第二章26 『クラスの結果』
軋む木の板。薄く輝く明かりの灯った天井に。教室が連なっている道の中、白い壁にはめ込まれた窓からは朝の光がさしている。
音は三つ。オレと隣にいる恋人と、編入生を案内する担任教師だ。
――ディモンズ・オクトロン王立学校。それがオレ達が今日から通う新しい学校の名前だ。
「(校長先生が中々面白い人だったから、先生も軒並み癖の強い人だとは思うけど、クラスになじめるかなぁ・・・?)」
「ゼクサー君、クラスに不安?」
「なんでわかるし。――まぁ、そうだな。少し不安。アルテインがちゃんと男子として認識されるかどうか」
「なっ、ボクはちゃんとした男の子ですよぉ!」
心を読まれた返答の軽口に、明らかに照れが混じったふくれっ面をするアルテインにオレは少し肩をすくめて見せる。
敷地面積はオヴドール学園のおよそ二倍。聞いた話ではブロシュートの王城約1.5倍あるらしい。学校の保有する山を含めれば王城の面積を軽く超えるようだ。オレ達二年生は全部で五クラス。しかしそれも学校の中のほんの一部で、四年生の棟を合わせても学校面積の半分もない。
王国内でも最大規模の学校として有名だが、それと同時に民度が高いから低いまでピンキリであることでも有名だったりする。
オレウス伝手で校長から聞いた話だと、民度の低い奴はマジで民度が終わっているらしく、養殖の統失みたいなのがいるらしい。ただ、民度の高いところでは割とクラスそのものがうまくまとまったりするとのこと。
詰まるところ、今からオレたちが踏み入れる場所はくじ引きなのである。
「鬼が出るか蛇が出るか・・・、こればかりはマジで運任せだな・・・、あんま期待してねぇけど」
「ゼクサー君のクラス観地獄ですか!? それに半分あきらめている!?」
「半分どころか大半あきらめてる。十割中十二割くらい」
「大半どころじゃない!?」
「兄弟とは聞いてるけど、こう見るとカップルだよなぁ君たち。先生としては別に構わんし、多分医務室の先生方が興奮するだけで終わるだろうから大丈夫かなぁ」
先導する担任教師が何やら不穏なことを言う。医務室の先生が碌な奴ではないことは十分に分かった。それも一人ではないということが、よく。
目の前の先生は美術を専門とする教師で、名をネテロ=クーリエと言う。高身長であり、茶色の天パ、眼鏡に白衣と、科学者の印象が強い先生だ。御年二十六歳のわりに俗世への哀愁を漂わせるバツイチの男性教師である。
ずっと歩いていくと、ふと突き当りの教室で足が止まる。
「ここが僕の担当するクラスでもあり、君達の新たな学校生活の始まりとなるクラスだ」
笑顔を見せるネテロにオレの気が若干強張る。
そのまま有無を言わさずにネテロは教室の扉を開け、ずんずんと教壇の上へと歩いていく。慌ててオレとアルテインもネテロの跡を追って教室の中へと足を踏み入れる。
――分散していた視線が、首の向きが、全部がオレ達へと向く。
最初に見えるのはなにか、良い印象であればいいのだが、どうにも今日は不穏な気配ぬぐえないでいた。
周囲の生徒の感情も心情も鑑みず、ネテロは淡々とオレ達を教壇に並ばせて言った。
「彼らは前言っていた編入生だ。今日からこのクラスで学校生活を送ってもらう。みんな、表面的でもいいから仲良く接するように」
そしてまさかの「表面的でもいいから」という教師あるまじき発言だ。これにはオレとアルテインも少し驚いた。
しかしさらにすごいことがあった。
先生の軽い紹介が終わった直後だった。
「え、兄弟でしょ? イケメンとすごい可愛い子じゃん」や「あれマジで男なん? 性別詐称とか性転換とかじゃなくって?」、「やだ、新しい扉♡」と、何かと変な好印象を持たれてはいるが、一人あからさまに大きな音を立てて椅子から立ち、叫ぶ男がいた。
「先生、俺は反対ですよ! マックスとエルが事故によって死んでしまったのは非常に悲しいことですが、その事実が伝えられてからまだ三日ですよ!? いくら何でも編入生が来る時期が早すぎるのではないでしょうか!?」
「彼はこのクラスの委員長をしているオベロン=ドームットだ。倫理と道徳を重んじるが、正直あの性格は無視していい」
オベロンという学生の猛攻。それを無視して学生の軽い紹介をオレ達にするネテロに強者感を見る。生徒の性格を無視していいとはやはりこの男、教師に向いてなさすぎる気がする。
