやつらがいる時点で、この建物も人も、腐ってるんだ。ならばもう取れる選択肢は一つだけだ」


 「―――ぁ」


 僕は己の内に宿る属性を意識し、その力を行使する。


 原子属性。―――その真骨頂である。


 「(僕の権利ばかりが侵害される。僕の考えばかりがいつも否定される。だから僕の権利を侵害するものすべては―――!)」


 じゅくじゅくとあふれる黒い淀み。外観がずれたような力が僕の身体全体を覆う。


 「ここで終わるべき、”義務”なんだよぉぉぉぉぉ――――ッ!!」


 ごうっ、と僕を取り巻く深淵が全方位に分散する。


 それだけだ。それだけで、その一瞬で、僕の権利を侵害し、仇なす敵を丸ごと消し飛ばす。建物も、人も、証拠も、意思も、何もかもを文字通りの無に帰す。それが僕の慈悲ある裁きである。


 「はぁ・・・。これだから人の権利を尊重できないカスは困るんだ」



 残ったのは更地となった平面に立つ僕だけだった。



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