第二章32 『グルティカ』
けたたましくなる咆哮。それが襲撃の合図だったのか、と世界が大きく揺れる。声にならない叫び声を上げて商店街の人達が必死に出口向かおうと入り乱れる。
しかしそれはモンスターが許さなかった。
逃げ惑う人よりも俊敏な動きで屋根を構成する骨組みを移動し、出口へ向かう人の前へとその姿を現した。
「GYUOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
叫ぶ。民衆はその怒号にすぐさま来た道を引き返し、商店街の奥の方へと濁流のように逃げていく。
「あのモンスター、結構頭いいぞ」
「うん。集団で逃げる人を分散させた。これであのモンスターが逃げる人の攻撃で傷つく可能性が低くなったね。それに、奥の方は逃げ道はたくさんあるけど、一つ一つが小さいから余計逃げにくくなる」
壁際でその様子を見ていたオレとアイストースが同様の意見をこぼす。オレはたくさんのモンスターを見てきた上、『平面の集中力』で周囲の状況を把握しているので武器がなくとも最低限の逃げ道を確保することはできる。だが、アイストースに慌てる気配がないのは謎だ。
「落ち着いてるな」
「あのモンスター、動くものにしか反応しない性質だから。鼻もいいし目もいい。でも動かないものに対しての関心が薄いんだよ。自分に驚いて逃げる獲物を刈り取るってタイプの害獣だからここは動かない方が吉。でも・・・」
アイストースは不思議そうに商店街入り口で威嚇するモンスターを見て言う。
「モンスター襲撃事件なのはわかる。でもなんで今度もここで起きたんだろう?」
「どゆこと?」
「モンスター襲撃事件はいろんな場所で起きているから、同じ地域でもう一回起きるとかないんだよね。だから不思議なんだよ」
アイストースが言うには、モンスターの襲撃事件は同じ地域では起こらないという特性があるそうだ。これは『武装生徒会』が独自で調べた結果らしく、関連性はこれと言って特にない模様。
しかし今こうして同じ地域、それどころか同じ商店街でモンスターが出没した。そのことにアイストースは困惑しているようだった。
だが、困惑しているだけでは問題は解決しない。
「あのモンスター、なんとかしねぇとな」
「グルティカ」
「え?」
「あのモンスターの名前」
振り向くと、アイストースが学生鞄から変わった形状の武器を取り出す。ボウガンを小型化したような形状の、――おそらく”銃器”と種類分けされる武器。それを二丁だ。その片方をオレに手渡す。
小型で軽そうと言う思いとは裏腹にそれは重かった。持てないと言うほどではないが、それでも構えてみると片手だけでは照準を合わせることができない。
「銃を使うのは初めて?」
「そうだな。でもだいたい連射できるボウガンって認識であってるか?」
「だいたいあってる。あと、それ両手で構えた方がいいよ。あと、弾丸は規制されてるから対大型獣の催涙弾が入ってる。人には無害だけど、当てない方が後々身のためだよ」
「了解」
あくまでもこれは殺傷用ではない。敵をひるませるだけのものである。実弾がないのはこの際仕方がないとして、なぜにアイストースがグルティカと戦闘をしようとするのが分からなかった。動かなければ関心は向かない。なのにわざわざ動いて注意を引く意味が分からなかった。
「逃げないのか?」
「この商店街は”私”の思い出の場所だから」
学生鞄を置き、身軽になるアイストースが言った答えはまさにアイストースの本心そのものだった。息を吸い、高鳴る心臓を抑えようと必死になるアイストースのその無意識の態度には嘘も偽りもなかった。
思い出の場所。
それだけで人はおそろしく強くなるのだと。
「マックスとエルが死んだときは、”私”はそこにいなかった。次の日に二人の死亡を聞いて、商店街に行ったら、一部が半壊していた。”私”の服を仕立ててくれた店がその被害にあってた」
「・・・」
「この商店街のおかげで、”私”がある。誰も知らない”私”の話を聞いてくれて、シャーベットをくれて、涙を拭いてくれて、頭をなでてくれた商店街のみんなを、この商店街を壊されたくない」
拳銃を握る手に迷いはなかった。震える体も、今は静まっていた。
失う怖さが、壊されるつらさが、アイストースに力を与えていたのだ。
「だから、――――戦う」
息を吐き、アイストースが走り出す。
逃げ惑う人々を見て、いやな声を漏らすグルティカの方へと、まっすぐに。
「くらえ!」
アイストースが振り抜く銃口。引き金がカチリと鳴る。一瞬遅れてパン!と軽い音が響き、自身が攻撃されるとも思っていなかったグルティカの顔面が粉塵に覆われた。
「GYUUUUUUUUOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!???」
