第二章幕間《目には眼を。歯には刃を。クソにはもっとひどいクソを。》
暗い、暗いとある一室で男達が話をしていた。
「―――という訳だ。最近、ダンケルタンの動きが怪しい。調べてきてくれぬか?」
「――はぁ、いいっスけど。気乗りしないっスね。なんか無いの? 他国の機密情報を全部赤裸々にするって権限とかそういう感じの奴」
「残念だが、そんな神の一手のような力は世界には存在しない。だからこその君なんだよイズモ殿」
「・・・・」
一人は灰色の髪と髭を持った黒スーツの男。もう一人は筋骨隆々の金髪男だ。
「ダンケルタンは現在国内外の情報統制を行っている。だが、此方の情報網によるとかなり危険な兵器を開発していると言う噂があるとか。しかもダンケルタンは入国審査を厳しくしている手前、私達のような議会でない限り他国の外人は入れない。例え入れたとしても暗殺される可能性も無きにしもあらずだ」
「そこで俺っスか」
「そうだ。イズモ殿なら、ダンケルタンも入国拒否には出来ないし、暗殺の心配はないだろう。なぁに、あっちの国には「冒険依頼途中の補給」という名目で入ればいい。そうすればダンケルタンも「補給をしに来た伝説の勇者を迎え入れた優しい国」として名誉を高めることができる」
「ちなみにアポ取りますぅ?」
「取らんよ。イズモ殿で言う”サプライズ”って奴だ。急に来て、変な対策を取られないようにするのさ」
「ロべルス議員、スケベを絵にかいたような顔つきの癖に考えることコスいっスね」
「はっはっは! イズモ殿に褒められるとは私もこの職をやっていた甲斐があるってもんですなぁ!」
「・・・・・・まぁ、いいか。取り敢えずやってきますね。――後、もし噂が本当だったらどうするんだ? 俺の裁量で良いよな?」
「あぁ、それは構わんよ。まぁ、無害な人は必ず助けるように。イズモ殿の伝説っぷりが増すからな。「世界的危機でも他国の一般市民でも守るイズモ様!」っつぅ、格好いい肩書が新たに手に入るなぁ!!」
「おっし!! やる気出て来たぁ!! それじゃぁロべルス議員、ちょっくら行ってきますね!!」
そう言って、金髪の男は軽快なステップで部屋を去って行った。
―――イズモ=ルナティック。後に起こる事件なんて露知らず、無謀にもダンケルタンへと乗り込む準備をする男だった。
A A A
僕はとても不快な気分だった。
なぜなら新聞が買えなかったからだ。
いつもなら売り場に必ず残っている不人気倒産寸前の新聞会社の発行する、妙に油臭い新聞もその日も売り切れていた。丁度、大会が終わった後からずっとだ。今だにその記憶が生々しく蘇ってくる。
「はぁ、優雅に紅茶を啜る予定だったのに、本当腐ってるよねぇこの社会は」
しかも面倒くさいことに帰りにお土産を買わなければいけないのだ。それも、僕の家がある国とは真反対のダンケルタンだ。
「なぁにが、「パーティアス行くんなら、帰りにダンケルタン寄って名酒買ってきて」だぁ? あのクソアマ脳みそに世界地図叩き込んでやろうか! それにその名酒代なんて結局僕持ちなんだろうねぇ! はぁぁ~~、全く、本来母親たる存在は子供の成長を見守る存在だろう? それが子供の髪の色を変えていいとはどういう了見か。母親としてのやるべきことの前に、人としての最低限の義務は守るべきだし、常識を身に着けるべきだ。なのに、平然と他人が稼いだ金で酒買ってこいとか、僕の行動の自由を侵害しているって訳なんだよ。つまり僕の権利の侵害ってわけさ!! クソが!!」
人権侵害極まりない母親の言動だが、それでも僕は母親の為に酒を買わなければいけない。
だからこそ、僕は嫌な顔をしつつもこうしてダンケルタンへと続く道を馬車に乗って行っている。
これほどまでに慈悲愛に優れ、人を害することしか能のない猿女の為に酒を買いに外国へ行く博愛主義兼平和主義者がいるだろうか。いや、居ない。
パーティアス民主国を抜け、民主国の言う”外”を抜け、陸続きの少し離れた関所を通り抜ける。
