第二章17 『十徳ナイフ』
三日間の休暇。それもその内の一日はアルテインと二人きりの状況だ。
ふわふわの銀髪にとても良い匂いのする男の娘、アルテインだ。男子にしては華奢な身体つきでありながら電気属性以外の全ての属性を持つ”複数属性”で、更に色々な能力を持っているとてもお強い可愛い男の子だ。大事なことなのでもう一回言っておく。アルテインは男だ。
そしてこんな可愛い天使と一緒に居れるなんて天国と言っても過言ではないだろう。例え未来の嫁になるアルテインと一緒だとしても一日は確実に実質密室の中だ。一緒に食事をして、おじいちゃんの馬鹿広い家庭菜園を手伝って、山鳥の観察をする。
しかしそれ以上の進展がなかった。
オレに下心がなかったわけではない。むしろビンビンだった。アルテインもそれに気づいてか素の天然か、毎日「背中流しっこしない?」と風呂に誘ってきたが、オレは情けないことにメンタルがクソザコだった。同じ男同士なのになんかこう、とても恥ずかしい気分になるのだ。
「(小学校の時にウガインと野球拳やってた時に、半裸をミルティアに見られてクソ恥ずかしい気分になったことあるけど、あんな感じなんだよな・・・)」
同性なのに異性みたいな感触を受けるオレの神経がおかしいのか、単純にアルテインの男の娘感にオレが錯覚しているのか、真相は藪の中だ。
勿論手を繋いだり、添い寝はするが、手を出す事がどうにも躊躇ってしまうのだ。
自然な雰囲気で、山鳥観察デートで手を繋ぐとかベッドで寝るとかは全然大丈夫なのだが、いざ性的に手を繋ごうと意識すると途端にオレの思考回路がバグり始める。動悸息切れが激しくなり、挙動不審になってアルテインから変な心配をされるのだ。
そんなこんなでなんにも進展せずに三日間が過ぎた。
しかしアルテインとの絡み以外での進展はあった。
それは四日目の早朝、ポストから新聞を取って帰って来たおじいちゃんが新聞と一緒に持ってきた一つの封筒がそれだった。
”シール”と呼ばれる封をされた白い封筒。中からは手紙と、オレとアルテインの分のパスポートが出てきた。どうやらオレとアルテインの国籍登録が出来たらしい。
「「国籍登録ができたから、そのパスポート持って荷造りしろ。昼に迎えに行く。オレウスのむすことして登録してるから父親が出来るぞ!」とな。息子が他国に国籍移して独り立ちか・・・。なんか感慨深いのぉ・・・、妻になんて報告しようかなぁ」
「爺ちゃん、もっと色々突っ込むところあるだろ」
「ゼクサー君のお父さんがオレウスさんなんですか? ・・・ゼクサー君が少しでも危ない道に進まないように頑張って止めなくてはっ」
「おうアルテイン、もう既にこの国から追放されてる時点で結構危ない道行ってるんだぜ? あんまり変わらねぇよ諦めな」
細かく言えば、オレが精神病院で働いて居た辺りでもう既にヤバい道には行っている。そもそも発現した属性のせいで人生が波乱万丈だから、アルテインもヤバい道にはもう入っていると言える。良く言えば駆け落ちカップルだが、悪く言えば「”不遇属性を発現した国家追放者の伝説の息子”と”国際法違反で生まれた実験材料”のカップル」だからな。地獄が過ぎる。
「ってか、オレウスは見た目ヤベェけどちゃんと折り合いは着けられる人だから大丈夫だよ。まさか身内認定が職場的な意味合いから家族的な意味合いに変わってるとは驚くが、あの人が父親でも良いかも知れねぇ。バーガー奢ってくれるし、頭良いし、助けてくれるし。確実にオレより年上だから父親でも賛成だな」
「ワシも。まだ会った事ねぇが、実家に帰省するたびに息子の悪口言ってたイズモとは違う雰囲気を感じるぞ。少なくとも、社会の闇を見てきた感じがする」
「風がそう言ってるのか?」
「いんや、ワシの勘」
「・・・・おじいちゃんさん」
アルテインが呆れたような眼でおじいちゃんを見る。しかしおじいちゃんの勘は全般外したことが過去一度もない。未来予知みたいな勘の冴えっぷりに思わず引くレベルだ。
