第二章27 『やばい奴』
「学校初日はどうだったかなぁ? どうだったかなぁ!?」
ここはディモンズ・オクトロン王立学校の校長室。最初は有名な学校の校長室なのだからゴテゴテと高そうな装飾品があるのかと思っていたが、どうにも校長先生が中々の曲者だったらしい。例えば壁には鳥の壁紙が一面に張り付けられており、四方八方にはこれでもかとでかい鳥の肖像画があり、観葉植物の代わりに人間サイズの鳥の彫刻、棚の上には鳥の置物、野鳥観察・撮影の大会で優勝したトロフィーがありったけ並べられている。
もう中毒者のそれにしか見えなかった。
「(よく見れば床のカーペットも鳥だし椅子やら机やらも鳥の形してやがる・・・)」
鳥がゲシュタルト崩壊を起こすような空間の中、いまだ声を大にしてこちらに問いかける人物が一人いる。
フクロウのような形に白髪の入った黒い髪に、整えられた白い髭。紳士のような礼服を着ているが、よく見れば小さい黒い鳥のアップリケが全面的に縫い付けられている、なんとも面妖な初老の男性だ。
これが現王立学校の校長、―――ライン=ルッチ校長先生だ。
校長先生はオレ達の視線が校長先生ではなく、部屋のあちこちに散らばった鳥に向いていることに気が付き、一人で勝手に解説を始めた。
「この鳥はセキセイインコという種類でね。人の言葉を覚えて喋ってくれるのだよ! しかもオウムとは違って小さくて賢くてかわいい。あまりにも可愛いものだから部屋の用具や壁紙カーペット一式をセキセイインコの柄にしたのだよ。無論自腹だが」
「可愛いですね。そこまで詳しいということは飼ってるんですか?」
「いや、死んだ」
「「え」」
さらっと流されるセリフにオレとアルテインの口が開いたまま止まる。校長先生は至って笑顔だ。何この先生やばい感じがするんだが・・・。
オレ達が固まっているも関係なく、校長先生は話を続ける。
「病気でね。当時の流行り病に感染してしまって、えずきながらみんな死んでしまった。大好きな私に視線を送りながらそのままみんな、私が見ている前で死んだ。私はどうすればいいのか分からなくて、ずっと見続けることしかできなかった。「大丈夫だ!」と笑いかけていた私は、あのインコたちから見れば悪魔のそれだっただろう。そうして、私の飼っていたインコは死んだ。それだけさ」
「なんか、・・・・すいません」
アルテインが申し訳なさそうな表情で頭を下げると、校長先生は「いやいや」と手を振る。真顔であるところを見ると、本当に気にしていないことがうかがえる。それどころかハッとした表情でオレ達を見てきた。
「それで、今日の学校はどうだったんだ!? どうだったんだい!?」
驚くことにこれである。今さっきまでの重さはどこへやら。インコの命は残念、でもそれはそれといったような、まるで今さっきの会話がなかったような空気になった。
オレとアルテインは少し校長先生に引きながらも、質問の答えを口にした。
「えぇ、まぁ前の学校よりかは全然楽しいと思いますよ」
「すごい注目されてしまって、その、・・・早く慣れるように頑張ります!」
オレは当たり障りのない答えを、アルテインは少しもじもじと肩を揺らしながら答えを出す。どうやら休み時間に女の子から「女の子みたい!」と言われることが違和感に感じるらしい。
「ではでは! 今日見てきた中で一番印象に残ってる先生は!?」
「皆していろんな方向にぶっ飛んでるから一番とか決められません」
そういうオレの頭の中では今日見かけた先生が一覧になって思い浮かぶ。
「(数学の公式にリアルに興奮するケルネ先生、ネテロ先生に恋情を抱くガチホモ国語教師のアームロンド先生、人間以外のあらゆる生物に《アッ―!♂》的興奮を覚える生物学教師のタイガ先生、自営業手伝いと太陽神教の牧師と先生の主任を兼業しているゼナーク先生と・・・)」
地獄も恐れおののく先生の中から一人を選ぶなんて出来なかった。
しかしアルテインはそうでもなかったようで、一人の先生を挙げた。
「ボクはネテロ先生が一番印象的でした」
確かに、と何故かオレは納得してしまった。
ネテロ先生は美術の教師だ。今日は美術の授業がなかったとはいえ、ネテロ先生は先生あるまじき発言を平気でし、何事に対しても大体無気力だったりする。朝礼でも話し方は大体棒読み、生徒の性格を無視していいと公言するあの精神性にはすさまじいほどに「教職」には不釣り合いだと感じた。
そしてもっと不思議なのはアルテインで盛り上がっていたクラスだったのに、ネテロ先生が注意を促すだけで静まり返ったことだった。
編入生が男の娘なら、そりゃぁ先生の言うことの一言や二言気にならないかもしれないのに、ウチのクラスは一瞬にして口が止まったのだ。
一種の洗脳教育に見えたがしかし、真相は闇の中、ましてや編入当初から先生の真意まで分かるわけがない。
校長先生は「ふむ」と顎に手を当てる。
「ネテロ先生か・・・、具体的にどんなところだい?」
