第二章18 『ダンケルタン行きの道中で』
「んじゃぁ、行ってくるよ。爺ちゃん」
「お世話になりました、おじいちゃんさん」
「おーう! 難しいかもじゃが、いつでも来てえぇぞ。一昨日から失踪したイズモを見つけて沖に沈めたらワシもダンケルタンに行くかのぉ・・・」
山の峠を越えた先にある一台の馬車。そこまでオレとアルテインをおじいちゃんは見送りに来てくれた。一昨日に家を空けたおじいちゃんは宣言通りクソ親父を沖に沈めに行ったらしいのだが、ダンケルタン周辺で痕跡が途絶えていたらしく、くしくも鉄拳制裁は出来ずに帰って来た出来事がある為か、こころなしか瞳に「絶対にイズモ潰す」という強い意志が見える気がする。
黒塗りに金色の縁取りがされている一台の馬車。二頭の逞しい筋肉馬が凛々しく立っており、上座に座る人はおそらくオレウスの部下なのだろう。雰囲気が死線を数回はくぐった猛者のそれだ。ただただ、オレ達が乗るのを待っているだけで、おじいちゃんを見ようともしない。
おじいちゃんはおじいちゃんで、上座に座る黒スーツの男に関してはどうでも言いようで、「じゃぁな」とオレ達に手を振っている。
「息子の父親にもよろしくと言っておいてくれぇい!」
「あぁ、言っておくよ。爺ちゃんも元気でな。病気とか怪我とか注意しろよ」
「おじいちゃんさんのこと良かったって言っておきますから」
馬車の扉を開き、オレとアルテインの順でおじいちゃんに別れの挨拶を告げる。
「じゃぁの! 短い別れじゃがなぁ!!」
閉める扉越しでも伝わる大きな声。窓越しにはおじいちゃんの笑顔が見える。
「(あぁ、またな。爺ちゃん)」
もう一度、今度は心に声を写す。
「道中でオレウスさんとジォスさんを拾うので、そろそろ出発しますよ」
上座に座る同業者がそう言い、筋肉馬に鞭うつ音が部屋の中に木霊する。部屋全体の空気が少し振動し、直後に荷台が動く感覚がオレの脚を伝わる。窓からはおじいちゃんからどんどん離れて行っていた。
「(次会う日は何時になるやら・・・。すぐだといいなぁ)」
オレは窓際の席で肘をつきながら、窓越しからおじいちゃんが点になるまでその姿を見ていた。
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静かな室内。隣に座るアルテインの体温が直に伝わり、良い匂いが鼻をくすぐる。本人にそういう気は全く持ってないのは知っているが、どうにもオレがどぎまぎしてしまうのはどうにかならないものか。二人きりと言うのは良いが、あまりに寂しいと恋愛とか他の意味で足りない気分になる。
しかしながら、プライベートな空間と言うものは素晴らしいな、と今になって思った。どうせならちゃんとイチャイチャしておけばよかったと。
目の前にはついさっき、と言っても数十秒前だが、乗車してきた二人が居る。白髪赤眼のヤベェ雰囲気を出しているのがオレウスで、もう片方の原始時代出身者がジォスだ。
「よォ、ゼクサー。新しい国籍とパスポート、気に入ッてくれたかァ?」
「久しぶりだなゼクサー! お前の愛してやまねーパパだぜ! さー、俺の胸板に飛び込んで来い!」
「「失せろ変態」」
「あれッ!? シンクロで!? わーん、アルテインちゃーん! ゼクサーとオレウスが俺をいじめてくるよ~~!!」
「えぇぇ・・・、えっと、その・・・、ぜ、ゼクサー君とオレウスさんはもうちょっとオブラートに包んで言って。後、「失せろ」とか、トゲトゲ言葉はダメです。・・・めっ、ですよ」
「「たいそう妄想が捗っている最中に非常に恐縮ですが、俗世間並びに現世から御逝去あそばせしていただければ幸いに存じ上げます」」
「オイ、ここまでシンクロしてるならもうこいつ等家族だって信じねー奴いねーよ!!」
オブラートに包んで言ってやったというのにイドは消えうせる気配を見せず、むしろ更につけあがって来る始末だ。消えられては困るが、このイカれた性格は消えて欲しいものである。しかしこんなカビを下水で煮込んだような奴の言葉に気づくこともある。
オレは見事までに言いたいこととシンクロした男、オレウスに問いかける。
「ってか、不味くねぇのオレウス的には」
「何がだ?」
「いやさ、オレウスって言わば悪党の中間管理職だろ? 家族作るってことは弱みを作るのと同じだと思うんだが・・・」
「あァ、中間じゃァねェが”管理職”ッてのには該当するなァ。――まァでも、安心してくれて構わねェ。オレ様の仕事はあくまでも人員の手配とそれの管理。狙われるようなモンじゃねェし、それに他の野郎共も、中には家庭環境を持ッてる奴もいるぞ」
「オレウスの仕事は派遣みたいなもんだからな。地位も力もそれなりにあるから、一般人がゴロツキに狙われる確率よりも襲われる可能性は低いぜ。ついでに脅しても利益の少ない職業だからな、お前」
「実際そォだからなンとも言えねェが、オレ様は最強だからな。わざわざ狙おうとする奴なンざいるわけがねェンだ」