「(数日間走りっぱなしだからなぁ・・・。いくら戦後に街路整備されたからと言っても、パーティアス民主国からダンケルタンに行く道のりは長い。そろそろ馬車から降りたいものだ)」
馬車の馬は古くから存在する筋肉モリモリの疾風馬で、家一つ分の荷物を持って、一日で五十里を行くことができる。他国間の移動では主にこの品種が使われているが、パーティアス民主国ではこの品種の馬でも三日三晩を走らなければダンケルタンには着きもしない。
「関所を抜けたからな。後数分で第一城門に着くぞ。お客さんは支度を整えてくれよ」
馬に鞭打つ商人が布越しからでも分かる大きな声でもうじき到着する事を告げると、他の客たちは身支度をし始める。僕は支度をしないのかって? 僕はいいのさ。財布しか持ってきていないからね。
布のテントの窓を覗くと、少し離れた先にこれ見よがしに大きい城壁があった。
ところどころ傷がついているが、それでもパーティアスにあったコロシアムよりもはるかに厚く、そして高い。―――ダンケルタンの城門だ。
ダカダカと疾風馬の踏み込みが緩くなる振動が荷台に伝わり、城門の手前で荷台が軽く揺れる。
――止まったのだろう。
「へいよ。ダンケルタンに到着だよお客さんら。忘れ物は無いようにお願いするよ」
布越しから商人の声が聞こえ、客が一人また一人と降りていく。木造の荷台は鉄の金具が使われていても年代を感じさせる音が聞こえていた。
最後に僕が馬車から降りると、草原の香りが鼻をかすめる。
雑木林に囲まれたダンケルタンの城門は僕らを見下ろしており、何食わぬ顔でどっしりと地に足を着けていた。
「これが四千年前から存在している世界遺産のダンケルタンの第一城門か・・・。歴史において、壊されたのは一回きりで、モンスターや他国の襲撃の九割をここで防いでいるとか」
おそらくは合金で出来ているのだろう、その壁はダンケルタンの神秘の科学技術によって作られたと言われているが真相は定かではない。どういう原理かはまだ国が情報開示を行っていないから詳細は分かっていないが、どうやら大気にある属性能力の粒子を集めて防御力を向上させているのだとか。
ちなみにそんな世界最硬の城壁を打ち破ったのはパーティアスに居るイズモとか言うクソ男だ。
「(剣一本の一撃で打ち抜いたってね。まぁ、戦勝国がなにか大げさに書いてるだけでしょ)」
城門に近づくと衛兵が殺伐とした空気を醸し出していた。全員、顔面がいかつくなっており、入国を希望する人は少し慄いていた。
「入国審査にしては中々厳しいなぁこれ・・・」
しかし僕には何も関係の無い事だ。と、僕は財布からパスポートを取り出すと周囲の客と同じように入国審査の列に並んだ。
若干の時間が過ぎ、やっと僕の番となった。パスポートを提出し、入国内容を答える。さっさとお土産を買って帰りたいと言う気持ちだったが、次の瞬間に全てが崩れた。
「君の入国は認められない」
「はぁ!?」
僕は怒りに声を響かせる。だが、衛兵の態度は変わらない。
「つい先日、他国の露出狂が衛兵全員を掘り、時計塔を叩き壊した。これを受けて今日から例えどんな身分であろうと、外国人の入国は禁じることになったのだ。だから君の入国は認められない」
「はぁ? だから何? まさか僕がその露出狂だとか言いたいわけ? たかが一人の外国人の奇行でその他の外国人を差別するとか君らいったいどういう教育をされてきた訳? 露出狂が外国人だから他外国人も露出狂とかいうクソみたいな価値観があるとか、国を守る衛兵として恥ずかしくないのかなぁ? っていうかさぁ、そもそもこんなに大きな壁に守られて、それで侵入されて時計塔破壊されて、どう考えたって君ら衛兵の怠慢って奴じゃないか。自身の怠慢は棚に上げて、原因を外国人に擦り付けるって僕個人の権利を侵害しているってこと分かっているんだよね? 露出狂一人止められないとか、この国の衛兵は怠惰極まりないね。城壁の有能さに胡坐を掻くとか、それで突破されれば「自分は悪くない。他国が悪い!」とか僕の名誉の侵害だよね。