第二章30 『武装生徒会』
日が沈む前、窓から差し込む光は半透明の光からオレンジ色の光に変わっている。
アイストースに連れられた先はかなり『置物入れ』と銘打たれた部屋であった。元々はここがまだ小さい学校だった時にできた体育館らしく、今では使わないがしかし、学校内に建てられているせいで取り壊しも難しく、結局もう学校で使わなくなった実験器具や壊れかけの椅子やら机やら積まれただけの場所となった。
「さぁさ、入ってみようか」
人気のない場所。一階にある小型の体育館、その扉をアイストースは躊躇なく開け、オレの腕を引っ張って中へと入る。
瞬間、空気が一変した。
「やっぱり自分より大きい敵を相手にする時は柔道とかがいいよね?」
「銃器って普通の武器とは違って属性を銃弾に纏わせられないじゃん? だから元々の銃弾の中身に属性結晶を入れるとか・・・。まぁ、そもそも属性結晶が手に入らないけど」
「ねぇ誰か帰りに勝負しようよ! 水属性使える人でお願い! 水蒸気爆発を起こしてみたいんだ!」
確かに部屋の半分は置物で埋められていた。しかし、それでもあまりある広さでおよそ十数人の声が辺りを埋め尽くしていた。机をくっつけ合わせて紙を広げて何かを書き込む者、体育館の中央で格闘技をする者、部屋の隅で模擬銃をいじくる者、熱心に本を読む者と、たくさんの生徒が生き生きと活動していた。
そんな活気あふれる生徒のうち、扉近くにいた生徒がオレとアイストースに気が付き急ぎ足で此方に近づいてきた。
「アイストースちゃん、今日は部活来ないんじゃなかったのかい? その隣の生徒は?」
「ウチのクラスの編入生だよ。修羅場をくぐってる目をしてたから連れてきちゃった」
「――あぁ、噂には聞いてるよ。危険思想の統合失調症患者の生徒さんか」
「あれ!? 伝わり方ひどくね!? そして 何一つたりとも当てはまってねぇ!!」
「あぁ違うのかい!? 公爵一族のオベロンを論破したと聞いたから余程の命知らずなのか、それともそういう病気なのかと疑ってしまって・・・。すまない」
ぺこりと頭を下げる銀髪の色白の男性。そして明かされるオベロンが公爵家の生まれだということ。道理で一生徒を言い負かしただけで悪い噂が尾ひれついて全クラスに広まるのかと、妙な納得をしてしまう。
オレは一応とその男の謝罪を受け入れ、改めて自己紹介をする。
「オレはゼクサー=リベリオン。訳あってパーティアスから家族で引っ越してきたんだ。アイストースにこの部活を紹介されたんだ。まぁ、よろしく」
「僕はロード=グリティニア。僕は五年生でね、一応この部活の部長的な立場にある。でもこれと言って権限らしい権限はない。勉強でもなんでも自由に聞いてくれ」
どうにもキザっぽい印象が取れないが、それでも中々物腰が柔らかい。
そんな温厚な雰囲気が漂うロード。きっと正義感にあふれていたり、学校の風紀を乱すのをよく思わない人なんだろうな。そんな清廉潔白をにおわせるロードがふと口を開いた。
「一応言っておくけど、この部活は非公式なんだよ」
「え」
「いや! そういう不良集団とかいう意味じゃなくって、ここは元々自習室みたいなものなんだ」
なんか今キャラ崩壊するようなことを言わなかったか?と驚くと、ロードはオレが誤解していると首を横に振って弁明する。
「それが人数が増えて、合宿とかやってるうちに部活になったって感じなんだ。でも学校の規則では生徒が戦闘に関連することを学ぶことは一部の護身術を除いて認められていないんだ。だから実質この部活は部活であろうと何だろうと認められていないってわけさ」
「それって問題じゃねぇか」
「それはそう」
オレの指摘にロードはあっさりと首を縦に振る。しかし「よく考えてみてくれ」と言って弁明を続ける。