「けッ」と脚を組み、天井を仰ぎ見るオレウス。今更ながら、上品な貴族のような服装をしているのが目に入る。オレ達のような学生服ではなく、きっと生地も良いのだろう。イメージとしてはバーの店主みたいな、紳士的な雰囲気を感じる服だ。
俺がオレウスの服をじっと見ていたのが分かったのか、オレウスは「あ」とだけ声を上げる。
「―――思い出した。つゥか色々・・・。オイ、クソイド。今すぐにあの便利なボードと描いても消えるペンを生成しろ。ちょッとやることがある」
「マジックボードと水生ペンだな。いーけど、何すんだ?」
イドが空中から文字通りに得体の知れない白いボードと水生ペンを出現させ、そのままオレウスに手渡す。オレとしては見慣れた光景だが、隣のアルテインは初見。完全に「え? あ? え?」と大変可愛らしい反応をしていた。あぁ、かわええんじゃ・・・。
アルテインの可愛さにうつつを抜かしかけていたが、それはそれだ。オレウスは「見ろ」と言い、机に白いボードを置く。
そして―――、
「今からゼクサーとアルテインに、ダンケルタンの政治事情を教えてやる。オレ様が住んでた時と言語以外ほとんど違ェから、教科書を鵜呑みにすンのは危険だ。最近は国内の情勢を知らねェだけで密偵扱いされるからな。ある程度は覚えておけ」
そう、言ったのだった。
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まずオレウスが教鞭を取ったのは国王の変化だ。
「ブロード=ダンケルタン国王がオレ様の時代の国王だッたンだがァ、どォやら戦争責任で息子のブロシュートに王の座が譲られたらしい。だが、この息子と王国議会が対立してるみてェでな。議会も色々派閥があるみてェだが、主に「国王の正式な息子はブロシュートじゃなくてオレだ!」ッて言うクロテント一派、「ブロシュートの政治は気に入らない!」の野党派の二つがある」
「つまり隠し子一派とただのガチアンチが新国王落とそうとしてんのね」
「ゼクサー君、まだ隠し子だと決まった訳じゃ・・・」
「そォだな。大体あッてる」
「あってるんだ!?」
「まァそれで、そのブロシュートの政治はと言うとあまり褒められたやり方じゃねェ。次々と国内の自然遺産や村を掘り起こして”古代文明の秘宝”とやらの技術を手に入れている。これがかなりの大きなものだッたッてのもあッて、情報統制が行われてンだ」
オレウスがキュッキュと音を立てながらボードに絵を描く。
―――人の絵だった。
「その内の一つが現在ダンケルタンで出回ッている人造人間、もとい――”アンドロイド”だ」
「「あんどろいど・・・・???」」
「カタカナ言語になッた瞬間に知能指数が下がッたなテメェら・・・。まァ、かく言うオレ様も実物を目にして少しビビッたからな。・・・順に説明してくぞ」
次に描かれたのは人の死体とよく分からない四角い物体。そして火の玉だった。そして火の玉から四角い物体、四角い物体から人の死体と順々に矢印でなぞっていく。
「形は分からねェが、そのアンドロイドには機械が入ッている。それを直方体に置き換えているだけだからな。四角いただの変な物体じゃねェぞ」
「「・・・・・・・」」
「チッ、もッとオレ様に画力があれば・・・。まァ、ンな事ァ良い。ンで、その機械には特殊な効果が備わッているらしくてなァ。なンでも、死した人間の魂を封じて超常的な力を放出させる一品らしい。それを死した人の身体の臓器代わりに取り付ければあら不思議、とても従順で力の強い兵士が出来るッつゥ訳だ」
「それで戦争とか引き起こしたら、とんでもねー損害が出るな。俺も見て来たけど、すげーよ。多分徒党を組めばパーティアス民主国の”外”の”魔獣”余裕で倒せるんじゃねーかな?」
「「なッ!!?」」
イドの予想外の評価にオレとアルテインの息が詰まる。ダンケルタンはウチの国を攻めようと考えるほどには力がある、しかし今までは強いモンスターが跋扈していたから攻め込めなかっただけであり、今の”外”は基本平和だ。その事実は少なくして一種の脅威とも成りえる。
――攻め込む国が、”外”のモンスターをなぎ倒す力を持っていればそれはなおさらだ。
無意識に撥ねる心臓。頬を伝う汗が生々しく感じる。
しかしオレウスは平気な表情で言った。
「安心しろォ。いくら強いッつッても国内が荒れてンだから国も戦争なンて考えてねェだろ。それに、最近はアンドロイド関連の事件が増えてるからな」
「アンドロイド関連の事件、ですか・・・?」
「あァ、なンか反乱を起こすらしいンだ。アンドロイドが」
オレウスは脚を組み直し、手を立てて顎を置く。
「”人間病”とも呼ばれている不具合。それに感染したアンドロイドは”変異個体”とも呼ばれる。死した人間が、生きている人間と同じような感情と心を持ち、主人の命令に逆らうらしいンだよなァ。それは廃棄予定のアンドロイド程顕著に表れる傾向にあるらしい。ま、オレ様が実際見たわけじゃねェからな。そういう噂もあるッてくれェだ」
そう言ってオレウスはキュッキュと白いボードに描いた絵を消していく。
”人間病”とアンドロイド。初めて聞くには何故かオレの心がとてもむず痒く感じた。そんな感情だった。