「(一週間の国籍登録の期間のこと、爺ちゃんは知らされてねぇからな。それで一周間泊められる準備をしている。勘は爺ちゃんが原点みたいなところあるよな・・・)」
この勘の良さとモンスター顔負けの身体能力で五体満足でここまで生きてきたと考えると、オレウスはかなりの高評価だと考えられる。父親と言うか、人間的に優良物件に該当するのだろう。
「ゼクサー君とおじいちゃんさんが言うのならそうかもしれないけど、ボクはまだオレウスさんには一回しか会ってないからね。まだ良い人って、ボクの中で決まった訳じゃないから!」
「それでも一応はオレの父親ってことで納得してくれるんだろ? 毎度すまねぇなアルテイン」
「それは言わない約束だよゼクサー君」
人差し指を立てられ、少しご立腹のアルテインに思わずオレの頬が垂れる。おじいちゃんも「妻もツンデレじゃったの~」と笑っている。おじいちゃん、それは少し解釈が違うぞ。
A A A
「なんだよ爺ちゃん、なんか用か?」
荷造りを終えたオレはおじいちゃんに呼ばれ、リビングに入らされた。
台所が見える全体的に流行に乗ったような、シンプルな部屋だが、内装はおばあちゃん寄りなのか壁紙やらテーブルクロスはやけに花の刺繍やデフォルメの動物が多い。ホルマリン漬けされた生物の内臓や動物の骨などの装飾はおじいちゃんのものだろう。これをリビングに飾ることを許していたおばあちゃんは聖母かなにかだろう。ぜひとも飾らないで頂きたい。
おじいちゃんは目の前の椅子を指さして「座れ」という。いつもの飄々とした雰囲気ではなく、荘厳と下雰囲気の「座れ」に無意識にコクリと息を呑んだ。
オレは無言でおじいちゃんの言う通りに椅子を引いて座る。
「・・・・」
「・・・・・」
少しの沈黙と同時におじいちゃんは懐からとある”物体”を取り出してきた。
―――十徳ナイフだ。
「これをオメェに託すぜ、息子よ」
「え」
一瞬の思考停止。すぐに再起動した意識が驚きの声を上げる。
「なんで? これ、っていうかサバイバル道具一式爺ちゃんのだろ!? しかも十徳ナイフは爺ちゃんの婆ちゃんの形見だろ? オレは新しく買うから良いっての」
「良いんじゃて。ワシももう歳じゃし、持ってても使わん。こういうものは使ってなんぼじゃ。最近のナイフみたいな、お洒落一直線じゃねぇけぇな。使われて、壊れるのがこのナイフも本望じゃ。そうなれば、ワシよりもオメェに預けんのが正解じゃな」
「形見ってこと忘れてね? 良いのかよ爺ちゃん。オレにはもったいねぇってばよ」
「――――風が、そう言っておったんでな」
「――――!」
「受けなさい。息子よ。これは息子、オメェの運命を手助けしてくれる、ピンチを止めてくれる武器になるじゃろう」
「」
真剣に、雰囲気に声色が変わるのを肌で感じた。おじいちゃんの眼は正に迫真のそれであり、オレはその眼に未来予知にも似たオレの運命の危機を見た。机の、オレの前に差し出された十徳ナイフをまじまじと見る。茶色の持ち手には『エルディオル=ルナティック』とおじいちゃんの名前と、『アリスドール=ルナティック』というおばあちゃんの名前が彫られている。手入れがしっかりされており、高品質さが戦場で研磨され、その有様を視覚から叩きつけてくる。
――形見、というには主役のような、もっと大いなる使命をもったものに見える。
オレはおずおずと手を伸ばし、置かれた十徳ナイフを手に取った。
軽い。しかし重い。この重さは何処から来るのか、それが分かった瞬間にオレはその十徳ナイフを握りしめる。
「――――託されたぜ、爺ちゃん」
少し震える腕を無理矢理収まらせ、オレはおじいちゃんを見据える。おじいちゃんはふっと細く微笑むと、パン!と拳で掌を叩いた。
「あっちでもうまくやってこいよ。息子よ」
「あぁ、やってくるぜ。爺ちゃん」
悪戯っぽく、戦場に乗り込みに行くような顔つきをするおじいちゃんにオレはすっと鼻息を吸い込み、グッと親指を立てたのだった。