第一章11 『一日の終わり』
「生態電気・・・・?」
聞きなれない言葉にオレの首が傾いた。
その言葉にイドが首肯する。
「生態電気、・・・習わなかったか?生物で・・・」
「いや、習わなかったな」
「そーか、んじゃーこれが初見って訳だ」
イドの確認にオレは首を横に振る。その様子にイドはチョークを持って、黒板の頭の断面、その下に腕と手を描いた。
「生態電気ってのは、生物が生活の為に生み出す電気、その信号の事だ。例えば、手足の動き。道端にBL本が落ちてたら手を伸ばして取るだろー。あれって一見筋肉の動きなんだが、実際は筋肉を動かすための電気信号によって筋肉が動かされてるんだよ」
「えッ!?ちょっと待て!それじゃオカシイだろ!!」
オレは突然のイドのカミングアウトに目を見開いた。
だってそうだ。電気属性の特権と言えば自家発電にある。人の体内から電気を生み出すことが出来るんだ。それなのに、生物は皆自家発電が出来る・・・・ッ!!?
「それじゃッ、それじゃぁ、この属性はどういう事なんだよ・・・ッ!!」
「あー、落ち着けよ」
「落ち着いてッられるわけ無いだろ!!オレにしか出来ないと思ったことが、他人にも、普通の人にすら出来るなんて!そんな、そんな事がッ・・・・・」
「―――ゼクサー=ルナティック」
「――――ッッ!!!」
焦り、不安、憎悪、悲哀、色んな感情が入り混じって立ち上がるオレの耳をオレの名前がぶっ叩いてきた。
衝撃で足元がぐらついたが、なんとかその場で踏みとどまった。
「生態電気は確かに生物の身体で生み出されるものだが、微弱だ。だが、電気属性はそれとは比にならない程の電気量を生み出すことが出来る。これは、真実だ」
「そ、そうなのか?」
「俺が嘘つくタマに見えんのか?まーなんにせよ、普通の生物がショックガン並みの電気を発せれるんならもうちと文明の科学技術発展は早かっただろーな」
「そ、そうか。・・・そうだよな。・・・よかった」
一瞬の熱量が消えうせたかのように、オレの膝が落ちて、地面に座らされる。
「(確かに、みんながみんな同じような奴だったら電気柵だってもっと早く作れてただろうし、電気料金だって全然安いはずだしな・・・)」
それを見て、うんうんと頷くイドが話の続きを口にする。
「そゆこと。んで、筋肉だけじゃなくって、脳内興奮に関する物質の分泌も生態電気が関係してる。分泌量や受注の制限は電気信号なしには行えねーんだ」
「そ、そうなのか・・・」
「んで、強化の話な。電気信号を電気属性お得意の電気操作、簡単に言えば制御性で上手く量の上げ下げをすることで、ノーモーションで完全集中状態になれる。この状態は平たく言えば火事場のなんちゃらって状態だ。その逆もまたしかり」
「逆・・・?」
「落ち着くんだよ。怖いくれーに異常に、落ち着いて状況を把握する」
発した一言、その一言にオレは困惑を隠しきれなかった。
落ち着く。
確かに聞こえはいいが、完全集中状態と比べればそれはいささか戦力としては足りないのではないか。
オレの疑問を読んだのか、イドは「そんなことねーよ」と前置きして、弁解する。
「特にキレまくってた時に、セニトロン。――快楽抑制物質を出す事で、興奮故の隙を狙っていた敵にの思惑を鼻から潰すことが出来る。それに、相手の身体を通じて神経伝達物質を制御することで精神の安定を促し、手負いの獣みてーな凶暴性を鎮めたり、色々な悪さが出来るぞ」
「――――」
納得した、とまではいかなくとも、”興奮故の隙を狙っていた敵にの思惑を鼻から潰すことが出来る”と言うことに関しては興味がそそられたと言うのは事実だ。
「故に、生態電気ってのは、基礎だがどんな時でも使えてしまう万能技なんだよ!」
「・・・・」
「生物の興奮・抑制、だけじゃねぇ。止まった心臓を電気ショックで起こす人命救助。生態電気の指向性と制御性を調整すれば相手に触るだけで掌スタンガンなんてできる!もしくは内側から生体電気を無くすことによって生命停止なんて技も出来る!」