自身の主張が空を切ったことに腹を立てたのか、オベロンという青髪の四角顔の男はオレを指さす。
「ゼクサー=リベリオン、君だってわかるはずだ。僕らは同じクラスメイトを失ったばかり。君らが来るのは道徳的に考えればよくないことだと分かるはずだ。ゆえに君らはもっと時間をおいてここに来るべきだと思うんだよ」
「いやお前、そんなの死んだ二人が言えよ。モンスター襲撃事件に絡まれて死んだってな? だから何だよ。哀れみは襲撃事件の現場で抱いとけよ。オレ達にまでその悲しみを寄越すな。いらんわんなもん」
「なぁッ!! 君は本当に人間なのか!? 人の死を共有しようともしないなんて、君は大切な人を失った経験を味わったことがないのか!?」
「あるわ馬鹿。あん時ほど必死になって世の理歪めたことないわ。っつぅか、過去振り返っても碌なことねぇよ。人の死なんて不謹慎なもん共有したくねぇし、何より縁もゆかりもねぇ奴の為にわざわざ涙を流す価値があるのかって話だがな。いい気持ちにゃならねぇのは確かだ。だがそれまでだ。接点がねぇってのに、わざわざ空気読む意味が分からん」
「―――――ッ!!」
オベロンが舌を噛んで席に座る。理解不能と判断したらしいが、他のクラスメイトはオベロンへと少し首を動かして軽い嘲笑をさらけ出している。どうやらオベロンのこの非常識は何もオレだけにあてたものではなかったようだ。
「クラスの五月蠅いのが黙ったことだし、編入生達。自己紹介を頼むよ。君たちが来る前に名前は公表したけれども、忘れてる奴らもちらほらいるみたいだし」
ネテロのさらなる教師あるまじき発言だが、みな慣れているのか反論する様子はない。
オレはそっと息を吐いて、オレウスに用意された新たな名前を言う。
「オレはゼクサー=リベリオン。電気属性の能力者だ。前までパーティアスに居たんだが、名前と容姿がパーティアスのとこの”勇者の出来損ないの息子”に似てるからって理由でひでぇいじめを受けたからこっちに戻ってきた。少し常識知らずなところがあるから、みんな色々教えてくれ」
「ボクはアルテイン=リベリオンです。電気属性以外の全属性の『複数属性』で、ゼクサー君と同い年です。元の家族と色々あって、リベリオン家の養子に迎え入れられたので正確には兄弟じゃないです。皆さんよろしくお願いします」
オレは仁王立ち、アルテインはぺこりと頭を下げて自己紹介を終えた。
瞬間だった。
「まぎれもねぇ男の娘だ――――ッ!!! FOOOOOOOOOOOO!!」
「男の娘で『複数属性』で養子って、属性盛りすぎだろ!」
「え、やっぱり男だよ! わぁっ、可愛い~!」
「メイド服とか絶対似合うよ!! 化粧しなくて女子よりかわいいとか理不尽か!!」
沸き立つクラスメイト。叫ばれる喜び、驚きの数々。そのすべてがアルテインに向いているものだと知り、少し悲しくなったオレ。アルテインは常に困惑顔だ。
男女関係なく盛り上がる室内。ネテロは「男の娘好きとかお前ら頭イカレてんなぁ」としみじみとした顔で言ってのけていた。それだけであり、オレへの情けは一切ない。本当にこの人が先生をやれている理由がわからない。
オレとしては”電気属性”に触れられないことに安堵を感じたが、同時に無視となるとどうにも変な気分になってしまう。ネテロ先生もオレとアルテインの属性に関しては今聞いたばかりだというのにまるで反応を示さない。
しかしずっと生徒をにぎやかにしているわけにもいかないのか、ネテロは二つの空席を指さした。
「ほれ、あの隣り合ってる二席がお前らの席だ。さっさと座れ。そしてクラスの連中共、お前ら五月蠅い。黙れ。はしゃぐのは休み時間になってからにしろ」
言った直後、クラス全体が静かになった。ピタッと、まるで時が止まったかのように会話が止まる。人間的な音が聞こえなくなった。
オレとアルテインはネテロの言う通りに席に座る。それでもクラスメイトは口を開かない。ネテロ先生によって統率されている動物園と感じたのはアルテインも同じだろう。
「それじゃぁ朝礼を始めようか」
ネテロが面倒くさそうなため息を吐きながら口を開く。
シン・・・と静まり返った教室内は日光を指してあるにもかかわらずどこか重たく、冷たかった。