それにその鬼気迫った顔を見せるっているのは、意味もなく僕を脅したことになる。これは脅迫だし、君らは僕の、生きる人一人の人権を無視したって訳だ。じゃぁ君らはそれ相応の罰を受けるべきだと思うんだよね。ねぇ、何か弁明してみなよ。っていうか、弁明をしないって言う事は君らが僕の権利を侵害するのを容認していたってことだ。僕の了解も得ないで、所詮技術力でしか生きていけない人類弱者風情が世界最高峰に慈悲深い僕の権利を汚したことになる! あのさぁ、沈黙が人としての取るべき対応ってどこまで人としての最低限の常識を身に着けていないのかって話だよねぇ? まさか僕相手なら沈黙しても許されるとか思わなかった? そうだよね思ったよね! 君らはそうやって無実で潔癖な僕と言う存在の生命を脅かすんだろう!? そうやってありもしない罪を着せて、疑いを着せて、一方的な言い分を掲げて、僕という個人を軽く見て人権を無視する! なんて非道だ! 衛兵は民間人の安全と権利を守る仕事だろう!? 人を守ることが偉いことだって勘違いしているクソ善意主義者だろ! そうやって自分は長いことこの仕事をやっているから自分のやっていることは正しいと勘違いして一般人を悪人だと決めつけるんだろう!! そうやって君らの無理解無寛容さが僕のような善意の一般人を殺す。全ては己の正義の為に。ってか? 格好いいね。それに本当に法律の力が宿っているならね。でも君らにはそんな力はない。当てつけが偉いなんていつの時代だ? 君等みたいな人は浮気は男の甲斐性とか言う時代錯誤に骨を作られたクソだ。僕と言う人間の、か弱い権利を一方的に侵害して、少し反撃すれば沈黙か? 最初から攻撃の意志を示すってことは最初から僕を殺そうとしていた訳だ。あぁそうか、道理で最近僕の運気が悪いわけだ。雨は降るし、新聞は買えない。全部君らが来ると言う前兆だったんだ! クソ! どこまで人様をコケにすれば気が済むんだ。僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の権利の、最低限生きる権利の、人権の、真っ当に生きる権利の、―――全てを侵害してるってことだよねぇっ!!!!」
「・・・・・・・・」
ほんの一言人としての常識を喋ろうとしただけで衛兵は軒並みこちらを睨む。そして睨んだまま動かない。中には剣の柄に手を掛けている者もちらほらいる。やはり衛兵の頭の大きさは見掛け倒しだ。謝るなりなんなりすれば僕も印象を和らげることができるが、所詮は使われる立場の知能障碍者の集団だ。人の権利は鑑みることができないのだろう。
「(全く、どいつもこいつも「常識」、「人権」って言葉を聞いた瞬間に殺気立つよなぁ。他人の迷惑は知らないが、自分の迷惑は改善されるべきって考えが既に気に入らない)」
流石にこのまま睨まれるのであれば、言っても聞かない連中相手に取れる選択肢を取るまでだ。
「警告だ。脳無し衛兵共、一般人を入国させろ。さもないと、お前らのしみったれた人生に大いなる治療法をねじ込んでやるよ」
「・・・・君のお願いは受け入れられない」
「誰が「お願い」って言ったかなぁ? これはお前ら知能障害衛兵集団に命乞いの機会をくれてやるってことなんだよ。―――はぁ、分かった。言っても自分の罪さえ理解できない犯罪者共にはそれ以上の罰を与える他ないな・・・・」
議論の余地はない。この腐ったゴミみたいな衛兵共にはこの世の常識を無視した罰を与えなければならない。奴らは罰を受けると言うことに感謝しなければならないのだ。それが彼らの市場の喜びであり、知の探究である。言っても分からない奴には口を開くだけ無駄だ。
平和主義者たるこの僕はふっと息を吐き、面倒くさげに右手を上げる。それに呼応するように衛兵たちも身の程を知らずに鞘から剣を引き抜こうと柄を握る手に力が籠められ―――、
「あー、ちょっとすまねぇ。お取込み中悪いが、依頼の途中で食べ物とか補給しに来たんだ。パスポートは持ってるから入国させてくれねぇかな?」