「おぉッ!」
黒板に書き連ねていく”出来る事”リストにオレは反射的に眼を輝かせていた。
「出来るのか・・・そんなことが!!」
「あー、初心者なら範囲こそ限られちまうが出来ねーってこたーねーよ。それに、電気ってのは無限の可能性を秘めている!」
イドの断言にオレはもう既に吞まれていた。でも、それでいいと思ったのは本当だ。
コイツの指導なら、世界に”電気属性”の価値を知らしめることが出来るって事が確信に変わったからだと、そう思う。だからなのか、能力なのか、それとも自然になのかは分からないが、身体の内側がどんどん熱く感覚を覚えて―――、
「何を、すればいいんだ?」
切り出しは、正にそれだった。
「何をすれば、その基盤ってのは手に入れられるんだ?」
今日から、と言わず今からでもオレはその為の試練を始める気だ。
オレの熱視線を受けたイドは微笑を携えて、こう返した。
「まずは、その火照った気分を元の状態にに安定させるんだ」
A A A
「元の、状態・・・そんな事する必要あるのかよ」
オレの問いにイドが首肯する。
「無駄に気分を乗らせると終わった後鬱になりやしーからな。今日から夏休み潰すんだからしょっぱなから鬱になられると困る」
「・・・・でもよ」
「これからする鍛錬は、興奮状態よりかは精神安定状態の方がやりやしー。脳内麻薬だって連日出しまくってると普通にヤク中とそー大差ねーからな。安定した精神統一。正にそれでやってもらった方が伸びるんだよ」
「そ、そうなのか・・・・」
イドの指摘にオレは頭の中に「落ち着け、オレ」と集中する。
それでも火照った身体は熱くなったまんまで――――、
「ヤベェなこれ。熱くなったまんまだ。多分冷やしても、治らねぇ」
「病気みてーに言うなよ、ルナ。池に突っ込んでも寄生虫と大腸菌の餌になるだけだからやめとけよ」
オレが池に飛び込んで物理的に身体を冷ます方法を取ろうとすると、そを先読みしたイドが「あいや待て」と、掌を突き出してきた。
「お前自身が無意識的に気分を上げた。自然と出てきたドーパミンに更に上乗せで電気信号が受注したんだ。無意識っつってもルナの身体でルナの脳がそう判断したんだから、病気感覚で言ってくれるな。”治す”じゃなくて”直す”な。”治す”は自己否定に繋がりかねーんだ」
言葉の選び方にすら違いを見出してくるイドに、オレは自身の言葉の選び方を直す。
「そうか、直すか。分かった。・・・でも、どうすればいいんだ?」
外部からの物理的冷却は却下され、オレ自身ではオレのこの火照りの収め方が分からない。
悪い感覚ではないのは確かだが、時と場所によりけりだ。今この場では必要ないと宣言されてしまったこの火照りをどうにか強制と言わずに自然と引き下がらせる方法はないのか―――、と。
そう思ったのが通じたのか、イドは助言を与えてくれた。
「”落ち着け”って脅迫するな。”オレは今、リラックスしている”と、”力を抜いているんだ”と言い聞かせるんだ。それを言葉で、後は脳ミソに気持ちで。そーしたら、属性はその通りにしてくれる。過剰なアドレナリンを抑制するセロトニンを出してくれるよーになる」
「分かった・・・・」
目を閉じて、まるで気だるげな息を吐いて両手をゆっくりと胸から下に降ろしていくイドをオレもまたマネする。
「(オレは、今、リラックスしている。・・・・そうだ、オレは今落ち着きまくってる。力を抜いてるんだ・・・)」
そう言い聞かせて数十秒、変化が訪れた。
不思議より、違和感。その言葉にあてはまるように、まるで火照りが酸素不足で鎮火したように無くなっていったのだ。
燃え続けるための有機物が空になり、その炎がゆっくりと息を沈めていく。
濁流が火を押し流したのではなく、火そのものが衰えていくような・・・・。
「落ち着いた・・・・・か・・・」
完全に火の気が無くなったオレの身体は不思議と芯から冷くなっていた。