自身の顔面に掌を当てて首を振るうグルティカの苦鳴が音のナイフの如く、あたりに撒き散らかされる。対大型獣の催涙弾はどうやらモンスターにも効果はあるらしい。しかし、あくまでも時間稼ぎにしかならない。大きく身体を揺らし、粉塵から脱するグルティカの黄色い瞳は敵を探していた。しかし、その顔の半面にさらに粉塵がたたきつけられる。
見れば、障害物に身を寄せ、動きを止めるアイストースが狙い撃っていた。
きれいな迎撃にオレは果たして参戦するべきか迷う。何せ、こういう飛び道具を使う戦場に居合わせたことがないからだ。
「(こういう時どうすっかなぁ・・・。斧と脛具は家だし、『雷撃』はこの天候だと一回が限界、でもって屋根のガラスを貫通しちゃうから駄目だよなぁ。かといって『幻影操作』も『電気ショック』も直接グルティカに触れなきゃいけないからかなりリスキーだ。しかも道が舗装されてるから砂鉄も取り出せないときた・・・)」
オレの属性による攻撃手段はたいていが環境や他者依存であるために有効な攻撃手段がない。『悪意の翼』があるが、あくまでもそれは最終兵器だ。勿論、使う必要に迫られれば使わざるを得ないが、超高火力&超広範囲の技でもあるためここで使うのはアイストースの動機上よろしくない。
しかし、何もしないわけにはいかない。
今もオレが動いていない間、アイストースはグルティカが粉塵を晴らす度に催涙弾をぶつけている。あれだけの頻度でぶつけていればものの数分で残弾は底を尽きる。俺も拳銃を渡されているが、初めて使う武器だ。『平面の集中力』で相手の場所を正確に観測できても、催涙弾を命中させる自信はほぼない。
「慣れてねぇ武器を使うってなぁ・・・。―――!」
なんというか、かけっこで「一緒に走ろう」と約束したのにゴール直前に追い抜かれた気分だ。
と、オレが勝手に絶望しているところ、晴天の霹靂の如く『平面の集中力』を通して再生される脳の世界に異常が走った。
瞬間、オレの脚が動く。グルティカが催涙弾でひるんでいると”思って顔を出している”アイストースへと向かって。
感知したのはグルティカの頭の動き、そして手足の筋肉の動きだ。それが催涙弾の煙幕をかき消そうとしていると同時に、こちらを狙うアイストースへと猛突進を決められるように方向転換をしていたのだ。
何度も同じところから撃たれていればさすがのグルティカも気づくだろう。
自身の敵が障害物に隠れてずっと同じ場所でこちらを狙っていると――。
「アイストース!」
声を張り上げ、「え!」とこちらを振り向くアイストース。その無防備な体をタックルを決めるように弾き飛ばした。
そして直後にアイストースの頭のあった場所をグルティカの顎が通り過ぎる。わずかこの差一秒。ぎりぎりオレのタックルが間に合った。
「え、なんで???」
「ずっと同じ場所で攻撃してたら気づかれるだろぉが!」
「――――ぁ」
オレがタックルしてきた意味と、催涙弾でひるんでいたはずのグルティカの攻撃が飛んできた意味の、二重の困惑にオレの突っ込みが炸裂する。
しかし今は呑気に説教を垂れる暇はない。オレは持ち前の腕力で倒れたアイストースをお姫様抱っこし、『平面の集中力』が観測した背後から迫りくるグルティカの爪を右にかわし、その顔面に突き出た鼻先を思い切り踏み台にして跳躍する。
そして商店街の店、そのベランダへと足をかける。
「すご・・・・」
「高所っちゃ高所だけど、あいつ確かもっと跳躍力あるだろ・・・。やべぇな、リアルにこっから先の対処法が分からねぇ」
アイストースがオレの身体さばきに驚嘆の声を漏らす。しかしオレはあまり現実を直視したくなかった。
グルティカの目が確実に警戒色を帯びているのだ。少なくとも、今さっきまでの強者が弱者をいたぶるような、油断を見せてはいない。次は催涙弾すら当たらないだろう。
動かないことが最善手ではあるが、こうも動いて挑発して蹴りを食らわせてしまった以上、グルティカの関心はこちらに釘付けだ。
「オレ一人だったら全然永遠に時間稼ぎできるけど、アイストースもいるしな・・・。二手に分かれたら確実にアイストースが狙われるし、一組でやるにしても逃げにくくなる。アイストースは属性技とか使える感じ?」
掛けてみたのはアイストースが属性技という攻撃手段を持っていることだ。
的確に使えば確実に生物の弱点を突けるが、
「ごめん、まだ属性の方はからっきしで・・・」
「あぁマジかよ」
即座に希望が切り捨てられた。
そうなるとここで睨み合いをしなければならなくなる。しかし相手の動きに依存してしまい、下手を打てば最終兵器を使わざるを得なくなってしまうが―――。
「やっば」
感知したのは明らかな攻撃の意思。そしてグルティカの足の筋肉の動きだ。確実にとびかかって攻撃をするつもりか。そうなれば催涙弾を撃ってもこちらも被害は免れない。
「(ここはもう一度合わせて飛ぶk)」
すぐさま今できる最大の対抗策を探し出し、オレはアイストースを抱き上げたまま飛ぼうと脚に力を入れて―――、
どこからともなく飛来した振動の刃が跳躍するグルティカの身体を縦真っ二つに切り伏せたのだった。