一触即発の雰囲気を破ったのは後ろから新たに来た冒険者らしき男。よく見れば、―――イズモ=ルナティックとか言うクソ男だった。
しかし、僕がイライラしているのを理由にクソ男を罰する権利はない。それに他人の目の前で人を消し飛ばす訳にも行かない。と、僕は一旦掌を下ろす。衛兵も衛兵でイズモを見た瞬間慌て始めた。
「えぇ!? へぇは!! イズモ様ですか。どうしよう、今はちょっと国内には帰国者以外は入れないので・・・。ちょっと事件がありまして・・・」
「えぇ~~、そんな臭いこと言わないで、頼むよ!」
「し、仕方がない・・・。後で上には報告しておこう。どうぞイズモ様」
「はぁッ!?」
金髪のイケメンが手を合わせて衛兵に懇願すると、衛兵も押し負けたのか、何故か僕を放ってイズモの入国を承認した。
驚きだった。そして次に来るのは僕の権利を侵害したことによる報復だった。
それは衛兵もそうだが、断りもなしに僕よりも優先されたイズモに特に非があるのは明白だった。
「おい、勇者」
「おん? なんだ小僧。もしかしてサインか? すまねぇな。今色紙は持ってねぇんだ。俺のご尊顔で満足してくれや」
「――――ほぅ」
まるで自身の犯した罪には全く気付いていない表情で、平気で僕をサイン欲しがり屋のイズモファンと勝手に妄想しているイズモのクソっぷりに僕は一息つく。
一息ついて―――、
「――自分が特別だと思ってる現実逃避クソ野郎がッ!!」
怒号を発し、僕は原子属性の力を遠慮なく行使する。まずは近場に居た衛兵全員を文字通り消滅させる。僕が罰する姿を見て目を奪われた衛兵もその一瞬を突いて全員消し飛ばした。
残るイズモも急な行動に目を白黒させていたが、衛兵が全員消されたこと。それが僕の一方的な攻撃だと勝手に解釈し、一気に憤怒の顔になった。
「お、お前ッ・・・。今いったい何をしたんだ・・・!!」
「先にお前が地に伏せて誠心誠意謝罪することが大事だろ。論点をすり替えるなよ。まさか感情論で僕が押されるとでも思ってる訳? 浅いなぁ。脳ミソが少ないんじゃないかな。むしろ感情論で押し通せるって考えている時点で僕を一人の人間性あふれる一般人として認識していない事だよね。それはつまり僕の生きる上での、名誉。それの侵害ってことだ。つまりお前がどれほど日常的に僕を見下しているのか、手に取るように分かるよ! この外道が! 親も親だ。どういう教育をしてきたんだろうねぇ。今度会ったら挽肉にしてお前に食わせてやるよ」
「『千剣天威』エクスカリバーッッッッ!!!」
ほんの一言喋り始めた瞬間に、イズモは怒髪天を突く勢いで無防備な一般人で平和主義で博愛主義の僕に対して剣を抜く。
刹那、抜刀した剣筋から光があふれ出し、イズモの目の前の全てに向かって極光が襲い掛かった。放たれる閃光は束を成して雑木林ごと、僕を巻き込んで爆散する。
もし僕が城門の方に背を向けていたら、ダンケルタンが消し炭になっていただろうし、僕が属性技を発動していなければあやうく伝説の”クソ”勇者は一般市民を殺害していた事だろう。
僕が光の中から姿を現わすと、イズモはこれ見よがしに驚いた。
「なんで生きてるんだお前!? 俺の『千剣天威』エクスカリバーはダンケルタンの城壁すらも容易く切り伏せた一撃なんだぞ!!? 無限の能力量なんだぞッ!?」
「だから何? まさか自分の技はこんなに凄いんだから倒れてないとおかしいって話? それってつまり僕の生死なんてどうでも良いってことだよねぇ? お前は何もしていない、善人を殺そうとしていたんだぞ。それで死ななければおかしいとはこれ如何に。許す許さない以前に、常識が身についていない。他者を思いやる心は何処へ行った。所詮は承認欲求摩天楼のクソ男だ。僕の権利を侵害してもなんとも思ってないんだろう? 一方的に理不尽な理由で一般市民を殺す。伝説の勇者のくせに法律も知らないのか。それとも知っていてなおやったのなら、病気じゃないか! 