「みてーだなー」
自身への確認も込めて口端から言葉を零すと、それにイドが反応する。
それに付け加えて、イドは言う。
「なんにせよ。その状態じゃねーと鍛錬はできなかった。これは確実だ」
「そうだな」
「んでもって、ルナは鍛えるべき箇所三つ。細かに言えば五つある」
「あれっ!?増えてる!!」
イドの指摘の数にオレは仰天した。というか、最早初見の反応だ。
「あれ!?オカシイじゃん。三つなのに五つって、数があってねぇよ!?」
オレの指摘に「いやいや」とイドは首を横にする。
「基礎三つ、応用二つ。これで分かるかルナティック」
「いやそんなDJみたいなノリで言われましても・・・」
思い当たる節がない。そういう目でイドを見ると呆れた顔をされた。
だがすぐに表情を戻すと顎に手を当てて何かを納得したように言った。
「確かに、言葉足らずなところは認めるが、あーそーか。確かにルナの頭の処理なんて一般人よりちょっと早いってだけで、どこぞの真実100%の探偵じゃねーんだった。そりゃ理解できなくっても仕方ねー」
「あん?」
「そーだな。ルナ、基礎三つ。これは分かるか?」
イドの突然の質問にオレは一瞬虚を突かれそうになったが、なんとか声を絞り出す。
「そう、だな・・・。斧と、脚と、電気・・・か・・・」
「そーだ。攻撃手段は斧、そして脚。防御面では脚。それ以外、主にサポート面では電気だ。これを中心に鍛える訳だが、多分素材が良ーからここら辺の鍛錬は電機以外多分すぐ終わる。それで、応用の二つだ」
「そこで出てくるのか応用。前兆のない話は勘弁してくれよ。ついてけないから・・・」
「それはまー無理だから察して、として置いて、残りの応用二つ。これに関しては遠距離高火力の技と、ちょっとした体術だからな。まー、とりま前者の基礎三つ出来てから詳細は話すとしよーかな」
「何それめっちゃ気になるんですが」
途中でもったい気に話を中断させるイドにオレはその続きが聞きたくてたまらなくなった。
”遠距離高火力の技”。これが一番気になったのだ。
「(現在では、斧と脚くらいしか攻撃手段がねぇ・・・。威力のほとんどを斧頼みになるってのに、遠距離からの高火力技って、そりゃぁ気になるってもんなのに・・・・)」
イド的には、こういうご褒美制がオレの成長に一番役立つってことなのか?確かに、やる気は出たが、そんなに不自然なほどの高揚感は全くないし、やっぱイドって男を手玉に取るの上手すぎねぇか?
最早女よりも男をよく分かってる奴だと、そう思いながらイドを見ていると、イドが此方を振り向いた。
「そろそろ、だな」
「え?」
「そろそろ、ルナの家の母親が落ち着く頃あいだ。しかももー結構時間的にはおせー」
イドがそう言って空を見上げる。それに釣られて上を見ると、もう日が沈んでいた頃合いだった。
それと同時に分かることはイドとのお別れだ。
「明日昼過ぎに来いよ。学校の宿題とかやってからな。待ってるから」
物悲しく感じるオレにイドが手の平をヒラヒラしながら明日の予定を取り付けてきた。
せっかくできた友達?・・・親友?・・・・知り合い?・・・師匠?・・・何にせよ、オレを応援してくれる奴との別れはつらいって話だが、イドはソレを感じさせる前に話を斬りこんできたのだ。
オレはそんなイドの間の良さに肩をすぼめて同じくイドに手を振る。
「分かった。待っといてくれよ。オレ、行くから」
「あー、わーってる。すぐ来いよ。来なかったら俺が迎えに行くことになる」
「やめてくれよ。上半身裸体の変態がウチを尋ねるなんて狂気の沙汰じゃねぇか」
「遅れんなよ?行くからな」
「やめてくれ。オレがますます孤立する」
軽く言葉のドッジボールをして、オレはイドに手を振る。やがて見えなくなって、フェンスを飛び越えて森を抜ける。
空は暗いオレンジで、辺りは人気がほとんどなくって―――、
「んじゃ、明日だな」
オレの心はと言うと――――。