「クラスを統率しているような雰囲気とか微塵もないのに、クラスの皆がネテロ先生の注意をすぐに聞くんです。それがちょっと不思議に感じて・・・」
アルテインがネテロ先生への疑問を簡潔にまとめた。それにオレはうんと頷く。
校長先生は「ほうほうほう」とフクロウの鳴き声みたいな声を発して、机から立ち上がり窓を見る。
「―――ネテロ先生はすさまじい人でね・・・。数年前に起きた貴族優生思想のいじめっ子たちによって廃体育館で行われていた喧嘩賭博に参戦し、主催者とその関係者全員を〆たことで有名なのですよ」
「喧嘩賭博・・・?」
「喧嘩賭博は学年に散らばったいじめグループがお金や物品、中には身内や仕事関係の秘密を人質にして生徒にいうことを聞かせ、他のいじめグループの言いなりになっている生徒とを喧嘩させ、どちらが勝つかを賭ける忌むべき遊戯です。今はもう廃体育館は取り壊され、ネテロ先生を筆頭にいじめグループを軒並み鎮圧したので今の状況で貴族優生思想の生徒はほとんどいませんが・・・」
「つまり、その喧嘩賭博っていうのをネテロ先生が鎮圧したから、それに恐れ慄いて生徒がネテロ先生の指示に従うってことですか?」
「正解だよゼクサー君。私はその時はまだ一般の教師で、いじめがあることは知っていたが喧嘩賭博に関しては全く知らなくてね・・・。非常勤務だったからというのもあったけど、前の校長と教頭、教師陣の数人がもみ消していたらしいんだ。だからいじめを知っているのはほぼおらず、ましてや喧嘩賭博を知る者は五人もいなかったと思う。―――しかし、ネテロ先生は気が付いたのだ」
校長先生は窓から目を離し、再び事務机に向かって座る。
「よく、生徒を見ている人だよ彼は。だからこそ喧嘩賭博に気が付き、なだめようとする教師数人と校長、教頭をぶっ飛ばし、一人で喧嘩賭博に殴り込んだのさ」
「「まさかの一人でッ!!?」」
オレとアルテインの驚嘆が重なる。ネテロ先生が他の先生も先導して乗り込んでいったのかと思いきや、まさかの先駆けの単騎決戦だった。そして教頭と校長をぶっ飛ばしていると聞き、さらに驚く
「武闘派なのかよネテロ先生って・・・」
「少なくとも多数を相手にしてよく勝てますね・・・」
「元冒険者で国外では密猟者の野営地を単独制圧する旅をしていたからね。集団戦はかなり得意らしい」
まさかのそこで明かされるネテロ先生の前歴。オレの目的の一つである。
「やべぇ、冒険者から美術家とか経路が分からねぇ・・・!」
「まったく接点なさそうなんだけど・・・」
「まぁ、それは私にも分からん! でもまぁ、彼に気に入られたら色々終わるから君たちはそのままでいいよ思うよ!!」
ぐっと親指を立てる校長先生にオレはげんなりと肩を落とす。何も大丈夫要素がなかった気がするが、そういう優生思想とかいう思想強めの人は前よりずっといないということは分かった。むしろそれ以外が分からない。
校長先生は「最後に一つ」と指を立てる。
「君達、好きな子はできたかね?」
「アルテイン」「ゼクサー君です」
「・・・・あぁ、えっと、そういうことじゃなくって、単純に友人として好きなこと言う意味だよ」
オレとアルテインの即答に校長先生が口ごもり、質問を言い直す。もはやここまでくると好きな子の名前でアルテインを出して恥ずかしくもならない。相思相愛なので不意打ちでもない限りアルテインも赤面せずに堂々とオレの名前を告げた。もうこれは結婚してるようなものではなかろうか。違うか?違うな・・・。
オレは顎に手を当てて考える姿勢をとる。
今日は特にと言って友人らしき友人には出会わなかった。大体の人気をアルテインが独占していたというのもあるが、まだ一日目だ。部活も見ていないし、同級生と何かを話す時間もなかった。
「(というかクラス全体が特にオレを敵視するような、あんまり良い印象を持たれていなさそうという現状もあるし、なぁ・・・)」
回答がないオレに対して、横にいるアルテインは少し目をつむったかと思えば即座に答えを出してきた。
「友人というのなら、ザック君とレーゼル君、あと隣のクラスのプリスクさんですかね・・・? まだあったばかりなので何とも言えませんが・・・」
「おいマジかよ。同じクラスどころか隣のクラスまで居るのかよ。コミュ力どうなってんだオイ」
友達0人に対してアルテインは友達三人。学生生活の初めからずっこけている気がするのはオレだけだろうか。
校長先生はオレの顔を見た瞬間、何かを察し話題を切り上げる。
「ま、まぁ、学生生活は始まったばかりです。これから部活や交流会、同好会を通じてたくさんの友人を作ってください」
「はい!」
「・・・」
察しが良いのも人を傷つける一つの要因になりえると、今日この瞬間オレは知った。
「(友達ほしいなぁ・・・。なるだけ裏切らない友達が、ほしいなぁ・・・)」
”電気属性”と分かった瞬間に離れていく友人達に家族。今まではそうだったが、今度こそはオレを裏切ってくれなさそうな友人が欲しいなと、オレはそんなことを思った。