「確かにこの国は外を大きな壁で囲われていて最近のモンスター襲撃事件のことを除けば、モンスターと戦うことなんてそうそうない。暴動もアンドロイドが代わりに粛清するから対人戦闘術だって必要ない。――まるでこの国が僕らを戦いから遠ざけているように、そう思わないかい?」
「まぁ、そうだな」
「国が「子供に戦争術を教えるべきではない」とか、最もらしいことは言うけれど、”もしも”の時対処できるのは僕らだけなんだ。例えば、国中のアンドロイドが暴走を起こしたり、モンスターに壁を壊されて侵入されたり、もしかしたら政治批判団体が暴徒と化してアンドロイドでも抑え込めない暴動が起きるかもしれない。その時、僕らができることはなんだ」
「・・・」
「黙っている。見ている。あぁ、傍観者でありたいのならそれでいいとも。だけど規模が大きくなれば、必然的に観客である僕らにも剣先が向く。巻き込まれる。そうなれば己を守れるのは己だけ。でもそんなこといつ来るのか定かじゃない。だから”今”こうして準備をしているのさ」
ロードの信念。確かにそれは規則上よろしくない。しかしロードの言葉のすべてを否定できるわけではない。パーティアスに比べて安全なのは確かだ。その分、危険でもある。そんな中、自らを守るために戦闘術を学ぶ。そんな彼を責める言葉も態度も気持ちも、オレには出てこなかった。
「ここはそういう人達の集まりなんだよ」
アイストースがオレの方を叩いて言う。
オレはそれに「そうだな」とだけ返した。それ以外の言葉を使うのは、なんというか 蛇足だと思ったからだ。
A A A
部活内ではオレの存在を認知するなり避けるようなことをする奴はいなかった。最初こそ、言われようのない噂話をされたが、彼らは飲み込みや状況把握能力が優れているのか、オレの誤解はすぐに解けた。
そして今オレは―――、
「え、電気属性なのか!?」
「なるほど斧で・・・」
「”本場”のモンスターを倒したこともあるんだろう! どんなモンスターが出てきたんだい!? 詳しくでいいから教えてもらえないだろうか!」
わちゃわちゃと数人の生徒に質問攻めにあっていた。
分野は問わず、オレという存在がとても奇妙なものなのか、彼らは加減というものを知らない。
「ねぇねぇ、今って電気出せる?」
「いや、オレは放出するとこまで行ってないから生体電気操るとか雷雲を操作することくらいしかできねぇよ」
「え!? 生体電気?は知らないけど、雷雲を操るってすごくないか!? 空まで何千と離れているのにそれを操るって、つまり落雷も操作できるってことかい!?」
「できるっちゃできるけど晴天の日は無理だぞ。頑張っても一発が限界だ」
「マジかよ晴天の霹靂ってやつじゃん! なぁ帰りに一発見せてくれよ! 屋内から操作とかできる? やっぱり障害物があるとできないって感じかい?」
「おうおうお前ぐいぐい来るな・・・」
少し答えただけでこれである。戦闘術というよりかは何かしらの生物実験にされているという感触が正しいだろう。
オレが質問で圧死仕掛けていると、アイストースが待ったをかけた。助けてくれるのかとオレは少しほっとした。
「こらこら、ゼクサーが潰れかけてるでしょう。そういう質問はまた暇ができた時にゆっくりとした方がいいよ。質問攻めしたら詳細な戦闘記録が取れないでしょ?」
「「「「た、確かに・・・・」」」」
違う。寿命を引き延ばされただけだった。どうやらアイストースは悪魔だったようだ。
オレの冷たい視線にしかしアイストースは気づかず、「それより」と提案を申し出てきた。
「君が良ければだけど、今日の帰り付き合ってよ」
「うん???」
「よし、行こうか! 部長、”私”帰りますね」
「あぁお疲れ様。ゼクサー君にあまり無茶はさせないように」
疑問の「うん」を肯定と捉えられ、オレの片腕を摑み有無も言わさずにアイストースがすごい力で引っ張りロードへの挨拶とともに部室を去る。急な場面展開にオレは少し思考が停止し、気が付いた。
まさかの、アルテインとは違う女子にデートの誘いを受けてしまったのだと。