人を不快にしやがって、伝説の勇者だったら法律を犯しても大丈夫だって、何処に書いてある? 所詮はお前の作った頭の中での妄想だろ。他人に押し付けるなよ。主観こそ大事だし、お前自身が持っているタイプってのも否定する気はない。でもそれとこれとは話が別だ。頭の中お花畑の病気持ちが外に出るとか僕の健康を維持すると言う最低限に保障されるべき権利の侵害だ。患者は病院にでも籠って、遺書書いて死ぬべきだろう。あ、頭の病気とか? じゃぁとっとと死ね! 共感性のない障碍者は生きてて無駄だ! お前みたいなキチガイが居るから僕の権利は一向に侵害されたままだ! そのくせ税金を使って生きるとかどういう了見だ。伝説の勇者だからなんなわけ? それだけで自分は未来永劫時の人で、人気になって当たり前、好かれて当たり前ってか? 自己中にもほどがあるね。それで人が入国手続きしてるってのに割って入って入国とかどういう神経してる訳? 自分が優先されて当たり前とか平気で他者の気持ちを踏みにじる害悪でしかない。そういう奴ほど、上手くいかないときに他人を責める。全部全部全部自分のやった行いの結果だってのに。こうして僕が衛兵共を消したのは、彼らが僕の入国を偏見で拒んだからさ。「外国人は露出狂だから」って理由だ。こういう身勝手すぎる理由で人の好き嫌いをしたことの罰を受けて貰っただけなんだよ。それなのにお前はなんだ。碌に人の台詞に耳を貸さないで、「自分の主観こそ正義!」だってね。そうやって手を出したことは僕が生きるという権利を奪ったのも同然なんだよ。分かるかい? 僕の人権を侵害しているんだ。それに人が口を開いた直後に割り込むってどういう育ち方をしたわけ? 僕の意見はガン無視。ただ入国しようとしただけの、暴力も悪口にも縁のない、人一人殺したことのない、一つの罪を犯したことのない善性の平和主義な博愛主義者の一般市民旅行客を冤罪で殺そうとしたんだ。僕の名誉どころか生存権すらも奪おうとか、お前は一回現実を見ろ」
「―――――ッ!! どいつもこいつも、俺に逆らいやがって・・・!! 潔く殺されろ! 俺の意見に反対する奴は全員死んだ方が良いんだ! 俺を見て、崇拝して、信仰して、崇め奉って、愛さない奴ら全員が悪いんだろぉがぁあぁぁぁぁぁぁッ!!!」
この世の共通認識の正論をたった一言口に出しただけでイズモは激昂した。どうやら単細胞はキレることが自己肯定感を上げる技なのだろう。
「(ほんの正論を言おうとしただけで追いつめられるとか精神面が赤子より弱いんじゃないかこのクソ男。身の程を弁えない発言は流石に赤子でも許せないからね。クソイズモならなおさらだな)」
一周回って可哀そうに見えるが、こういうタイプは何を言っても自分にとって都合の良い事しか耳に入らない。そういう奴は二度と呼吸出来ないように徹底的に教えなければならない。共感性のない知的障碍者は人ではない。共感をするから人なのだ。ならば目の前のクソ男は何らかの雄の単細胞生物だ。
つまり人権はない。何をしても良いと言う事だ。
僕はふぅっとため息を吐き、原子属性の本領を発揮する。
「言っても分からない奴には教鞭をとる必要がある。僕は人ではないお前に対しても知識を教えるこの世で最も慈悲深い男だ。褒めてくれていいさ」
「意味分からねぇことばっか言いやがって! この自己中野郎!! 俺がぶっk」
「その先の言葉は太陽でどうぞ」
「は――――ぁ」
僕はそう言い残し、世界中の人間の原子の動きを止める。そして重力の粒子を操作して反対向きに、動けないイズモを蹴り上げる。人の身体にあってはならない硬さだったが、原子属性の『核融合』エネルギーを一点集中することでイズモを遥か彼方へと打ち上げた。
「僕の為にも、ゼクサーの為にも、もう戻ってくるなよ」
文字通り星となったイズモが雲を越え、見えなくなった辺りで、僕は再び原子と粒子の動きを元に戻した。
「さて、お土産の酒でも買うか・・・」
口の端で愚痴り、静寂が途切れたダンケルタンへと僕は脚を踏み入れたのだった。